気づかれないように近づき、その背中に声を掛ける。
「こんなところで一体何してんだ?」
一瞬その肩が上下した。
「なんだ透か。びっくりさせないでよね!」
横目でこちらを見ながら、麗奈は安堵した表情をしていた。
「何? こんな所で何してんのよ 勉強は?」
 お前こそ、と言うよりやるべきことがある。
「そんなことより、ほら。缶コーヒー」
 部室棟に向かう途中に自動販売機があったのでどれでもいいかと思いながら、適当に缶コーヒーを二本買った。ちなみに微糖である。
先程買った缶コーヒーを麗奈に渡してやる。二つとも鞄に入れておいたからそこまで冷めてはいないはずだ。麗奈は立ち上がると、大きな瞳で俺を捉えた。
「透にしては気が利くじゃない。ありがと」
 渡された缶コーヒーをそのまま飲むかと思ったが、麗菜は缶コーヒーの表面を凝視していた。
「何!? 私が微糖派なの知ってたの!? わかってるじゃん!」
 蓋を開け一気に飲んでいる。腰に手を当ててるのはつっこまないほうがいいだろう。なにせ買ったかいがあったからだ。この空気を壊すまい。
俺はというと寒さで手が悴んで思うように動かなかった。カチッカチッと蓋を開けようとするが何度も弄ばれ、機能しない人差し指に神経をさらに集中させると、なんとか蓋との戯れに終止符が打てた。
麗菜に負けまいとコーヒーを一気に飲んでいると横ではすでに飲み干したコーヒーに満足した麗奈がいた。
「ふぅ、今日はこれで頑張れるかな! 本当にありがとね!」
 季節なんて全く関係ない向日葵がそこにはあった。
「ま、まあな」
 適当に買ったなんて言えない笑顔振り撒きやがって。
 残りのコーヒーを全て飲み干す作業に俺は喉を費やした。
「そういえばお前ここで何してたんだ? 教室からお前が裏庭に行くのが見えて、気になって来たんだけど。何か持ってたようにも見えたしな」
 麗奈は先程までの出来事を思い出したようで、
「うん。この子にね、ミルクをあげてたのよ!」
 麗奈は再びしゃがむと裏庭で見つけた背中をもう一度目の前で披露していた。無邪気な子供が親に褒めてほしくて自分がしたことを見てもらいたいような口調だった。
「この子?」
「下を見ればわかるわよ」
 麗奈の視線の先には先程と同じくベンチがある。そして、その視線はどうやら地面に近い位置を見据えているようで、
「何かいるのか?」 
そう訊きながら麗奈の後ろからベンチの下を覗き込む。
校庭に出ると同時に寒さで身体が強張る。登校してくる生徒達は俺の姿を後目にさっさと玄関に入っていた。これからテストだというのに玄関から出てきて、こんなに寒い外に出ようとしているのは端から見たらおかしいと思うのは確かに普通だろう。そうだ。俺は今普通じゃないことをしている。まあ、俺だけじゃないんだが。
「さてと、確か裏庭の方に行ったな」
 校舎の玄関とは反対方向に部室棟がある。その部室棟の裏に小さな庭がある。俺たちはそれを裏庭と呼んでいる。呼び方などそのままだと思うが、この際何だっていいのかもしれない。
テスト前の時間に校庭の真ん中を俺は駆けていた。
 

しんと静まり返るその静けさに違う世界に足を踏み入れているようだった。裏庭に訪れるのはかなり久しかったため同じ学校内にもこういう場所があるんだなと余韻に浸っていた。此処では昼食を取る生徒もいるらしく、昼休みにはまた違った情景があるんだろうと考えていた。
花壇には園芸部の生徒が育てていると思われる、シクラメン、ノースポール、エリカなど季節に沿った花が裏庭で咲いていた。時折、風に揺られてはここだけにしかない世界を彩り、空間を造り上げているようだった。
目的の人物を探すために辺りを見渡すとそこにベンチの前でしゃがみ込んでいる後姿があった。思った通りだと心の中で笑ってしまった。
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「赤点だけはとるなよな。昨日聖奈も言ってたけど次はないんだろ?」
「朝からブルーなことを考えさせるなよ。大丈夫だって。だから昨日だって勉強会にも言ったんじゃないか」
 まあそうだけどよ、と仁太は言いながらも勉強する手は止めていない。
 と思っていた。俺が頬杖をしながら下を向いていると、
「クリスマスパティーは成功させたいじゃないか」
 手を止め、真摯な目でこちらを見ていた。その目からは純粋な感情が流れているのが手に取るように分かった。
俺は咄嗟に声が出ず、滑舌が悪くなった。我ながら情けない。
「そうだ……そうだな」
 一年の頃から赤点ばかりの結果を出していた。だが補修を受け、補修の最中に行われるテストに合格すれば留年はしない。それがルールだった。しかし、俺は毎回赤点を出しているため先生達も対処せざるをえないと考えたらしい。

「悪いが、次に赤点取ったらお前は文化祭にはでられないことになった。部活も辞めてもらうと職員会議で決まってな。文化祭の件については私も異論はあったが、もしお前が一番のグループに入っていたら……な? わかるだろ? しめしがつかないんだよ。それにお前らの部なら一位を取る確率が高いと思うからであってな……それに……」
 蝉の鳴き声が室内からでも大きく聞こえた夏の日。冷房がかかった職員室を早く抜け出したいと思ったのはこれが二度目だった。担任の教師が言っていることを上の空で聞いていた俺は最後まで聞いてはいなかった。俺は半分理解し、半分どうでもいいやという気持ちで聞いていた。
担任から言われた瞬間に感じたそのどうでもいいやという感情。浮かび上がってきたその感情は果たして何だったのか。なぜなら昨日だって勉強しているわけであって、後々になるとやっぱりやるか、と気持ちが今までとは正反対の方向に向く。俺の感情は矛盾していると思う。一時的な天邪鬼。それが俺の性格なのだろうか。
 頭の中での回想はほどほどにしておいて、まだ来ていない後ろの席に体を向ける。
「そういえば聖奈は? まだ登校してないのか?」
「ん? ああそうだな。朝登校した時に見かけたかと思ったけど、教室にはまだ来てないな」
仁太はどうやらまた自分の世界に入るために体を向きなおした。
「ふーん。まだ来てないのか」
マフラーを取りながら、ふと窓の外に広がる校庭に目を向けた。
今から登校してくる生徒がちらほら見えた。当然校舎に向けて向かってくるのが普通だ。学校指定のコートを着ている生徒が大半であった。
「ん? あれはたぶん……」
その時、見つけたと思った。
視力は割と良い方でその普通じゃない行動と言ったら誇張かもしれないが、それを見つけるのは簡単なことだった。
「ちょっと行ってくる」
コートを羽織り、マフラーを巻きなおす。
「おいどこ行くんだよ。勉強はいいのかよ」
 席を立ち、仁太の声を背中で受ける。
「悪い。野暮用だ」
 教室を出て、踊り場を過ぎ階段を下りる。途中、仁太に俺の閃きを話すことを忘れたていたことを思い出した。部室で話せばいいかと頭の中で解決する頃には下駄箱に着いていた。