ablindspotのブログ -349ページ目

在日の方々に贈る感謝の言葉







僕は愛国者


右向け右



君が代も大声で歌うし


靖国神社も参拝する


お墓参りもかかさない





所属する組織をこよなく愛する


つまり



家族(失敗したけどね、でも親族とは仲いいし。)


会社


団体



神戸


兵庫


関西


日本


アジア


地球を愛し


恒久平和を願う



左サウンド臭のする右的地球人




を前提に始まる今日の話








先日 神戸の文化遺産「ともえ」にずらずらと


7人ほどで訪れた。






本当はTPPの話や民主党の話や


神戸のグランドデザインについて


話をするつもりだったが




遅れてきた辛酸一家の若頭が訪れ


話の内容が


「在日のアイデンティティ」の話となった。






その若頭はともえにて



自分が韓国籍であり



幼少期を孤児施設で過ごしたことを



あっけらかんとカミングアウトした






ほー


えー



そんな生い立ちだったのか



どうりで知的でワルの匂いがするねえ




と一同は納得していた












僕は中高時代 「国際」学校に通っていたため


多くの留学生達、帰国子女


在日 華僑、台湾人、韓国人を見てきた。




イギリス滞在中も


日本人たちよりも


多くの韓国人、


トルコ人に可愛がってして戴いた。






もっというと幼少期から


仲良くしている方々が在日アジア人であることが多く


そんなカミングアウトについては


あんまり驚きもしない。





「へーそうなんだ」






北朝鮮?韓国?


そこまでは よく分からんけども


「朝鮮半島人」の2世、3世の



独創性、


ブルドーザー並みの行動力


頭の切れ具合


カリスマ性





には感動すら覚えることが多く


その若頭のカミングアウトには


むしろ 納得がいった。




「なるほど、そういうわけか」





幼少期の話から


現在にいたるまで


若頭の歴史を


かよちゃん、と列席者が


手に汗を握りながら聞き続ける



「ほんで」 


「ほんで?」


「どうした」


「どうした?」










彼が最後に言った言葉が



非常に心に残った。









「僕たちマイノリティーの在日はユダヤ人と同じなんです。」




日本にいれば半島人扱いされ


本国に帰れば 


存在が否定されずとも肯定はされない







ユダヤ的な観点かぁ



確かにゲットーがあった


ナチスがあった


それになびいていた西欧諸国もあった



追い出せれたパレスチナ問題もある






ユダヤの彼らが


血を守っていくためには


「宗教的な」一族の結束と


財をなすことによって


資本主義の世界では存在を肯定されるというロジックが


話を聞くと確かにそのまま当てはまる





極論でいうと


彼らが信じられるものは「金」と「血」となる




おーゴッドファザーにもつながるなあ




だから若頭というあだ名にも行きつくね







日本経済を牽引しているのも


多くの半島出身者であるのも言わずとしれた事実




不動産


芸能界


スポーツ界


実業


サービス業



僕はこの現状に


やっかみでもなく


シットでもなく


日本人のパワーの無さにあきれちゃったりするんです





日本には昔は組織力があった


家長制度があった


「挙国一致」






外資系に翻弄された結果


今はそんなものあるとは思えない


石原慎太郎のいう


「くさった日本」だ



だから


今は個人戦が勝負





でその個人戦がズタボロで




「しっかりしよーぜ俺達」


「俺らも頑張ったら 相乗効果で日本の経済ぶり返すだろ」


「半島人に負けるな、追いつけ 追い越せ」




それこそが電通鬼十則の


「摩擦を引きおこし」


熱が生じる理論だと思うんです








並じゃない若頭の苦労話を聞いていると


「日本の自殺者の多さ」の理由の一つとして



純粋培養すぎて


「こんちきショー 今にみてろよ」精神が


養われなかったからともいえるんです



彼らは

生きることに必死


這い上がることに必死



だからこそ



死を考える余裕がないパラドックス






あのぅ



僕たち


「苦労は買ってでもしろ」



って死語扱いしてませんか







僕等日本人は


新興の


「韓流」なんかに


踊らさせることなく


踊らされることなく



すぐそこにいらっしゃる


親日「半島人」から


多く学ぶべきことがあるのではないかと


改めて思う機会になりました






ありがとう若頭





僕は日本人として


刺激を与えてくれる


あなた方に感謝を申し上げます






これからも


よろしくね










つづく



















































































あんばい



今日は雨のギャラリー





雨が屋根に当たる雨音と


古本さんの作った音楽のBGMが



重なり情緒を感じる空間に





お足元の悪い中来て下さった方々、ありがとうございます。










そんな雨のギャラリーで



変について考えた。









アーチストはみんな変わってる



変なくらいじゃないと面白いものは作れない




変わってるから豊かな発想ができる






もちろん一理あると思う









一体


あの人変わってるね




の判断基準はどこなんだろう







あの人いい人だねとか



おもしろいねとかの判断は



ほんとうに人それぞれで、前に書いていたように


自分にとっての「いいひと」であったり


都合の「いいひと」であったり、グラグラしているものだけど








大概、ちょっと変わってるね



の話題に出る人は、誰に聞いても




うん、変わってるね


の対象の人




そう考えると、とても広義だけれど



意外と変は普遍的で


世の中の数少ない共通認識として


存在しているのかもしれないと思ったりもした








ただ単に突飛だということと




分かったうえで斬新さを生み出す


というのは




似て非なるものなのでしょう



















つづく














時と時間と私



今エキシビジョン中の古本さんの作品で




時計をモチーフにしたものがある


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「時間」はだれにも平等



同じ時間をどう考え、使うかはその人次第



決めるのは自分自身







ということを教えてくれる









1日24時間、1年365日、1時間60分



「時間」は万人に共通している





でも「時」は共通ではない








国や地域、年齢、感情によって



「時」の感覚はさまざま




世界一時間を守る日本人だって



沖縄とかに行けば

島時間なるものがあるし





朝の通勤電車が1分遅れたら怒鳴る人だって


沖縄のバスが全然来なくても




なんくるないさー


ゆったりしてていいねー




で済んでしまう








要は余裕。







物質的、精神的ゆとりが



プラス○時間をつくり出すためには必要





というか、ゆとりを感じられるという事こそが




自分の持ち時間のうちで


そのゆとり時間をつくり出している


ということに他ならない






結局は


環境対自分、現状対自分、他者対自分




対 あっての自分





一人なら時間は独り占めだけど






増えも減りもしない




体感24時間ぴったり





そんな時間なら

時計を外して、体内時計で充分だね















つづく


















つづく