『ハプニング』
M・ナイト・シャマラン監督の『サイン』は、すごく好きで5回くらいは見ている。
メル・ギブソン、そしてその弟役のホアキン・フェニックスがとてもよかった。
そしてもちろん、グラハム・ヘス(メル・ギブソン)の息子と娘であるモーガン・ヘス(ローリー・カルキン)とボー・ヘス(アビゲイル・ブレスリン)。
アビゲイル・ブレスリンは、『リトル・ミス・サンシャイン』でもオリーブ役を好演している。ローリー・カルキンは、マコーレ・カルキンの弟らしい。似てたはずだよ。
兄妹というのは、自分がそうなので思い入れも強くなるからだろうか。子供の頃は喧嘩ばっかりしてたのに。。
あるいはまた、『シックスセンス』のブルース・ウィリス、そして子役であり主人公であるハーレイ・ジョエル・オスメント。
配役に恵まれると、彼の映画はすごく良いものになるようだ。
家族の絆、そして死者が見える少年と彼をサポートする小児精神科医。
M・ナイト・シャマランの映画で自分が惹かれるのは、そんな絆だったり愛情だったりする。
それらは、役者たちの中で文字通り生きたものとなる。そんな気がする。
そして、今回の『ハプニング』では、果たして。。
M・ナイト・シャマラン、彼が選ぶ最も怖い映画は、『エクソシスト』だと。なんとなくわかる気がした。
まあ、彼が作ろうとしているのは『エクソシスト』とはまったく方向性が違うのだけれど。
『エクソシスト』はショッカーだ。
彼の映画では、子供がキーとなる。彼の映画は子供に対する愛情にあふれている。そういう意味で、子供が子供でなくなってしまう『エクソシスト』は彼にとってのショッカーだと。。わかる気がしただけ。
シャマランは、子供が感じる恐怖というものを映像化することにおいて、おそるべき能力を発揮するように思える。
ショッカーではない。ビックリ箱の恐怖、あるいはビックリ箱を今まさに開けようとしている主人公たちに対するいわゆる「志村!うしろ、うしろ!」的な恐怖ではない。
もちろん、そういう「わっ!」ていう反射的な恐怖やら、傍目八目的な恐怖もあるのだけれど、そういう恐怖は彼の映画では主役ではない。
彼の映画で主役となる恐怖というのは、なにか原因がわからない恐怖だ。
そして、彼が描き出すのは、おそらく子供時代に誰もが経験する恐怖そのものだったりするのかもしれない。
見えないなにものかに対する恐怖。
そういう恐怖は、想像力が原因なのだが、子供のときを思い出してみると、実はそれは想像力だけではない何モノかを伴っている。背筋が寒くなったり。そういう体感も含めて映像化するというのは、おそろしく難しい。
彼が映画で描いている恐怖の質というものは、「あっ、これって子供の頃に経験したアレと同じだ」と思ってしまうのである。
「アレ」というのがミソで、決してそれがなんだったのか特定できない。
そしてのその恐怖の体感だけが伝染する。
実は、その恐怖の影にはなにか甘美なものも潜んでいるらしいのだが。。
それが子供が抱く恐怖の最大の特徴でありかつお宝で、大人になると失ってしまう、あるいは失ってしまったように思っているものだったり、ラジバンダリ(違)。まあ、それについては置いておきますかね。
久しぶりにシネマコンプレックスと言われる映画館で映画を見た。
ミッドランドスクエアシネマという名古屋駅前の巨大な超高層ビルと隣接するビルにあるのだが。
ポップコーンの匂いって、ホットケーキの匂いに似てるんだぁ~と腹減ったり、天井高くて、切符売りのねーちゃんが愛想がよくて感激したり、嫁ぎーの(大違)