「ふぉい! ふぅふぅいほぉへぇふぉ!」
「何言ってるかわからないし、とにかくおとなしくしてなさいよね!」
 マフラーは口から目へと移動していく。
「目がちくちくするからやめろ! その前に普通に貸してって言えばいいだろ! 」
「何か変な巻き方でもしてるの!? さっきからきついんだけどぉぉ! んぐぐ……」
 俺の声を無視する乱暴娘。
 今だにパニックから抜け出せない顔面にマフラーを巻いた男。
「本当に取れないわねぇぇ!」
お前が無理やり取ろうとするからそうなるんだよ!
マフラーは目元からおでこのあたりへ移動した。
「あ、頭まできたわ。あと一息ね!」
 その笑顔が怖いと思ったのは土の中を掘っていた子供がようやく宝箱を発見した時にスコップを土に再び突き刺す瞬間の笑顔に似ていると思ったからだ。
「と、とりあえず渡すから無理やりとるなー!」
 ドサッ。苦しみから解放された音だった。
「げっとぉ!」
 俺は尻餅をついて麗奈を見上げる形になっていた。首に巻いてあったマフラーはすでに麗奈の手に渡っていたようだ。
「はあ……、いきなりすぎだろ! さっきも言ったけどな貸してって言えば良かったんだよ!」
 麗奈は納得いかないような顏で、
「だって透が察しないからよ。それよりさあ? なんでこんなにややこしく巻いてるの? 普通の巻き方じゃないわよね。しかもちょっとこのマフラー長いし」
「……その巻き方だと暖かみがますんだよ」
 眉を顰めながら、マフラーをほどいている。普通の巻き方じゃないと言っても麗奈にとったら簡単だろう。
 するとその言葉通り、麗奈はほどいたマフラーを自分の首に巻きつける。
「えへへっ! 暖かいっ!」
 やけに嬉しそうな笑顔がさきほどの怖い笑顔と同じ人間から生み出されているなんて考えたくなかった。そりゃ今の笑顔の方がいいさ。

視線は逸れることはなく、じっと見られているような気がする。……何か落ち着かないな。
 すると麗奈が首に手をかけていた。それは視界の端からでも分かり、どうやらネックレスを外しているらしい。急にどうしたんだと声に出せなかったのは、その仕草に見入ってしまったからであろう。
 決して勘違いしないでほしいのが見入っているだけであって、見惚れてはいない。ああ、決してな。
 ネックレスを外した麗奈は、
「マフラー」
 とマヤ文明でも予知出来ない発言を俺にかましていいたのである。これがアニメの世界だったらクエスチョンマークが三つほど、いや四つほど頭上に表示されていたはずだ。
麗奈は取り外したネックレスを胸ポケットにしまい、怪訝な顔をした俺に背を向け、ノストラダムスでさえも開いた口がふさがらない驚愕の言葉を口にする。
「で?」
 …………は? 
 ちょっと待て。で? って何だよ。背中向けながら、で? って言う奴は初めて見たぞ。
途端、俺の体はいきおいよく前かがみになっていた。
「うわっ!」
「マフラー貸してって意味よ!」
 俺のマフラーを奪い取ることだけを考えたその手は、乱暴極まりないものだった。
「いきなりなんだよ! 最初からそう言っんぐ!」
 俺に巻かれたマフラーをそのまま無理やり外そうとする麗奈。
 目の前の女の子の神出鬼没な行動による錯乱攻撃を受けた俺。
 マフラーが口のところまで上がってきた俺は情けない声を発していたのだった。
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その光は餌入れと同じ銀の色をしていた。
 麗奈の長い髪に見え隠れするそれは後ろからだと見えない物であり、女の子を綺麗に魅せる代物だった。銀の線が肩から鎖骨にかけて伸びると中心でハートの形を造り、輝いていた。
 麗奈は俺の視線に気づいたらしく、慌てて言った。
「ああ、これ? この前貰ったのよ。誕生日でもないのにね。びっくりしたわよ」
「そうなのか。高そうなネックレスだな」
「うん。たぶん高いね。きっとブランド物じゃないのかな」
 中心のハートを指で触りながら言う。
「今時の高校生女子ならブランドに詳しいんじゃないのか? ほらよく休み時間に女の子向け雑誌広げて、これ欲しいとかあれ欲しいとか友達と言い合うものだろう」
「んー。今時の高校生女子はそうなんだろうね。私は別にブランド物には興味ないし、それに……」
 ネックレスから視線を逸らして言う麗奈。後に続く言葉を乾いた空気の中で探しているようだった。
「それに?」
「え? ああ……何でもないや」
 麗奈にしてはどこか歯切れの悪い言い方だった。
「ふーん」
 麗奈の首に飾られているネックレスを再度見た。
 まあ、あまり人の色恋に口出しはしないほうがいいだろう。蚊帳の外にいる人間が何をしたって結局は当人同士で決めることだ。それこそエネルギーの無駄だと達観してしまう。
「どうかした?」
 麗奈とは目を合わさず正面に向き直る。
いつの間にか黒猫は体を丸めて熟睡していた。体を丸めている様が何とも動物らしい。
いいよな。お前は。お前の世界は平和そうで、羨ましいぜ。
「いや。何でもない」
横顔に向けられる視線に目もくれず、言葉を発する。
「ふーん」
 さっきの俺と同じ台詞を言う。
「ああ、はい。それで?」
「んーと、それでね。私はそこでこの子とばいばいしたのよ。そのまま、学校に向かって行ったわ。パンを食べながらね」
 お前それまさかトーストのパンをくわえてたんじゃなないだろうな? 学校に遅刻しそうな朝の登校で走ってたら道の曲り角で同じく走ってくる美少女とぶつかって運命の出会いをするドキドキハプニングイベントタ~イムじゃないか。そしてその美少女は『す、すみません!』とか言いながら走り去ってしまい、生徒手帳を落としてしまうが、朝のホームルームで転校生を紹介され再会を果たすという学園ラブコメディの定番中の定番のアバンチュールのフラグじゃないか。
「ねえ!聞いてる?」
 頭の中が銀河の彼方へ飛び出していると、その声で現実に戻された。
「ああ。聞いてるぞ! トーストのパンを食べながらだよな?」
「は? いや、普通にジャムパンなんだけど」
 麗奈の白い溜息が空気中で音を奏でると、
「で、登校してたら勝手にこの子が跡をつけてきたわけよ」
 言い訳も出来ないまま話は進んでいき俺は、
「へえ……」
 としか相槌を打てなかった。
「最初は気づかなかったんだけど校門でやけに周りから見られてるなと思って後ろ見たら、足元にこの子がいたのよ。それからお腹空かせてるかもと思ってミルクあげて、裏庭までも連れて来たのもこのまま教室まで付いてきたら困るしね」
 嬉しそうに話す麗奈はその場で立ち上がると俺の横に並び立ち、
「でも、ミルクと餌入れの調達にはちょっと骨を折ったわね」
 と満足した様子で両手を絡め、その腕を空に向けて『ん~』と声を出しながら伸びの姿勢をしていた。
 その時横で光る物が見えた。
視界に映り込んだのは黒い物体だった。全身が黒い毛で覆われている。そいつはこちらを警戒しているかのように、じっとこちらを直視していた。敵か? 味方か? そんなことを訴えかける黄色い目の色をしていた。
「黒猫よ。透が来たから怖がっているのね」
 黒猫の前には飲みかけだろうか、ミルクが入った銀の餌入れがそこにはあった。
「さっき教室で見た時に持っていたのはこれか」
「そこらへんで調達してきたのよ」
 そこらへんとは一体どこらへんなのだろうか。
「学校に来る途中でね、この子に会ったのよ。公園の近くにあるコンビニあるでしょ?」
 麗奈は顏と肩を少しだけこちらに向ける姿勢で、俺に目をやる。
「ああ。夏にみんなで行ったところか?」
 俺の通学路には麗奈が言っている公園及びコンビニはないので、たしかに在ったかもな、という言い回しだけがしか頭に浮かんでこない。
「そうそう。あそこでパンを買って外に出たらこの子が自動ドアの横で寝てたのよ。それで、何でかさこの子が気になっちゃって、ずっと見てたのよ」
 饒舌な口ぶりと声のトーンがはずむようになっているのは機嫌がいい証拠だろう。
麗奈は姿勢を戻した。
「そしたら急に起きちゃってさ。お昼寝の邪魔しちゃったかなと思って、ばいばいしたわけよ。それでねっ――」
「ちょっと待て。ばいばいしたはずなのに何でここにこいつは居るんだ?」
 空気が一瞬止まり、
「最後まで人の話聞きなさいよ。それをこれから話すんじゃない。察しなさいよね!」
 横目で一瞥をくれるその鋭いまなざしははおとぎの国の魔女のようだ。
今は寡黙なキャラを演じ、従順な僕のように話を聞いたほうが得策のようだ。