ザスタのクマさん -7ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ





タクシーの日は、日本で初めてタクシー営業が始まった1912年8月5日にちなみ、毎年8月5日と定められた記念日で、全国のタクシー業界がサービス向上キャンペーンなどを行う日です。



 初めてのタクシー小景

八月の風は、今年も容赦ということを知らない。
アスファルトはまだ無く、有楽町の石畳は、
朝からじっとりと汗をかいている。

大正元年のその日、誰より先に夏ばかりが町へ出ていた。
角の煙草屋の女房が、暖簾をかき分けて外を覗く。
見慣れぬ自動車が、十台ばかり、辷る(すべる)ように列をなし、
石の目を踏んでゆく。藍紺色の車体に映るのは、
曇った空と、半信半疑の人間の顔ばかりである。

人力車の車夫は、汗ばんだ手のひらを
車棒から離し、腕を組んでそれを睨む。

つい先ほどまで、彼の稼ぎを運んでいたはずの客が、
今は革張りの座席に腰を沈めている。
車輪の音が小さくなるごとに、自分の
行き先だけが決まらないような心地がする。








洋装の紳士は、帽子の庇を指で押さえながら、
耳慣れぬ騒音を愉快そうに聴いている。

エンジンの咆哮は、彼にとって、一歩
先回りした文明の足音であったろう。
だが、道端の子供にとって、それはただ、
少し高価なおもちゃが通り過ぎるだけの午後である。

歴史というものは、たいてい、こんなふうに他人事の
顔をして通り過ぎる。そのとき町にいた誰ひとり、
後にこの日が「タクシーの日」と名付けられ、紙の上で
由来を問われるとは思っていなかったに違いない。

今日も八月の風は、あの日と同じ蒸し暑さを運んでいる。
ビルの谷間をすり抜けてゆくタクシーの窓ガラスに、
百年以上前の石畳が、ふと逆光のように
映り込むことがあるのかもしれない。






この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/


撮影レタッチ 文 熊谷


ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。

良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ

最近ハンコを使ったのはいつ?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう



人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



今日はビアホールの日。
毎年8月4日に、日本初のビヤホール「恵比壽ビヤホール」の開店とサッポロライオン創業を
記念して制定された記念日で、日本記念日協会にも認定されています。

 
🍺 明治銀座の黄昏

煉瓦の壁に、夕映えがすこし
汗ばんだ色で貼りついている。

新橋停車場からあふれた人波が、
銀座通りへとゆるやかに流れこみ、
その端で馬車の蹄鉄が石畳を湿った音で叩く。

街路にはガス灯が灯りはじめ、
灯芯の白い揺らぎが、西洋風の
看板を半紙のように透かしている。

二階へ続く階段は、酒場らしからぬ
清潔なリノリウム張りで、靴の底に、
これから新しい時代へ踏みこむような、
やや場違いな滑り心地を残す。

戸を引くと、ビール樽を割いて
拵えた卓と椅子が、海沿いの倉庫から
抜けだしてきたように整列しており、

その周りを、山高帽と袴と書生服が、
規則も身分も忘れたふりをして取り囲んでいる。






蕎麦一杯よりも遥かに値の張る一杯を前に、
人々は不思議と慎ましく、しかしどこか誇らしげだ。

泡の縁に唇を近づけるたび、誰もが自分の中の
「東京」という言葉を、ひそかに書き換えている。

湯気を上げる蕎麦屋を尻目に、この煉瓦の二階では、
麦の琥珀が新しい都市の標準時を刻みつつあった。

窓の外は、まだ土の匂いを残した銀座八丁目が開け、
馬車がひとつ停まるたび、遠方からの客が
少しよそゆきの顔をして階段を上ってくる。

そのたびに店内のざわめきは、
風鈴の音のように細かく震え、

人と時代とが、泡の消える速度でまざり合う。
いつかこの街が、電気の光で白昼のように
照らされる夜を持つとしても、

その予感は、すでにこの一杯の底に、静かに沈んでいたのである。



のちにここへ引っ越した銀座七丁目の『銀座ライオン』



最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/



この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


熊谷

ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。
良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ

何歳でお箸使えるようになった?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう


人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



はちみつをかけると美味しいものは?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう



🐝 蜂と人の境い目

八月三日の朝は、まだ夏になりきれない
風が、台所の窓から入りこんでいた。

コップに少しだけ落とした琥珀色の液体は、
光を受けて、昔の物語のようにゆっくりと揺れた。

はちみつの日だということを、
ラジオが機械的な声で告げている。

昭和六十年に決められた記念日らしいが、
その数字の乾いた響きより、窓の外で
小さくかすれる羽音の方が、
もっと確かな理由のように思えた。






スプーンを回すたび、
目には見えない平安の宮中や、
千姫の嫁入り道具の列が、
蜂壺の向こうを通り過ぎていく。

彼らにとっても、はちみつはきっと、
ひそやかな贅沢だったのだろう。
今、私が無印店で何気なく買ってきた
瓶と、どこかでつながっていると思うと、

ささやかな罪悪感と、
ほのかな感謝が胸の内で混ざり合う。







ミツバチがいなくなれば、人間も
長くは続かないという言葉を、
いつからか覚えてしまった。

けれど、その終わりのかたちは、
ニュースの映像のような騒がしさではなく、
もっと静かなもののように想像される。

花の数が少しずつ減り、果物の棚に空白が増え、
人々の会話から季節の味の話題が消えていく。

誰も大声は出さないまま、
世界がじわりと色を失っていく。

コップの底に残った甘さを舌で確かめながら、
私は、今この瞬間にもどこかの花に顔を
うずめている、小さな蜂の姿を思う。その羽音は、
耳をすませなければ届かないほどかすかだ。

それでも、そのかすかな震えの上に、
わたしたちの朝食や、秋の果物や、冬の焼き菓子まで、
いくつもの季節が乗っているのだと思うと、
ひと口ごとに、少しだけ背筋を伸ばしたくなる。










ハニーディッパーに溜まる琥珀色は、
花々の季節と、蜂たちの翅の時間を、
気の毒なほど安価に凝縮している。

人間の時間はそれを一息で飲み干してしまう。
けれど、舌に残る薄い香りだけが、
ミツバチの小さな歴史を、しばらくの
あいだ、私の体の中にとどめてくれる。

世界が滅ぶときも、こんなふうに、
花々の季節の香りだけが、

わずかに、最後まで残っているのかもしれない。




この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/


撮影レタッチ 文 熊谷


ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。

良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



最近はまっているお菓子は?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう



8月2日はおやつの日

🍡 おやつの日の由来

八月二日、おやつの日。
「おやつ」は、江戸の人々が
一日二度の食事のあいだ、八つ時、
いまの午後二時から三時ごろに口を
なぐさめた間の名残だという。

室町の末、時を告げる鐘が八度鳴る
その刻を、人は合図のように待っていた。
腹の虫は正直で、遠くの寺の鐘に
先んじて鳴き出すこともあったろう。

日本おやつ協会は、この古い呼び名に、
もう一度あかりをともし、八月二日を選んだ。
八と二を並べれば「おやつ」と読めるという
口あたりのよい理屈に、争いごとのない時間を
増やしたいという願いが、砂糖のように静かに溶けている。



🌿 スタジオの夏和菓子

スタジオの白い光のなか、若草色の
和紙が一枚、背景色として置かれている。

墨で縞を引かれた皮のつややかな
脹らみの球体その隣の、半月と4/1の
切り口には紅と翡翠色の層が重なり、
大きな黒ごまが種のように点じられている。

餡を包んだ皮は、指の腹にしっとりと
吸い付き、持ち上げれば、夏の湿り気を
そのまま移したようにたわむ。







スタジオの空調はきびきびと
音を立てているが、甘さの前では、
どこかよそよそしい。

ストロボが閃くたび、緑の縞は
水面のようにきらりと光り、

誰かの「おいしそうですね」と
いう小さな声が、商品の上にデイフュザーとして
広く貼ったトレペよりも柔らかく空気を和らげる。

💧 庭園と水羊羹

また別の日、外には本物の夏があった。
和風の庭園では、苔の上を風が横切り、
池の水をわずかにさざめかせている。

縁側に近い低い卓の上に、丸い硝子の器に
水羊羹が沈んでいる。光を受けた表面は、
薄い雲を閉じ込めた水面のように、かすかに揺れ、
指先を近づければ、冷たさが見える気がする。

黒にも茶にも言い切れない、その半透明の色合いは、
日陰と日向のあいだにとどまる午後の空気に似ている。






撮影の合間、スタッフの誰かが匙を入れる。
すっと刃が通り、切り口はなめらかな
崖となって器の中に立つ。ひと口運べば、
喉の奥に落ちる音より先に、静かな甘さが広がり、
蝉の声が一瞬だけ遠ざかっていった。



☕ しっとり和風の時間

おやつの日にテーブルを
囲むとき、私たちはほんの少しだけ、
江戸の町家と同じ風の音を聞いている。

ひとつのおやつを分け合うたび、
世界の輪郭が、すこしだけ丸く、
やわらかく書き換えられていく。

スイカのかたちをした饅頭も、
水面を閉じ込めたような水羊羹も、
その場に居合わせた人々の言葉を急がせない。

皿に残るわずかな水滴、茶碗の底に沈む茶葉。
そうしたものを眺めながら交わされる他愛ない話こそが、
人を少しだけやさしくし、世界を少しだけ平和にしてゆく。

八つ時の鐘はもう鳴らないが、午後二時を過ぎると、
どこかで甘いものを思い出す癖だけが、小さな空腹と
いっしょに、誰にも告げない約束のように残っている。


この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/


撮影レタッチ 文 熊谷


ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。

良かったら、下のランキングをクリックお願いします。



人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



日本の「水の日」は、毎年8月1日に、水の大切さや健全な水循環の重要性への理解と
関心を高めるために定められた記念日で、この日から7日までが「水の週間」とされてます。

💧 ブルーの湖面

八月一日、水の日。
冷房を落としたスタジオは、蝉時雨の
気配だけが壁を透かして滲んでくる薄い箱になる。

空気を揺らさないための不自然な
静けさの中、両脇の台の上の水槽だけが、
青の濃淡を背負って、小さな湖のように浮かんでいる。

背景紙のグラデーションは、浅瀬から深海へ沈んで、
夏の午後をそのまま引き伸ばしたようで、
水面のきわにだけ細い光が残っている。

ストロボを逆光ぎりぎりに追い込む。
液体というより、光そのものを撮るつもりで
絞りを決める。アシスタントの指先には、
映り込まない為に妙に細長いスポイト。

透明な一滴がそこに待機している。
掛け声までの数秒、誰も息を大きく吸わない。
水槽の表面張力と、僕らの沈黙が、
同じ膜の上でぴんと張り詰めている。

「いち、に、さん」






僕の掛け声と同時に、アシスタントの
スポイトの先端がわずかに震え、一滴が落ちる。

無音のまま表面がすり鉢の底のようにくぼみ、
次の瞬間、逆光に刺し貫かれた冠のような
水紋が立ち上がる。跳ね上がった水滴は、
一秒にも満たぬあいだだけ、完璧な球体のふりをする。
地球と同じかたちをしたまま、重力に負けて崩れ、
輪郭を失い、ただの飛沫へと還っていく。

連写のモニターには、毎回ちがう形の
水の王冠が並ぶ。崩れかけたもの、左右非対称なもの、
思いがけず完璧な円をつくったもの。そのどれもが、
一滴分だけ世界のどこかから借りてきた軌跡だ。
健全な水循環という言葉は大きすぎて、
写真のフレームからはみ出してしまう。
だから今日は、そのひとかけらだけを借景に切り取る。

僕らが毎日無造作に流し去っているものが、
これほど複雑で、これほど脆くて、
これほど美しいのだという証拠写真だ。

八月一日から七日までを水の週間と呼ぶらしいが、
セレクトの画面に増えていく水紋の
サムネイルを眺めていると、一週間どころか、
たった一滴にさえ、何度も世界をやり直す
猶予が与えられている気がしてくる。

画面の中央で、いまだに落ちきれずにいる
紺と白の球体を見ていると、蛇口の向こうで
続いている長い時間のことを、少しくらいは
考えてみてもよいのではないかという気がしてくる。



この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/


撮影レタッチ 文 熊谷


ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。

良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ

賭けに勝ったことある?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう


人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ




パラグライダーやってみたい?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう




「パラグライダー記念日」は毎年7月31日で、1988年7月31日に長野県白馬村で
日本初のパラグライダー日本選手権大会が開催されたことを記念して制定された日です。


パラグライダーの日と聞いて、私はふと、
かつてスイスの山間を飛んだ一日のことを思い出した。

あれは旅行であったか、あるいは一種の
錯覚であったか、今ではもうはっきりしない。

ただ、切り立った斜面の上に立った時、
足もとの草がひどく静かで、
遠い谷あいの村の屋根だけが
妙に明るかったことを覚えている。

人は空を飛ぶことに憧れる。
けれども実際に飛んでみると、
そこにあるのは勇ましい征服の心ではなく、
むしろ己れの小ささを知る心持である。









翼は合成樹皮にすぎず、身体は風に
あずけられ、こちらの意志など案外たよりない。
山々は黙って連なり、雪をいただく峰は、
下から眺めた時よりも、いっそう冷然としていた。

私はその時、自由とは勢いよく
何処かへ行くことではなく、
ただ重力をひととき忘れることでは
ないかと思った。谷を渡る風は白く、
眼下の草原には牛の影が小さく動いた。

頬を打つ風だけは、もっと古い、
もっと透明な何ものかのようであった。

ああ云う時、人は自由であるより先に、
孤独であることを知る。








しかもその孤独は少しも暗くない。
寂しさがそのまま明るさになった
ような、稀な心もちである。

やがて地上に降りた時、安心と同時に、
すでに、空がなつかしくなっていた。
人間はまことに欲深い。

スイスの峯々のあいだを過ぎたあの風は、
今もなお、歳月の底で静かに鳴っている。
思えば私が飛んだのではない。ほんのしばらく、

風が私を夢として曳いてくれてたのである。








この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

熊谷

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/



ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。
良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。


人気ブログランキングへ




もうすぐ8月になので、ブログのヘッダーを変えました。

ブログのヘッダーに風鈴に入道雲の写真を置く。
訪れた人は、ただの夏の風景だと思うかもしれない。
それでいい。画面の外では、鳴りきれなかった風鈴の音と、
登りそこねた雲の階段が、まだこちらを見ている。

この写真も、見るたびに別の夏を連れて
来てくれればと、ひそかに願っている。








風鈴の音が、まだ眠り足りない街を細く撫でてゆく。
西麻布の朝は、夜の名残をどこかに隠したまま、
知らない顔をして明るくなる。
ベランダに吊した小さな硝子は、ひとつ風が通るたび、
誰かの内緒話のように鳴った。

風鈴を撮るのは、少しむずかしい。
音は写らないし、風も写らない。ただ、
硝子のうすい縁だけが、光をこぼしている。
その光を指先でつまもうとして、
私はそっとシャッターを切った。

ファインダーの四角の中には、なぜか風鈴の涼しさが残る。
その奥では、八月前の空が、まだ本気を出していない。
けれど、画面の端には、もう入道雲が顔を出している。
白すぎるほど白い塊が、街並みの向こうでふくれ上がり、
こちらを見下ろしている。



原画


子どものころ、あの雲の中には階段があって、
上まで登れば夏休みが永遠に続くと信じていた。

この街で暮らしはじめて、
季節はもう十四も巡った。
けれど、風鈴と雲とを同じ画角に
収めたのは、今朝が初めてである。

夏は毎年来るのに、
そのたびに別の顔をして通り過ぎる。
私のシャッターは、いつも少し遅れて、
その後ろ姿だけを追いかけている。



この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

撮影  文 熊谷

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/



ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。
良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

格闘技を生で見たことある?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう


人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ


数字の語呂合わせで「〇〇の日」と呼ぶ記念日は多数存在します。
その中でも馴染みがあるのは、毎月29日に言われている「肉の日」?
流石に味気ないので、今日は芸術の話と行きます、

行きそびれた東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展
開催期間: 2026年4月28日(火)~2026年7月5日(日)
戦後アメリカの繁栄・抽象表現主義(ポロック、ロスコ)の真っ只中で、
彼だけが寒村・障害・老い・空き家・冬枯れを、しかも具象で描き続けた。
同時代に対するほとんど政治的とも言える「不同調」がある。


ポスター内の絵《クリスティーナ・オルソン》 1947年 テンペラ、バネル
83.8×63.5cm マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス


名もない村の、名もない午後の、誰にも見られない
横顔だけが、遠いアメリカから上野まで運ばれてきて、
切符を買いそびれた私の胸を、いまさらながら静かに刺すのだ。

絵具は乾いて久しいのに、戸口の影だけがまだ濡れている。
扉の向こうに立つはずだった私を、画家だけが知っていたのではないか、と。

色彩は乾いた土の匂いをして、死後の世界と見まごうほどに静かだが、
君の横顔だけが、まだためらいがちに生を信じているように見える。

200点以上のワイエス作品でモデルを務めた
クリスティーナ・オルソンを描いた作品

今回の展覧会で来日しなかった、
代表作の一つ『クリスティーナの世界』。
MoMA・ NYで実物を見たときには、
感動で魂が震えた。

シャルコー・マリー・トゥース病で足が不自由な
クリスティーナ、もちろん、当時も車椅子はありましたが、
クリスティーナは車椅子を使いたがらず、
這ってでも自分の力だけで進むことを好みました。

ワイエスは「大部分の人が絶望に陥るような境遇にあって、
驚異的な克服を見せる彼女の姿を正しく伝えることが
私の挑戦だった。」と手紙に書いています。



 
クリスティーナ・オルソン小景

野の匂いを吸い込みながら、ひとり丘をはい上がる女の背に、
合衆国のひろさよりもまず、たった一軒の家の重さが
のしかかっているように見える。

メゾナイト板にテンペラで描かれた《
クリスティーナの世界》の空気は、油彩の豊かな
肉感ではなく、乾いた絵肌のせいか、どこまでも硬く冷たい、

クリスティーナの腕と草むらとのあいだに、
目に見えぬきしみを塗り込めてしまった。

画家は二階の窓辺に立っている。
背後には妻と、借り物の夏という季節がある。
だが視線の先にあるのは、自分の家ではなく、
隣家の女の耐え難いほどゆっくりとした帰宅の途中である。

そこに住んでいたのは、ただ姉と弟であり、
ホテルの名残を引きずる寂れた家業と、野良仕事と、
それでも夜ごと灯される台所の明かりだった。
やがてこの家は国家の所有となり、
「保存」の二字を与えられてしまう。








けれど丘をはい上がる女の息づかいまでは保存できまい。
ニューヨークの高い階で、観客はこの絵を「アメリカ」として眺める。
そのときキャンバスの向こうで、潮と土のにおいを知る
ただの隣人としての画家は、ひそかに苦笑しているのではないか。

自分が描いたのは世界などではなく、ひとりの女が
帰るしかない一軒の家にすぎないのだから。

絵の中の風は、もうあの姉弟の頬をなでることはない。

ただ、丘の上の家と、
そこへ向かおうとする一人の女の背中と、
そのあいだの距離だけが、
永遠に縮まらないまま吹きさらしにされている。






最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/



この度の熊本をはじめ地震に見舞われた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。


熊谷

ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。
良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



歴史を思い返して思うことは?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう




1914年サラエボでのオーストリア・ハプスブルク帝国の
フェルナンド皇太子夫妻の暗殺に端を発した第一次大戦は、始めは
「クリスマスまでには帰れる」を合言葉に、欧州の若者たちは
喜々として戦地へ赴いていった。
この戦争は、「クリスマスまで」に帰れるどころか、クリスマスまでに、
まだ本格的な戦闘もはじまっておらず、結局、1918年まで続いた。


平和を願って作品を作った。根底にあるイメージは
音楽家、ノーベル賞作家ボ・ブデュランの名曲風に吹かれて」
(Blowin’ In The Wind)の1番から。

How many roads must a man walk down
いったいいくつの 道を歩めば
Before you call him a MAN?
君は彼を 人として認めるのか
How many seas must a white dove sail
いったいいくつの 海を航れば
Before she sleeps in the SAND?
白鳩は 砂浜で安らぎを得るだろうか

Yes, ’n’ how many times must the cannon balls fly
いったいいくつの 砲弾が飛べば
Before they’re forever BANNED?
金輪際 打ち止めになるのだろうか
The answer, my friend, is blowin’ in the wind
友よ 答えは風に舞っている
The answer is blowin’ in the wind
答えは 風の中に舞っている




当社スタジオにて



夏の夕立のように、歴史の「開戦日」も
ふと降りかかってきますね。

✒ 銃声の余白

七月二十八日の年譜をひもとくと、
紙の上では、ただインクが一行ふえただけである。
オーストリア、セルビアに宣戦す、と。
活字はいつものように黙って並び、
新聞配達少年は欠伸をしながら、
それを門口に放り出す。

世界大戦の嚆矢という言葉さえ、
翌朝の味噌汁ほどの湿り気も帯びていない。

サラエボの路地で倒れたひとの体温も、
汽車の車輪にしがみついた青年の汗も、
年表には載らない。歴史は便利な略図であって、
路面電車のなかで膝にひしめく市井の心細さではない。

開戦という二字は、兵士の母親のまぶたに浮かぶ、
あの細い静脈の震えを代筆してはくれない。

それでも私たちは、きょうもまた年表を繰り、
百十二年前のこの日付に赤鉛筆で印をつけ、
遠くの砲声を、冷房のきいた書斎で追体験しようとする。

世界が静かに見えるこの瞬間が、いつか誰かの年表に、
次の「開戦前夜」と記されないことを、ひそかに願い、

世界大戦は、そう云う私たちの健忘症をあざ笑うために、
わざと「第一次」と名乗ったのかもしれない。



ロンドン、国会前のチャーチル像 




当時、イギリスの海軍大臣であったチャーチルの
残した極めて洞察力のある格言がある。

『戦争からきらめきと魔術的な美がついにとられてしまった。
アレクサンダーやシーザー、ナポレオンが兵士たちと危険を
分かちあいながら馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する、
そんなことはもうなくなった。

これからの英雄は安全で静かな事務室にいて、書記官たちに
取り囲まれて座っている。一方、何千という兵士たちが
電話一本で機械の力によって殺され、息の根を止められる。

これから先に起こる戦争は、女性や子供や
一般市民全体を殺すことになるだろう。

やがてそれぞれの国には大規模での際限ない、
一度発動されたら制御不可能となるような
破壊のためのシステムを生み出すことになる。

人類は初めて自分たちを絶滅させる
ことのできる道具を手に入れた。

これこそが人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である。』


私の思うこと・・・
世界史の悲劇は、いつも他人の遠雷のように聞こえる。
だからこそ、きょうの青空を見上げるとき、私たちは
一瞬だけ耳を澄ませてみる。グラスの氷が鳴る音と、
百年前の砲声とを取りちがえないために。







最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/


撮影レタッチ 文 熊谷


ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。

良かったら、下のランキングをクリックお願いします。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



今年初のスイカはもう食べた?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう





ところで「日本の夏の風物詩」「夏の果実の王様」などと
したしまれているスイカ。
そういえば、スイカの種はリノール酸や たんぱく質が非常に多く、
ビタミンB郡やEが豊富で、体の為には良く噛んで
食したほうがいいそうです。

🍉 夏の情景

縁側では熊さんと八っつぁんが団扇をあおぎ、
行き交う風に江戸の町の音を聞いていた。
遠くで荷車のきしむ音、近くで金魚売りの声。
路地の向こうでは、夕立を待つ土の匂いがしている。
昼下がりの路地は、打ち水の名残だけがひんやりして、
遠くで、隠居が咳払いをひとつ、あとは蝉の声ばかりだ。

長屋の子どもたちが、割れそうで割れない
スイカを前に、棒を握ってそわそわしている。

「もっと右だ、いや左だ、ああ行きすぎた」
「違うよ、前だってば」と、口だけ達者な野次馬が並ぶ。
目隠しをされた子のまわりで、声だけがぐるぐる回る。
汗で手ぬぐいが頬にはりついて、子どもは心細そうに笑う。

棒が振り下ろされる一瞬、固い皮の下で、
黒い種と赤い肉が、音もなく笑ったような気がした。

掛け声とともに棒が振り下ろされる。
ぱしんという乾いた音のあと、すこし間をおいて、
ぱりぱりと皮の裂ける音が縁側まで届く。









赤い果肉が顔を出し、黒い種が星のように
散らばっている。子どもたちの目がいっせいに丸くなる。

ぱかりと割れた瞬間に立ちのぼる青い香り、
しゃりり、と歯に沁みる冷たさ。
水気たっぷりの果肉が、火照った
体の奥まで、すうっと涼を運んでいく。

「種まできれいに食っときな」と熊さんが言う。
「水ばっかりと思ってると、肝心なとこを捨てちまうよ」。

子どもたちは意味もわからず、
言われた通り種を噛んでみる。
かり、と小さな音がして、口の中に
かすかな渋みと香ばしさがひろがる。

気づけば、流しのそばで冷えている、
次の大玉だけが、黙って午後の暑さを映している。








最後の一切れを前にして、八っつぁんが言う。
「なあ熊さん、これだけ栄養あって涼しくして
くれるんなら、今年の猛暑も安泰だな」

熊さん、団扇を止めてぽつり。
「そいつはどうかな。スイカは涼をくれるが、
長屋の家賃までは冷ましてくれねえ」

縁側に笑いがどっと広がり、皿のスイカも、
種も、きれいさっぱり消えちまった。

子どもたちは、その言葉の半分もわからないまま、
最後の一口まで赤いところをしゃぶりつくす。

縁側の下では、どこから落ちたのか、
いくつかの黒い種が土に沈みかけている。
来年の夏のことを、誰も口には出さない。

ただ、夕立の気配だけが、遠くの空で静かに膨らんでいる。
夕立前の風だけが、冷えた甘さの名残りを
そっと撫でて通り過ぎていった。

後に残るのは、食べ尽くされた皮と、
夜風に冷めてゆく笑い声ばかりである。



最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/


撮影レタッチ 文 熊谷


ランキングの順位、毎日の励みになっています。 
ほんとうにありがとうございます。

良かったら、下のランキングをクリックお願いします。