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太平洋戦争の終戦から81年が経ちました。
終戦玉音放送の昭和天皇陛下の
お言葉の中にこのような一節があります。
「難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」
現代訳にすれば、「耐え難いことにも耐え、
我慢ならないことも我慢して、
未来のために平和を実現するため、道を開いていきたい。」
とのお言葉、これは陛下のお気持ちのみならず、
この日に一億の国民それぞれが心に誓ったでしょう。
戦没者のみなさまへ
哀悼の意を捧げると ともに、
また、ご遺族の皆様の
ご多幸を念じまして、
戦争のない恒久平和を
心より決意します。
黙祷
「一月一日ののち国土慰撫行」
元日の空は、
まだ焼け跡の灰を含んで、寒々と高かった。
その朝、玉音ならぬ文字の声が、
国じゅうの胸の奥へ静かに降りた。
昭和二十一年一月一日のいわゆる人間宣言は、
天皇と国民を結ぶものは神話ではなく、
相互の信頼と敬愛であると述べた。
絶対の光として仰がれてきたものが、
ひとりの人として苦難のただ中に立つと告げたのである。
だが、言葉はそれだけでは地に足を持たない。
そこでのち、天皇は列島をめぐった。

朝日新聞より
敗戦の瓦礫、飢えの町、ひび割れた岸壁、煤けた駅、
そうした場所へみずから姿を運び、人びとの前に立った。
全国訪問は、戦後の民心をつなぎ直すため
慰撫の巡礼のようでもあり、象徴という新しい立場を、
足の裏で覚えてゆく長い旅でもあった。
民はぬかるみに立ち、ただ帽子を振り、
あるいは黙って見上げたであろう。
その沈黙のなかで、神でなくなった天皇は、
かえって遠い雲の上から降りてきた。
失われた威光のかわりに、疲れた者どうしが
分けあう冬の陽のようなものが、かすかに生まれた。
国の歴史とは、かならずしも烈しい事件の
名によってのみ動くのではない。
ひとつの宣言があり、ついで幾万のまなざしの中を歩く
一人の影がある。その影の長さに、昭和という時代の冷たさと、
なお残る人のぬくみとが、ひそかに測られていたのである。

朝日新聞より
国とは何か。天皇とは何か。
答えはその日すぐに定まらなかった。
ただ、遠いものが近くなった冬だけが、
長く人々の記憶に残ったのである。
平和の灯を継ぐ姫君へ
象徴とは、声高に国を率いるものではなく、
傷のそばに膝を折る姿から生まれる。
祈りを覚えた家に育ち、災厄の地へ
眼差しを向けつづけた血筋は、
家名より先に悲しみの受けとめ方を伝える。
もし皇統に守るべきものがあるなら、
それは男という器ではなく、
平和を身に刻む教育の火であろう。

写真:宮内庁提供
火がたしかに娘へ移るなら、春は遠くない。
愛子という名は、制度の先で静かに未来を照らしている。
終戦の日に想う。
この度の熊本をはじめ地震に見舞われた
皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
この度の千葉県での大雨で被害に遭われた
皆様に心からお見舞いを申し上げます。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
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熊谷
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太平洋戦争の終戦から81年が経ちました。
終戦玉音放送の昭和天皇陛下の
お言葉の中にこのような一節があります。
「難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」
現代訳にすれば、「耐え難いことにも耐え、
我慢ならないことも我慢して、
未来のために平和を実現するため、道を開いていきたい。」
とのお言葉、これは陛下のお気持ちのみならず、
この日に一億の国民それぞれが心に誓ったでしょう。
戦没者のみなさまへ
哀悼の意を捧げると ともに、
また、ご遺族の皆様の
ご多幸を念じまして、
戦争のない恒久平和を
心より決意します。
黙祷
「一月一日ののち国土慰撫行」
元日の空は、
まだ焼け跡の灰を含んで、寒々と高かった。
その朝、玉音ならぬ文字の声が、
国じゅうの胸の奥へ静かに降りた。
昭和二十一年一月一日のいわゆる人間宣言は、
天皇と国民を結ぶものは神話ではなく、
相互の信頼と敬愛であると述べた。
絶対の光として仰がれてきたものが、
ひとりの人として苦難のただ中に立つと告げたのである。
だが、言葉はそれだけでは地に足を持たない。
そこでのち、天皇は列島をめぐった。

朝日新聞より
敗戦の瓦礫、飢えの町、ひび割れた岸壁、煤けた駅、
そうした場所へみずから姿を運び、人びとの前に立った。
全国訪問は、戦後の民心をつなぎ直すため
慰撫の巡礼のようでもあり、象徴という新しい立場を、
足の裏で覚えてゆく長い旅でもあった。
民はぬかるみに立ち、ただ帽子を振り、
あるいは黙って見上げたであろう。
その沈黙のなかで、神でなくなった天皇は、
かえって遠い雲の上から降りてきた。
失われた威光のかわりに、疲れた者どうしが
分けあう冬の陽のようなものが、かすかに生まれた。
国の歴史とは、かならずしも烈しい事件の
名によってのみ動くのではない。
ひとつの宣言があり、ついで幾万のまなざしの中を歩く
一人の影がある。その影の長さに、昭和という時代の冷たさと、
なお残る人のぬくみとが、ひそかに測られていたのである。

朝日新聞より
国とは何か。天皇とは何か。
答えはその日すぐに定まらなかった。
ただ、遠いものが近くなった冬だけが、
長く人々の記憶に残ったのである。
平和の灯を継ぐ姫君へ
象徴とは、声高に国を率いるものではなく、
傷のそばに膝を折る姿から生まれる。
祈りを覚えた家に育ち、災厄の地へ
眼差しを向けつづけた血筋は、
家名より先に悲しみの受けとめ方を伝える。
もし皇統に守るべきものがあるなら、
それは男という器ではなく、
平和を身に刻む教育の火であろう。

写真:宮内庁提供
火がたしかに娘へ移るなら、春は遠くない。
愛子という名は、制度の先で静かに未来を照らしている。
終戦の日に想う。
この度の熊本をはじめ地震に見舞われた
皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
この度の千葉県での大雨で被害に遭われた
皆様に心からお見舞いを申し上げます。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
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