教室の扉を開けるとクラスメイト達が各々勉強をしていた。グループを作り問題を出し合っている生徒や、一人で集中して自分の世界に入り込む人とそれぞれの姿が目に映った。工藤仁太はどうやら後者なようで、一人で黙々とノートに書き込んでいるのが遠くからでも分かった。仁太は人一倍努力をする奴であり、秀才の類であると俺は思う。努力を惜しみなく続けられるなんて羨ましい限りだ。
自分の席に鞄を置き、隣の席にいる仁谷に今朝の挨拶をする。
「よお、おはよう」
仁太は横目でこちらを確認しながら、
「おお、おはよう」
そして、視線を戻し自分の作業に没頭する。
「朝から真面目なもんだな。自信の方はどうだい?」
 先程とは違って、視線は自分の机に向けたまま、
「まあ、いつも通りって感じかな」
「いつも通りとはさすがだな。ああ、早くテストなんて終わらないかねー」
溜息を吐きながら自分の席に座り、仁太の方に体を向ける。
「今日入れて三日だろ。三日なんてすぐ過ぎるさ。それに今日は数学のテストしかないわけだし、むしろ明日から俺は本番だと思うけどな」
 ノートをペラペラと捲り、教科書とノートを見比べながら仁太は話している。答え合わせでもしているのだろうか。
「昨日あの後勉強したか?」
「……ちょっとだけした」
「今の間は何だろうな」
「本当にしたって。机に向かって本を広げて真面目にやってたさ」
 机に向かってやってたのは本当さ。本は本でも絵ばかりの本だけどな。
二年の踊り場に着くとかなりの人だかりが集まっているのが分かった。生徒達は目の前にある掲示板に見入っているようだ。

『風祭学園・クリスマスパーティーのお知らせ』
 
笑顔のサンタが言っているように吹き出しでその言葉は書いてあった。二匹のトナカイも笑顔でこちらを見ている。鮮やかな配色と緑の画用紙を使い、クリスマスチックに作られていた。
 俺が通うこの風祭学園のクリスマスパーティーとはいわゆる冬の文化祭ともいえる催し物だ。この学園には毎年六月に行われる夏至祭と十二月に行われるクリスマスパーティーがある。昔は、クリスマスパーティーのことを冬至祭とも言われていたらしいが、時代に沿ってなのだろうか言い方が変わったらしい。また、どちらの文化祭にもある制度があるのがこの学校の特徴でもある。それはどのグループが一番文化祭を盛り上げたかをお客が投票し、一番を決めるランキング制度である。そして、一番に選ばれたクラス、部活、または同好会には特別な特権が与えられる。
 少しでも文化祭を活性化させようと何代か前の校長が提案した制度である。それが生徒達の文化祭に対する意欲を異常なまでに高くしているのも事実であり、だからこそテストが頑張れるというものであるのだろう。
俺は生徒たちの間を擦り抜け、踊り場を後にして教室に向かった。
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階段を上りながらつくづく思う。冬の上履きは本当に冷たい。もちろん、つま先が。俺と同じ冷え症の人なら理解してくれるはずだ。特に冷え症だと冬の夜ほど嫌なものはない。寝つけにくいのだ。以前、寝る前にホットミルクを飲むなど試みたが、俺の体には効果はなかった。俺の足のつま先だけ別の生き物ではないのだろうかと思えるほどに、そこには暖かさを感じないのが俺にとって冬の風物詩があった。
そこでだ。もし、下駄箱に扉が付いていればつま先の寒さも少しは和らぐかもしれないと俺は考える。そう。俺たちの学校には扉は付いていない。  
なぜ下駄箱に扉を付けないでいるのかが分からない。そこまで予算が回らないのか? 盗難防止にも役立つだろう? むしろ自分で扉を付けてしまおうか? そういえば軍足って履いてるの俺だけなのだろうか……? 色々な思考を巡らすと、ある答えに辿り着いた。
「ん? ちょっとまてよ」
昨日の数学の勉強の余韻で頭の回路が上手く回ってしまったのかもしれない。冬……下駄箱……扉……。
「そうか……だからか」
どうして今まで気づかなかったのだろう。過去の馬鹿な俺に教えてやりたいくらいだ。過去にメッセージが送れるなら速達で出しているかもしれない。閃きこそ最高の糧である。ちなみにこの言葉は今俺が考えた。よし、教室に着いたら仁太に教えてやろう。きっとあいつも驚嘆の顔を朝から披露するはずだ。それから俺は階段を一段とばしで上がっていくことにした。

下駄箱の靴を取る時にこれほど疲れていた自分はいただろうか。
あれから実梨は常にうるさかったし、海斗は本を読みながら小言をわずかに挿んでくる。相変わらずマイペースな奴らだなと思った。その二人も一年の下駄箱に向かったため、今は一人ということだ。靴を脱ぎ、履き替える。つま先を地面に幾度か小突く。
「みいちゃん!おはよう!」
「れなー、おはよう。……ん?飴食べてるの? みいにもちょうだい?」
 隣では女の子がお菓子のやり取りをしていた。貰った女の子は口に含むととろんとした顔になっているようだった。私も今度何かあげるね、と言って仲良しな女の子達は階段に向かっていた。ああいう光景を見ると微笑ましくなる。
「女の子は本当にお菓子が好きなんだな」
 俺はここで何か忘れているような錯覚に陥った。そこまで重要なことではないということだけは覚えている。
「何だったかな……まあいっか」
何か忘れることはいつものことであるから仕方ないと頭の中で片づけた。飴と甘い香水の残り香が優艶に忘れさせたと勘違いしておきたいところだ。
 
「あ――」
 実梨の腕を離す。大事なものを落としてしまった子供のような顔を一瞬見えた気がする。
「こういうことすると後で俺が痛い目にあうんだよ」
「痛い目ってなんですかぁ?」
 上目使いに言われる。本当はこいつ分かって言って――
「あっ! もしかして聖奈先輩ですか? それともひなのことですか?」
 分かって言ってますよこの子。ころころと笑いながら喋る姿は可愛いため……むかつく。大声で言うところも、周りに聞こえるように言ってるのではないだろうか。そうだ、こういう時こそフォローしてくれるのはいつだって海斗だ。今はお前だけが頼りだ。
 俺は視線を海斗に移す。
 海斗は俺の視線に気づき、『ええ、分かりました』という表情で頷く。
「実梨さん。透先輩が困っていますよ。これ以上の詮索は野暮かと思います。騒ぎになれば小心者の透先輩ですから今日の試験が集中することができないでしょうし、そのせいでまた赤点になる恥をかき、また補習を受けることになったら透先輩はまた可哀相じゃないですか」
「お前、フォローする気まったくないだろ」
探偵が何か謎解きをするかのように、右手を顎にそえるポーズをしている。海斗には似合う仕草だ。
「冗談ですよ、透先輩。朝からちょっと羨ましかったので嫉妬しただけですよ」
「ああ、そう」
 フォローを頼む時は時と場所と状況を考えることにしよう。いわゆるTPOというやつだ。
「んー、ねえねね? 野暮って何ですか?」
 説明するのがめんどくさいので何も言わず、学校に歩を進める。そもそも俺が今その説明をしたら何か変だと思うし、恥ずかしいという感情が何故か横切る。
「後で、教えますよ実梨さん」
 実梨の肩に手を置きながら海斗が答える。
「それよりも早く行きましょう。遅刻してしまいますよ」
 海斗がすでに歩き始めている先輩に目を向けながら言う。
「あ、先輩待ってくださいよー!」
 後ろからこちらに来る二人の足音が聞こえる。いつの間にか鼻水が止まっていたことを気づきもせずに、俺は雑踏の中に身を置いていく。
「かっこつけて無視をするなー!」
「実梨さん、朝からうるさいですよ。それに、透先輩は野暮という意味が分からないから無視をしているんですよ」
 ……俺は競歩並のスピードで歩き始めた。