ザスタのクマさん -6ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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戦争体験談、聞いたことある?


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太平洋戦争の終戦から81年が経ちました。


 

終戦玉音放送の昭和天皇陛下の
お言葉の中にこのような一節があります。
「難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」

現代訳にすれば、「耐え難いことにも耐え、
我慢ならないことも我慢して、
未来のために平和を実現するため、道を開いていきたい。」
とのお言葉、これは陛下のお気持ちのみならず、
この日に一億の国民それぞれが心に誓ったでしょう。


戦没者のみなさまへ
哀悼の意を捧げると ともに、

また、ご遺族の皆様の
ご多幸を念じまして、


戦争のない恒久平和を
心より決意します。

黙祷

「一月一日ののち国土慰撫行」

元日の空は、
まだ焼け跡の灰を含んで、寒々と高かった。
その朝、玉音ならぬ文字の声が、
国じゅうの胸の奥へ静かに降りた。

昭和二十一年一月一日のいわゆる人間宣言は、
天皇と国民を結ぶものは神話ではなく、
相互の信頼と敬愛であると述べた。
絶対の光として仰がれてきたものが、
ひとりの人として苦難のただ中に立つと告げたのである。

だが、言葉はそれだけでは地に足を持たない。
そこでのち、天皇は列島をめぐった。



朝日新聞より


敗戦の瓦礫、飢えの町、ひび割れた岸壁、煤けた駅、
そうした場所へみずから姿を運び、人びとの前に立った。

全国訪問は、戦後の民心をつなぎ直すため
慰撫の巡礼のようでもあり、象徴という新しい立場を、
足の裏で覚えてゆく長い旅でもあった。

民はぬかるみに立ち、ただ帽子を振り、
あるいは黙って見上げたであろう。

その沈黙のなかで、神でなくなった天皇は、
かえって遠い雲の上から降りてきた。

失われた威光のかわりに、疲れた者どうしが
分けあう冬の陽のようなものが、かすかに生まれた。

国の歴史とは、かならずしも烈しい事件の
名によってのみ動くのではない。

ひとつの宣言があり、ついで幾万のまなざしの中を歩く
一人の影がある。その影の長さに、昭和という時代の冷たさと、
なお残る人のぬくみとが、ひそかに測られていたのである。



朝日新聞より


国とは何か。天皇とは何か。
答えはその日すぐに定まらなかった。

ただ、遠いものが近くなった冬だけが、
長く人々の記憶に残ったのである。

平和の灯を継ぐ姫君へ

象徴とは、声高に国を率いるものではなく、
傷のそばに膝を折る姿から生まれる。

祈りを覚えた家に育ち、災厄の地へ
眼差しを向けつづけた血筋は、
家名より先に悲しみの受けとめ方を伝える。

もし皇統に守るべきものがあるなら、
それは男という器ではなく、
平和を身に刻む教育の火であろう。



写真:宮内庁提供


火がたしかに娘へ移るなら、春は遠くない。

愛子という名は、制度の先で静かに未来を照らしている。

終戦の日に想う。


この度の熊本をはじめ地震に見舞われた
皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

この度の千葉県での大雨で被害に遭われた
皆様に心からお見舞いを申し上げます。


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盆の宵は、死者の帰る刻であるという。
燈火のゆらぎのうちに、過ぎ去った人の声や、
遠い歳月の塵までが、ふと卓上に
降り積もるように思われる。

終戦の記憶もまた、この季の気配と
分かちがたく結びついている。

そして亡くなった父の青春を想う。






父は東大の大学院に学び、博士課程で、
一冊の探検記と日記に出会って、
たちまちシルクロード研究に心を奪われた。

そして父は戦を憎み、言葉の自由を信じてた。
祖父は有力な国会議員であった。
国内では治安維持法の目も険しく、
そのはからいで父は朝鮮総督府博物館への赴任した。

人の世には、傍目には左遷としか見えぬ辞令が、
当人にとっては宿命の門であることがある。

まさにそれであった。同僚は気の毒がったが。
だが父にとっては、魂の置き場所へ
一歩近づく旅立ちであったのである。









美を守る館に身を置きつつ、
時代の醜さを、父は日ごとに見たのである。

特別高等警察の者どもは、思想を恐れるあまり、
人間そのものを折らうとした。父もまた殴られた。
けれども長身の父には、下から打ち上げる拳はほとんだ
利かなかつたと、後年かすかに笑つて語つたことがある。
だが木刀はさすがに骨にひびき、沈黙の奥へ痛みを残したらしい。

その笑ひは、強者の笑ひではない。屈せぬために
辛うじて唇へ浮べた、乾いた灯であつた。

さらに暗いのは、共に捕らへられた
朝鮮の人々のことである。
水を浴びせられ、零下二十度の寒空へ放り出されて、
何人かが凍えて死んだといふ。冬は雪よりも白く、
権力は雪よりも冷たかつた。

人は国によつて区別され、
命は思想によつて値踏みされた。

でも父は研究を深め、やがて中国大陸へ渡った。
しかし日中戦争の激化は、学問の歩みをも
容赦なく踏みにじった。志はしばしば戦火に遮られたが、
それでも父は失わなかった。戦後、ようやく博士号を得たのである。








随分と時が経ってしまったが、その何十冊かの研究ノートを、
学芸員をやってた姉が今年、かつて勤めた博物館の
後身であるソウルの国立博物館へ寄贈した。

若き日の研究を支えてくれた
韓国の人々への返礼であった。

盆にあたり父の青春を思うと、
シルクロードへ注がれたその歳月は、
今なおほのかに金色の光を帯びている。

学問とは、ついに国を越えて人の恩に報いる道でもあるのだと思う。
平和を願う心もまた、そこに静かに息づいている。



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夢で故人と逢ったことある?


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夏の行事に込められた祈りは、
静かな情景にするといっそう心に残りますよね。

川の闇に返す灯

迎え盆は、家の戸口に小さな火をともして、
見えぬ客を迎えるしきたりである。

二〇二六年の八月十三日木曜日から十六日日曜日まで、
夏の盛りにひらくこの習わしは、日に焼けた町や村の
空気の中へ、ふいに古い時間を呼び戻す。

十三日に迎え、十六日に送る。その簡潔な往復のあいだへ、
人は一年ぶんの追憶をそっと差し出すのである。
迎え火や盆提灯は、祖先の霊が迷わぬためのしるべとされる。






送り火はまた、無事に帰ってゆくための別れの灯となる。
とりわけ灯篭流しには、水の国の感傷がある。

竹や木で組んだ細い枠に紙や布を貼り、
その内に火を宿して川へ放つと、灯は一つずつ
揺れながら、岸の人の思いを載せて遠ざかる。

これはお盆に迎えた祖先の霊が、
迷わずあの世へ戻れるようにとの
願いを形にした儀式であり、

火が空へ昇る送り火とはまた違う、
水に託す惜別の作法。

流れてゆくのは灯だけではない。
呼びかけても返らぬ名、
もう触れられぬ肩のぬくもり、
言いそびれた言葉までも、

川面の闇は静かに引き受ける。








人は忘れるから生きてゆけるのだと言う。
けれどほんとうは、忘れぬためにこうした
夜を持つのだろうか。

ようやく自分の寂しさの置き場所を見つける、
そのひそやかな瞬間が流れていく。

灯の列が次第に小さくなり、
ついには闇と見分けがつかなくなる頃、

別れは断絶ではなく、見えなくなるというだけの
ことかもしれぬという、かすかな慰めが生まれる。

闇は深い。しかし、その闇に小さな火を
返してやる風習を持った国の人間は、
無明の中にもなお道しるべを信じてきた。

灯篭流しとは、死者のための儀式であると同時に、
残された者が自らの孤独へ折り合いをつけるための、

美しい作法なのかもしれない。







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大自然の中で暮らしたいと思ったことある?


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今日はハイジの日。
八月十二日という日には、どこか薄い山の光が宿っているように思われる。
ハイジの著作権管理などを手がける株式会社サンクリエートが2010年に定めたもので、
日付はハイジの語呂にちなんだという。

夕映えのアルム

都会で老いを意識しはじめる頃、
子どもの耳に入った歌や物語が、
ふいに心の窓をひらくことがありますよね。

都心の夕暮は、ガラスの窓に映る雲までが、
どこか人の作つたものめいて見える。

電車の響きは絶えず、風は高楼の角に砕け、
遠い空だけがかろうじて昔のままの色を残してゐる。
かういふ時、私は老いた耳の底に、少年の日に聴いた
ビートルズの調べを、ふと蘇らせることがある。
あの旋律は、私にとつて単なる異国の流行ではなかつた。





むしろ、まだ見ぬ世界へひらく小さな窓であり、
胸のうちにひそむ感傷を、名もなく撫でてゆく風であつた。

その風に吹かれるやうにして、私はまたハイジを想う。
アルムの光の下を、頬を赤らめて駆けてゆく小さな少女。
おじいさんの偏屈は、山の巌のやうに険しく見えて、
実は深い沈黙のうちにぬくもりを宿してゐる。







世の人は、孤独な老人と幼い娘との暮しを案じたであらう。
けれども、ほんたうに人を養ふものは、
世間の賢い思慮よりも、山の朝露に濡れた草の匂ひや、
ひとつのパンを分け合ふ手のぬくさではないか。

そこには教訓めいた騒がしさはない。ただ、小さな者の
無心が、老いた魂の固い殻をやわらかく解いてゆく、
その姿はまた、リヴァプールの青年たちが
無造作な声で世界の憂鬱に風穴をあけた、

その無邪気にして気高い所作にもどこか似ている。
可愛らしいものは、とかく弱いものと見なされる。
けれども実は、可愛らしさとは人の心の
硬い殻をひそかに割る力である、






僕もまた老いつつある。記憶はときに黄ばんだ
レコードのようにかすれ、それでも針を落とせば、
昔日のひかりがかすかに鳴る。

ハイジが山の風に胸をひらいたように、
老いにもまた、遅れてくる innocence があるのではないか。
失うことばかりが年齢ではない。ようやく静けさの意味を知り、
ひとのぬくもりの尊さを知る、そのための時間でもある。






ハイジの笑顔は、可憐というより、
むしろ赦しに似ている。
都会の摩耗の中で長く生きた
僕には、その無垢が少しまぶしい。

だが、まぶしいからこそ、人はそこに帰りたくなる。



アルプスの山並みに抱かれたハイジの家と山小屋〜マイエンフェルト(スイス)



ビートルズを聴いた少年は、
老いた今も都会に住んでゐる。

窓の外にアルプスはない。山羊もゐない。
けれども夕暮れのビルの谷間を渡る風の一と筋に、
私は時々、失はれなかったものの名を聴く。

それは青春ではない。希望と呼ぶには少し古びてゐる。

併し、まだ柔らかい。
さうしてその柔らかさのうちに、

人が人を信じた頃の世界が、かすかに息をしてゐるのである。







ハイジの物語は親と子が感動を共有できる数少ない名作で、
時代にとらわれない多くのメッセージが含まれている。
「愛」「友情」「自然の大切さ」「明るく楽しく暮らせること」。
これらは現在の社会でも十分に通じるメッセージに違いない。


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山登ったことある?


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今日は山の日ということで、
十年以上前の想い出の写真達。


湖畔の町ブリエンツで見かけた、
山も湖も、みな正しく遠くを見ているのに、
ただ一人、双眼鏡を逆さにのぞく金髪の少女がいる。

ブリエンツの光はそのいたずらを叱らず、
世界を少し小さくして、可笑しみだけを大きく見せていた。






ブリエンツ駅に立てば、湖光はひそかに揺れ、
山気は胸に満ち、心まで静かに青く澄みわたり、



このごく近く登山鉄道駅で世界一の急勾配をロートホルン展望台へ


ブリエンツ・ロートホルン山頂駅に着くと、
空気はすでに地上のものではなかった。

眼下の湖はひと刷毛の青として沈み、
稜線は黙して天に近い。

そこへ、ふと振り向けば、
真紅の列車が険しい斜面を縫ってくる。

いかにもスイスらしい鮮やかな色でありながら、
その姿には玩具めいた愛らしさより、
むしろ黙々とした労働の気配が・・・

殊に興味深いのは、小さな蒸気機関車が先頭に立たず、
客車の後ろからこれを押し上げてくることだ。



スイスで唯一の現役、小さな蒸気機関車、





煙を吐き、軋み、坂の理に従って身を低くする
そのありさまは、勇ましいというより健気で、
近代の技巧がなお自然に対して慎みを
失っていない証のようでもある。

世界有数の急勾配を前にして、人は征服の語を忘れ、
ただ到達という事実の静かな重みを知る。

山上の展望は壮麗である。しかし真に心を打つのは、
あの赤い列車が、黙って山に服していた姿だった。



山頂駅からの帰途、鉄道の揺れの中で





出逢った10歳程の兄と妹の愛らしさが、
旅愁にほのかな灯を添えてくれていた。



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写真  文  熊谷



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お酒に合うお気に入りのおつまみ教えて!


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八月十日という日付には、玻璃のコップに立つ
泡のような、少しばかり洒落た響きがあります。

🥃 抒情随筆

八月十日。人はこれをハイボールの日。八と十を並べて眺めると、
なるほど、氷の角のように乾いた冗談がそこにある。

かういふ語呂合わせは、笑つてすぐ忘れるたぐひの
ものと思ひながら、銀座の夕べに触れると、
急に小さな真実を帯びて来るから不思議である。

銀座は昼のあひだ、硝子の明るさに満ちてゐる。
けれども暮色が降りると、街は別の舌を持ちはじめる。

靴音はやや低くなり、灯は人を照らすといふよりも、
むしろ人の孤独をうつす。バーといふものは、
その孤独に名を与へぬための場所かも知れぬ。



太宰治の面影を残して


老舗ルパンは一九二八年にひらかれ、
久しい時の沈黙をいまも柜子や壁の色に宿してゐる。

文士たちがここに出入りしたと聞けば、すぐに文学を思ふ。
だが彼らが求めたものは、必ずしも名文の胚ではなく、
ただ世間の雑音から半歩のがれる薄暗がりであつたらう。

杯は雄弁ではない。ただ唇に近づくたび、
言葉にならぬ思念をひそかに湿らせる。

文士が愛したのも、酔うためというより、
醒めた精神の輪郭を少しだけ和らげる為だったかもしれない。






酒はしばしば人を饒舌にする。だが、まことに佳い酒は、
却つて人を寡黙にするものではあるまいか。

ハイボールの淡い泡は、立ちながら消える。そ
のはかなさのうちに、言ひ切れなかつた
思ひだけが、ふと涼しく胸に残る。

今夜、もし銀座のどこかでグラスがひとつ鳴れば、
それは祝日めいた浮かれ声ではなく、昔の東京が
まだ消えずにいるという、かすかな証言であろう。


我々の世代は蒼井優さんより・・・
やはり井川遥さんが良いかもしれないラブラブ
。




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81年前の今日、8月9日午前11時02分に、
アメリカ軍が日本のナガサキに対してプルトニウム型原子爆弾を投下した。

これは、実戦で使われた人類史上二発目の核兵器であり、この一発の兵器により
当時の長崎市の人口24万人(推定)のうちの約7万6千人の尊い命が失われました。

日本の降伏は既に時間の問題となっていたので、早期終戦にも原爆は必要なかったこと、
原爆以外の容易な外交的手段がありトルーマンはそれを知っていたこと、
原爆はアメリカの若者50万人の命を救ったという主張に全く根拠がないと。

『2つの違うタイプ原子爆弾の効果をまずは人体実験の為、ソ連に軍事力を見せつける為
アメリカは敢て無理な無条件降伏の要求をし戦争を長引かせ、原爆の被害を正確に図るため
被爆地への事前空襲を一切行わず、ウラン型をヒロシマへ、プルトニウム型をナガサキへと
投下したとのだろう。』




ナガサキ原爆の日にあたり、

原子爆弾は、一瞬にして都市を壊滅させ、幾多の尊い生命を奪った。

たとえ一命をとりとめた被爆者にも、生涯いやすことのできない心と体の傷跡や

放射線に起因する健康障害を残した。

これらの犠牲と苦痛を重く受け止め、心から追悼の誠を捧げる。

原子爆弾による被害の実相を広く国の内外に伝え、

永く後代まで語り継ぐとともに、

歴史に学んで、核兵器のない恒久平和の世界を築くことを誓う。
( 長崎原爆死没者追悼平和祈念館、 銘文より)


黙祷


ローマ法王を震撼させた写真。
ジョー オダネル『焼き場に立つ少年』に想うこと

焼き場のほとりに立つその少年の姿は、もはや一個の
童子ではなく、滅びの国に遺された無言の碑である。

人は悲しみに沈むとき、泣くものと思っている。
けれども、真に深い悲しみは、かえって涙を拒む。
あの少年の唇ににじんだ血は、涙の代りに
あふれたものではなかったか。

背に負われた幼子は、眠っているようでいて、
すでにこの世の重さを失っている。
その軽さがかえって、少年の十歳ばかりの肩に、
量り知れぬ重みを与えている。

焼き場の火は、肉を灰に変えただけではない。
少年がまだ持っていたはずの幼年そのものをも、
赤く照らしながら焼き尽したのであろう。








しかも彼は叫ばない。縋らない。
ただ直立して、炎を見つめている。
その沈黙は、いかなる絶叫よりも痛ましい。

人間は耐えねばならぬ極に達すると、
かえって姿勢を正すものかも知れぬ。
そこには誇りというより、
誇りしか残されていない貧しさがある。

少年は夕暮れの中へ、ただ踵を返して去った。
その後ろ姿は、ひとりの少年であるより先に、
時代そのものの痛ましい影であった。

私はそこに、滅びた町の惨状以上に、滅びの後にも
なお人が人を背負わねばならぬ宿命を見るのである。

そしてこの写真の痛ましさは、単に死を写したからではない。
むしろ死を前にして、なほ姿勢を崩さぬ少年の気丈さにある。
血が滲むまで唇をかみしめ、足を踏みしめ、ただ立つ。
その姿は、幼年でありながら既に老成した者のやうでもある。

ここには、説明を拒む現実がある。文学はしばしば
悲惨を言葉へ移しかへるが、この写真は、言葉の先で
人間の尊厳とは何かを問うてゐるのである。

私はこの少年の像を思ふたび、歴史とは年表のこと
ではなく、名も知られぬ者の忍苦の総体であると知る。

写真一枚が一篇の小説より深く胸に残る
ことのある所以も、恐らくそこにあるだろう。










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今日は炒飯の日。
日付はおいしいチャーハンの特徴である「パラ(8)パラ(8)」と読む語呂合わせと、
この頃は残暑が厳しく食欲や体力が減退する時期なので、お米のパワーが詰まった
熱いチャーハンで元気に夏を乗り切ってもらいたいとの願いが込められている。

残暑炒飯譚

炒飯というものは妙に文明的な食物である。
白米は本来、茶碗の底に静かに坐しているべきなのだが、
ひとたび油と火と鉄鍋とのあいだへ投ぜられるや、
にわかに騒然たる運命を負わされる。

卵は砕かれ、葱は刻まれ、米粒は互いに離反しつつ、
しかも一皿のうちに奇怪な統一を完成する。

世にいわゆるパラパラとは、
秩序であると同時に孤独でもある。








残暑のころ、衰えがちな食欲を熱い米の力で
鼓舞したいという心でもあるそうだ。

実利的で、しかもいくぶん詩的である。
記念日というものはえてして空疎になりがちだが、
炒飯の日にはまだ鍋肌の音が残っている。

少なくとも私には、暦の上の文字よりも、
立ちのぼる湯気のほうが真実に近いように思われる。

熱いものを熱いうちに食い、額に汗をにじませながら、
なお生きる力を取り戻す。炒飯とは、言わば庶民の勇気である。

今日がその日だというのも、少し大げさで、しかし悪くない。


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被災地の映像が権力者の自己演出に見えたときの
喪失感と嫌悪感は、とても自然なものだと思いますが。

大勢の配下を引き連れ「大名視察」。

災厄の地には、本来、BGM音楽は要らない。
要るのは、乾いた水、遅れぬ薬、夜をしのぐ毛布、
そして罹災した人々の声を、声として聞く耳である。


政府広報オンラインより

しかるに官邸の映像は、瓦礫の陰影さえ
一種の舞台装置に変え、被害の現実よりも、
高市首相なる一個の登場人物の勤勉と覚悟とを、
美しく切り出そうとした気配を隠さない。

瓦礫の上にまで演出は降ってくる。
ヘリの窓から地上を見おろし、
もっともらしく手を合わせ。



産経ニュースより


政治がここまで自意識をこじらせると、
被災地はもはや救う場所ではなく、
権力者の横顔を美しく切り取るための背景になる。

3分程ののヤラセの被災者との面談。
そこにいるのは苦しむ人間ではない。
映像効果を引き立てるための配置物である。
下手すれば北朝鮮のプロバガンダ映像より酷い



ハフポストより



被災地の土埃の上にまで演出の薄化粧をほどこすとは、
政治もここに至れば、ほとんど趣味の悪い感傷である。

苦しんでいる者の傍らで、為政者が自己の熱心を
証明しようとする時、その熱心は慈悲ではなく虚栄に堕する。

申すまでもなく、政治の第一義は見え方ではない。
瓦一枚の撤去、避難者一人の安眠、
途切れた生業一つの回復にある。

そして首相がいかに熱心かを物語に仕立てることは
被害ではなく人格を売り込み、支援ではなく印象を配る。
なるほど、被災者への共感ではなく、支持率への
執着こそが主題だったのだと知れてくる。



時事通信より


こういう時に露呈するのは、失言より深い本性である。
人の不幸を前にしてなお、自分がどう見えるかを
最優先する感覚だ。被災地に必要なのは主人公ではない。

もし災害さえ政権の宣伝に流用するのなら、
その政治はすでに被災者の側を向いていない。
自意識過剰者高市の見ているのは、ただカメラだけだ。

彼女が語るべきは自己の献身ではなく、
なお酷暑のただ中にいる人々の現実である。





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バナナの保存は冷蔵派?常温派?


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81年前の8月6日午前8時15分、史上始めてアメリカ軍が
日本の広島市に対して世界で初めて核爆弾「リトルボーイ」を投下しました。
この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万人〜
16万6千人の人々が被爆から2~4カ月以内に死亡したとされてます。







この原爆の日にあたり、

亡くなられた多くの方々に

哀悼の意を捧げると ともに、

また、ご遺族の皆様の

ご多幸を念じまして、


戦争のない恒久平和を

心よりお祈りい たします



黙祷



広島に原爆が投下されてから、ことしで81年となる。
核兵器禁止条約が生まれ、日本被団協が2024年の
ノーベル平和賞を受けても、米・露など核保有大国の
狂ってる横暴で世界では戦火が絶えない。

核を持ってないイランが、核保有の可能性があるとかで、
壮絶な空襲を受け。陰で核保有し、ガザでジェンノサイドを
やってるイスラエルに武器を無償で与え続けてる
米国の犯罪性は明らか。

こんなお国ぶりだから、
ヒロシマ・ナガサキに原爆を落としたのだろう。

そして、その罪を問わず、将来の平和のために運動を続けた
被爆者たちの慈悲の行為は大きな尊敬と称賛に値する。

この現実は、私たちが歴史を知っているだけでは足りず、
その痛みを現在の倫理として引き受けていないことを示している。

ヒロシマとは、過去の一日ではなく、人間が
人間を滅ぼす力を持った時代そのものの名である。








だから被爆者の訴えは、追悼の場にとどまらず、
いまを生きる者への命令として響く。

核抑止という名の均衡に安住するかぎり、
破局はつねに未来に待機している。

必要なのは、恐怖の管理ではなく、廃絶への意志である。
忘れないとは、語り継ぐことだけではない。

二度と許さぬよう、政治と社会の選択を変えつづけることである。

熊谷