旬=適齢期
29歳で結婚したいと考えている人とお話をしていた
僕からすれば
その期限はなんのこっちゃ分からないので
なんで29歳かを聞いてみると
出産を考えると29であり
漠然とした結婚のイメージが29である
とのこと
確かにイメトレは大切だけれども
そんなイメトレで 魚が網に引っ掛かってくるわけでもない。
いい男っていうのは
なかなか世間がほっておくことはない
一方で年齢を重ねるたびに
友達の失敗事例や
兄弟を含めた親戚の成功事例などが
否が応でも耳に入ってくるようになり
ジャックと豆の木のように
ハードルがどんどん高くなっていく
職業が安定していて
貯金もたっぷりあって、
戸籍がきれいで、
自立心があって、
優しくて、誠実で
ハンサムで、
おしゃれで…
話が面白くって
ギャンブルしなくて
タバコ吸わなくて
子煩悩で
夜の生活も満足させてくれて
どのカテゴリーにも
優先順位をつけることができなくなり
どれも譲れなくなる人が多い
そんな完璧な男なんて 少なくとも僕の周りにはいない。
同性の僕の周りにいないってことは
異性の女性から見つけるなんて至難の技だし
なんどもかくけども
そんな奴は とっくに結婚していて家庭を築いている
そして そんな奴もなんしか夫婦生活に問題を抱えている
先日 友人が彼氏に振られたと連絡をしてきた
37歳のその女性は
「誰か 紹介して。
でもバツが付いている人はNO THANK YOU」
と言っていた。
37 は NO THANK YOU
と言えば炎上するだろうども
バツはNO THANk YOU
は まかり通る
別に僕もなんとも思わないし
ではバツは駄目なのかと考えれば
「失敗している」からバツであって
結婚継続をしていればマルであるとなり
正確にいうと△なわけで
37歳まで独身は
「失敗している」とは言わないけども
結婚を継続するからマルであり
結婚していないからマルではなく△とも言える
という意味では友達が「バツはいや」っていうのも
理屈があまり通用しない
(あくまでも 結婚したいという考えもっている人を前提としています)
芸能人でもアスリートでも目黒のサンマの小話にも
旬というものがあるわけで
旬を過ぎたら高く売れないわけですね
旬が過ぎたらクビになったり
引退したり
脚光は浴びたくても浴びられないわけで…
旬が29歳なのか
旬が32歳なのか
旬が37歳なのか
知る由もないけども
そのときに「私」がもっとも輝いているとするならば
異性は放っておくことはないでしょう
それが本当の適齢期であり
そのときの「私」が旬を過ぎていれば
異性は誰も振り向いてくれないわけで
自分のブランド力を構築することを怠ってきて
(旬が過ぎた私 )ということを認識しようとせず
相手ばっかりに求めるほうがお門違いなんです
ましてや「30が目の前だから」っていうのは
それは自分の都合であって
逆に男が
「30までに結婚したいから結婚して」
ってプロポーズしてきたら
「あんた、『私だから』じゃなくて30歳にたまたま付きあってたら私と結婚したいの?」
とおもわないのかなあ
と思うわけです
と思った僕が昔 その辺にいました。
つづく
会の長、社の長
今回は
日本の会社において
経営に関しての権利を持たない
名誉職としての会長を、わざわざ据える理由について考えた
ITベンチャーやヒルズ族が流行ったころに
巷でよく聞かれた
会社は誰のものか 議論
株主のもの、従業員のもの、誰のものでもない、モノじゃない 等々。
結局、答えが出たのか
答えがあるのかどうか知らないけど
私個人的には
自分の働いている会社を
自分のもの
と言えてしまうくらい忠誠を捧げられている会社は
なんて幸せな会社だろうと思うし、
きっとその会社の従業員満足度は高く
すなわち顧客満足度も高く
すなわち儲かっていて、
その利益で、また従業員満足度の充実ためにお金をかけることができる
という正のスパイラルが生まれているはずで
このスパイラルを生み出すことが
従業員の力を最大限に引き出す
という
経営者の大事な仕事の一つなんだと思う。
大きくなればなるほど、トップは孤独になっていくし
共感を得られなくなる
その孤独やジレンマを
唯一実感として共有できる存在
それが会長なのだと思う
そういう意味での見守り感と
お目付け役としてのオブザーバー感が
会長の役割なのかな
つづく
星三つ
「ぼけー」
「あほー」
「かすー」
と店内で怒号が響き渡る鉄板焼き屋さんに
業者さんと昨夜 お邪魔した。
罵声を浴びせられているのはもちろん店のスタッフ
ホワイトカラーの社会であれば
とっくにパワハラで訴えられているだろう
挨拶や段取りにうるさい僕でさえ
「そこまで言わなくても…。」と時折、感じたりするが
そんな怒号にも愛が見え隠れする
その店員はいつしか精悍な顔立ちになっている。
その大将は 見た目も声も893で
その店に来ているお客さん方も893っぽい方々が多いせいか
新規で飛び込むにはちょっと勇気がいる。
店の扉を開けた瞬間に
「あ、お呼びでない!?」みたいな。
立地も神戸人でも
あまり立ち寄ることがないエリア
とうか夜には
ひとっこ一人歩いておらず
車もほとんど通らない工場と市場がまじわる場所に位置し
いわゆる「紹介がなければ生涯行かない店」
そして「女同士の客がいない店」
が満席で隣の人間との会話も難しい
現にその業者さんは
店内に響き渡る怒号にビクビクしていたが
最後のほうはあまりもの美味しさに来店することを
店主に誓っていた。
店は立地ではない
やはり オーナーの人柄と腕一本にかかっている
焼き豆腐700円
普通の豆腐を鉄板で焼いたものに
ポン酢とネギがかかっただけ
それが文字通り 鉄板メニューになるほどに美味しい
「愛が料理に降臨する」
そんな店にめぐりあったり
知り合いがそういう店の常連になったりしてくれると
僕はこの上なく幸せを感じる
先日 知り合いの店でお酒を飲んでいると
えらそうなお客さんが入ってきた。
「こんどミシュランにのんねん
断ろうと思っててんけど
一回くらい載せたってもいいかなあって思って…」
おお、やっぱり偉そうだ。
発言がとても偉そうだ。
そして発言がやたらとデカい
そんなポッシュな店には行くことはないだろう
そして
接客 味 店の雰囲気 全てが
評価対象になるミシュランに
この鉄板焼き屋さんが載ることはないだろう
調査員にコテが飛ぶだろう
でもね
遠隔地にあり
禁煙ブームもなんのその
紫煙、愚痴にまみれ
オーナーがそれを一気に吸い込み
一気に違う空気を吐き出す清浄機的役割を果たし
一見 負け組が集う店にみえつつも
その店自体が勝ち組である
それこそが ぼくの中の3つ星の定義なのです
つづく