ablindspotのブログ -46ページ目

きつねにつままれる



はい みなさまお疲れ様です


お元気にされていますでしょうか



僕は先週はずーと飲んでいたため


本当に体力がゼロに近かったのでしょう


今朝は泥のように寝まくり


起きても起きても寝て寝て寝まくりました



おかげで体力が少々回復したなと自分でも分かるわけです


ちょっとずつ節制せなあかんな


と思いつつも 先日のブログで書いたように


一期一会を大切にしていると



あっ飲みにいきませんか


が出会う人が多くなればなるほど次第に増えるわけです


そうすると久しぶりの方々が増えるので


スポット的に久しぶりな方枠を埋めると


大体 毎晩毎晩となるわけですね



そのひさしぶりのメディアの方とブラスポスタッフと4人で


お食事会を開いたのですが


そのエリート記者はもうじき東京に戻るようですし


彼とはもう5,6回お食事していてある程度


信頼関係が出来上がっていると思うのですが


東京に行ってしまえば会うことは皆無に近いんだろうな


と思うと なんだか切なくなってしまうわけですな



会わなくなることが前提となっているうえで会うということ



これは星の王子様のキツネの名言と近しくて


ただのキツネがただのキツネではなくなるのと同じなわけです



だからかもしれませんが


忘年会の予定なんて埋めちゃったりして


きっと神戸を発つときにはさよなら会もするんだろうな



と思うわけです



彼からすればやっと地方の記者を卒業し


ついに東京の本丸 情報の中枢に戻れることは


心から嬉しくって


我々の感情とはまた違うものなんだろうな



と思うわけです



残されたわれわれは残された場所で行き続け


出発する彼は新天地にわくわくしながら


もしくは我々が残っている土地から離れることにせいせいしながら


東京にいくとするならば


同じ別れであったとしても それはまるで違うものですからね



ですから


残された人間が去って行く人間を思う気持ちと


去って行く人間が残された人間を思う気持ちは


どうなれば同等なものになるのかと考えても全く同じなわけがないわけです



なぜこんなことを書くのかといえば


僕がイギリスから日本に帰るとき


付き合っていた英国女子が


ハイゲート駅までお母さんと一緒に見送りに着てくれまして


散々泣きじゃくる彼女に別れを告げ


駅の構内に向かう階段を下りていきました



僕は日本へ戻るわけですから


彼女の涙はどうであれ せいせいしたわけです



それは次のステップが見える


この英国から脱出できるという安堵感のほうが勝っていたわけですね





そうして帰国した後 3ヶ月ほどしてから


今度は彼女が日本に遊びに来てくれました



1週間ほどの短い滞在でしたが


僕の中ではJAPANを一所懸命案内したわけです



彼女からしたらホームにいる僕のイギリスにいたことの僕とは


違う感覚 発言 性格すべてをどのように感じたのだろうか分かりませんが


むしろ本来彼女が描いていた僕が


育ってきた環境に順応している姿に


いくぶんショックを受けたのかもしれません



あちらにいたころのこちらはちがいますし


こちらにいたころのあちらもちがうわけです



それは実家に戻った嫁が自由にしている姿や


実家に戻った旦那が自由にしている姿とさほど変わりはないわけで


なんだか たった一週間しかない滞在期間が


双方にとって不自然なものに感じ


とても長く感じたわけです




最終日


僕は関西空港まで彼女を見送りにいき


搭乗口で手をふりさっていく彼女を眺め続けました




彼女は去っていく


僕は残って行く



当たり前ですが 立場は数ヶ月前と逆転し


僕は泣きはしなかったものの



ああ もう一生涯あえないだろうな


というとても悲しい気持ちになったわけです



僕が名も鳴きキツネと戻るという現実





なにがいいたいのか


自分自身も良く分かりませんが






人間 去っていくほうが勝ちで


残っていくほうは負けで



ということを考えますと



いつまでの去り続け


いつまでも動き続けたほうが


人の記憶には残るんだろうな



と思うわけです




彼女が名前をつけてくれた


スタジオ エイ ブラインドスポット



僕の中で このサウンドは一生の宝物です




今はフランスはリオンで


アメリカ人のご主人と二人のお子様に恵まれているとのこと




いつか会えることを楽しみにしております



某記者さん


もちろん あなたもですよ





そんな感じで皆様もブラスポを覚えといてくださいね

















Hello ウィーン


ハロウィンがえらいことになっている

ハロウィンなのかハローウィンなのか

英語的にはハローウィンなのかな


トリックorトゥリート

お菓子をくれないとイタズラする

と、公に脅迫する子供たち


仮装と言う理由をつけて街に繰り出し狂喜乱舞する若者たち


眉を潜め遠巻きに見る昭和世代


お色気仮装の夜の蝶たち


イベントに乗じ、儲けを虎視眈々と狙う商売人たち


何故かフューチャーされるDJポリス


そう、それが日本のハローウィン


お祭り好きは日本人の血に脈々と受け継がれている

おひさしぶりです

はい みなさまお疲れ様です


お元気にされていましたででしょうか



先週 今週と僕は非常に非情に忙しくしており


おかげさまで店も大変忙しくて


正直ブログどころではなかったわけなんです



ただひとつ言わせてもらえば


このブログも僕の中では仕事の一環と考えているものの


人様からすると


「いやいや 他愛もないことかいてるだけじゃんよ」


となるわけで そういう客観的視点からみて


ああ青年の会議の今年のことや来年のことで


みんな動いてるからなぁ


ブログでさぼってるだけじゃんよ


と思われるのもなんだが腑に落ちないしなぁ



とも思い思われふりふられ


となり


優柔不断に今日に至ったわけです




するとですね


大橋さんからすれば


いやーおーさわさん


こーしんしてないから


わたしもしなくていいや



となるのはきわめて自然な流れですから


ブログは穴が開きまくりとなるわけですね


もうブラインドアワード2015も間近に迫っているというのに


ここからが本番だというのに



で仕切りなおししてぼちぼちやっていきます




ただこうしてブログを書いてないとですね


日記を書かないのと同じで


自分自身が何を考えていたのか


自分自身がどうしていきたいのか


を検証することがないために昨日の昼飯がなんだったか


思い出せないくらいに漠然と日々が「送られるわけ」なんです



分かりますかね



人間生かされてる


のと同じように


僕はミライからカコヘ送られている



主体じゃないわけです



面白かった


にしても


何が面白かったのか


具体的にどのように?


まで覚えていない



そうしてまた朝が来て夜が来て朝が来て夜が来て


カレンダーはもう11月



幼い頃の非日常の面白さの発見や感動のレベルではなくって


だいたいこの年齢になってくると


似たような面白さや感動は経験しているし


新喜劇的お約束な笑いや


勝ったや負けただけの感動



それらに安堵感を感じたりするんですよね



そういうふうに保守的になっていく自分を見つめなおし


こうじゃないだろ


こうじゃ駄目だろ



そう思うために日記って存在すると改めて思ったわけです



ですから


継続しているから


という意味合いよりも



予習復習の意味でも


人生の仕事として


こういうふうに書き記して行くことが必要だと思うわけです




先日 ハワイアンの人が日本のいいところを


こういってました



「四季があるってすばらしいことですよ」



当たり前な話だけど


四季なかったら抑揚は確かにないかもね



季節を感じることができる環境は


時流を体感できるわけですもんね




そんな


どうでもいい話








では