ヴェルディーと、僕abq。その2 | 残留戦線

ヴェルディーと、僕abq。その2

2006年、3月。戸川のディフェンスを現代戦でも改めて、再確認させられました。
彼が前年、怪我で苦しんだ事。

残留争いに敗れた結果とは、無関係では無かったのだ。

改めて、深く納得させられました。

その彼も、近年CBの墓場とも呼べる横浜FCにレンタルで移籍。

出場機会を得られずに、ベンチ入りすら出来ない試合も多いです。

戸川が来季ヴェルディーのユニフォームに再び袖を通すなら、ラインコントロールと大学の後輩3人に負けない活躍を期待しています。

2006年、8月は柏の葉で当日券で柏‐横浜FCとの試合を見ました。

このゲームは観客動員数は多くはありませんでしたが、私が今までJ2で見たゲームで一番の熱気を帯びていました。

この試合、指揮を執っていたのが今の高木コーチと、石崎現柏監督です。

石崎氏はアルディレス監督時代、ヘッドコーチでした。

監督辞任後は、代理監督もひと月(05年、7月)勤めました。

私は02年、川崎Fと前年降格してきた福岡。
同年、大宮と甲府の試合を見ていました。

福岡は闇の時代を、この時から生きています。

J2、4年目の05年に2位で昇格するも………。

1年で得た勝ち点は27(5勝12分)、入れ替え戦に回って博多の森の悲劇を繰り返しました。

福岡のチームの松田現神戸監督時代、今季降格が既に決まった札幌、昨年の横浜FCに共通するのは堅守カウンターの戦術です。

福岡はピッコリ監督時代が一番、活気がありました。

アグレッシブに、ベテランが死力を尽くすチームスタイルでした。

ポゼッション重視で、ゲームを支配し、ストライカーだけが不在でした。

前年に契約条件が折り合わず、退団したモントージャの穴は最後まで埋まらないまま福岡はさまよっています。

ピッコリ監督の福岡と、柱谷ヴェルディーは酷似しています。

ピッコリ監督時代に、福岡の中盤を支えたのが三浦泰年です。

その役割は、東京ヴェルディでは菅原が担います。

堅守カウンターのチームで完成されたのは、2006年の浦和です。

完成させれば、世界に通用するチームに成ります。

しかし、選手が揃わない時には、崩れやすい戦術です。

パスを繋ぐスタイルが、安定したポゼッションを生み出し、結果も生まれます。

何よりベテランの自己犠牲や、チームの闘争心が噛み合った時。

戦術やチームスタイルを超えた総合力を、サッカーにもたらします。