確率論
2つのサイコロを同時に振ったときに
同じ目が出る確率は36分の1だという話を聞きながら
これだけ人がいる世界で、ふたりが出逢った確率は
どの程度なのかと想像していました。
「36分の1の確率」といっても絶対とはいえないのが確率論というもので、
たとえば2つのサイコロを36回振っても、
その中に1と1の組み合わせが必ずあるかどうかは分からないし、
それが1回目に出るのか、36回目に出るのかすら分からないのです。
50回振っても出なかったことに嫌気が差して
「もうやーめた」と放り出したサイコロが
51回目に良い結果をもたらさないとも限らないってこと。
あなたと私を取り巻くものごとを、サイコロだと思ってみました。
この時代に、同じ国に生まれていて、どんな風に育って、
どの辺りに暮らしていて、どんな生活パターンで、仕事は何をしていて、
なぜその時間にそこにいたのかとか、どうして相手が気になったのかとか、
はじまるきっかけに必要だった事象に記号をつけた無数のサイコロを
全部に同じ目が出る奇跡の一投をめざして
「世界」という標本空間Ωの中で振り出します。
この数学的にひどく長くなりそうな式を解いたら、
おそらく「出逢う確率」として、何らかの数字が出るのでしょう。
けれど、それも確率論からすれば
信号が点滅した交差点に、もう一台車が突っ込んできて
私がその横断歩道を渡れなかったなら
あなたはもう、そこにいなくなっていたかもしれないのです。
だからこの巡りあわせは本当に稀少であり、素晴らしい幸運だった。
そう、思わずにはいられません。