大きなものに流されて。

高い処はいい。しばし世間を忘れられる。剪定師はいい。地上の枝枝で忘れられた存在になる。松や、梅木や、ヒバの高処にたかっていると、瞬間自分が高い処にゐることを忘れる。鳥が身近に鳴くと、鳥語を得て、哲学めいた観想に気分が宙に浮かぶ。よせよせ問答。大きなモノゴトに流されてゆく。

塀の外ではパワーシャベルがアームを奮い、地を掘り下げて下水管敷設工事が続く。ヘルメットをかぶった工事人よ、危なくはないか。みな日に灼けて初老の人たちばかりなのだ。

けふも北に病を得た人がゐて、ば様は次第に自分自身に関心を喪いつつ、夢の中へとしきりに游びたがる。バイタル───体温36.6、血圧は120台に、酸素飽和度96に、食事の量は昨日より雀の涙ほどだが増えた。さて、また花に救いを求めん。君が代蘭はついに花の天頂まで咲きいきみ、花穂の下から花片が萎れ始めた。秋冷まさに皇帝ダリアをして目覚めさせ得ん、花芽が天蓋に付き初めました。

 

倉石智證

この人たちも永遠の隣人として

見知らぬ傍らを通り過ぎて行ってしまうのかなぁ。

胸がふたがる。ぼくも僕たちも一度目にしたならば見続けてゐなければならないのだらうか。もういい加減に、たとへば畑に撒かれたエンドウ豆はぼくたちの約束事のやうに天の運行に乗った。みんなみんなそうやって自分の運命に忠実に、天の采配に任せて、歓喜と云ふほどのことでもないが、ごく普通に静かな喜びに身を任せて、過去も現在も未来のことだから、冬の作物は生々と青々と畑に整列する。胸ふたがる。手を握っているが、握ろうとして、眠っているのか力なくするっと、気が付けばぼくの手から抜け出していて焦る。ぼくはもういろんなことで知らないと云ふわけにはいかない。かう云ふことで全般的に日を遅らせたりしてはいけない。もはやなんでも理路整然と云ふわけにはいかないが、木に上っている間は忘れることも出来るので、とりあえず目の前のことに真剣に取り組み、食事をしっかり頂いて、神仏にはちゃんと祈る。

富士山初冠雪

 

倉石智證

「里古りて柿の木もたぬ家もなし」(ばせう)

よくないなぁ。一言で云へば気力が喪せた。けふはまた柿を持参する。「柿だよ」「目を開いて」、と云ってもすぐに閉じてしまう。あれこれしてだいぶ経ってからようやく柿だと認識した様子だった。だが、たいして関心と興味があるわけではない。10:30からの500㏄の点滴が了はる。留置針の周りは赤い血が滲み、皮下は紫色の内出血が広がってゐる。血圧は昨日は160台だったがけふは140台に下がった。一方、酸素飽和度は昨日の92からけふは96に上がった。ところが不安に思っていた通りに食事がいっかな進まない。朝食は2分と昼食はゼロに近い。一瞬じ様の最期の入院生活を思い出した。じ様は体力が衰えてゆくとともに、自分で少しずつ食事を舌で押し返すようになった。いやな気分。ホールのコーナーが少しにぎやかになる。リハビリの時間になった。車椅子のお年寄りたちが三々五々テーブルを囲んで集まって来る。点滴を外しに看護士さんが部屋に入って来た。眼を瞑ってゐるばーさんのリハビリはとっても無理だなぁ。看護士さんにあらためてバイタルを聞いて、くれぐれも院長先生に診断の相談を受けて下さるようにお願いしてエレベーターに乗った。外表にはまた小雨がパラついて来た。

/君が代蘭咲くはひとつの慶事ならむ

 

倉石智證