あるいは(後編)
はい みなさまこんばんわ
お元気にされていますでしょうか
神戸はしとしとと雨が降り始め 大荒れになるようですが
そんななか今晩はドラゴン竜也と辛酸とご飯にいきますので
いそいそとアップします
さて先日 バードマンの二回目を観にいってまいりました
パンフも2、3回熟読しサントラを車の中で流して復習予習を完璧に行い
字幕をひたすら追い続けることなく じっくりと役者の表情を見続けたのですが
主役 脇役 すべての登場人物が抱える「心の悩み」の演技力が半端ではなく
改めて この映画の凄さを思い知ったわけです
以前書いたように 主人公は重度の精神疾患患者でして
プラス脇役たちもみんなそれぞれ悩みを抱えており
誰一人救いようがない暗すぎる映画であるわけです
普通の精神を持ち合わせている人間からすれば
体感できないであろう苦しみや悲しみや精神状態を見事に描写しているのですが
それ自体が先日 書いたことですが 日本ではタブー視されているわけですね
薬物中毒者の演技で幻聴や聞こえてきたり
幻影が見えたりする映画やドラマのシーンは
薬物の使用は法律違反だし
「こういうことしたらこういうふうになるよ」
という戒め的なものも含めるから流すことが許される
わかります?
のりぴーが逮捕されてたとき
トんじゃってる映像がなんどもテレビで流れましたよね
なのに精神を壊した役の俳優の映像や奇声はテレビじゃ流れない。
ましてや実際の精神をわずらっている患者の映像なんてみることなんて
プライバシーの観点からもっと目にすることはない
じゃあ我々はどのようにして その患者たちの見えている幻影や幻聴を含めた
世界観を知ることができるのでしょうか
心理学を専攻したり 心療内科で働いていたり
身内や親しい友人に精神を患っている方がいらっしゃらない限り
その症状に触れることはまずありません
街中で患っている方をみても近づくことはないでしょうし
確実に距離を開けるはずです
たとえば 奇声を発したり 独り言を呟いている方が
午前零時過ぎに目の前に現れたら みなさまどうしますでしょうか
まず近づかないし なんなら道を引き返すことでしょう
(普通に怖く感じるというのもあると思いますが)
メディアでは症状や前兆、そして対策などの網羅した情報を
よく分からない程度に非常に薄くファジーに伝えますが
重度の精神疾患患者が犯した重犯罪に対し
疾患についてのコメントは差し控えるものの
ニュースの最後に確実に「精神を患っていて」という文言を付け加えます
白と黒
beforeとafter
その違いがよくわからないから
患者と健常者の距離は著しく拡がり
であるからこそ潜在的患者はそれをひたすら隠し続け
健常者のふりを演じ続かなければならなくなるわけですね
それがいよいよのところで暴発し
セルフコントロールが不可になり
あるものは自死を選び
あるものは入院を選び
あるものは宗教を求め
またあるものは薬や酒に頼りきり
社会に戻るのがとても難しくなる
精神を患う原因はいろいろあると思いますが
全部ひっくるめると結局のところ
「結論ありき」のこの時流が大きな原因だと思います
ひどくなっていくプロセスはどうなっているのか?
現代の社会システムのどこに欠陥があるのか?
助けを求めているサインを察知するためには?
ということの検証が全くなされない限り
その検証結果を世の中に浸透させない限り
本質的な解決にはならない
だから日本でも30000人は切ったものの
毎年 多くの方々が自死を選んでいるわけです
兆候を知るためによくあるのが
5個以上 該当する項目がある場合はお気をつけください的な
チェックシートがありますが
そんなものしなくても本人がどれほどしんどいか一番分かっているわけで
前述のようにその心のダムの決壊をどう防ぐかに腐心しているわけです
そういう感情のプロセスを また現代人が抱えている心の闇や心が壊れていく過程を
映像と音楽と演技を駆使し真正面から健常者に対しプレゼンテーションした
極めて社会派な映画であったということを改めて実感したわけであります
と
英米の笑いの本質は
必死な本人の言動とは裏腹に物事が悪化していく
「ブラックユーモア」と「サーカスティック」であるわけです
ですから そのエンターテイメント的な要素も含まれているといえば
含まれている。
そこでいくと悲惨な人間を滑稽な笑いものにしているという見方もできるわけです
恋愛小説家だって悲惨すぎる主人公の映画でしたし
ロストイントランスレーションだって日本のおもてなしを思いっきり馬鹿にしていた映画だったけど
海外では絶賛されていたしね
このスレスレな描き方に対し 多くのまじめな日本人が賛同できないんじゃないかなぁ
ただ彼らの笑いの本質はそこであるから
オスカーを総なめできたという結果があるわけで
であるからこうして 観る人によれば差別的にかんじるであろうこの映画が
この日本にて上映されているという事実もあるわけですね
そういう背景も踏まえると
さらに考えさせられる映画だったなぁ
と改めて思うわけです
さくらは日本の心か
お蔵入りまーす
おつかれさまです
みなさまいかがおすごしでしょうか
昨夜からバードマンの続きを書いているのですが
精神疾患についてのセンシティブな内容なのでうまくまとめることができず
こうなったら別の話を書こう
ということで 仕切りなおしをしております
(たぶんお蔵入りするような気がしますが)
実際 このようにしてお蔵入りすることって凄く多い
15の話のブログを書いても
実際にアップするのは10ぐらいでして
それぞれに二時間ぐらいかけるから
単純に考えると五話のお蔵入りは10時間のロスになるわけです
じゃあそのジャッジはどこにあるかと申しますと
ふとした気分なんです
だめだこりゃ
と叫びながら昔の作家さんが
くしゃくしゃに原稿を丸めてゴミ箱にナイスシュートするシーンを
ドラマなどで見たりしてましたが
このパソコンの場合は何度も書き直しがきくものですから
中盤部分に文章を付け加えたり 削除すると
前後関係がわやくちゃになり
じゃあ前を変えるか 後ろを変えるようになり
そうなってくるとますます意味がかんなくなって
ブログを書き出して三時間目突入したくらいに
ああ
もうだめだ
白木のお嬢さん
タオル投げて
となりお蔵入りするわけなんです
故に申し訳ないけどしょっちゅ出てくる誤字脱字なんて修正する気にもならない
素人が書いていることでさえ
こんなに悩まされているわけですから
コピーライターやライターや評論家や作家さん達って本当に凄いなぁ
と常々思うわけなんですね
ブラスポのアートディレクターのトリス監督の本職は
弁理士さんでして 特許をとるために
形状をどのように表現するかが本当に難しいと常々語っております
だから仕事中に電話したりなんかすると
すこぶる機嫌が悪い
いささか先生なんてかわいいものです
もちろんみなさんだって
毎日メールにラインになんやらかんやら
伝達するにあたって言葉を選ぶのには神経を使うことでしょう
このセンテンスって相手に誤解されないかな
このセンテンスで相手を傷つけないかな
とか
このセンテンスで相手に思いが伝わるかな
とりわけこうしてブログを書いていますと
メールのやりとりにおける解釈の違いまで神経を使うのが
すこぶるめんどくさくって
しかも 携帯からメールするといらいらするから
短文でしかかけない、行間もへったくれもないわけです
から基本問いに対しての
イエスかノーかの返事しかしない
本当に相手のことを考えてメールする場合は
一時間くらいかかっちゃうしね
そんな僕に対して
みんな「便利なラインをまだしてないの」と
ご丁寧に言ってくれますが
「誤解のない返答をしなくちゃいけないその配慮の連続」に
僕が耐え切れるかといえば答えはNoなんです
以前書きましたが
営業マンの頃 繁忙期には一分おきくらいに
客 業者 会社から電話がかかってきておりました
会社を辞めると電話はぴたりとならなくなりました
相手が必要としているのは僕ではなく
僕という立場だったわけです
もっといえば相手が必要としていたのは
「相手が求めている情報」だったわけです
それが簡素化され文字となった今
怒涛のように、また高速化された
「情報を求める相手の情報」がピッピコピッピコやってくる
そんなものに対してお蔵入りするかもしれない文章を書くくらいなら
自分自身がお蔵入りしたほうが幾分精神的に楽というものです
ら
い
ん
音を聞いただけでも吐きそうだ
