残留戦線 -47ページ目

全国地域サッカーリーグ決勝大会

今月、ヴェルディと練習試合を行ったFC町田ゼルビア。

九州と四国に別れ、4グループ4チームに分かれた総当たりのリーグ戦を一位通過しました。

その4チームが、28日から沖縄県石垣島で行われる決勝大会に進出しました。

この大会の面白いルールに、引き分け無しがあります。

90分の試合後、同点ならばPK戦。

勝ったチームへ、勝ち点2。

ここまでは、過去のJリーグでも同じ計算でした。

しかし、Jリーグでは延長前後半。

合計、30分を戦った上でのPK戦。

いきなりPKがあるだけじゃなく、PK戦に負けたチームに勝ち点1が入るのです。

これは、引き分けで勝ち点がそれぞれ1の合計2しかゲームで動かない事。

そして、引き分けがリーグの団子レースを生む事を考えると………

面白いルールです。

Jリーグで実施された場合、キッカーは勿論。

PKストッパーと呼ばれるGKが、キャスティングボードを握るでしょう。

身の丈に合ったクラブ

ショック!
人気や、ネームバリューに迎合しない!

ショック!
空想や、妄想に振り回され無い!

ショック!
育った選手を、ピッチで羽ばたかせる!!

ニコニコ
選手を獲得するクラブから、他クラブに放出しても回ってられる規模の育成機関になる。

ニコニコ
そのために………。

新人は最低3年サイクルで契約を結んで、出場機会は他クラブも含めてレンタルを活用する事で増やして欲しい。

J32試合、ナビスコ6試合、天皇杯1試合。

ニコニコ
チーム力は、確実に上がりました。

ガーン
しかし………。

ニコニコ
得点挙げるためのシュートだけが、不足しています。

ショック!
誰が、とかジャ無いですよ。

にひひ
自分で決めてやるっていう、自信を持つ事ですね。

ガーン
今手応えが、物足りないと感じられる事。

プンプン
コレは、必ず!!

ニコニコ
納得する形へと、仕上げる事を決意し………。


成し遂げねば、ならないのです。

二連勝あるのみ

求)GAME内容問わず、価値ある勝ち点6。

譲ります)チケット入れ替え戦切符。

ヴェルディーと、僕abq。その3

昇格して、チームが軌道に乗ったチームはパスが回るサッカーをしています。

大宮は得点力こそ、デニス・マルケスに頼り切ってた影響を受けて居ました。

98年7月より99年12月まで指揮を執ったピム監督。

彼が種を蒔いたポゼッションサッカーは、プレッシャーのかかる試合でも安定感をもたらします。

川崎Fは、センターバックと外国人選手の強みを生かしたチーム。

そこに、オフェンシブな日本人を組み合わせたチームとしてJ2時代にスタイルを確立しました。

甲府は清水との提携から、選手や指導者を借り受けて緻密なパスサッカーを始めました。

それがバレーというストライカーを招いた事で完成し、彼が去ってから再びフィニッシュに苦しんでいるのです。

では、東京ヴェルディはどうでしょう。

4バック、中盤のアンカー、ディエゴ、フッキがチームの基盤でした。

そこに、フッキが抜けた事で、フィニッシュが課題となりました。

ヴェルディーと、僕abq。その2

2006年、3月。戸川のディフェンスを現代戦でも改めて、再確認させられました。
彼が前年、怪我で苦しんだ事。

残留争いに敗れた結果とは、無関係では無かったのだ。

改めて、深く納得させられました。

その彼も、近年CBの墓場とも呼べる横浜FCにレンタルで移籍。

出場機会を得られずに、ベンチ入りすら出来ない試合も多いです。

戸川が来季ヴェルディーのユニフォームに再び袖を通すなら、ラインコントロールと大学の後輩3人に負けない活躍を期待しています。

2006年、8月は柏の葉で当日券で柏‐横浜FCとの試合を見ました。

このゲームは観客動員数は多くはありませんでしたが、私が今までJ2で見たゲームで一番の熱気を帯びていました。

この試合、指揮を執っていたのが今の高木コーチと、石崎現柏監督です。

石崎氏はアルディレス監督時代、ヘッドコーチでした。

監督辞任後は、代理監督もひと月(05年、7月)勤めました。

私は02年、川崎Fと前年降格してきた福岡。
同年、大宮と甲府の試合を見ていました。

福岡は闇の時代を、この時から生きています。

J2、4年目の05年に2位で昇格するも………。

1年で得た勝ち点は27(5勝12分)、入れ替え戦に回って博多の森の悲劇を繰り返しました。

福岡のチームの松田現神戸監督時代、今季降格が既に決まった札幌、昨年の横浜FCに共通するのは堅守カウンターの戦術です。

福岡はピッコリ監督時代が一番、活気がありました。

アグレッシブに、ベテランが死力を尽くすチームスタイルでした。

ポゼッション重視で、ゲームを支配し、ストライカーだけが不在でした。

前年に契約条件が折り合わず、退団したモントージャの穴は最後まで埋まらないまま福岡はさまよっています。

ピッコリ監督の福岡と、柱谷ヴェルディーは酷似しています。

ピッコリ監督時代に、福岡の中盤を支えたのが三浦泰年です。

その役割は、東京ヴェルディでは菅原が担います。

堅守カウンターのチームで完成されたのは、2006年の浦和です。

完成させれば、世界に通用するチームに成ります。

しかし、選手が揃わない時には、崩れやすい戦術です。

パスを繋ぐスタイルが、安定したポゼッションを生み出し、結果も生まれます。

何よりベテランの自己犠牲や、チームの闘争心が噛み合った時。

戦術やチームスタイルを超えた総合力を、サッカーにもたらします。

ヴェルディと、僕abq。その1

CoCo壱番屋で、4月11日夜。店置きのスポーツ報知でフッキ復帰戦とシーズンシート追加販売の記事を見ました。

その瞬間に、初めてヴェルディーサポーターとなりました。

2001年、10月。

エジムンドを東京スタジアムの、G大阪との試合で初めて観ました。

降格争いを制し、彼が来季のプレー続行を決めた時。

私はオーナーズシートを、購入したいと思いました。

2002年、柴崎がキャリア2試合のゴールマウスを守った市原戦。

試合途中からスタジアムで、観戦しました。

リードを許した試合で、気力の見せられない大悟へ。

試合後のバックスタンドへ挨拶を終えた後に、「試合ブン投げてるんじゃねーぞ」と一喝した事もありました。

オジーが監督に決まった2003年6月からの戦いぶりから、再び2004年にオーナーズシートが欲しくなりました。

そして2005年、1月1日を読売クラブ時代から数えて5回目。読売ヴェルディ時代には96年の一度。東京ヴェルディとして、初めてのタイトルと大会賞金1億円を獲得しました。

その後に待ち受けていたのが、降格です。

そのシーズン、私は柏の入れ替え戦を小瀬と日立台で体感しました。

日立台はチケットが手に入れられずに、スタジアムの外でサポーターの心が静まっていくのを聞きました。

バレーに好き勝手やられて、降格したのです

私はこの結末を受け入れる前に、小瀬での第一戦試合後にスタジアム外で貴重な体験をしていたのです。

ホテルを取っていたので、選手バスが出るまで待ってました。

試合後バスに乗り込む際のラモスさんの、苦しげで悲しみに満ちた顔を忘れません。

笑顔で独り帰途に着くバレーとは、全く住む世界が違うかの様な錯覚を覚えました。

(ブラジル人選手は、試合後独りで帰る事がある。)

2006年3月はヒュンダイとの国立でのゲームを見に行きました。

国立にてA3を舞台に見て私がスタジアムで見て来たイ・チョンスが、人気をさらに増してピッチに立っていました。

菅原が右サイドよりの中盤でクロスボールをゴール前へ入れられるタイミングに…………。

彼は逆サイドにグラウンダーのパスを通そうとしたのだったか、カットされてイ・チョンスへとパスが渡りカウンター。

スピードあるドリブルから、決勝点を奪われました。

私は菅原に、乗り越えなくてはいけない壁がその時。

彼の足元から、現れた事を感じました。

来季にむけて その3

今日は、一日では成りません。

組織は生き物であり、新陳代謝は必要です。

去る選手は決まっていますし、同時に………。

来る選手も、決まっています。

「レアンドロ、とりあえず帰って来い!」

来季に向けて その2

つまり、何が言いたいか………。

一日経って、忘れたなんてオチはありません。(羽鳥アナのゴチ、ピタリ賞口調)

ゴタゴタは、会議室だけにしろって事です。

対面で何もかも明かさないで、ペラペラ他人に喋ってどうする。

犬養氏や、鬼武氏もそうです。

我那覇和樹のドーピング誤認も、川淵キャプテンが口走った事で医療専門家の判断を仰ぐ前に処分が確定してしまいました。

武田信玄も、死を秘匿しました。

ヴェルディーも、発表をシーズン終了後に遅らせても差し支え無い筈です。

これでは不測の事態に備えた、責任者への尻尾切りに過ぎません。

来季に向けて その1

チームは既に、大卒三人、ユースから二人の入団が決まってます。

アメンバーの方の日記で7人が今季限りとの情報があるそうです。

また強化責任者も、12/1を持って異動となりました。

来季クラブ創設40周年を迎えるからこそ、レアンドロというビックネームにこだわったのだと思います。

チームの重さに耐えられる組織を再編から、生み出す事が求められています。

アジア枠に、フッキで空いた外国人枠。

レアンドロのパスを買い取ってくれるクラブを探したり、国内では他チームからトライアウト組や構想外になる選手を連れて来る事も求められます。

何よりも残留を決めない事には、来季のシーズンシートの予約も埋まらないでしょう。

毎節トーマスデーなら、観客動員数は飛躍的に上がるでしょう。

しかし、どれだけ入場料収入として上乗せがあったかは不明です。



埼玉大学の公開授業で、大宮アルディージャの社長の講義を聞きました。

クラブハウスが無い、有料観客動員数がJでワースト。

社長の考えはFWの外国人選手の出来が、全てといった印象すら受けました。

もう一方のチーム、浦和についても………。

浦和の社長から、同授業で講義を聞きました。

失った戦力の重さ。

オジェックが残した課題の多さに、消化不良を起こしている様でした。

どんなチームでも、シーズンオフに向けて慌ただしくなるものです。

優勝争いや、残留争い。

昇格争いもあります。

昇格争いこそ、仙台と湘南に絞られました。

しかし、後は流動的です。

天皇杯を勝ち続けているチームもありますし、まだG大阪の様に4回戦を勝って一つ前に進めただけのチームもあります。

G大阪はクラブW杯、二回戦からの出場も決めました。

そんなG大阪でも、来季へ向けたチームの編成は進んでいます。

さい は、とっくに投げられてます。

昨年のシーズンオフは、三浦監督との契約更新に胸スポンサー問題も札幌では起こった。

監督と契約し、一億円でニトリから胸スポンサー契約もまとめました。

そんな中で守備的なチーム戦術に固執して、早々に確か5試合を残して昨年の横浜FCと同様に降格となりました。

さじ を投げたのは、三浦監督です。

監督が決まらないチームに、在籍選手がトレーニングに専念出来るか?

クラブへ誘っている選手が、首を縦に振るか?

札幌の出鼻を挫いたのは、明らかに三浦監督なのです。