トチーちゃん「まあっ、お久しぶり!幽子さん。
大分、お腹が目立ってきたわね。その調子だと、赤ちゃんはとても順調そうね」
 
幽子「うん、お陰様で、めちゃくちゃ元気で、お腹ん中で暴れ回ってら。このまま行けば、出産は6月下旬辺りになるってさ。
その頃、あたしとバミューダー、そちらにまた、お伺いしてもいいかな」
 
トチーちゃん「ええ、勿論よ!
ナースチャとラークさんの結婚お披露目パーティにも、是非、出て頂かなきゃならないわ。
それに出産直前の移動は身体に良くないから、どうぞお早目に、こちらにいらして下さいな。…私たち、皆、楽しみにしていてよ」
 
幽子「うん。そういえばナースチャがさ、妊婦服とマタニティードレスを作って、送ってくれたんだよ」

100均の端切れやレース、頂いたけど着なかった服などを利用した幽子さんのマタニティドレス。
 
トチーちゃん「よく似合ってらっしゃるわ。その服なら、お腹周りも楽そうだし」
 
幽子「あたし、今、仕事は完全リモートでやってんだけどさぁ。
会議中、仕事仲間に『あれっ?…黄泉さん、女装なんかなさって、どうしたんです?』と言われたよ…」
 
トチーちゃん「まあ。アハハ。でも本当に可愛いですもの」
 
幽子「そういや、例のさつき君って五月人形の少年が、今、そっちに来てるんだってね?」

トチーちゃん「え、ええ。…さつき君は今、子供たちの古文の勉強を見てくれているところよ。
この一年で、ドキッとするほど大人っぽくなったように見えても、やっぱり、あの子たちと齢が近いものね。
午前中には、和菓子作りも一緒にしていたわ」

樹脂粘土の和菓子。これについては別の機会に改めて触れたいと思います。
幽子「そっかぁ…良かったね」
 
トチーちゃん「え?…え、ええ…」

幽子「…後で、ラークを通して、あたしもそのさつき君って子にご挨拶をしてみるよ」
 
トチーちゃん「そ、そ、そうして。
ところでバミューダーさんは、今日は…」
 
幽子「今年のテルミンリサイタルツアーのパンフレット写真撮影と、インタビューの為に、出掛けてる」
 
トチーちゃん「あっ、バミューダーさん、今年もなさるのね。テルミンのワールドリサイタルツアー…」

幽子「そうなんだ。今年は『バミューダー・テルミンリサイタル2024 アンパサンド』ってツアータイトルで動くらしい」
 
バミューダーさんのテルミン。材料は、100均の切れ端詰め合わせの消しゴムに着色し、レジンなどでコーティングしたもの。
それにクリップやワイヤーを突き刺し、100均のデコパーツやどっかから外した小さなナットなどを貼り付けています。
「&」の形の台も、100均ダイソー。これ、バミューダーさんが演奏する台として、ちょうど良い高さなんですよ。

トチーちゃん「バミューダーさん、ご自身の赤ちゃんのお誕生には、やっぱり、立ち会えないのかしら…」
 
幽子「いや、あの人のマネージャー、有難いことに、めっちゃくちゃ有能な人でさ。
話をしたら、即スケジュールを調整して、立ち会えるようにツアーを組んでくれたよ。お陰であたしのお産にも立ち会えるし、ナースチャとラークの結婚式にも出席できる。
良かったよ。じゃないとあいつ、演奏家をやめるって言い出しかねなかったもん」
トチーちゃん「まあ、そんな。
バミューダーさんはそれだけ、幽子さんのことがご心配なのよ…」
 
幽子「まあ、そうだとは思うんだけどね。バミューダーの母親の出産の時の悲劇を考えたら、彼の不安や恐怖ももっともだしさ」
  
バミューダーさんの生い立ちと心配性ぶり。

 

 

トチーちゃん「ロビンちゃんが、今年のバミューダーさんのリサイタルは、絶対聴きに行くんだって言って、ロビンカフェの売り上げを貯金したり、ラークさんやご近所の畑を、一生懸命手伝ったりしているわ」

 
幽子「バミューダーに、ロビンちゃんが奴のリサイタルを聴きに行くって、はりきってるって話をしたら『そんなことまでしなくても、今度、ナースチャの結婚式で、テルミンを演奏してあげるよ。リサイタルには、ロビンちゃんを特別席にご招待もするつもりだよ』って言ってたよ」
トチーちゃん「いいえ、それじゃダメなのよ。
…聞いて、幽子さん。それを言ったらね、ロビンちゃんは怒ったわ」
 
幽子「…え、怒った?…ロビンちゃんが?」
トチーちゃん「ええ。怒ったの。
『そんな特別扱いをされたら、僕がもし、他のバミューダーさんファンの立場なら、僕のことを怨めしく思う。人によっては、バミューダーさんの演奏を軽く見るだろうとも思う。
バミューダーさんは、自分の才能を安売りしちゃ、絶対にダメ。僕は、ちゃんとお金を払ってチケットを買って、バミューダーさんの他のファンのみんなと同じように、バミューダーさんのリサイタルを聴きに行くの』って。
ラークさんやおばあちゃんや、私たちが、チケット代を出してあげると言っても、頑として受け取らなかったわ」
幽子「マジか。バミューダーのやつ、とんでもなく熱量の高いファンを持ってるんだな。
…それ、やつに話しとくわ」
トチーちゃん「そうしてあげて。ロビンちゃんは本気よ。バミューダーさんのリサイタルのチケット、私たちの国の首都では、4月に発売されるわね。
ロビンちゃんは、他のバミューダーさんファンの方々と対等に、その時にちゃんと正規の値段を払って、自分の働いたお金でチケットを買う予定でいるわ。瞬く間に売り切れてしまうことも解ってるから、カレンダーに印もつけて、発売日を指折り数えてるの。
マレットちゃんは、そういうロビンちゃんの一途さと誠実さを、改めて尊敬し出して、懸命に協力してるみたいだし、クックちゃんも『ロビンがそこまで真剣なら、僕は僕で、家を離れて都会に行くのが苦手なロビンを、一度旅行に引っ張ってって、電車の乗り方や切符の買い方をちゃんと教えてあげるつもり。じゃないと、コンサートホールまで、一人で辿り着けないじゃないか』って言い出したわ。
多分、クックちゃんは今年も、この家に残るわね。…まあ、クックちゃん、もう暫くここに残って、受験もちゃんとする予定みたいだけどね。一人旅をするにも、しっかり勉強をして、学校はキチンと出ておきたいって言い出してたから」
幽子「驚いた。あの三人、本当に誠実で真面目で、良い子たちだなぁ…。
クックちゃんが今年旅立たずに、そっちに残るというのも、正直あたし、今聞いて、ホッとしたよ。
…今、この扉の向こうには、ちょっと危険な場所もあるみたいだからね」
トチーちゃん「ええっ?…そ、そうなの?」
 
幽子「…ん? トチーちゃんは、そのさつき君って子から、何も聞いてないかい?」
 
トチーちゃん「ええ、あの…」
 
幽子「さつき君って子、サムライの卵だろ。多分、その少年、今、この国を災厄から守る為に、必死な筈だよ。
今は、しばしの休息中で、この世界にいる間は、心身安らいでると思うけど…」
トチーちゃん「…ほ、ホント? 
私、ぜ、全然、知らなかったわ。
この世界があまりに穏やかだから、考えてみたこともなかった…。
わ、私…さつき君に、お話を聞いてみるわ…」
幽子「バミューダーの今年のツアー名の『アンパサンド』って『&(アンド)』の正式名なんだ。
音楽を通して、みんなで心を通い合わせようっていう祈りを込めて、つけられた名なんだよ」
・・・・・
 

・・・・・

「寂しく暗い森で」モーツァルト

一人の少年が木陰で眠っていた
彼は残忍な愛の神(キューピッド)だ
 
彼の美しさに心惹かれ、僕は近付いてしまった
そうすべきではなかったものを…
 
彼は僕が忘れようとしていた、不実な女の面影をしていた 
深紅の唇 
かの人によく似た、麗しい面差し
 
僕が溜め息をつくと、彼は目を覚ました
愛の神はすぐ目覚めるのだ
 
彼は翼を広げるや、復讐の弓を手に取った
残酷な一矢が放たれ、僕の心臓を突き刺した
 
「行け!行ってしまえ!」と彼は言った
「シルヴィアの足元で、再び悶え苦しむがいい。
お前は生涯、恋い焦がれてやまぬであろう。
この私を目覚めさせてしまった報いで」
 
・・・

幽子さんのドレスにも利用した、100均セリアの端切れの楽譜、実はこの曲。

モーツァルトらしい、優美で愛らしいアリアですが、詩の内容はなかなかに怖い。

 

てか「シルヴィア」って不実な女の代名詞なのかいな。

(「愛の喜びは」というマルティーニの歌曲でも、シルヴィアは不実でした)

 

…シルヴィアよ、お前一体、何やったw

・・・・・

 

テルミンって、結構、不遇な楽器で…

発明家のテルミン博士は、ソ連のスパイをしていた経験もあるし、秘密兵器を作らせる為、逆にKGBに幽閉されたりもしていたし、また楽器自体も、音や演奏する姿が不気味なこと、ソビエトという出身国の持つ、得体の知れぬ暗黒イメージも相まって、長い間、映画やドラマなどの不気味な効果音としてしか使われず、

テルミニストやテルミンの愛好家たちは「テルミンは立派な楽器であって、ホラー映画の効果音を出す為の道具なんかじゃな~い!」と、必死で名誉挽回しようとしていたらしいんですよ。

 

まあ、かくいう私自身も、従来のホラーっぽいイメージで、テルミニストのバミューダ―さんを造形してしまったかな、という気持ちもありますが…

ただ、シュールでミステリアスで、少し不気味な外見に似合わず、繊細で心優しい人、という描き方をしたつもり。

 

テルミンは世界初の電子楽器で、空中で一度も楽器に触れずに演奏します。音程を取るのは、熟練者でも難しいのだとか。

世界初の電子楽器って点では、シンセサイザーやエレキギター、電子ドラムなどの先祖がテルミン、とも言えるかもしれません。


テルミンの演奏法を確立し、世に知らしめた第一人者、クララ・ロックモアの演奏する、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。

 

テルミン博士の生涯とテルミンの歴史をテーマにした映画が作られたりなんかもした。

…この映画、日本でも公開されてたようですが…御覧になった方、いらっしゃいますかね?