名古屋 人毛100%かつら作製会社 ウイッグサロンUP -173ページ目

名古屋 人毛100%かつら作製会社 ウイッグサロンUP

人毛100% オーダーメイド かつら作成販売美容室。円形脱毛症等で髪の無い方、薄毛等お悩みの方に。作製期間は約3〜4ヶ月。医療用ウィッグ販売店。スタッフもウイッグ使用。ヘッドスパサロンUP フェイシャルエステ、ボディマッサージ かつらを気にしないで行ける店

A子編続きです。(^^)

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A子は五歳から脱毛症を繰り返し、小学三年生からかつらを使用しながら生活してきました。

父親の仕事の関係で転校することが多くなり、かつらを使用していることを、秘密にすることが多くなっていました。

そして、段々と、思春期に入り、かつらをオープンにする勇気も無くなり、大学迄は家政科に進学。


そして、会社に就職。


しかし、夢は捨てきれず、後に美容師国家資格を取りました。

かつらを隠して生活するうちに、かつらの扱いは自然と上手くなっていきました。


長年の親友もカミングアウトする迄「全然気付かなかった!}とビックリする程、自然だと言ってくれました。[みんな:01]


かつらの仲間、友人も出来ました。定期的に食事会や交流会、約15年程続いています。

かつらを買う側から、かつらを販売する側になるなんて、今でも信じられないです。


仲間から頼まれたりした事をこなすうち、長年お世話になった美容師さんが辞めた事などから、自然の流れ、沢山の出会いからここ迄導かれた気がします。

あと、かつらを買う側の時は、お店で悲しい事が沢山有りました。高い、サイズが合わない、メンテナンスが分からない、などなど。


私ならこうするのになぁとか、アイディアが沸々と湧きました。


悲しい事、辛い事が有るのは皆同じ。


かつらを使用していなくても、皆それぞれ辛い事、悩みはたくさん有ります。

決して脱毛症だから可哀想なんて事は有りません。

前向きに、女性として美容を楽しめる、明るいサロンを目指しています。[みんな:02]

サロンは脱毛症とは関係無く、美を求める前向きな女性が訪れます。


脱毛症、薄毛、細毛、眉、アイラインの悩み、ストレス解消に疲れを取る、美容目的などなど。[みんな:03]

髪が抜けたから、仕方なく行く店では無く、髪が抜けても社会に出て綺麗でいたい、前向きに生きる人へ、導くサポートがしたい!と思っています。[みんな:04]

メイク、ヘッドスパ、エステ、そして隠れメニューとしてカツラ販売が有ります。
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当サロンは表向きに、エステティックwhites(ホワイティス)、ヘッドスパup(アップ)と書かれており、かつら販売とは書いて有りません。


かつらを買いに来てくださるお客様が入りやすいと思います。[みんな:06]

私が買う側の時に、かつらのお店に入るのは嫌でした。美を求める女性ですから~!(^_-)-☆[みんな:07]

個室に入ればお客様と仲間になり、一緒に泣いてしまう事も有りますが、お客様がお帰りになる時には、エステサロンからお帰りの美しい女性のように導くのが私達の仕事です。[みんな:08]



この先のA子編ブログは、番外編などで書いていきます。

読んで頂きまして、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


アゲート
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「仕事辞めて、少し休んだら?」


見た目も、心もボロボロになっていく娘を見ていたら、いたたまれなくなったんだろう。

ある朝、仕事に行こうとする私に母は言った。


「大丈夫だよ~。せっかく就職出来たんだし。行ってきまーす!」
私は急いで家を出た。



そう、当時十数年前は(年がバレる?あせる)就職氷河期、就職できただけでも有り難いこと、絶対に辞めたくなかった。



やっと就職出来て、親孝行が出来る、大好きだった祖父には出来なかった、恩返し。
辞めてしまったら、親不孝者だ。



親が心配する。私は段々、弱音を吐かないようになっていた。




そんなある朝のことだった。


原因不明の腹痛に襲われ、病院へ運ばれた。


意識が朦朧とする。


気が付けば病院のベットの上で点滴されている自分に気が付いた。


食べれない、眠れない日々が続き、仕事をする。


体が悲鳴をあげていた。


母は言った。


「もう、我慢しなくていい。」



その後、私は仕事を辞めた。



何で髪の毛が抜けただけで、仕事を辞めなくちゃいけないんだろう。



何で私、髪の毛がないんだろう。



何で?何で?何で?



大好きだった祖父が今も生きていれば、髪は抜けなかったの?
大好きだった彼が今も側にいたら、髪は抜けなかったの?


どうしようもない思いが頭の中を交錯する。


神様、お願い時間を戻して。
私に髪の毛をもう一度下さい。



何度同じことを思っただろう。
何度同じことを祈っただろう。
涙は止まることを知らなかった。



髪の毛が抜けただけで…。甘えていたかもしれない。
もっともっと辛い状況にある人もたくさんいる。



でも、私にとっては、髪は命だった。


髪をいじるのが、大好きだった。
染めたり、パーマをかけたり。
前髪を自分でカットする。
ヘアカタログの雑誌を見る。
次はこの髪型にしてもらおう。
美容院へ行くことが、大好きだった。




もう…、出来ないんだ…。




誰にも会いたくなかった。

外に出たくなかった。




私はひきこもりになってしまった。



続く。













冷えますね~!
こんな日はゆっくりバスタイム 音譜

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育毛成分配合のシャンプー[みんな:01]

ヘッドスパコースで使用しています。

ウイッグを外した頭に
少量で泡立ち良くスッキリします。



シャンプーブラシを使用してマッサージしながら洗うと、血流も良くなります。
ラブラブ
頭をマッサージすると副交感神経に作用し、リラックスし良く眠れます。


お店で行うヘッドスパでは、毎日のシャンプーで落としきれない皮脂を取る事が出来ます。

寒い冬のヘッドスパはミニケアがオススメです。(60分コース、6800円です。)
天然100パーセントのエッセンシャルオイルでマッサージし、皮脂を溶かします。
頭からポカポカしてきますよ(^-^)/


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アゲート







B子編続きです~アップニコニコ

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とうとう、名古屋の大きな病院へ行く日がやって来た。


そう、以前行った皮膚科から、紹介状を書いてもらい、予約が中々取れなかったが、ようやく診察してもらえる日がやって来たのだ。


私は大きな病院へ行けば治るに違いない、原因は何なのか分かるに違いないと、淡い期待を抱いていた。



いざ、診察室へ…。



物腰柔らかそうな先生は私に言った。


「この半年か一年の間に、何かストレスを感じたこと、ショックだったことはありますか?思い出してみてください。」



え…?この半年か一年の間に…??何でそんな前のことを聞くのかな?

不思議に思ったが、すぐにピンときた。



ちょうど半年前の冬、私は大好きだった祖父をある日突然亡くした。
それからすぐその後に、当時付き合っていた人とお別れしたことを思い出した。



それを先生に告げると、そのことが原因、つまりは極度に心がストレスを感じてしまい、髪の毛が抜けたと言うのだ。



人生において、誰かとお別れすることくらい、誰しもが必ず通る道…。
それが原因で髪の毛が抜けるなんて…。
私はどんだけ弱いんだ?(笑)とその時思った。


でも原因が分かったら、何だか少しスッキリした私に、先生は続けた。



「…酷なことを言うけど、ごめんしてね。今のあなたの状態は、進行がまだ止まっていない。まだまだ髪は抜け続ける。恐らく、全身抜けてしまうだろう。治るのも難しいかもしれない。」




…その後、私はどうやって薬をもらい、どうやってお金を払い、帰ってきたのか、全く覚えていない。

気が付くと家にいて、母にこう告げていた。



「バリカンって、家にある?」




全て抜けてしまうのなら、いっそのこと剃ってしまった方が、抜けていく髪の毛に怯えなくてすむ。



私は、女性にとっては、一生必要がないだろう(尼さんは別かな?)バリカンを手に、全ての残った髪の毛を剃った。



「あはは…。私って頭の形、こんなだったんだ。」



剃った後、初めて見る自分に少し笑ってしまった。



髪を剃るなんてこと、男性でもしないかもしれないのに。




ずっと側にあったものが、無くなってしまった。



体のどこも痛みを感じないというのに。




心はナイフで切り刻まれ、八つ裂きにされたかのように、痛かった。




続く。




















A子編続きです。(^^)

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小学生のカツラの子。

夜寝る時に思うのは、ハードルをひとつ乗り越える自分。


ひとつひとつ乗り越える、、。


ひとつの行事が終われば、また次の行事に悩み、怯え、苦しんだ。

この前はもうダメだと思ったハードルが越えられた。


大丈夫、大丈夫、何とかなる、とハードルを越えるイメージをしながら寝ていた。

小学校高学年になった。少し都会の学校に転校になったおかげで、先生も変わり、大分楽になった。

水泳の授業も見学で良し、となったのだ。

小学生のカツラの子。


大人より、子供同志でいるときは、普通に同じ目線で接してくれる。


カツラだって好きな子もいたし、好きって言ってくれる子もいて普通だった。


ちゃっかり夢も出来ました。


夢は普通のお嫁さん。

普通が1番幸せだって当時は思っていた。
(もちろん、今もですけどね(笑)



中学生になると、また転校も有り、カツラの子では無くなり、普通の子になっていた。

カツラを隠す様になったのだ。かお

転校により、周りの皆は病気を知らないので、私のフンワリした茶色いヘアースタイルから、なんと、ヤンキーと勘違いされる事がたびたび有った、、、。

他校のヤンキー生徒が数人来て、ナゼか私に挨拶に来た。


ヤンキーは言った。『春から転校して来るからヨロシク!!』


悪い事をやり過ぎて、学校を変わる事になったらしい!!


歯がシンナーで溶けてる、、。


『えっ!私全然そんな、ヤンキーでは無いよ⁈ 』 Σ(゚д゚lll)と言ったら・・・、


『何言ってんの、その頭見たらわかるよ!!夜露死苦!!』


えっっ、こ、この頭は、、、。




続く。








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人気者の
エステ山口の誕生日なので
こんなにお花が [みんな:01][みんな:02]

サロンがいい香りです
[みんな:03][みんな:04]


名古屋 医療用オーダーかつら
アゲート
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頭髪、そして体毛までもが抜け始めてしまったB子、続編ですニコニコ


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髪の毛が抜けたからとはいえ、仕事を休む訳にはいかない。

私は当時、町の小さな病院で働いていた。

患者さんの前で、帽子を被って仕事をするわけにはいかない。

私はショッピングセンターに入っている、ファッションウィッグのお店に行き、ロングヘアの茶色いウィッグを買ってきた。


誰もがウィッグだって思うであろう、テカテカ、ピカピカの髪質のウィッグ。
よく服屋のマネキンが着けているような、コスプレする人がよく着けているような、お人形さんみたいなウィッグ(笑)。

今思うとよくあんなの着けて、外に出ていたなと思う(笑)

…が、その当時はそのウィッグこそが、私にとっては、「普通」でいられるように、私を守ってくれる、大切な相棒だった。


でも、所詮はファッションウィッグ。
不自然さ満点(笑)遊びで着けてたら、まぁお洒落ね~で済んでいくが、仕事だと違和感アリアリショック!

私を見る人見る人、目線が頭にいくのが分かる。
でも、気付かない振りをして、バレてないバレてないと自分に言い聞かせていた。(バレとるっちゅーねん笑)

仕事は大変だったけど、同期の子達が優しかったし、普通に接してくれたから、私は頑張れた。


でも、もう、限界だった…。



ある日のこと、一人の患者さんに呼び止められた。

「あなたって…ひょっとしてかつら着けてる?」


私は固まってしまった。「えっ…、えーっと…。」


患者さんは言った。
「ごめんなさいね、いきなり。私の娘が脱毛症だから、カツラ着けてて。それでもしかして、あなたもかなと思って、声掛けちゃったの。辛いよね、ごめんね。」


私は仕事中にも関わらず、その人の前で大泣きしてしまった。


かつらだってバレたことが悔しかったのか、脱毛症に同情されたことが悲しかったのか、私の他にもこんな辛い思いをしている人がいると思ったからなのか…

色んな思いが心の中を駆け巡り、何だかよく分からなかったけれど、涙が溢れて溢れて止まらなかった。


でも、私は気丈に仕事を続けた。

母の言葉を受け取るまでは。



続く。




ナゼこの仕事をシリーズA子編続きです。(^^)




幼稚園で脱毛し、保育園で帽子の子供になった。

やがて帽子の子供は小学校三年生からは、カツラの子供になった。

体育の授業中、鉄棒をやると帽子又はカツラがズレる。バスケットボールやドッチボールは頭に当たればカツラは取れる。
いつもドキドキ。

水泳は1番大変だ!まず、カツラの子供が水泳をやるには?と学校の会議。全校生徒が水泳の授業は水泳帽着用が規則となった。
カツラを二つ用意して、水泳の授業が終わるとトイレ個室でハメ変える。トイレは物を置く台も無くカツラにテープを貼ったりはがしたり大変だ。便器に落としたら大変!早く!ノロノロすれば次の授業に遅れる!
先生も誰も助けてはくれない。

トイレから出ると友達はあれっ?もう髪乾いたの?
本人は必死だからそれどころではない。

修学旅行や体育大会、様々な行事に神経はすり減る。
お風呂も無理だし、風が吹くだけでカツラは辛い。

自分の後ろを走り抜ける子がいるだけで肩に首に力が入る。
カツラは簡単にズレたり取れたりした。

人一倍疲れやすく、集中力は頭へばかり。
手はいつも頭を押さえる、髪を気にしてばかり。

学校の先生は、授業中普通に黒板を見ている私にいきなり大きな声で言った。
『おい!お前の目は死んでいる!』
えっ⁉なんで⁈普通に授業受けてるだけなのに。

ナゼ? 弱者だから?




疲れた、、、。

母は言った。
一緒に死のうか、、、。

私の視線はぼんやりと、マンションのベランダへ。

日差しが眩しかった。





続く。











たまには明るい話題を(笑)~にひひアップ


先日サロンから10分程歩いた所にある、20年以上営業されている老舗有名パスタ屋さんで、ランチしましたドキドキ


お昼のみの営業で、14時過ぎてもお客さんいっぱい!!


とーっても熱々、トマトソースが美味しかったですラブラブ!


瓦町交差点近くにあります~アップ
B子編続きですビックリマーク

良ければお読み下さい~アップ

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ある朝のことだった。

いつものようにメイクをしていた時のこと、睫毛をビューラーで上げた直後のことだった。


私は目を疑った。

「…!!!」

ビューラーに睫毛が20本くらいついている…。

そう、睫毛が抜けていることに気が付いたのだ。

痛みもなく、大量に抜ける睫毛…恐ろしかった。

そう言えば…、何だか眉毛も薄くなっている気がする…。

思い切って、眉毛を抜いてみる。

「痛くない…」

頭髪だけでなく、私の場合は、全身のあらゆる毛が抜けてしまうほどの重症なものだったのだ。


私の見た目は悲惨なものだった…。

眉毛も睫毛もないということは、人相も変わってしまうのだ。

もう、私は女じゃない…。

泣いた。

泣いて泣いて、ひたすら泣いた。 

こんなにも涙って、出てくるんだと思う程泣いた。

辛い…。もう嫌だ…。


…気が付くと私の目は、包丁に、高いビルに、海や、川にいっていた。


「いっそ、この世から消えてしまおうか…」



死にたいくらい辛かった。

何度も何度も死にたい、死んでやると思った。

だけど…。

思うだけで留まれたのは、私のことを愛してくれる存在がいてくれたからだった。


やはり一番は母だった。

母は私の大量に抜けていく髪の毛が、まだ抜けていない髪と絡まってぐしゃぐしゃになるのを毎晩毎晩長い時間をかけて、クシでとかしてくれた。

毎日毎日泣いている私を、ずっとずっと励ましてくれた。

「大丈夫治るよ」と手紙を書いてくれた。

母がいるから、私はここにいるんだ。


もう、死にたいなんて、絶対思わない。


そう、心に誓った。


続く。