お菓子、雑貨
呼び鈴がなって、ドアスコープを覗くと、
ガムテープでぐるぐる巻きになった箱を持った人が立っていました。
「米10kg」と書かれた、ちょっと怪しい段ボール。
母からの荷物が、いきなり届きました。
しかしながら、送り状に書かれた品名はお米ではなく「お菓子、雑貨」。
・・・胸が高鳴ります。
こ、これは・・・いわゆる“ゆるキャラ”の走りでしょうか??
会津の民芸品、笑福起き上がり小法師さん。
ローカル色満載の、黒蜜ときなこクッキーの箱に入っていました。
箱にはあと、じゃがりこの東北限定ずんだ味やら、大内宿の蕎麦やらと
それからちょっとしたギフトも。
不意打ちの届け物に嬉しくなってお礼の電話をかけたところ
「すてきでしょう?あの起き上がり小法師ったら、
半分ぐらいの確立で起き上がれないのよ!
きっと、ジジババが作ってるのよ・・・ウフ。」と、
ジジババに片足突っ込んでいる母がお茶目に言います。
母曰く、小法師さんを初めて見たときは、
あまりにも可愛くないと思ったはずなのに、
眺めているうちに、だんだん愛着が湧いてきたそうです。
なるほど、世間でも良く言いますよね、
「三日で飽きる美人より、多少見栄えが悪くても気量良し」と。
福島県は原発の影響や風評被害をもろに受けているため
向こうから何か送ってくることを気にしているみたいでした。
でも本当に原発が大爆発をおこしたら、東京も横浜もきっと一巻の終わりで、
こんな風に笑っていられる「この瞬間」もが、束の間なのかもしれません。
いろいろと話しました。
明日は苦難の始まりかもしれない、けれども。
起き上がり小法師さん、よろしく頼みますよ。
無機質な音楽
僅かに開いた窓から風が入るたびに、
カーテンが波打ち際のように寄せて引くのを
ほとんど空っぽのこころでぼんやり見ていた。
視界の隅に、外した洗濯物の小山がもっさりと積まれている。
たたまないとなぁと、思っているのに立ち上がれない気持ち。
図書館に予約していた本が来ているのに、迎えに行けない気持ち。
身体がたるんでいるなぁと贅肉をつまみながら、明日から・・・と逃げる。
銀行の時間を気にしているのに、いつも間に合わない。
連絡事項も、たまったメールも、レシートの束も、片付かない。
これに似た気持ちを、知っている気がした。
いつだったか、眠れない夜に小さな家出をした。
<闇があるうちに、出かけよう。何もかも明るみに出る前に。>
目的地もなく車に乗りこみ、ガソリン1000円で行けるところまで走った。
東から白んでくるグラデーションと追いかけっこしながら
聴いたのはたぶんAphex Twin 'Selected Ambient Works 85-92'で
光が差す頃、なぜか清々と安心していた。自分が「走っていられる」ことに。
もう逢わないと決めたとき、必死に閉じたパンドラの箱。
大変だったことは憶えているはずなのに、また、かたかたと音がする。
中に閉じ込められている何かが、まだ生きているんだろう。
若さゆえの情熱が失われていくならば
愛情を持って立ちまわるしかないと、気付いていたのに
相手の揺れる心を責めるばかりで
気付かない振りをして、鍵をかけたんだ。
震えだす心。早鐘を打つ鼓動。縺れる足で駆けた道。
あの頃、タイムカードの文字にまで恋していたのは嘘じゃない。
ダメな気がするけど、駄目ってほどダメなことは稀で
それなのに、誰が決めたんだろう、ダメだなんて。
きっと自分で決めたんだ。
夏の夜明け、記号のような無機質な音楽が鳴っていた。
随想 110520
予想外に早寝してしまい、予想外に早起きしすぎてしまいました。
今週はちょっと体力不足で山あり谷あり、息切れ気味の五月病です。
お待たせしている案件、申し訳ありません。
昼休みの茶話会。
先輩の家に、通い猫が来るようになったという話が最近ホットです。
ある日ふらりと玄関先にやってきて、ソーセージを1本与えた縁から
いつしか毎日、同じ場所で帰りを待っているようになり
夜になると木箱で眠り、朝は家人を見送って、昼は何をしているのやら、
また夕方になると、お出迎えしてくれるのだとか。
すでに名前も付けているけど、飼い猫として家に上げるまでには至っておらず
半分野良のまま、通ってくるのを「今日もいるかな?」と期待しつつの日々。
曲がり角をまがると、すたた・・・とやってきて
待ってました!とばかりに「ニャー!」と擦り寄ってくる愛嬌者なら
人の心なんて、ガッチリつかまれてしまいます。
「もっと信頼関係が築けたら、うちの子にしようと思って。」
この冷静さは、猫をよくわかってますね。
「猫を飼っている」と思っているのは人間の意識であって
猫にしてみれば、自由な気ままな旅の途中で、
寄りたいときだけ顔をだし、居たいだけいて、ふらっと出ていき、
しばらくして、またやって来るだけであり
「飼われている、この家に属している」というよりも
遊びにきてやったぜ?的な、感覚かもしれません。
でも、いざ家族の一員となったなら、
猫は猫で、主従関係とは別の流儀で「忠実」な生き物なのですが。
半野良でいるなら、余計な干渉も過度な心配もしません。
旅に出るなら達者にやりなさいよと、送り出せるわけです。
だけど気にならないはずはなく、帰ってきたら嬉しい。
もはや放蕩息子を待つ母のような、心境!?
なんだか・・・わかります。
もとカノなるもの
私との思い出、記憶、エピソードの数々が
ある時点から、すべて「過去のこと」になったとき
私はどんなふうに、人に語られるのだろう
「昔の彼女がさ、」と何かの折に登場するなら
せっかくならば惜しむぐらいに言われたらいい
せっかくならば誰にも何も言われないまま
いつまでも仲良しでいられたらいい
そんな風に思った
伏線

無駄だと思っていたものごとが
あるとき奇跡的に役に立つ瞬間がある。
拾ったもの失ったもの巡ってきたもの
誰かに貰ったり人に託したり、いろいろある。
誰かと関わりあったり通り過ぎたり
出逢ったり別れたりした意味が分かる。
後になって理由が分かる。
不思議だったことが腑に落ちる。
言っていたことの真意が分かる。
そういう伏線が人生には張り巡らされている。
繋がって、切れて、また辿っていく道程を
振り返ったら後ろに何が見えるだろう。
前方は夢や希望に満ちているだろうか。
横にはあなたがいるだろうか。
随想 110511
今日も雨でしたので電車に揺られて行きました。
水たまりが撥ねると、ストッキングが足に張り付いて気持ち悪いけれど
理想の一台を乗り過ごしてしまったから、早足になります。
駅からの道を歩きながら、信号が変わった瞬間、いい音楽が。
You don't need money, don't take fame
Don't need a credit card to ride this train
It's strong and it's sudden and it's cruel sometimes
but it might just save your life
That's the power of love
That's the power of love
この曲(The Power of Love)を耳にすると
必ずや思い出す、「Back to the Future」シリーズ。
私が初めて観たのは Part II だったのですが、
やはり一作品目が一番好きです。
富も名声も置いていけばいい
この列車に乗るのにカードなんて要らない
時に、強くて、いきなりで、残酷だったりする
だけど人生を救うことだって、あるかもしれない
それが愛の力だ。
感じるかい?愛の力なんだ。
いいねいいね、80's。
連休明け、日本各地から集まったお土産品。
勿体ないからと、デスクに入れたままにしておいたのですが
お昼前の空腹に負けて、クルミ饅頭を食べたのが昨日のこと。
一夜明けた本日、後ろの席から声がしました。
「あ~!おまんじゅうにカビ生えてる!糸ひいてる!」
とりあえず・・・私のお腹は無事です。
タッチの差でしょうか?
連日、赤ペンを握りながら
顔も見たことのない誰かと原稿のやりとりをするのですが
下手すると電話ですら話したことがありませんし
一度も相手と会わないまま、異動のご挨拶が届いたり。
誰かが言っていました。
メールは便利。だけど、人を余計に忙しくしちゃうんだよね。
「鋭いなぁ」と思いました。
このごろ洗濯機の調子が悪くて、汲水が出来ないので
風呂水ポンプを利用しています。
脱水も偏りやすくエラーが続出するし、つきっきりです。
こうなるともはや全自動ではありません。
かつて某大学の入試問題に
「ドラム式全自動洗濯機の普及によってもたらされる変化を述べよ」
というようなものがあったそうですが
今の私が述べようものなら、切実すぎて合格してしまいそうです。
裏随想 110502
M14(映画館の最後列、中央近く)に到着しましたが
あれ、私の席はどこ??と、一瞬戸惑いました。
隣のマダムたちの荷物がドドーンと置かれており(しかも2席分に渡り)
まったく数字が読めませんでした。
真横のマダムが、「あーら、ごめんあさーせ。」と
荷物をどかしてくれたまでは良かったのですが、
他らなぬ、このお方が誰よりも強烈でございまして。
照明が落ちて、劇場案内とCMが終わるまでの間、
普通声量(地声がでかい!)のマシンガントークで、誰それの噂話ざーます。
「お静かに願います・・・」と、喉まで出かかったけれど
シャイな私はあまりの勢いに恐れをなし、様子を見ていました。
とりあえず本編が始まったら黙ってくれたので一安心。
ところが、僅か5分後のこと。
「ふが、しゅごおお。」 と、真横から聞こえたのは、いびき!?
まさかと自分の耳を疑いましたが、確実にいびきです。
上映前はあんなに騒々しかったのに、始まるなり直後から爆睡なさるとは。
さ、さすがレデースデイざーますよ!
肝心の映画は、良かったです。
現在のエリザベス女王のお父上、ジョージ6世が吃音症で
スピーチや発言しようとすると、途端にどもり言葉が出なくなってしまう。
独り言や親しい人の前、感情的になっているときなどは
つっかえずに話せるのに、プレッシャーを感じると、上手くいかない。
このストーリーは実話に基づいているそうですが
言語療法を通じて自己と向き合い、迷ったり葛藤したりしながらも
信頼される国王となるまでの過程、家族愛や友情、戦争の影
いろいろな要素が盛り込まれ、俳優も味があって素敵でした。
最近、皇太子が結婚式を挙げてイギリスの王室文化も注目されていますが
興味深いシーンや描写が多々ありましたね。
(もしや、おしゃべりなマダムはその影響で観に来たんじゃあるまいな?)
それにしても。
英語の聞き取り、かなり危険なことになっています。
字幕がないと全然だめですし、たとえ字幕があっても、
役者のセリフが半分も文字にされていないのが中途半端に分かるだけに
非常にもどかしいのです。勉強しなくちゃ・・・と、改めて思いました。



