ablindspotのブログ -91ページ目

どうでもよすぎる話だからタイトルが浮かばないんだよ


みなさまこんばんわ


華の金曜日の夜はどのような予定でしょうか



僕は昨夜のブログ通り今夜も夜9時から居酒屋の準備があるため 


いったん港島から神戸駅の自宅に戻り


居酒屋の練習が行われる港島にまた戻ってくるか


それとも港島に残り続けるか迷っている最中です。



まあ理想としては自宅に帰り 秘密基地でご飯を食べて


シャワーを浴びて港島に帰ってくるのがベストなのですが


こうしてブログを書き出してしまうと書き終わるのが8時を過ぎちゃうし


賄いつくって 店でシャワー浴びて向かうんだろうな


なんてことを考えながら書いています



って どうでも良すぎる話だけど。



ガソリンのこと考えたり往復の時間のことを考えると


後者のほうがよっぽど合理的で経済的なんですけどね


僕は自分の店で賄いを食べることがあまり好きではなく


というより自分のためだけにご飯をつくることが好きではありません


まったく美味しくない



経済的だけど


一人だとさびしいし


車運転しなくちゃいけないから晩酌できないし


自分のためだと料理に愛情をいれることもないし


準備も片付けや食器を洗うのもめんどくさいし


空腹を満たすためだから  ただ胃に入れる感じだしね



「晩酌くらい家でするよ」


話を聞いているとこういう料理人さんが確かに多い



人が喜ぶ顔をみるのは好きなんだけど


自分を喜ばしても嬉しくないのか


ただ単に


人につくってばっかりなのに


なんでわざわざ自分に作んなくちゃならないの


なのか


晩飯まで賄い食べてたら


食傷気味なっちゃうわけなのか


(分かりやすく言いますと朝昼晩 同じ店で外食する感覚です)



よくわかんないけど自分の料理を胃が求めない



料理って他人に作ってもらっただけで


愛を感じるし 美味しく感じるし 文句も言えるし 


そういうのを全部ひっくるめて安心して食べられるわけです


つまり幸せを感じることができるんですね



冷凍食品やレトルトなんて圏外ですが


それ以外なら外食であろうとお袋の味であろうと


薄味だろうと濃い目だろうと旨かろうと不味かろうと


「他人様の手作り」だとホッとするんです


(本当に不味すぎたら残すし 三日連続同じ料理だったら文句もいいますが)



その「ホッ」がないから自分には作らない



一方で


「三食すべて店で食べるよ 経済的だしね」という


知り合いも中にはいらっしゃいますが


ただそういう店って往々にして僕の探している「ほっ」がない



だいたい原価率重視している感じがするし


客を「金」として見がちだから


サービス精神もあまり感じることがないような気がする


だからいかなくなっちゃう


ただ これはあくまでも僕の検証結果に過ぎませんので


気にしないでください




はい二時間経過 8時です



時間がないから


結論としましてですね



自分の店で愛情たっぷりの料理を提供し


他のところで愛情たっぷりの料理を食す



愛情のアウトとイン


愛情のラリー


つまり


愛し愛されたい



と料理に携わる僕の胃は無意識に考えているのかもしれません





そんな話




ところでどなた様か神戸から三宮の間で


朝からやっている個人で手作り料理だされている食堂を知りませんか



イメージとしては岩屋にある「さかえ食堂」が理想なのですが


朝から美味しいご飯を食べることができる店がなくって


困っております

















































































入場料30万円の舞台

はい みなさま今晩は


お元気にされていますでしょうか


僕は今年も神戸青年の会議の仮入会員お世話係をしているのですが


この数日、その仮入会の目玉行事 「青春の居酒屋」のお付き合いに明け暮れております


これが六月一週目まで続くので なかなかブログに取り掛かれない


いや違うな


とりかかる気が起こらないのです



といいますのも 僕の中では仮入会期間のこのイベントこそが


青年の会議の活動の中で一番楽しかったし 


これからも一番楽しい思い出になることは違いないのです


(仮入会が一番楽しいなんてとっても皮肉な話ですが)



そして 二番目に楽しい思い出になるだろうことは


この仮入会員たちが「青春の居酒屋」にむけてがんばっている姿を


見守ることに違いありません



昨年の活動においても仮入会メンバーが頑張っている姿を見ることが一番楽しかったし


今年の活動においても彼らが頑張っている姿を見ることができていることが一番楽しいことでしょう



どう楽しいかといいますと



「青春の居酒屋が楽しい理由 その1」



全く知らない仮入会の他人同士が「青春の居酒屋」という媒体を通して


あたかも昔から知り合いだったかのように仲良くなっていくプロセスが


実に美しいんですね



そんな美しい光景を間近にみることができるのは


映画好きの僕としてはたまらないわけです



点と点が線になり 線と線がつながって面となる



利害のない偶然の一期一会が重なって面となって行く姿って


人と出会って 恋をして 結婚して 子供生んで 子供たちが巣立って孫ができて


伴侶が死んで っていう鉄拳のパラパラ漫画じゃないけれど


この年齢になると結婚ぐらいしかない


けど


そのパラパラ漫的感覚をこの青春の居酒屋でみることが出来るわけです



「青春の居酒屋が楽しい理由その2」



一方でパラパラ漫画の終焉じゃないけれど


この居酒屋を終え月日が経ち みんなに自我が芽生えるようになって


 距離感を間違えたり 横柄になったりする人が増えるわけですね



薄汚れていくといいますかね


真っ白のキャンパスにいつの間にか余白がなくなっているといいますか


上手く表現できませんが



本当にこのプロセスは見るに耐えかる



※これを肯定的に人間観察の機会という方もいらっしゃいます



誰だって最初は「一生の友達」を作りにきているわけです


誰だって最初は正しい距離感もあって 礼儀正しくて 謙虚であるわけです


なのにそうじゃなくなる


だけどこの居酒屋は

みんな昔子供だってね的JAMの世界観の


真っ白なキャンパスを堪能できるわけです



踏み入れたことのない


今まで存在しなかった空間


これほど美しいものもない絶景



 



その絶景をはじめてみた感覚を共有しているから


居酒屋のメンバー同士は優しくいることができる



だからこそいつまでも居酒屋のメンバーは仲良くできるわけであって


だからこそ 居酒屋メンバーは最高だね


ってどの現役会員もいうわけなんです



はっきり言えば


みんながそんな風にして当初の気持ちを忘れずにいたら


年月が経つたびにもっと「最高のメンバー」は増えると思うのですが



とってもとっても皮肉な話だな 



まぁいいや



そんな二つの理由で


その誰もが認める「最高の瞬間」をね僕は今 観客として


ピッコロさんと元町セレブと三人で「青春の居酒屋」という劇場を貸切って


満喫している最中でして



「これだけに青年の会議に年会費30万円近く払っていると言っとるんだよ



いいところなんだから」





ブログどころではないわけです



すんまそ

















































方言力について

「いらっしゃいませ~どうぞご覧くださ~い」
語尾を伸ばす、アパレルショップの変なお決まりの挨拶

変だけど、きっとあの発声が一番店内に響き渡るって実証されてるから、マニュアル化されてるんだろう

変だけど


もう耳慣れしていちいち変って思わなくなってきたこの頃、すごく耳につく挨拶をする人と出会った。

「いらっしゃいませ~どうぞご覧くださ~い」

何だろう。いつもと一緒なのに。

モヤモヤ

「いらっしゃいませ~どうぞご覧くだ↑さ↓~い」

はっ。


分かった。関西弁のイントネーションなんだ

伝わりづらいけど、語尾が関西弁。

関西に住む私は、関西弁を使い、親も兄弟も友達も関西弁。

だから、アパレルショップの彼女が関西弁なのも至極当たり前のことで、標準語イントネーションの隣のショップの彼女の方が東京かぶれしてるはずなのに、この違和感は何なんだろう。


テレビで、いろんな地方の女の子が同じセリフを方言で言う、という番組をやっていて、確かに標準語でしゃべるより、方言の方が可愛い。
同じ言葉でも愛嬌がぐんと増す。


だからといって、何でもかんでも方言でいい、という訳でもない。

例えば裁判。
裁判官がバリバリの関西弁では何だか締まらない気がするし、ちょっと嘘くさい。

あと、結婚式の神父さん。
あったかい家庭が築けそうな雰囲気は出るけど、何だか神聖さはなくなる。

あとは、深刻な病気を宣告される時とか、ラジオの交通情報とか天気予報とかニュースとか。

方言は、身近さとあたたかみと可愛らしさを演出できるけど、信憑性と格式と生真面目さとは少し縁遠い。


言葉の感じ方って不思議。


これからは
告白は方言で、別れ話は標準語で
ということにしよう。