自然に反した「贈奇異色」の真実 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

これも古い贈

 《臓器移植後の真実より》
1999、7、18  himaari

医師会がマスコミを通して臓器移植がさも“必要不可欠な治療手段”かの様な宣伝(洗脳報道か?)が盛んに行われています。しかし、これは21世紀になっても変わらない永遠の真実なのでしょうか?

このことがいつもの言い訳で出される様に、『あの当時はそれが現代医学の最先端の最高の治療法であった。ゆえにそれが今(21世紀)になって間違いだったと気づいても仕方がなかったのだ。それに悪意でやっていた訳でもなくその当時の最高の治療法を誠意をもって尽くしたのであるから、それも医学の発達の過程においてやむを得なかったのだ。」ようなことで済まされてしまったとしたら、その最高?の治療法によって何年後かに真実を知った患者さんはどう思うのでしょうか。
最近の薬害エイズをはじめ、過去にはいくらでもこの論理で泣かされて来たのは、罪のない患者でした。
(罪などとというと変だが、異なる情報を素人しない知ろう人は、他人まかせにした責任があるのだナ・・ひとごとではないガ・・)



絶対の権威ある現代医学の“大本営発表”が、いつかは覆されるという事実がいかに多いことでしょう。
それには過去の宣伝報道記事を読んでみて、数年後の結果を見たとしたら、一目瞭然と言えるようなものです。


最近でも、『早期発見早期治療』のスローガンの元に、長年行われ続けて来た癌検診によってどれだけ癌患者が減って、どれだけ癌死亡者が減ったんでしょうか。
事実は、結果として、日本人の癌死亡者は四人に一人の時代から三人に一人の時代に入りました。どうでしょうか?
癌検診のすすめという大本営の宣伝効果がこの様に事実として現れ、現場の一部の医師からも癌検診の空しさ=ナンセンスという指摘される著書が出され、それを必死で否定しようとするお抱え〇〇さん達の反論も多く出されています。
私たちはどちらを信じるのでしょうか。

さらに、阪大外科講師が過去十八年間の胃ガンの患者844人を追跡調査した結果、手術後抗ガン剤を使った患者と、抗ガン剤を使わなかった患者を比較すると、抗ガン剤を投与した患者さんの方が二倍の確率で新しい癌が発生したことが、新聞記事に出たそうです。
この様に、私たちが聞かされ続けて来た情報と、結果としての事実がいかに食い違っていたことに気が付くのです。誰でもちょっと探そうとすれば、そんな反体制的的情報はあふれているのです。

ところが、一般人である私たちは一体どちらの情報を信じたら良いのか迷いに迷い、結局は、多くの方たちは大勢を支配する大本営側の情報を取り入れてしまうようですが・・・

しかし、いつまでもあいかわらず大本営発表ばかりを鵜呑みにすることはちょっと休んで、いちおうは、大勢側にとっては迷惑至極ともいえる“敵国側”情報にも耳をかそうかという、“非国民”型人間もこのごろは増加しているようですので、頼もしい限りのひのもと国ビトかななどと内心喜んでいるのであります。



ただし、いつになったら、その真実に気づく人が大半を越すのかどうかは、私にもさっぱり分かりません。
それほど、“キョウイク”は徹底され続けて来たようですし、いまだにマスコミをはじめ、大本営側の情報だけを大々的に取り入れ広報する体制が有る限り、その“気づき”はだいぶ遅れるのではないかと少々不安になります。
(わたしたちの日常生活で絶対な常識となって、染み込んでいるから)


本土大空襲が起きて大打撃を受けても、いまだに不敗大日本帝国の勝利を信じて疑わなかった国民の子孫のひとりとして、この私めもなにかいやな予感?を覚えるのであります。
その目覚めのための“ピカドン”など再び体験しなくて済むためにも、今こそ非国民側とも言える少数異見に耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。
そして、それに同意できるなら、自らもその情報発信側となって欲しいものです。
それこそ、少数者が出来る唯一の自己防衛になるからです。
自分を守るには黙していては出来ません。その意思表示をしておくことがきっと後になって生きて来ます。


私はそのためにいろんな情報をのぞく好奇心あふれるノゾキ屋さんですが、「これこれが絶対です」という信念や情報にはちょっと気をつけなければと思いはじめています。
最高は有限のストップの状態だからかな?

その点では自分自身で取捨選択をするという自主性が大切だと思っています。
そのために、『じゃあ、どうすればいいんだ』という疑問にはあまり役立てないのかもしれませんが・・・


いつものどうでもイイ前書きは終わり、本題の臓器移植について専門家の情報を載せてみました。詳しいことは本書で味わいください。


【クスリで病気は治らない】(医学博士)丹羽靭負ユキエ著/
             《E、臓器移植の問題点》より
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・・・
彼女は(母子血液型不適合妊娠者)は、地元の医大と、著者の紹介した大学病院で受診した結果、地元の医大は彼女の願望に希望的な答えを、著者の母校は否定的な答えを出しました。
ここで、皆さん、複数のお医者さんにかかる時の患者さんの心理を申し上げますと、二つの異なった答えが出されると、患者さんは必ずといってよいほど、自分に都合のよい診断をして下さるお医者さんの方を選びます。
例えば、A医院で"胃癌、といわれ、B病院で"胃潰瘍"の診断を受けて両方で手術をすすめられると、必ずB病院で手術を受けます。、この女性もご多分にもれず、地元の医大を選び、出産することに決めました。

著者は再三出産を諦めて思いとどまるよう説得しましたが、無益でした。そして出産が九カ月くらいの後行われ、無事未熟児を出産しました。地元の新聞は、一面トップで大々的にこの地元の大学の偉業をたたえ、教授が子供の名付け親になることも報じました。それから、二、三カ月後に、新聞の最下段の片隅に二、三行小さい記事で、その赤ちゃんの死亡記事が出ました。
このお母さんは、著者の申した通り、妊娠中、免疫抑制剤という名のもとに、大量の坑癌剤と副腎皮質ホルモン(ステロイド)を投与され、母体と胎児に対する正常な拒絶反応を抑え続けてきたのです。。また、このお母さんの血液を、赤ちゃんと同じ血液型にするために輸血を操り返したのです、そのため、お母さんは血清肝炎になり、不治の病を一生背負い治療を続けており、一方、赤ちゃんは、母体内で受けたクスリの影響で当然正常な細胞が叩かれ、出産後も正常な細胞の働きが出来ず死亡してしまったのです。
この女性に残されたものは何だったのでしようか。数カ月見させてもらった"虚しい真夏の夜の夢"と、今後長年にわたって患わねばならない"血清肝炎"だけだったのです。
和田教授の心臓移植も、この女性の出産にしても、心臓移植に成功する、また血液型不適合の赤ん坊を出産までもっていく医学の技術の優れたことと、その子が元気に生きて行けるかどうか、ということは別なのです。
自然の法則に逆らった臓器移植(母子血液型不適合を無事に生かすのも臓器移植の一種です)を克服するほど、医学は発達していないのです。
医学は決して万能でないということを皆さんに、この項を借りて、よく理解して頂きたいのです。

最近の医学の発達は、組織適合性検査の進歩・臓器バンクの充実などで、当時よりはるかにこの拒絶反応は軽くなりましたが、一卵性双生児ならばともかく、その他の臓器提供者によるものを使えば、やはり移植手術後は大量の副腎皮質ホルモン剤と免疫抑制剤の名のもとに、抗癌剤を使用していますし、移植後生存している人は生気のない土色の顔色をして、この世の人とは思えない顔貌で、健康な日常生活は望めないのです。

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以上の一部抜粋から、臓器移植をした後の専門家からの指摘は事実を良くついていると思います。
ここで著者の主張は、『絶対に臓器移植はするなと言っているのではない』のですが、『一般の方はたとえ危険をおかし、多額(何千万単位のお金)の経済的負担をかけても臓器移植は必要な手段であって、移植後は健康人と同じように健康で長生き出来ると思い込んでいる』のだと書いてあります。

しかし、そのことは『誤りであり、決してそうではないという事実』を誇張なく書いてあると思います。

それよりも、かえって誇張ある表現をしているのは、『臓器移植推進をしている側』にあると思うのです。

それとともに、何も知らない素人(患者)にとっては、「いつも自分にとって都合の良い、甘い玉虫色の情報の方を取捨選択してしまう」ことをうまく指摘していると思います。
これは患者側にある人にとっては耳の痛い言葉でしょうが、うまく真実をついていると思います。




「人は人に相談するとき、自分に都合の良い答えを出してくれる人に相談したがる」と言いますが、なんてことはない!自分ではすでに答えを出しているのを他人の口で代弁してもらっているのかな?  だから、何もしらない素人ではなく、真実を知ろうとしない素人という、なんだかわけのわからない・・

こういう事かな?
自分ではすでに意志決定をしている。だからそれに反する知恵(情報)を与える人には会わない、会いたくない。ちょっとでも自分の答え(すでに意志決定しているから)に合わないことには耳を傾けないし、忌み嫌う。
しかし、自分で答えを決めたという自覚がないから、後でその結果が自分に都合の悪い場合はつい他人のせいにしたくなる。 ウ~~ン、アセガデル。



え~~とどこまでいったかな

これは、診療側は薬の主作用ばかりを主に説明して、反面恐ろしい副作用の方をほとんど知らさない(知らせても不十分)で来た結果、多くの被害者を出し、ほどんど勝ち目の少ない医療(薬害)事故裁判を起こさずにいられない悲しみと憤りの患者さんがたが過去にも現在にも溢れているのが現実です。

そんなとき、後になってから「なぜ知らせてくれなかった」という怒りをぶつける相手は、「一方的情報だけに身を任せて来た自分自身」にもあるのだということを忘れてはならないと思います。

そして、
いくら裁判で勝訴して国から保証金を勝ち取ったとしても、そのお金は国民のものであり、自らの税金も含まれているものです。それにお金ではけっして代えられないほど大切な生命と健康なのです。


やり場の無い怒りを裁判という形でしかぶつけられない気持ちも分かります。
しかし、いつも“行う側”だけが悪いような気がするからなのでしょうが、その隠れた原因のひとつに、「情報」をご自分に都合の良い方だけを受け入れて、都合の悪い方を無意識的に排除してしまう“受ける側”の責任もあると思います。


新聞などの報道にしても、あくまで「成功」の方は大々的に発表し、「失敗」の方は細々としか知らせないというのが現実ですから、発表するのは「勝ち戦」のみ(それも誇大広告的)、「負け戦」は国民に知らせず・・・という、どこの国でも日常的に行われている(現在でも)大本営?のやり方によく似かよっているかの様です。


私自身の考えは、自然の摂理に逆行する臓器移植も、その為に行われている脳死にも反対です。
しかし、それを行う側、受ける側の人の意志を強制的に阻止することは出来ません。彼らにも選択の自由があるからです。


そこで、皆さんは、下記のように、この本の著者が書かれているように、双方の情報から選択をしていくのがベタ~~~かな


『臓器移植は自然に反するものですから、他人の臓器は生着しないのが生理的で正しい生態防衛であり、自然の法則です。』
から、
『現代医学は自然の法則を乗り越えられるほど万能ではなく、また決してバラ色ではない・・』
ことを認識して、
『もう少し賢くなられて、最新の医療に飛びつく前に、こういう複雑な医学の現実、実態をよく把握理解してから賢明な選択をなさるようにして下さい』

と結んでいますが、私は、まったくその通りだと思います。


そうした後でご自分の決定をされたのなら、あえてそれを止める気もしませんが、贈器者本人もその家族もそれを“決める”ときは、ヤハリ胸に手を当ててからの方がドナーなのかと、よけいな心配を書いてみました。


推進者側にとってはえらい迷惑な話でしたでしょうが、こんな異論でも医学が将来に禍根を残さないためにも異論を押さえ付けてはならないと思います。

ものごとを問答無用的に押し付け、論じることなど馬鹿馬鹿しく必要でない、という方法でむりやり臓器移植をすすめているのではと感じています。
(それはおそらく事実でしょう)

そして、それには必ず(活きている)新鮮な臓器が必要となります。
生きている人間を死んでいるかの様に“脳死”というヘンチクリンなコトバをつくりあげ、これをむりやり押し付けられたんでは、オチオチ昼寝もしていられない世の中になってしまいますからね。


最後にもういちど、著者のお言葉をお借りして

もう少しカシコクなられて・・・・・ケンメイな選択を・・・




参考文献
【クスリで病気は治らない】(医学博士)丹羽靭負ユキエ著/(株)みゆき書房/1300円
化学界の世界的権威、丹羽博士が化学薬品の致命的欠陥を訴え、真の健康のあり方を説く
【脳死は、死ではない。】梅原 猛編/思文閣出版/1600円
【生命をもてあそぶ現代の医療】現代社会を考える会・山口研一郎/社会評論社/2200円