良いことも悪いことも
あのね。
今日は曇りのち晴れだって。
朝からすでに蒸し暑いね。
自転車で赤信号につかまらなかったよ。
電車で足を踏まれたのに謝りもしないんだよ。イタタ・・・
コンビニで新発売のメロンパン買っちゃった。
あれ?家に手帳忘れちゃったかな?
金曜日に友達と飲むことになったよ。
自分でも納得できるいい仕事ができたよ。
夕やけがきれい。
初挑戦の料理、味付け上手くいったよ。
映画の試写会当たりますように。
今頃何しているかな。
あ、今朝のゴミ出し忘れてた。
明日の天気はどうかな。
夢でデートしたいなぁ。
・・・とかね、他にもいろいろあるんだけど
良いことも悪いことも他愛ないことも
逐一あなたに報告したくなってしまう。
一日のうちで何度だって思い出し、語りかけてしまう。
あのね、今日はこんなことがあったよって。
あのね、明日もとても愛しているよって。
僕の彼女の日常
定時で上がってオフィスを出て、
駅へ向かう途中にある公園を突っ切ろうとしたら
入り口のそばにある水飲み場にサンダルが片方だけ転がっていて、
ベンチに、裸足の指を気にして、俯いた女の子が座っているのが見えた。
小学生と思しきその子を囲んで数人の仲間たちが
「だいじょうぶ?」と、ささやきあっているのが聞こえた。
横を通り抜けながら様子をみると、切り傷から血が出ている。
サンダルの指を、どこかに引っかけたのだろう。
歩きかけ、ベンチから少し離れたところで立ち止まり
ポーチや財布や手帳のポケットに絆創膏を探る。
それなのに、こんな時に限って切らしているなんて。
近くにコンビニもないし、会社の医務室は閉まっているか・・・
そういえば、デスクに入れていたかもしれない。
思いつくなりベンチの方を一瞥すると、来た道を駆け戻った。
「どうしたの?」オフィスで同僚に冷やかされ、
「ちょっと、忘れ物しちゃって」と、笑いながら引き出しを開く。
絆創膏、ばんそうこう・・・。ああ、ちょうどいい。2枚あった。
「今度こそ、お先に失礼します!」翻し、振り返らない。
公園に戻ると、まだ同じ場所に女の子がいてホッとした。
水飲み場でサンダルを拾い、ベンチの前にしゃがむと
女の子の不安そうな顔を見上げて訊ねた。
「どうしたの?怪我しちゃった?」
女の子の小さな指には、丸い爪がきれいに並んでいて
その1本が不相応なほど赤く腫れて痛々しい。
けれども骨に異常はないようだった。
「もう洗ったかな?ばんそうこう、貼ってあげるね」
余った一枚の絆創膏は女の子に渡した。
これはポケットに入れておいてね、外れたときに使ってね。
お家でちゃんと消毒するんだよ。
お家は遠いの?歩きにくいならお母さんを呼んであげるけど平気かな。
そしたら、元気出そ。気を付けて帰ってね、バイバイ。
駅に向かうと、乗りたかった電車はとうに出た後で
次の電車にも間に合いそうもなかった。
だけど仕方ない。走るしかない。
これが今日、僕の彼女が約束の電車に乗り遅れた理由。
たまに馬鹿だなぁと思うぐらい腹が立つこともある。
でもね、おせっかいでお人好しなところも、悪くないとも思う。
そういうところが「彼女らしい」ってこと、僕自身がよく知っている。
随想 110623
グラスがすぐに汗をかく、の図。
中途半端な時間に目覚めてしまって、そのまま起きています。
お菓子に手を伸ばす前に、どうせ食べるなら・・・と
ゆうべの発芽玄米ごはんに、カツオふりかけをかけて食べました。
今日は寝不足のまま出勤。まあいいか。
職場付近の売店にある、あげぱんが非常に危険です。
コッペパンの表面がカリカリになるまで揚げてあって
そこにグラニュー糖が、こてんぱんにまぶしてあります。
お昼ごろに揚げたてアツアツが売られているのです。
これ1つで、一体どれほどのカロリーがあるんだろう。
それなのにこれが嵌る味で、これまでに5本は食べたはずです。
昼時の誘惑に負けないようにしないと。
分かっちゃいるのに止められない。
もうどうにもとまらない~♪です。
季節的なものでしょうか。
ここ1か月ほど、耳の調子が芳しくないです。
閉塞感があって、自分の呼吸音や声が反響するので
難聴をやわらげるために頭を下げている時間が増えている。
走ったり自転車で猛然と走ったり、とっさに運動をすると出やすいですが
きまぐれに出たり出なかったりする。
でも、日頃から運動しない訳にもいかないものね。
さてと。
ノルマをこなして、創作しよう。
立て直しの6月だと思ったのに、終わりが近いのです。
2011年も折り返しなのです。
こうして日々、過ぎていくのはもどかしい。
行ってきます。
A Midsummer Night's Dream
夏至。
シェイクスピアの「夏の夜の夢」で、いたずら好きの妖精パックが
惚れ薬を使って男女の仲をひっくりかえし、
求愛の矢印があっちこっちを向いた後で
一夜明けた朝には大団円となる喜劇。
「A Midsummer Night's Dream」という原題から
「真夏の夜の夢」とされますが、Midsummerというのは夏至のことです。
この日は妖精の力が強まるとか、植物が良く育つとか
いにしえの言い伝えがあるそうです。
夏至に見た夢は予知夢だとか。本当でしょうか・・・
ここ数日の私の夢は、ご縁のあった人たちが勢ぞろいし
普段思い出さないような人物が、登場したりして何やら意味深です。
ちなみにゆうべは、こんな夢でした。
混浴とは名ばかりの、女性ばかりの温泉に
勇気ある(?)男性が単身乗り込んできます。
その男性、偶然にも私の知り合いだったのですが
周囲の「ええ!男の人!?」というぎこちないムードと
温泉に浸かっているというシチュエーションに
お互い無言になってしまい、会話するきっかけがつかめず
けれども内心は「あ、どうも。」と、会釈をしていて
裸の付き合いならぬ、微妙な心の交流をはかる・・・という内容。
これが予知夢だったら嫌だなぁ。
何を隠そう、一昨日の夢もまた、怪しげなストーリーだったので
どうやら私の深層心理は混沌としているようです。
ところで。
完全に余談ですが、ビートルズが歌っている
「There will be an answer : Let it be.」という歌詞は
ハムレットの名言
「To be, or not to be : that is the question.」を受けて
捩っているのかしら?と思ったりする、夏至の夜です。
確率論
2つのサイコロを同時に振ったときに
同じ目が出る確率は36分の1だという話を聞きながら
これだけ人がいる世界で、ふたりが出逢った確率は
どの程度なのかと想像していました。
「36分の1の確率」といっても絶対とはいえないのが確率論というもので、
たとえば2つのサイコロを36回振っても、
その中に1と1の組み合わせが必ずあるかどうかは分からないし、
それが1回目に出るのか、36回目に出るのかすら分からないのです。
50回振っても出なかったことに嫌気が差して
「もうやーめた」と放り出したサイコロが
51回目に良い結果をもたらさないとも限らないってこと。
あなたと私を取り巻くものごとを、サイコロだと思ってみました。
この時代に、同じ国に生まれていて、どんな風に育って、
どの辺りに暮らしていて、どんな生活パターンで、仕事は何をしていて、
なぜその時間にそこにいたのかとか、どうして相手が気になったのかとか、
はじまるきっかけに必要だった事象に記号をつけた無数のサイコロを
全部に同じ目が出る奇跡の一投をめざして
「世界」という標本空間Ωの中で振り出します。
この数学的にひどく長くなりそうな式を解いたら、
おそらく「出逢う確率」として、何らかの数字が出るのでしょう。
けれど、それも確率論からすれば
信号が点滅した交差点に、もう一台車が突っ込んできて
私がその横断歩道を渡れなかったなら
あなたはもう、そこにいなくなっていたかもしれないのです。
だからこの巡りあわせは本当に稀少であり、素晴らしい幸運だった。
そう、思わずにはいられません。
会いたい人がいる
親友というものは、インターバルが開いて再会しても、
先週あったばかりのような気兼ねのなさで話の続きができるもの。
たとえそれが、何年分かの積もり積もった話であっても。
今、私は新潟に住む親友に、とても会いたいと思います。
一緒の時代を過ごしたのはほんのわずかなのに
大切だと言える、ともだちだから。
社会人二年生の春に、Uターン就職をした彼女を訪ねて
日本でも指折りの降雪量だというその町へ向かいました。
そこには田植えしたての水田と、雪割りの屋根と、縦向きの信号機と、
夜中に閉まるコンビニや、見慣れない地方銀行があり、
雪国まいたけで財を成した社長の邸宅、通称「まいたけ御殿」があり、
若葉マークで衝突して弁償したという交通標識があり、
(彼女はそれを「私がポケットマネーで立てた標識」と呼んでいました)
会社の倉庫に「かんじき」と「かさ(かさこ地蔵に出てくる方)」があり、
それはそれは、なんというかとても、魅力的な町だったのでした。
愛車のライフでぐるぐると町を案内してもらい、
日が暮れるとスーパー銭湯で温まり、
夜にはほとんどジュースの缶チューハイで乾杯をし、
いい匂いがするパジャマを借りて眠り、
次の朝にはちゃんとした朝食を食べて、
お昼になると新幹線の時間を気にしはじめて、
やけに寂しい気持ちになっていきました。
その日の午後。
地元で評判のオムハヤシを出す喫茶店に寄り、
何の予定もないままのんびり駅に向かう途中で
「目についたから」という理由だけで陶芸教室に立ち寄りました。
日帰りでの体験もできるというので、
手びねりで土をいじり、試行錯誤を重ねて、器をひとつ。
彼女はありきたりの形ではなく、葉をかたどったお皿を作っていました。
誰も口をきかず、黙々と土と格闘していましたが、
ともに、良好なときを共有していることを感じました。
乾燥させて焼きあがるまで2か月ほど待ったでしょうか。
裏に私の名前が彫られた小鉢が自宅に届きました。
陶芸教室から、彼女に引き取られてきた私の作品は
割れないようにていねいに、大切に、幾重にも包まれていました。
多少不恰好でも、世界に一つきり。
さっきまで、キュウリの浅漬けが入っていたこの器には
そんな思い出が隠れています。
だから、食器棚から取り出すたびに、ふと親友が恋しくなるのです。
元気でいるかな?と。
初心
「初心を忘れないこと」と何事にも言うけれど
私はあなたと一緒にいることに初心を忘れないでいたいと思います。
忘れないでいたい、というからには
自分にも心当たりというか、自覚症状があって
ときどき忘れそうになっていると、警笛がなっている気がするからで
ついでにあなたの方にも、だいぶ私に慣れてくれているのが
感じられるからで。
お互いがお互い「らしく」いられる。それは嬉しいことです。
だけどそこで初心の笛を吹きます。
私が私らしく・・・それはあなたがいてくれるから。
あなたがいなければ、それすらできないということも、忘れずに。
だから感謝。やはり感謝。
僅かなことでドキドキしていた緊張感も素敵なものだから
ベテランになっても、ときどきハラハラ
安住の気持ち、だけどそこに甘んじないでおきましょう。
初心を忘れない。
今日も明日もなかよしで、よろしくお願いします。
随想 110612
先週からの風邪が長引いています。
ドーナツ店にて、血糖値をあげながら
課題図書を開き小休止。早起きをしました。
店内をふらついていた小虫が、隣りのカップに飛び込み
女の子はブルーになり、虫は溺れて沈みました。
仕方ない。そういう不運は、たいていいつも突然おこるのです。
やはり頭がガンガンと痛みます。
誰かに風邪を移していまいかと不安です。
微細なドーナツが血中をかけ巡り、やたら眠い。ふぁ~と生欠伸。
早めに薬を飲むのがよさそう。
人からの推薦をうけ、手にした本を、私は課題図書と呼びますが
近頃、編集者よりになってきた思考回路をくすぐるのは
やはり記事よりも創作物なのだと思います。
目標に向き合うはずの三十路も、折り返しが近いことを
しかと心に留めないと。
時は止まらず、もうじき次の満月になります。
雑踏。だんだん街にエンジンがかかる頃合いです。
そこかしこの、群れの中で
一緒にいるのは見馴れたひとでしょうか?
もしそうなら、試してみてください。
連れ合いを、たまには少し離れたところから眺めてみたならば。
たとえば人でごった返す週末のショッピングモールだとかで、
知らんぷりして観察してみるのです。
景色のなかに、無数の他人のなかに、
ホッとする愛しさが、安心が見えたでしょうか。
大切さや、かけがえのなさが、押し寄せるのを感じたでしょうか。
録音した自分の声を聞いて、思わず
「私の声ってこんななの?」と感じる気恥ずかしさは
近すぎるとわからない音や、見えない感情などを
客観的に発見してしまうからで。
身近過ぎる誰かの存在が嬉しく、
つい真顔までほころんでしまうならば、
その誰かこそ、「たからもの」。そんな風に思います。
四文字
アドレス帳をふと見たら
ずらりと並んだ名前のリストの
たった四文字にハッと息をのむ
あなたの名前は何かの符号なんだ
ひときわ目立って飛び込んできて
いちいち私をどきどきさせる
そして改めて
よく知っている「そのひと」と「その名前」が
重なり合ってひとつになるとやたらいとしく
素敵な組み合わせだと思い
文字にまで惚れ込む自分を
どうしようもなく笑う
私の声があなたの名前を発するときに
いちいちうれしくなってしまう気持ちが
いま、とても待ち遠しい
同じ畑で逢いましょう
第六感というものは、本当にあるのでしょうか。
かつて私に、「ぜったい特殊能力がある」といった人がいましたが
どうなのでしょう?
自動ドアを通過するときや、PCの前で
脳にピキピキ響く電磁波が聴こえるぐらいでしょうか。
類は友を呼ぶ。気付けば、似たような感性のひとに囲まれています。
一期一会のくりかえしから、ご縁や付き合いはふるいにかけられ
それでも残っている方々は、どこか心地の良いひとばかり。
同じ畑で育った。そう、そんな感じ。
形は違えど、似た味がする。
同じ畑で育った仲間とは、たとえばこんな現象がよく起こります。
言いたいことを、どちらかが1秒先に横取りしてしまったり
度重なる、メール送信タイミングの先読みだったり
食べたいと思っていたものをもらったりあげたり、
違う町の同じ店で買い物をしていたり
夕食のおかずが一緒だったり、決まった時刻に月を見上げていたり
おもしろいほど一致していたりします。
人生経験やその人のルーツにも、どこかしら共通項があったりして。
同じ畑とは、おそらく、そういうことなのでしょう。
双子が以心伝心するように、似たような思考回路を持った者同士なら、
<偶然の一致も起こりやすい=必然と呼べる>
のではないかと思った次第です。
けれども、もし私に特殊能力があるとしたら?何だろう。
宝くじを当てたり、カードの裏が見えたりということはありませんし
大博打に出る人生よりも地道なことを好む小作人タイプなのですが。
あ。それでも強いて言うならば、誰かが階段を踏み外したときに
一番下にクッションがあったから深手を負わずに済んだ・・・の
そのクッションぐらいには、なれるかもしれません。
小作人ゆえ、土をふかふかに耕すのも生業。
それではまた、同じ畑で逢いましょう。


