悪魔のボク 天使の人妻 -3ページ目

はじめて、ベッドの上で夏を過ごす。


窓からの日差しが、わずかにそれを感じさせる。



考える時間だけが与えられて、それ以外が奪われる。


残酷でもあり、優しくもある。




夏に期待なんかない。


そのくせ、ドキドキとしている。



友達と自転車を走らせてプールに通った気持ちは


実は、消えてなんかいない。




思い立って屋上へ向かう。


夕暮れは、何かを奪うように燃えていた。




誰もが何かを考えて、何かに向かっていて、何かに笑っている。


立見席から乗り出して、わずかに残ったスペースを探す。




残暑が、心地いい。


蜩(ひぐらし)は、やさしさを増幅させる。



真っ白なシーツには、ボクの重荷だけを置いてきた。


あとは、シンプルな一歩だけ。



ゆっくりと、のんびりと。


何かを確かめるように。。。

前さえも

いつになく、壊れかけてしまった。。。


週毎に縛られ、フライトに拘束され、気持ちを留めることができない。



いつからボクは、「それなり」と評価されることを望むようになったのか。


望んだわけじゃなく、居場所を求めた結果。つまりは同じこと。




薄曇の景色には、いつだって自分を重ねたくなる。


鼠男の運命は、「孤独」の塊。




マイレージが削っていくものは、色んなもの。


一度、削ぎ落とされたものは元には戻らない。




と、グダグダといじけてみせる。


自分がしていることにかりそめの「責任」を見出し、それに向かってまっしぐら。


最早、自己批判は存在の否定。



このままだと、何かがボクを追い越しそう。


あ、そうか。これって「かけっこ」か。


そういえば、さっきから肩越しに追いかけてきてる奴がいる。



別に、負けたくないわけじゃない。


でも、「負けないで」って、ZARDが歌ってるから・・・。




今日は、「負けてもいいかな」なんて、ちょっと思って、


で、久しぶりにブログに向かった。


たぶん、ZARDじゃなくて(しつこい!)、誰かの声が聞こえたんだ。


だから、面白い。


だから、何とかやってる。


前さえも見えなくなっても、声はいつだって向こう側から聞こえる。


「まだやれる」って。




「隣」に熱を感じたら、鬱陶しいと思うだけじゃなく、甘えてみればいい。


間違いは「否定」しない。


ずるくたっていい。


それほど腐ってなんかいない。




壊れかけて何とかたどり着いた場所。


まんざらでもないな。




*不定期ブログとなっても、これを止めようとは思わない。意外とスゲーな、ブログって。。。

一息

ちょっと休もう。


別に何かを残せるほど頑張ったわけじゃないけど・・・。




自分には、フワフワと浮き流されるような日々が似合っている、なんて


口には出すくせに、そんな生き方をしているところ、見たこともない。




そのくせ、走り続ける意味を、ずいぶん前にどこかへ置いてきたきり。


アレは何だったんだろうな。



気がづくと、遠い場所。


周りにいるのは、ビー玉のような目を持つ他人ばかり。


ぬるくなったカフェオレは、甘さばかりが舌に残る。




そろそろでしょ。


うん、そろそろさ。



久しぶりに意見が一致。


ボクは、ボクに戻る。



視界は曇ったままだけど、見えないことを味方にしよう。




こんな感じでいいのかな。


答えは、淡い。


無味無臭。



また、これで歩き出せる。





まるで霧雨のようなブログになった。。。

焦点の合わなくなったカメラのような思考だけど、これが今のボクそのまま。

それを「密度」と思いたい。結果はまたいつか。。。。





このごろ

ボクの上下の振幅は、かなりゆるやかになってきた。


ブログを書く速度は、けっこうそれに比例しているのかも。。。



「熱量」はあきらかに少なくなっていく・・・・(まるで、おじいちゃん)



その理由をあげていくと、これはもうドツボ。


自分が一秒だって生きていたくなくなることになる。。(やたら「な」が多い「な」)



「死」と「生」があまりにもボンヤリしてしまった。


目に入ってくるモノは、何だか微妙にブレている。


ん?単に空気が汚れているだけ?


それともボクが汚れているから?



汚れちまったボクの「フィルター」は、その血圧をただ押し上げるだけ。。。




あ~、もっとフツウのこと書けば良かった・・・。


オフィスの窓の外、流れる川の水面が光ってる。

嵐のような

慌ただしく過ぎたこの「ひと月」。


色んなことを考えさせられ、少し失望し、ちょっと望みを持った。



ボクには、自分が嫌いなときと、自分を許したくなるときが繰り返しやってくる。


今回は、嫌いな自分が消えてなくなってもいいかな、って思うことが多くて。

何もかもが色を失い欠け、音も聞こえなくなって。。。



別にたいしたことじゃない。


ただ、自分が生きている「意味」があまりに希薄になっただけ。



こうなると、もう止まらない。


核心から離れようと、静かに息をひそめて、こっそりと抜けだそうとする。


核心は、いつだって自分のど真ん中にあるのに。



卑怯な生き方だと分かっていながら、それに縋る。


「死」が身近なことを実感し、それが常に「生」と共にあることを知る。



まずは、生きようとすることから。

そこが全てだと、理解し、行動することから。。。


自分に責任を持つために、生きることにしよう。

静と動

慌ただしい。。。


特に、この数年が。


そのくせ、全く動かない部分もあったりする。




すべてに同じリズムで、、、なんてムシが良すぎるか。


環境、そして人間関係(もちろん、女性関係も含む)の強弱は


自分を生かしておく上で、大切なんだろう。




「静」が好き、と時々言ったりする。


なのに周囲の変化、背中を無理矢理押される感覚が


どこか心地良いような。。。




31日の静かなオフィスで思うことにしては、やや暗すぎるか。




どうやら来年もボクは慌ただしい。


求める「静」は、そんな中でも揺るぐことはないのだろう。




まずは、ココロとカラダを整えること。


これは悪くない発想。




何も生み出すことのない自己探求。


繰り返し訪れたエゴの塊。


破壊と再生を繰り返すことでしか維持できない自分。




割れた殻のスキマから、ちょっとだけ何か触れることができたような・・・・。


無理矢理に引きずり出すことはしない。


ボクの中の「静」と「動」。




ちょっと頑張ってみよう。


さて、仕事。


ソフトランディングでいいんだよね。

とどまること

慌ただしさが更に加速している。


ある変化が、否応なくボクの時間を奪っていく。



「否応なく」か。。。都合のいい言葉。


自分の「意志」なんてものがないくせに、まるで


何かに抗ってでもいるようなフリ。



それでも、癒しが時にボクを救う。


リセットとまではいかなくても、ずいぶんと戻される。


気づくと、時間がまた穏やかに流れる。



生きていることの「意味」が分かったとは言わない。


それでも、まんざらじゃないと思える自分をちょっとだけ許せそうだ。





ただ流されるに任せてきた。


今はほんの少し、とどまることに努力したい。



加速すればするほど、留まるにはチカラがいる。


泣いて祖父に甘えてさえいれば、留まることができた頃とは違う。


祖父のあの力強く、大きな手。


今、自分の手を見て、自分がどこまで来たのかを実感する。



しばらくは、この加速は止まりそうもないけど、そんなとき


自分のいる場所だけは自分で分かっていなくちゃ。




すっごく久しぶりのブログ。


これも、ボクが少し立ち止まれたからかな。


みんな、自分の時間と折り合いをつけるために必死で生きている。


そこに光るモノが見えたりする。


そんなものが、自分にもあったらいいな、って思いたい。


みんなと同じになれたらいいな。。。って











はぁ、またか・・・

懲りずにまた風邪を引いています。。。


で、来週からは海外へ。



熱や咳、鼻水はボクから「集中力」を奪う。


おのずと、仕事はたまる。そして、焦る。


風邪は悪化する。



繰り返してるなぁ、こんな日常を。


どこかで、上向きに流れを変えないと。


1)たまった仕事を放棄?


2)たまった仕事を死にものぐるいでこなす?


3)全部投げ出して、逃げる?



当たり前だけど、社会人に1)も3)もありえない。


で、「死にものぐるい」のボクです。


まぁ、実際に「死ぬ」わけでもないし。


要は、覚悟の問題なわけで。。。。



でも「覚悟」っていうのも、どこか自分を偽ってるなぁ。


というよりも、格好悪いことはしたくない、ってことじゃん。



ふぅ、ブログに書いて、自分の「覚悟」を鼻で笑う。


自分に笑われた以上、もうやるしかないでしょ。



さてと、自分の場所に戻ろう。


結局、戻るんだ。



お前、つまらないヤツだな。。。


いいんだよ、初めから期待なんかしてないから。

ボクは。。。

このところ、ボクはボクであり続けている。


過不足ない自分を、受けとめられている。



何があったんだろう。


ちゃんとあったんだ。


ボクがボクであることを気づかせてくれる何かが。



当たり前の毎日。


心地良い時間。



当たり前だからこそ、気づくのには時間がかかる。


気づいただけで、まだ何も始まらない。



平気でつける「嘘」は、必要ない。


自分を大きくも、小さくもみせなくていい。



ボクがボクでいること。


ブログに書くようなことじゃないけど、それでもボクのブログだから。


今日はボクの好きに書いてみた。



これからも、少しだけ自由に生きていたい。


それだけが、ボクにできる全てだから。

生きるということ・・・重ッ!

先日からの背中の痛み、結局は風邪の予兆だった。


その後、いつものように扁桃腺の腫れ、そして高熱。


今回は、さらに声を失った。



4~5日ほどまったく声が出せず、仕事に支障も出た。



でも・・・、


「話せないこと」が、自分に違う世界をみせてくれた。



「言葉」は確かに、相手とのコミュニケーションツールとしては


とても有効だし、なにより便利。



ところが、果たして自分の想いを本当に伝えているのか、


というと・・・その7割くらいは虚飾されたもののように感じる。



もちろん、自分が思考し、そして言葉(音)に変換しているのだろうけれど、


そのほとんどは、蓄えられて例文のような「言葉」を並べているような気がする。



伝えたいことは、本当に「些細」。


自分ですら気づかない、その「小さな想い」。



声を失うことで、削り落とされ、静かに光りを帯びて見えてくる。



失うことで、見えてくるもの。


「生きる」とはそういうことか、と一瞬だけ垣間見る。



回復した声。


日常の「音」に、ボクもまた加わる。



それでも、ちょっとだけ違っている自分を認識した。


ブログに書くようなことじゃないかもしれないけど、なんか


「生きること」って、何かに満たされることだけじゃない、と思った。



失うことにこそ、意味がある。