偶然の旅人
村上春樹の『東京奇譚集』に、「偶然の旅人」という短編が入っている。
短編集の一番頭にこれを持って来ているのは偶然ではないと思うのだが。。
- 東京奇譚集 (新潮文庫 む 5-26)/村上 春樹
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この短編は、村上春樹の独白で始まる。そんな書き出しで始まる短編を、彼がいままで書いているのを私は見たことがない。
まあ、小学校の夜警での鏡の体験の話はあるけど、あれは村上さんの体験として書いているわけではない。。
その独白とは、彼が出会った「不思議なこと」である。
その手の体験談を雑談のなかで誰かに話しても、「ふうん、そんなこともあるんですね」というあたりの感想で場が閉じてしまうのだと彼は言う。
話し方がまずいのかと思って、雑誌のエッセイに書いても、つまり彼の才能がもっとも端的にあらわれる文章にしても、「あれ、どうせ作り話でしょう」とか言われることが幾度かあったというのである。
で、そうことわってから、彼が実際に経験した「不思議なこと」を書き始めているのである。
その「不思議なこと」というのは些細な体験なのだが、偶然というものがどういうふうに目の前で展開されたのかを、村上さんにしては非常に丁寧に「説明」している。しかし、丁寧に「説明」すればするほど、やっぱり、「ふうん、そんなこともあるんですね」っていうふうな文章になってしまっていて、たぶんそれは明らかにわざとやっているとも思えるのである。
偶然というのは、そういう「説明」では伝えられないし、伝わらないのだよと。そう言っているようにも思えるのである。
そして、彼のその体験の話の後、「偶然の旅人」の本編が始まるのである。
つまり、この独白は、前置きの前置きのための独白になっていて、この『東京奇譚集』、すべて主題も背景も異なる短編の集まりの形をとっていながら、全体としてひとつの物語を形成しようとしているという意図があるようなのだ。
そしてそれらの短編の底辺で流そうとしていたのが、「偶然の旅人」という、いささか村上春樹らしくない名称をもつ短編なのである。
小説作法の種あかしを最初にかましているようにみえて、それで逆に引き入れられる。引き込まれる。
とまあ、これは私の思い入れにすぎないのだけれど、そんなふうな形ではじまる短編集である。
あ、その春樹さんの些細な偶然の話とからめて、前回書こうとしたバリの体験が些細なものであるとエクスキューズしておいて(ええ、度胸のねぇ~奴ですが、なにか?)、その些細な「不思議なこと」の体験を書こうとしていたのだが、ジムに行く時間が来てしまった。
僕としては、あたかも偶然のようなふりをして、この短い時間の間に、文章の神様がささやかに降りてくることを望んでいたのだけれど。
偶然というのはそうかんたんには、降りてきてはくれないようだ。やれやれ(村上春樹ふう)