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小さくて大きな存在




今日は暇すぎで


店にいると気分的に落ち込むので


早めに大安亭に買い出しをしていると


辛酸一家の「懐刀」に偶然 出会わした。






後ろで気配がし


ふと振り向くと懐刀




彼の押す乳母車には娘がのっている







「せっかくだし」



ということで


懐刀さんとお嬢さんとホワイトでお茶すること30分



お父さんは娘にデレデレすることなく


逆に娘がお父さんにデレデレしている姿をみると



「ああ、良いお父さんなんだな」


と思うと同時に


僕も子供が強烈にほしくなった。







ギャーギャー騒ぐ子供をみると


「うっせーバカ、黙れよ」



と子供に突っ込んでしまうが


あのお譲ちゃんのように


照れながら クネクネ音がしそうな感じで


じーと座って大人たちの会話に耳を澄まし




時々


「存在を忘れてもらっちゃ困るよ」と言わんばかりに



あのねー、いもーとがねー


とか


小さなアピールをしだすところに


大人心が非常にくすぐられる






小さな存在


そして大きな存在






サンタクロースに何もらうの??



と尋ねたところ



折り紙を入れるケースと


手紙らしい




ずキューン


やられた。



「かわいすぎる」



僕はすっかり彼女の虜になってしまった。








若かれし営業マン時代


お客様と子供について


こんな話をしていた。







「おおさわくん


子供っているのはね


0歳くらいから5歳くらいまで


ただただ 存在してくれるだけで


心を癒してくれるんだよ。




天使の存在そのもの






その


有難い、何にも代え難い期間があったという事実を忘れて



親は子供に


やれ医者になれとか


やれ良い学校いけとか



いろんな事を求めてしまうけど


そんなもん


親のエゴなる贅沢であって


「蛙の子は蛙」



求めたらあかんよ


それ以上もそれ以下もないからね









と言われ 持つべき親心っていうのは


そういうもんなんだね



と妙に納得したことがある













その後 そのお客様のお譲さまは


すくすくと成長され


NZに留学をされた










とその矢先



現地人とおめでたになってしまった








そのお客様が


烈火のごとく


すぐさま飛行機でNZに向かい


娘に雷を落とした話をきき



思わず笑ってしまった。





「蛙の子は蛙って言ってたじゃないですか?」




ならぬものはなりませぬ



はずだったのが



今では 孫の写真を喜んで


見つめている







小さくて 大きな存在




以前二人目が出来ずに悩んでいる友達がいた




「地獄のような仕事ですよ おーさわさん毎晩毎晩…」




「自分の体が悪いのかなって思って走ったりして清原みたく肉体改造も心がけたり…」




「病院もいきましたよ


でも 病院でひたすらエロ本とビデオ見させられて たまったもんじゃないっすよ…」」








結果として 病院にお世話にならず


二人目を授かった彼は


僕にこういった








「でき婚っていうのは以前あり得ないとおもってましたが


それすらも神の采配だと思いますし


本当にありがたいことなんですよね。



だから いま僕はでき婚肯定派です」






彼はきっといい父親になるのであろう






一方で




朝からラーメンたべている子供もいれば



深夜にコンビニ前で菓子パンを食べさせられている子供もいる







見ていて これ以上に


悲しくなることはない





子は親を選べない



「それを言っちゃ―おしめーよ」





小さな存在を小さな存在としか見られない人が


きっと増えているんだろうね










もっともっと天使にラブソングを



























つづく






























 






































































































おーつきさま


今日は月食、月食、月食




次に皆既月食が見れるのは

3年後の

2014年10月8日



毎日当たり前にある月が

隠れてしまうとなると

みんなそわそわしてしまう





あたりまえは

非日常になって気づくもの



風邪ひかないと

普通に息ができる幸せは感じられない







最近スマホですぐ検索できるから


何かわからない言葉とか出てきたら


会話の途中に急に黙って検索を始めるからびっくりする




答えを知ることができるのに

あいまいや、あやふやにしておくことが

気持ち悪いようだ



疑問を口に出すと

どこかで誰かが答えを探して教えてくれる




生産性のないふわふわとした会話は

もうなくなってしまった






初めはケータイにGPS機能なんて恐ろしいと思ってたけど

最近は自分で


なう。なう。自分の居場所を教えてくれるから

もはやGPSも必要ない




実際使ってみると


一瞬にして自分の現在位置と

行先までの道のりが出てきて

矢印で案内してくれる

GPS地図は


方向音痴の私には本当にありがたいけど



RPGのコマになった気がするし

見張られてる感があるから


いつも上を見上げてしまう







月に生命体がいたら


今日はたくさんの人間に見られて、注目されて


さぞ居心地が悪かっただろうな と


思う月食の夜




なう。
















つづく















おうちにかえろう




本日は晴天なり


本日は神戸青年会議所の集まりなり






昨日は実家に帰り


父の誕生日の祝福とともに 


一家だんらんのひと時を過ごした。






64歳を迎えた父




幼き頃


父親の髪に白髪が目立ちつつあるのをみて


ショックを受けたのを覚えている


「1本、2本、3本…」



子ザルが親猿のノミをとるかのように


悲しい思いを抱きながら


父親の白髪を数えていた







白髪=おじいさん


というイメージがあったせいか


父親がお爺さん化していることに


得も言われぬ気持ちになった。




両親ともに




見事にロマンスグレー



少しずつ 前傾姿勢になりつつある背中





以前は聞かなかった


「どこどこが痛い」


「疲れた」というセリフ





決して僕たちには見せなかった


孫に対する天真爛漫な表情






確実におじいちゃん、おばあちゃんになっている







あの白髪を数えていた父親の年齢に


着々と近づいている僕


白髪の本数も近づいてた








距離感は着実に縮まって


社会人として 上司として


いろんな話をするようになった父親




距離感が着実に広がって


酸いも甘いも経て


超現実を見据える異性として


あまりいろんな話をしなくなった母親







中学から寮生活で家を出て


大学は家から通ったものの


社会人から一度も家に住んでいない僕は


両親と距離があるのがあたりまえだった。








ああ、年をとったなあ




会うたびにいつも思うことだけど





居間に飾られたほんの数年前の家族写真をみて


彼らの加速する老い具合を感じた僕は



「もっと実家に帰ろう」と思った。






子供のいない僕





親のありがたみを分かるまで


ほど遠いが 存在はやはり ありがたい





そう子供に思われているうちの両親は


やはり素敵なのだろう








「あんたは結婚向いてないよ」





と帰るたびに釘をさし


気分を害してくれる


母親の小言は大目に見ようじゃないか








彼らの目の黒いうちに


素敵な嫁と子供を見せたいものだ












つづく