象の夢を見たことはない -293ページ目

北京オリンピック競泳 1日目日程

始まりました、北京オリンピックオリンピック2オリンピック。


やはり、4年に一度の祭典メラメラ

開会式の規模と華やかさで、やはりほかのアマチュアスポーツ競技の世界大会とは一線を画するというのがひしひしと感じられました。


何年の世界大会でっていわれてもピンときませんが、アテネでとかバルセロナでとか、もうそれだけで何らかの印象的なシーンとともに関連付けられます。

記憶にのこるか、記録にのこるかなんて言いますが、オリンピックと世界大会ではいろんなものがそういう意味で違ってくるようです。


前回お知らせしたのは競泳の予選の日程です。

本日は決勝はありません。本日の予定おさらい。

本日予選は、日本時間19:30から始まります。


8/9(土) 

男子400m個人メドレー 予選 

女子100mバタフライ   予選 中西悠子 加藤ゆか

男子400mフリー      予選 松田丈志

女子400m個人メドレー 予選 春口沙緒里 藤野舞子

男子100mブレスト    予選 北島康介 末永雄太

女子400mリレー     予選


がんばれ、ニッポン!!

『ハプニング』

M・ナイト・シャマラン監督の『サイン』は、すごく好きで5回くらいは見ている。


メル・ギブソン、そしてその弟役のホアキン・フェニックスがとてもよかった。


そしてもちろん、グラハム・ヘス(メル・ギブソン)の息子と娘であるモーガン・ヘス(ローリー・カルキン)とボー・ヘス(アビゲイル・ブレスリン)。

アビゲイル・ブレスリンは、『リトル・ミス・サンシャイン』でもオリーブ役を好演している。ローリー・カルキンは、マコーレ・カルキンの弟らしい。似てたはずだよ。

兄妹というのは、自分がそうなので思い入れも強くなるからだろうか。子供の頃は喧嘩ばっかりしてたのに。。


あるいはまた、『シックスセンス』のブルース・ウィリス、そして子役であり主人公であるハーレイ・ジョエル・オスメント。


配役に恵まれると、彼の映画はすごく良いものになるようだ。


家族の絆、そして死者が見える少年と彼をサポートする小児精神科医。


M・ナイト・シャマランの映画で自分が惹かれるのは、そんな絆だったり愛情だったりする。


それらは、役者たちの中で文字通り生きたものとなる。そんな気がする。


そして、今回の『ハプニング』では、果たして。。



M・ナイト・シャマラン、彼が選ぶ最も怖い映画は、『エクソシスト』だと。なんとなくわかる気がした。

まあ、彼が作ろうとしているのは『エクソシスト』とはまったく方向性が違うのだけれど。

『エクソシスト』はショッカーだ。


彼の映画では、子供がキーとなる。彼の映画は子供に対する愛情にあふれている。そういう意味で、子供が子供でなくなってしまう『エクソシスト』は彼にとってのショッカーだと。。わかる気がしただけ。


シャマランは、子供が感じる恐怖というものを映像化することにおいて、おそるべき能力を発揮するように思える。


ショッカーではない。ビックリ箱の恐怖、あるいはビックリ箱を今まさに開けようとしている主人公たちに対するいわゆる「志村!うしろ、うしろ!」的な恐怖ではない。

もちろん、そういう「わっ!」ていう反射的な恐怖やら、傍目八目的な恐怖もあるのだけれど、そういう恐怖は彼の映画では主役ではない。


彼の映画で主役となる恐怖というのは、なにか原因がわからない恐怖だ。

そして、彼が描き出すのは、おそらく子供時代に誰もが経験する恐怖そのものだったりするのかもしれない。


見えないなにものかに対する恐怖。

そういう恐怖は、想像力が原因なのだが、子供のときを思い出してみると、実はそれは想像力だけではない何モノかを伴っている。背筋が寒くなったり。そういう体感も含めて映像化するというのは、おそろしく難しい。

彼が映画で描いている恐怖の質というものは、「あっ、これって子供の頃に経験したアレと同じだ」と思ってしまうのである。


「アレ」というのがミソで、決してそれがなんだったのか特定できない。

そしてのその恐怖の体感だけが伝染する。

実は、その恐怖の影にはなにか甘美なものも潜んでいるらしいのだが。。


それが子供が抱く恐怖の最大の特徴でありかつお宝で、大人になると失ってしまう、あるいは失ってしまったように思っているものだったり、ラジバンダリ(違)。まあ、それについては置いておきますかね。


久しぶりにシネマコンプレックスと言われる映画館で映画を見た。

ミッドランドスクエアシネマという名古屋駅前の巨大な超高層ビルと隣接するビルにあるのだが。

ポップコーンの匂いって、ホットケーキの匂いに似てるんだぁ~と腹減ったり、天井高くて、切符売りのねーちゃんが愛想がよくて感激したり、嫁ぎーの(大違)

姪っ子

姪っ子たちと過ごしていると、子供の能力の高さに驚かされることが度々ある。


なので、いろんなところできゃつらの能力を試したりして遊んでいるのだが、最近は結構それをあてにしたりもする。


パスポートを受け取りにいったとき、妹が買い物したいというので姪っ子たちも一緒について来た。

9Fくらいまである自走式の立体駐車場に車をとめて、3Fにあるセンターでパスポートを受け取ったのだけれど、果たして何階に車をとめたかはっきりしない。

で、姪っ子(5歳姉)に聞いたら、

「8階!」

と即座に帰ってきた。

なかなか重宝するのである。


親の立場だと、そうも言ってられないだろうけれど、おじさんの立場だときゃつらはひじょうにオモシロい。

ぜんぜん聞いてないふりして、いろんな話を聞いていたりとか、実は自分もそれは聞いていなかったのだけれどなんてことがあって驚かされるのだけれど。。


見てて相手しているだけで楽しいので、まあ始終相手をするのはたいへんなのだが、最近はやつらもこなれてきて、そうそうおっさんの相手もしてられないと感じているらしく。。


子供の成長っていうのは、そういう意味で大人がおもっているより早い。

そのうち、まったく相手もしてくれなくなるかもで、なかなかいろいろそういう意味でも教えられたりするのである。

オカルトの泉

ユング心理学は、<心の現象学>である。


すべての人の心の現象を現象として存在することとして受け入れることから始まっている。


そういう学問なので、心霊的現象や幽霊体験なども、心の現象として存在するものとして考察をする。


脳科学なども、おそかれはやかれそういう現象の原因を脳の生理学的観点から解明にかかるだろうが、池谷氏の本などを読んでいると、このあたりの怪しげなモノに対して脳科学が提示できるであろう仮説というのは、心理学的にみても、あるいはユングやその他多くの人が実際に出会った人々の症例からみても、現状では全体性を欠き、それゆえ局所的には当てはまるが、総合的に見るといびつで合理的に納得できるような全体像を欠いていると言われても仕方のない不完全なものとなるように見受けられる。


ユングの『オカルトの心理学 Psychology of the Occult』(サイマル出版会)は、その本の題名から、かなり誤解を受けているのだけれど、内容を読むとかなり控えめな、科学書と呼んでも差し支えはないような本であるように思う。


少なくとも、これまでの科学が犯してきた誤謬や仮説の誤りがもたらした実害を鑑みた場合、より無害な仮説であるように個人的には思う。


ここでは霊を、心の中にある自律的複合体の投影によってあらわれるものとしている。霊は心理学的な立場から見ると、自我との直接の結びつきを持たない無意識の自律的複合体が、自我との結びつきを持たないゆえに投射体として現れたものと。


ただユングの本は非常に難解で、こんな風にある部分を抜き出そうとすると必ずある程度の誇張や欠落を覚悟しなければならない。したがって、本来の彼の考えについては、実際の本にあたって確認して頂きたい。


上の文からすると、霊の正体はその自律的複合体によって生じる幻影、幻聴であると読んでしまいそうになるが、注釈には「これを形而上学的陳述であると誤解してはならない。霊がそれら自体で存在するかどうかの問題はまだまだ解決されていないのである。心理学は「それら自体」で存在するものに関係するのではなくて、人間がそれらについてどう考えるかにのみ関係する」としている。


普通の科学書なら、存在すると証明されたもの以外は注意深く記述を避けるのであるが、心の現象として少なくとも存在するものを扱うという関係でこんな風な記述になっている。そこが「科学としての心理学」を目指そうとする主流派と袂を分かつ原因ともなっているのであるが。。


また、ユング心理学理論は<現象としてあらわれる心>を独自に理論化しているので、その正当性に疑念をもたれることはたしかで、自律的複合体とか普遍的無意識とか、かなり「跳んだ」理論なのだけれど、心を現象としてとらえた場合には、かなり合理性を持つように読める。そういう「跳んだ」部分を含んでいるのだけど、仮説として読む限り、総合的に納得できるようなものとなっているように自分は思う。


少なくとも、「霊現象は存在しない」ということで記述をさけるという判断や、脳のゆらぎに関してうんぬんという中途半端な理論よりは納得できるのだけれど、なかなかこれも受け入れられないのだよなあ、残念なことに。


異端というのはまったく違ったものではなくて、似て非なるものに対して貼り付けられるレッテルで、注意深くみれば、そちらのほうにより納得のできる真実が含まれてたりするのは、世のあらゆることと同じだったりする。


北京オリンピック競泳日程

めったにないけど、今日は身体が動いた日だった。

泳いでて体が動くと感じるのは、30回行って、1回あるかないか程度だ。

それって平均なのかよくわからんが、そういうときに調子に乗って動かしてるとすぐ筋肉がバテたりする。

フォームっていうのはそういう意味ですごく大事で、毎回毎回チェックして研鑽するっていうのがないと記録もあがっていかないのだろうとそんなことを思った。


それは試合のときも同じで、練習、予選、準決勝、決勝、それぞれで自身の精神状態に関わらず自身のフォームを調整して仕上げていくなんていうことが出来ないと上へは上がれないようだ。

もちろん、プラスαというのは必ずあるけれど、それを期待しすぎるとかならずコケる。

調子がどうあれ、かならず練習に意識を戻して、自身の力を信じて、悔いの残らないように泳いで欲しいとトウシロが老婆心にもほどがあるがそんなことを祈ってしまう。


オリンピックが始まる。

水泳選手には思い入れが強いので、自身の力を信じて、悔いの残らないようになんていうふうには思うのだけれど、やはりメダルは期待してしまう。


北島選手に重圧がかかっているのだけど、個人的には彼以外にも、彗星のごとく現れた誰かが、すごい色のメダルをメダルをとって楽にさせてあげて欲しい。誰とは言わないけれど。。

まあ、でも結果はあとからついて来るもんだし。皆が力を出し切って貰えればそれでよいのだ。


北京競泳の日程


8/9(土) 男子400mフリー 松田丈志

      男子400m個人メドレー

      男子100mブレスト 北島康介 末永雄太

      女子400mリレー

      女子100mバタフライ 中西悠子 加藤ゆか

      女子400m個人メドレー 春口沙緒里 藤野舞子

8/10(日) 男子200mフリー

       男子400mリレー 

       男子100mバック 森田智己 宮下純一

       女子400mフリー

       女子100mバック 伊藤華英 中村礼子

       女子100mブレ 種田恵

8/11(月) 男子200mバタフライ 柴田隆一 松田丈志

       女子200mフリー

       女子200m個人メドレー 北川麻美

8/12(水) 男子800mリレー 奥村幸大、内田翔、松本尚人、物延靖記

       男子200mブレスト 北島康介 末永雄太

       男子100mフリー

      女子200mバタフライ 中西悠子 星奈津美

8/13(木) 男子200mバック 入江陵介 中野高

      男子200m個人メドレー 藤井拓郎 高桑健

       女子200mブレスト 種田恵 金藤理絵

       女子100mフリー

       女子800mリレー 上田春佳、三田真希、高鍋絵美、山口美咲

8/14(金) 男子100mバタフライ 岸田真幸 藤井拓郎

       男子50mフリー

       女子200mバック 中村礼子 伊藤華英

       女子800mフリー 柴田亜衣

8/15(土) 男子400mメドレー 森田智己、北島康介、岸田真幸、佐藤久佳

       男子1500mフリー

       女子400mメドレー 伊藤華英、種田恵、中西悠子、上田春佳

       女子50mフリー


がんばれ、ニッポン!!


なお、4月の北京五輪代表選考会を兼ねた日本選手権で、派遣標準記録と順位を満たして選ばれた選手だけを記載。


一発勝負での強さを求めた選考会で派遣標準を満たさずに漏れた選手で、水連によって後付けされて、再選考された選手については記述してません。Yahoo!スポーツなどでご確認ください。個人的に不透明なことがキライなので。。でも、やはりこれも個人的には佐藤久佳くんも上田春佳ちゃんも100m頑張って欲しい。。