昔ほど恋してないな
いつか、暮らしを始めた冴えない部屋を引き払う日に
がらんどうの真ん中で手を繋ぎ「お世話になりました」とお辞儀した。
新しくて広くて隙間風の吹かない部屋が待っているとしても
それでも古巣を去る前には涙がこぼれた。
人は慣れれば忘れてしまう。
何は無くても豊かでいられたことを忘れたくなかった。
若かった私たちにはお金もクルマも無かったけれど
二本の脚とアイデアと好奇心、それに情熱があった。
少し歳をとった私たちには無いものを
確かに持っていたような気がする。
年相応な落ち着きを手に入れる代わりに置いてきた「財産」を。
あの部屋の、午後しか陽の当たらない西の窓がよぎった。
冷蔵庫の中で発芽していたニンジンの水栽培や
結露を拭った布巾の花柄を思い出した。
もっと、思い出した。
一日のなかで部屋も頬も茜色に染まる僅かな合間に
帰ってくる人を待つときが、とても好きだったことを。
暮れゆく今日を切なく愛おしいと思っていたことを。
もっともっと、思い出した。
昔ほど恋してないのは、自分のせい。
★
少し歩こうか。
どこまで?
どこまでも、気の向くままに。
そういうの好き。ずっと前から、今も好き。
かんころこんこん
足元に転がっていた空き缶が
風にあおられて離れて行った
二車線ずつの国道に向かって
かんころこんこん音たてて
悠々転がる空き缶に
「旅してるね」と言おうとしたら
あなたも同じく口を開き
「旅・・・」と言いいかけ笑った
真似すんなよう
真似してないよう
毎度のことながら
まったく面白いんだから
随想 120111
長かった冬休みが明け、いつも通りの日常が戻ってきました。
年末年始はテレビやインターネット、新聞などから遠ざかっていたため
時事ネタにもすっかり疎くなっていて浦島太郎状態でしたが
今週はこのゆるんだネジを巻き戻すべく、リハビリ中です。
「ゆたかさ」というのは単に経済的に潤っているという意味ではなく
暮らしぶりであったり、生活や食の文化であったり、
人とのコミュニケーションやつながりであったり
いろいろな種類の豊かさがありますが
どこか、知らない町を訪れるたびに
日本は広いと感じます。
日本は豊かだと感じます。
私がいま生きている場所だけがすべてではなく
全体を見回したらむしろ自分自身の方がほんの一端に立っている。
空想や想像の世界を広げるとしても、
まずは現実の世界で見聞を広げ、肌で感じることが基本。
知らなかったことを知ろうとすることは恥ずかしくないし
何を始めるにも「今さら」はないと思って
2012年、ゆっくり前進して行きます。
気がつけば年女
明けましておめでとうございます。
今年は辰年だということで、どうやら年女らしく・・・
アラフォー街道まっしぐらです。
それでもまだまだ人生これからで、幾つになっても今が「旬」。
今年もいいことあるかなぁ・・・と願い、おみくじを引きます。
それから、2012年の目標を立てないと。
昨年やろうやろうと思っていたのに
何かにつけて腰が重く、頭がまるで働かずで
後手後手になり出来なかったことを、きちんとやろう。
「課題に向き合う」というのがしっくりきます。
日本でスマホ元年と言われた2011年、
爆発的にユーザーが増えたらしいFacebookですが
去年の今頃、街中でよく見かけた看板。
この映画も気になっていたのに結局観ていません。
それなら観るしかない!と、近々お家映画館にて上映予定。
こんな小さなことからでも有言実行を心がけ、
最近甘えでルーズになっている締め切りを守りつつ
気持ちの良い一年を過ごしたいものです。
本年もよろしくお願いいたします。
幕引き
「買い被りすぎていたのかな」と
冷たく言われてカチンときた。
もっといい子だと思っていたのにひどいとか
過大評価していたメッキがはがれたってことなら
さぞかしがっかりしたんだろうけど、
がっかりさせてゴメンなんて思わない。
勝手に誤解していたのは、そっちの方でしょう。
買い被るってずいぶん一方的な言い方。
自分のお眼鏡に適うか試していただけならもういい。
私は私なりに懸命だったのに
愛されたいと願っていたのに
幕引きがするすると幕を下ろしてしまった。
カチンときた。そしてとても哀しかった。
★
さてさて。
東の端っこ、日本では2011年が終わろうとしています。
年内の書きものはギリギリで終わり一安心。
片付けに小掃除に、洗濯に買い出しに、自転車磨きに余念なく
埃とともに積もっていた物事が最後の48時間ほどに消化され
なかなか有意義な年末を過ごせたと自負しております。
この一年に私のもとを通り過ぎて行った、あんなことこんなこと。
本当にいろいろなことがありましたが
総じて穏やかな気持ちでいられることに感謝しなければ・・・。
今夜、鐘の音を聴きながら思いを馳せて
静粛な気持ちで、本年に幕を引きたいと思います。
You're a dream to me.
久しぶりに聴いたThe Cranberriesの「Dreams」。
爽快に音が流れる感じと夕闇がまじりあって、
発作的に胸キュン(死語)しました。
年末特有のざわついた空気がそうさせるのでしょうか、
「気が急いて胸いっぱいな感じ」と、この音楽がマッチしていたのです。
切なくないのに胸が苦しい気分は恋愛の初期症状にも似ていて、
吊り橋効果のある音楽でドライブに出掛ければ
ラジオやカーナビのおしゃべりよりも恋が芽生えるものと思われ・・・。
恥ずかしながらThe Cranberriesは
「Dreams」ぐらいしか耳に覚えがありませんが
日本でもCMなどで使われていた気がしますし
NYを舞台にした映画「You've Got Mail」のテーマ曲でした。
ライバル書店を営んでいるメグ・ライアンとトム・ハンクスが
互いの素性を知らず、メールを通じて知り合い、惹かれあうものの
現実では犬猿の仲で、顔を合わせば意地の張り合いばかり。
その二人が次第に接近し、内面にある優しさや魅力に気づいていく様が
大都会マンハッタンの風景とともに上手く描かれていました。
素直になれない大人の男女によるじれったい恋模様に、やきもき。
・・・思い出していたら無性に再訪したくなります。
歌詞が好きです。
人生はいつだって
どんな風にだって変わり得るのは知っているのに
「夢」だけはどこかぼやけて見えていた
だけどあなたから感じるこの感じを昔も知っていた気がする
これまでと違う何かがすぐそこまで来ている
その正体をもっと知りたいと思ってしまったら
もう見てみぬ振りはできない
気付いたの
私の夢はあなただと
Oh my life is changing everyday
Every possible way
Though my dreams, it's never quite as it seems
'Cause you're a dream to me
Dream to me
随想 111219
昔々、数ヵ月間だけ渋谷の某デパ地下でアルバイトをしていました。
ショーケースの内側で試食用のおまんじゅうを切っていると、
ときどき地下街に暮らす主がやってきては
棚の上に置かれた試食をごっそり持っていってしまうのですが
先に気付いたスタッフから「また来た!試食隠して!」と指示をだされると
何ともいえない切ない気持ちになったものです。
きれいに着飾った人たちが行き交う街中は煌びやかなのに
普段は目立たない影の部分が、こんな風にちらりと垣間見られると
その対比にドキッとさせられました。
私財をまるごと詰め込み、煤けた布袋を引きずりながら
銘菓だらけで眩しいデパ地下を練り歩く、明らかに異質な存在感。
でも、それもまた“日本”という国の一面であり
年の瀬になると、そんな光景を思い出してしまうのです。
★
週末、日向ぼっこをかねて自転車のメンテナンスをしました。
チェーンまわりの余分な油をふき取り、フレームを磨き
変速部分をブラシで掃いて、タイヤの空気圧を見て、
最後はお店でブレーキを交換し、点検してもらいました。
やはり手を入れると快適さが違います。
タイヤは3000kmほど走ったら交換する人が多いのだとか。
通勤コースでは一日約18km走りますが、
さすがに3000kmまではまだしばらくかかりそうです。
朝は陸橋のはるか向こうに見える真っ白な富士山に、
夕方は同じく日が沈む色を切り取る富士山の輪郭に、
日がな一日をがんばる力を貰っています。
「来年の夏は登るからね」と心で手を振りつつ、ペダルを踏みます。
ホットミルクとココナッツサブレをちびちびやりつつ
原稿を書く夜長。冬至が過ぎれば日も長くなります。
いろんな事があった2011年も、いよいよラストスパートです。
やまびこ
川沿いに走る2両しかない列車に揺られている間
周りの人が着ている服の形や、方言混じりのおしゃべりに
ずいぶん遠くまで来たような錯覚を覚える。
早朝に家を出たはずが、水面のきらめきは
太陽がすでに高く昇っていることを物語っていて
たった3つ隣の県でしかないはずなのに
これはとんぼ返りになるかな・・・と肩をすくめた。
春から社会人になった彼の暮らす
そのローカルな駅に到着したときには、時計はすでに10時を回り
にも関わらず、建物もまばらな駅前には
電車の時刻表に合わせた個人タクシーが1台
見るからにヨソモノの若い女を観察しているほかは、
色あせたヤマザキパンの看板が付いた
文具と駄菓子が同居して並ぶような雑貨店と、
シャッターの下りたたばこ屋と洋品店があるだけだった。
聞いていた通り何にもなかった。
日曜日だろうが月曜日だろうが関係なく
ここには何にもないというのが本当のところらしく、
何も報せずここまで来ておきながら
彼が部屋にいなかったらどうしようだなんて心配も無用なほど
「何もすることのない」場所だった。
ドアを開けようと待ち構えているタクシーを無視して
駅前の信号を渡ると国道にぶつかる。
あとは、左にひたすらまっすぐ20分歩けばいい。
マフラーの太い車とトラクターとヘルメット姿の中学生に抜かされた。
歩行者など滅多に通らないのか、それともスカートの柄が滑稽なのか
抜かしざまに振り返る視線を知らん振りして鼻唄混じりに歩いた。
民宿に併設された借り上げ寮は、通りの裏側にあり
建物の背後には田畑が広がり、草と土と家畜のにおいがする。
1Kの部屋が長屋のように連なるドアの、右から4つめ。
足音を立てぬよう、一部屋ごとを指さして数えながら進んだ。
ノックされることに慣れていなさそうな合板の赤茶のドア。
銀色のノブの真ん中に、簡単に開けられそうな鍵穴がひとつ。
ここまで自分を届けてしまおうという冒険をやってのけたことに
今さらになって、鼓動が早くなるなんておかしい。
昨夜の日付が変わるころ「おやすみ」の挨拶を何度も繰り返し
名残惜しく電話を切った直後の、震えるような思いつきに。
おやすみを言って、電気を消して、もぞもぞと布団にもぐって、
どうせ寝坊しているはずの彼の部屋をノックする。
しばらくの沈黙の後、もう一度ノックする。
人の動く気配と物音がして、カチャリと鍵の外れる軽い音がした。
銀色のノブがくるりと回り、たてつけの悪いドアが音を立てて少し開く。
冬眠を終えたクマを見たことはないけれど、それに似ていると思った。
こんな風に、寝ぼけ眼をこすりながらのっそりと出てくるんだろう。
襟と膝の伸びきったスウェットと寝癖のついた髪で。
彼は、ドアの前に立っているのが「私」だと知るやいなや
いろいろなことを一瞬で理解したのだろうか
何も言わずに玄関からはだしのまま身を乗り出し
ゆっくりもたれかかり、黙って私を抱きしめた。
迷い犬を出迎える飼い主さながら、潤んだ目をしてゴシゴシとなでた。
この瞬間までに私の目の前を通り過ぎたものがすでに懐かく思えた。
始発に合わせて朝もやのなか駅まで自転車を走らせたことも
窓から見えた川のきらめきも、同じ日のことではないような気がした。
全然遠くなかったよ。
彼のためではなく、私が彼に会いたくて、ここまで来てしまったのだ。


