ビールとココア記念日
この頃は、午後にならないと日が差さない部屋で
ちょっとした脱力感に見舞われ、うとうとしていたら夕方になっていた。
塩とタンパク質を欲した身体が冷蔵庫を漁り
食べかけの生ハムを掘り出してきてつまみ上げる。
原始的な肉食ぶりに肩をすくめつつ、続いて牛乳を温める。
そういえば、この間。
ビールを飲むあなたの横で、私のココアが湯気を立てていた。
甘い香りが漂う、この完全にミスマッチな晩酌を、
それでもあなたは「いいね」と言ったのだ。
一緒にいるけれど、お互い好きなものを選べて、
時間を共有している自由さ、気を遣わなさが、いいねと。
「そういうのがいいね」と、あなたが言ったから・・・
って、まるで『サラダ記念日』か、と思った。
でもあの短歌の意味が、前より分かる自分がいる。
些細な一言だけで、たちまちやさしい気配に包まれてしまう
気を遣わないけど心地よい感じ。
また、生ハムをつまんだ。
熱くしすぎた牛乳の薄い膜を啜りあげる。
お行儀の悪さもご愛嬌、あなたの声が聴きたくなって
指先を舐め、受話器をつかんだ。
girlfriend
彼はいい人だって、言うけど。
そんな風に、あなたを悲しくさせる人を
私はどうしても、いい人だとは思えないのよ。
ごめんね、でも悪口じゃなくて。
やさしさって、いろいろあるけど
「あなたのために。」と、物は言い様。
それは本当に、あなたのためを思ってのこと?
謙虚なふりをしてあなたに恩を着せることで、
実は自分の思惑通りに物事が進むように
言葉をすり替えてしまっただけに思える。
それじゃあ、彼はあなたのために
どんな風に行動してくれたというの。
思っているだけじゃ、唱えているだけじゃ、ダメなのよ。
ニュースのネタになるような
偽善じみて押しつけがましいパフォーマンスよりも
見えないところで誰かが残した自己主張のない“好意”が
私にはグッとくるけど
彼はそのパフォーマンスすらしないで
リモコン片手に寝そべってニュースにケチつけているだけ。
ごめんね、酷いこと言って。
・・・それでも
私はあなたを応援しているし
あなたが自分で決めたことには、もう口を挟まない。
だから彼のことを言うのは、これで最後にする。
もし、困ったときや話したいとき、
私の顔が思い浮かぶようなときは呼んで。
すぐに駆けつけるから
どうか、それだけは憶えておいてね。
幸先
11月になりました。
先週のこと、展示会がありめずらしく都内へ外出しました。
その道中、思い立って知人にメールしました。
私はこれまで、日比谷線の出口が前か後ろかで何度も失敗しているので
都会派なその方ならば教えてくれるだろうと思ったためです。
六本木駅に到着した矢先、「うしろ」というタイトルのメール着信。
迅速なご対応に感謝いたします、一件落着。
地上40階の会場からは、東京タワーの全身から街灯りまできらめき
かなり遠くの方まで良く見えました。
澄んだ空気は、冬が近いことを教えてくれます。
誕生日がもうすぐ。
幸先の良い、明日のために
今日見つけられる小さな兆しを大切にして
一日毎に、小さな成長を。
かみさまの前髪をつかむのだ。
それでは行ってまいります。
ノリちゃん
化粧っ気のない丸い顔に、巻いたくせ毛。
ラバーソールの靴を履いた、スーパーの花屋のバイトさん。
そんなノリちゃんのウォークマンにはいつも、
ホコ天出身の高校生トリオバンド。
イヤホンから漏れる軽い音がシャカシャカ鳴っていた。
ある日ノリちゃんは「オールナイトのハロウィーンライヴに行く!」と言って
ホラーメイクで仮装したままママチャリに乗り、電車に乗り、
かぼちゃ色のパンツにマントを羽織って渋谷へ出かけた。
すっぴんじゃないノリちゃんを見たのは、後にも先にもそれだけだった。
もっと仲良くなれたらよかったな。
「いま」を楽しんでいる、その自由さが好きだったし
とても気が合う人だと思うのに、私たちは上手くいかなかった。
ノリちゃんのお兄さんと別れたときに、ノリちゃんも一緒に離れてしまった。
もうあのバンドを知っている人も稀な時代になってしまったけど
元気にしているかな。たぶんいいお母さんになっているんだろうね。
Take your time.
急かされるのも、付き合わせるのも落ち着かないから
何をするにも一人が気ままだと思っていたけれど
あなたと一緒だと何かが違っていて、つなぐ手も心もあったかい。
たとえば私が気になるものを見つけて足を止めても
迷惑そうな素振り一つせず、一緒に反応してくれるから嬉しく
「あ、ちょっとこの店見てもいい?」という、
気まぐれな寄り道や遠回りがやけに楽しくて、よかったなぁと安心する。
ショーケースの隙間から、見慣れた背中を探すときは
いなくなるはずないと思うのと裏腹に、見失いそうでドキドキする私を
遠くに行くはずないだろ、という顔をして待っていてくれる。
すると、一人が気ままだとか思っていた自称クールな女が
飼い主を見つけた仔犬みたいに鼻を鳴らしてトテトテ近づくのだ。
これって、面白そう。楽しそう。
突然思いついたことを遠慮なく提案しあえるのは、心地いい。
もし不賛成でも真っ向から否定せず、
一度は受け止めてから、違う意見をぶつけあえるのがいい。
好きなことも苦手なことも、興味も関心も、失敗や経験さえも
分け合えばちょうどよく均されるらしい。
ふと気付いたのだけど
あなたといると、同じ1日、1秒ごとが、
他の誰と過ごすよりも“やさしく流れる”気がする。
たぶんそれが、私の生まれつきのペースに限りなく近いからだと思う。
「Take your time.」
「Thanks.」
この感覚が、とてもいい。
あいたいな
雑誌ぱらぱらあいたいな
雨戸がたがたあいたいな
ギターぎゅんぎゅんあいたいな
落ち葉ふみふみあいたいな
散歩の鼻唄に歌詞をつけるならこんな風。
生まれた時から男の子にはブルー系、女の子にはピンク系と
何となく、決められた色を着せられているうちに
何となく、その色を好きな気分になってしまうから
「好きな色は何」と訊かれたときに、答えに窮してしまうんだ。
本当はどの色も好きだから、どの色も選び難いし
あなたの持つ多彩な色合いにしても、
どの部分も欠けてほしくないと思っているよ。
曖昧なことまでそれがフツーだとすり込まれても
本当にしあわせかどうかなんて
こころの針がどこで振れるかで決めるっきゃないことで
独身ならば心配されて、一人っ子なら二人目はいつと
ことあるごとに言われはじめる適齢期をかわす
愛想笑いもメンドウクサイけど、大丈夫。
そのうち誰も禁句だと思って言わなく(言えなく?)なるからさ。
春に、小枝の先に鈴生りになる大勢の花に混じって
幹の途中から吹き出していた小花だって
はみ出し者でもちゃんと咲いててホッとした。
かわいいな、何だか。負けられないな、何だか。
あなたにあいたいな、今、とても。
Cavity
本当は喉まで出かかっていた気持ちとか、
しまい込んだ想いはいっぱいあった。
手を伸ばし掴み取る力も、足を踏み出す一歩目も、
言葉にできず開いたままの口も、
仕方ないやと情けない顔で笑っていたけれども。
諦めが心を蝕んでいくのをみすみす見逃したら
そのたびに、コトリと小石がひとつ積まれていって
ひとつきりなら蹴り飛ばすこともできた重さが
いつしか動かせないほど小高い山になっていた。
人は膝ほどの浅い水でも溺れるらしい。
種明かしをされたら怖いことなどないはずなのに
一瞬の隙に天地も前後も左右も見失ってしまうと
必死になって身を沈めていることにも気づけずに
恐ろしさにもがいてしまうんだ。
とても好きだったんだよ。とても悲しかったんだよ。
それともそうした思い込みに陶酔する様を
自分で気に入っていたのか、もはや分からない。
ただひどく、疲労感だけ残る恋をして、終わったんだ。
同じ空を見ている
「わーわーわー。空がきれい。」
そんなことを伝えたくなって橋の上に自転車を停めました。
透明感があるのに、その鮮やかさは油彩を髣髴させます。
ものの数分で移り変わる見事な色あいに
気ばかり急いていたのですが、
木枯しでかじかむ指先で携帯を探っていたら
先を越されてしまいました。
思わず染まる頬も気付かれない、見事な茜雲。
どこかで同じ空を見上げている人に心ときめき
そばにいなくても、そこに在る繋がりが嬉しくて
向かい風にもペダルが軽くなった気がしました。
★
ところで、感情の起伏があって気まぐれな女性の様子をたとえた
「女心と秋の空」なんて諺があります。
元はといえばこの言葉、恋に移り気な男性の気持ちをたとえた
「男心と秋の空」に対して、後から派生したものなのだそうです。
「女心」が主に気分や感情全体を差しているのに対して
「男心」は恋心に限定された意味合いというのが面白い。
(もちろん、一途な人には無縁な言葉かもしれませんね)
一つためになったので
備忘録に加えておこうと思います。
秋の夜長
お皿洗いは後回しにして
電気を消したら準備オッケー
一緒に映画でも見ようよ
ソファーに並んで腕を組み
反対の手にはマグカップと
新発売のチョコレート
お気に入りのスナックも
ちゃんと買ってあるから
泣ける名作でしんみりも
カンフーで盛り上がるのもいいね
一緒に見たい映画を数えたら
何度秋が巡っても足りないや
人生は太く短くだなんて格好つけずに
やっぱり長生きがいいと思うよ
そばにいたら楽しいことが
もっと増えていくはずだからさ



