バリの神様 その2
前回の続き
夕暮れのグラデーションは、トワイライトゾーンへ入った。
まばらだった観客席も続々埋まり始め、両隣にも人が。英語やらフランス語やら、日本語も聞こえる。
ん?ちょっと待てよ。人が多すぎる。このときに不安がよぎり始めたのだが。。果たして、無事に帰れるのか。
広場では薪の準備がされ、この舞台での主役となるハヌマーンに神様の御加護を得るためのお祈りの儀式が始まった。
なぜ、彼にだけご加護を授けなければいけないのか。それは、この舞台の終盤でわかる。
ケチャはインドのラーマヤーナを題材としている。ラーマヤーナは、マハーバーラタと並ぶインドの長大な叙事詩。なお、バリ島はヒンドゥ教徒が90%を占める。バリのヒンズーはインドのそれとは異なるのだけれど。
ハヌマーンはお猿の神様
。ラーマヤーナでは、ヴィシュヌ神の化身である、ラーマ王子を助け、八面六臂の活躍をする。民間信仰でも人気が高いのだ。
実は、観光客の帽子を取って大暴れしていた猿も、この寺院でも神様の眷属として手厚く保護されているのである。やれやれ。
ケチャがはじまった。上半身裸で腰みのを巻いた男たちが、円陣を組み、あぐらをかいて座る。
比較的若いコから、腹ポッコリのおっちゃんやら、いろいろな人がいるのだ。
「今日は、ケチャがあるでよ、夕飯は後だで」とか、「かあちゃん、ケチャ行かなあかんで、メシはよ作ってくれ」とか言ってそれぞれが家でひと悶着あって、三三五五集まってきたような島のおっちゃんたちである。。と勝手に想像するのである。でも、なんかそんな感じだ。
そんなおっちゃんたちだが、「チャッ」「チャッ」という独特のリズムで、いくつかのパートにわかれてビートを刻みだす。
薪の火に映し出された男たちの手の動きは幻想的で力強い。ときに影絵のようにゆらめき、ときに炎に照らされて燃えるように揺らぐ。
16ビートの音にあわせ、円陣の中心にラーマヤーナの登場人物が現れる。
実は、劇中に写真を何枚か撮ったのだが、露光不足でまともに撮れたものがない。
確かフラッシュ禁止のマークが会場入り口にあったはず。
そうでなくても、ここでフラッシュ焚いてるヤツはかなり人としてバカだとしか言えない。
夢幻のように劇は進行し、いつしかクライマックス。
とらえられたハヌマーンの周りを囲むように薪が。。おいおい。だいじょうなのか。
とおもったら、火がつけられた。あっ!!
火に閉じ込められるハヌマーン。
しかし、これを消し去り、脱出に成功する。はたして、どうやってここから逃れたのかというのをまるで覚えていない。彼は自ら束縛を解き。。
このあとは現地でお確かめください。バリは夏休みに行くにはよいところです。
感動のうちに劇は終わった。
そして、不安は的中。。
次号へ続く。
バリの神様
昨年、バリに行った際に、現地でケチャが見たくなった。
前日に、ウブドでバロンダンスを見て、バロンダンスよりガムランに感動してしまった。
たぶんあの不思議なゴン・クビャールの音色に、というかガンサGangsaという鉄琴型の旋律打楽器の生音にまいってしまったのだ。
バリ音楽はメロディもそうなのだが、どうもリズムにも秘密がある。そんなことは、後から考えたことなのだけれど。。
バロンダンスだけでは、片手落ちだ。やはり、ケチャを見なくてはいけない。
ケチャは、あの薪の火にあぶられるような、おとこたちの手の動きもそうだけれど、単純な声だけのリズム合唱が特徴的だ。
前にテレビのCMでやってたシーンが蘇った。
そうだ、ケチャを見よう。
そして。次の日の買い物にでかけた際、タクシーの運転手に聞いてみた。
「このあたりでケチャが見れるところはないか?」。
すると、今日タナロット寺院でやっていると言うのである。
その日、クタとレギャンで買い物をして、クタ周辺で、インド洋に沈む夕日をみながらバーベキューにでもかじりつこうと思っていた。タナロットはレギャンから直線距離で10数kmくらいの距離だ。
これ幸いとばかりに、夕方の予定を変更して、タナロット寺院に向かうことにした。
タクシー運ちゃんと交渉して、タナロット寺院の入り口で待ってもらうことにした。
寺院についたのは、まだ日も落ちる前だった。
タナロット寺院は、海に浮かぶ岩の上にある。寺院には異教徒は入れない。
岩にぶつかるインド洋の波は、しずかに見えて荒々しいようで、寺院の台座の部分は日本のODAで岩礁が補強されたそうだ。
ケチャはこの寺院の近くで行われる。もともと儀式舞踊なので、神さまに捧げるものなのだ。
どうでもよいが、この寺院の近くには野生のサルがいっぱいいる。
ボウシやらカメラをひったくられる観光客はいっぱいいて、寺院の入り口で参拝料とケチャのお金を払うときに注意された。
実際、見ていると私の近くでも、帽子をとられた子供がいて、それをとりかえそうと親たちが一生懸命だったが、すでにそのころには、噛み千切られてまだ新しかった帽子は台無しになっていた。
悪いサルである。まあ、サルというのはそういうものだ。
潮風になぶられながら、岸壁沿いを散歩する。岸壁の上をときどき猿たちが歩いている。
そうこうしているうちに夕方になり、会場に入った。
そこは広場になっていて、観客席が回りにひな壇のようにしつらえてある。
ひな壇のトイメにタナロット寺院が広場越しに見える。
雄大なインド洋に沈む夕陽は、明日を保障するように、とても力強く見えた。
こういう時間は久しぶりだった。しばし移り変わる夕焼けを眺めていた。
ということで、思ったより長くなってきた。
よって、次回につづくのである。
ちょっと気になったこと
イスラムの世界では、人を指すときに人差し指で指してはいけない。
これはひどく無礼なことにあたる。
で、どうするかというと親指で指す。
実際、人が人差し指で自分を指す場合に、目の前で指されると怖く感じる。
昨年マレーシアに行ったときに、クアラトレンガヌのバスターミナルの床屋でボウズにした。
クアラトレンガヌに行く前、KLからコタバルへ向かう飛行機に乗ったのだが、隣にすわったイスラムの兄ちゃんのボウズ頭がかっこよかったからだ。
その床屋では、親方と兄ちゃんが働いてたのだが、その床屋の兄ちゃんもボウズ頭だった。
それでその兄ちゃんに「あなたの頭と同じにしてくれ」と言ったときに、そのことを忘れていて、あなたと同じという際に、人差し指で床屋の兄ちゃんを指してしまった。
ボウズにするのに、ちょっとテンパってたからだ。。言い訳するのもヒドい話だけれど、実際そうだった。
その兄ちゃんは、怒ることも、不機嫌になることもなかったけれど、自分はあとですごく反省してしまって、それ以来、人の動作というものに注意するようになったのである。
もっとも、インド人とずっと仕事をしている際にも、彼らは非常に信心深いこともあってか、隣にすわって一緒にひとつの画面に向かって仕事をしている際にも、人の体にあたってしまうとすごく申し訳なさそうに謝るのである。
それ以外でも、彼らが仕事をしているときに、私が声をかけた際には、かならず椅子から立ち上がって受け答えをしたり。。そういうのを目にしてて、というか肌で感じて、そこからたぶん素地ができていたのだと思うけれど。
今日、オーラを見ていて、勝俣くんが江原氏を指すときに、人差し指でなく、それを抑えて、親指を使ったのを見て、そんなことを思い出した。
型がどうだとか礼儀がどうだというわけではないけれど、やはり魂というのは形に表れるものだとそんなふうに思う。
肌感覚というのがないと、そういうものはわからないのだとも。
頭だけで考えているだけではわからない。
なかなか、いろいろ難しいようなのだ。
度胸って
はたしてマスターズの練習会、今日も〆はオーッルアウト~
いやさ、そりゃ夏も近いけど、名古屋周辺のマスターズの大会は9月とかなんで、いまからスピード練習しても届かんつーの。まあ、よいわ。
全力で泳ぐっていうのは、普段の練習でやってないと試合でヘタこくのである。
①手と足だけ必死こいて掻いても、アワアワになってしまって推進力がでない。
②ペース配分がわからないと100mでは後半絶対死む。というか手も足もパンパンでフォームも小さくなる。
③慌てる
たぶん、上級者になるとさらに何かが出てくると思うし、個人によっても違う。
いっつも、こういうオールアウトの練習をすると思うのだが、はたして、『全力でっ』ていうのが、仕事だったりプロフェッショナルななにかだったりにも通じるのかがわからない。
しかも、このオールアウト練習、疲れきった練習の最後にやらないと肉体的にも心理的にも効果がない。
なんか、通じるのかも知れないけど、そうそう全力でっていうのは人生でもあんまりない。
そういうのはいきなりやって来るから練習しようがない。しかも予期しないときにやってくる。
いや、仕事だと結構そういうのはあるのか。
自信というのは、そういうのを何度か乗り越えるごとに自然に体に降り積もるもので、それをやらないと人としての基礎はできない。
でも、勝負になったときには、なにかそれを上回るものがさらに必要で、勝負というのはいつでもそういうものだろう。
その上回るものっていうのは、普段から、あるいは子供の頃から絶えず遊びながら集中するってことができていないとついてこないのかもしれないと、理由はないがそんなふうに思う。
というか実際、それは養えるものなのかもよくわからない。
ホントのとこは、度胸っていうのは才能だとおもうのだけれど、なんとかなんねえのかなあ。
あ、世界不思議発見、パーフェクトが出てる!
カッパドキア含むトルコ
10日間の旅でっせ。応募しなくちゃ。
偶然の旅人
村上春樹の『東京奇譚集』に、「偶然の旅人」という短編が入っている。
短編集の一番頭にこれを持って来ているのは偶然ではないと思うのだが。。
- 東京奇譚集 (新潮文庫 む 5-26)/村上 春樹
- ¥420
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この短編は、村上春樹の独白で始まる。そんな書き出しで始まる短編を、彼がいままで書いているのを私は見たことがない。
まあ、小学校の夜警での鏡の体験の話はあるけど、あれは村上さんの体験として書いているわけではない。。
その独白とは、彼が出会った「不思議なこと」である。
その手の体験談を雑談のなかで誰かに話しても、「ふうん、そんなこともあるんですね」というあたりの感想で場が閉じてしまうのだと彼は言う。
話し方がまずいのかと思って、雑誌のエッセイに書いても、つまり彼の才能がもっとも端的にあらわれる文章にしても、「あれ、どうせ作り話でしょう」とか言われることが幾度かあったというのである。
で、そうことわってから、彼が実際に経験した「不思議なこと」を書き始めているのである。
その「不思議なこと」というのは些細な体験なのだが、偶然というものがどういうふうに目の前で展開されたのかを、村上さんにしては非常に丁寧に「説明」している。しかし、丁寧に「説明」すればするほど、やっぱり、「ふうん、そんなこともあるんですね」っていうふうな文章になってしまっていて、たぶんそれは明らかにわざとやっているとも思えるのである。
偶然というのは、そういう「説明」では伝えられないし、伝わらないのだよと。そう言っているようにも思えるのである。
そして、彼のその体験の話の後、「偶然の旅人」の本編が始まるのである。
つまり、この独白は、前置きの前置きのための独白になっていて、この『東京奇譚集』、すべて主題も背景も異なる短編の集まりの形をとっていながら、全体としてひとつの物語を形成しようとしているという意図があるようなのだ。
そしてそれらの短編の底辺で流そうとしていたのが、「偶然の旅人」という、いささか村上春樹らしくない名称をもつ短編なのである。
小説作法の種あかしを最初にかましているようにみえて、それで逆に引き入れられる。引き込まれる。
とまあ、これは私の思い入れにすぎないのだけれど、そんなふうな形ではじまる短編集である。
あ、その春樹さんの些細な偶然の話とからめて、前回書こうとしたバリの体験が些細なものであるとエクスキューズしておいて(ええ、度胸のねぇ~奴ですが、なにか?)、その些細な「不思議なこと」の体験を書こうとしていたのだが、ジムに行く時間が来てしまった。
僕としては、あたかも偶然のようなふりをして、この短い時間の間に、文章の神様がささやかに降りてくることを望んでいたのだけれど。
偶然というのはそうかんたんには、降りてきてはくれないようだ。やれやれ(村上春樹ふう)




