ablindspotのブログ -326ページ目

男はつらいよ、女はつよいよ


女性警察官に女性記者に

女性教授に女医



男の人の場合は

ただ単に警察官に教授に医師



これは男尊女卑の差別だ!

ってTVの中で大声で叫ぶ
文化人風の人。



彼女も勿論そんな挙げ足取りの議論がしたい訳じゃなくて

事実、社会的に立場の弱い女性や

虐げられている女性の代弁者として


いや、きっと自分自身の実体験から

制度や、意識の改革を訴えたいのだということは分かる




にしても、入口がしょーもなすぎる



とはいえ、私の周りにもそーゆう類いの事で怒る人がいないわけではない
というか、やたらとそういうのが気になる人もいた





大まかに分けて、二種類しかいない中で

男じゃないなら、女な訳で

女を女と呼ぶことに何の疑問があるんだろうか。



私なら、女の子なのに警察官なんてカッコいい

とか思っちゃうけど

「なのに」とか言っちゃってる時点で、怒られるの間違いなし




女性の場合は



もちろん、産む産まないは別にして

子供を産める可能性がある

と言う事が大きな役割の一つであることは事実で


男性はそれを選ぶ

という選択肢すらない




求人広告とかだって、差別になってしまうから

男女の制限は書いたらダメとか

年齢制限もダメとか



そんなの応募する方もどうせなら

最初から採用の可能性のある所に受けに行きたいし



採用側も効率よく必要な人材を確保したい


お互い当然



それは差別ではなく区別だと思う。







同質ではないものに対しての

平等というのは



何もかも同じものを、同じだけ均等に分ける

という事じゃなくて



立場や状況に沿う役割を

お互いに分担しあう事のような気がする





権利や制度の取り合いじゃなくて
それぞれに違うステージで


義務の出し合いをすれば
そんなに、キーキー言うほどの事にはならない気がするけどなぁ






メンズには


女というだけで受けられる

レディスデイ割引も特典も何にもないんだしさ。










つづく





















時間がないないないない




接待ラッシュ




一月入ってから


止まらない




肝臓も止まらない




昨年の休肝日は


一日のみ





疲れすぎて


不覚にも寝てしまった夜



その夜は朝三時に起きて



「熟睡出来るって聞いてたのに」


「疲れが取れるって聞いたのに」




ぶつぶつ言いながら




朝三時からビールを飲み


寝たから 実際は休肝日と言えるかね






こんなネタを書くつもりはない





しかしながら


八時から 大切なアメリカべスブッチのお客様と


元町鯉川筋の


「ワサビと魚」にて


待ち合わせをしている








おくれるわけにはいかない



車を置きに帰る




BUT




浜手バイパスは鬼ゴミに違いない







遅刻は嫌い


待つのはもっと嫌い






うへぇー



お肉の発注も残っている


食材の確認も残っている





走れメロス


走れクーパー





明日は



泡の国の社長と


若頭とご飯





明後日は



青年会議所の打ち合わせ






その次は



かの暁星国際関西同窓会@神戸




ぐるぐるぐるぐる








まごころテ”ザインの井上さん、


MAGNET 奥谷さん


古本君







もうちょい


新年会待っててね




二月には


絶対 行こうね





「ヒミズ」見に行った?



シネリーブルにて上映してるよ



面白いよ



彼ら演技うまいよ






そんな話しようね











はい


ブ―



タイムアップ












続く


























続 鎮魂


明日で阪神大震災17年目を迎える



大学の時

岡山から来てた友達の誕生日が

1月17日だったから


「地震の日だね」


というと


「神戸で誕生日言うと、皆にそう言われる」

と言ってたのを思い出した





そりゃそうだ

何年経ったって、1月17日は皆にとって


「地震の日」


だから。





でも、当たり前だけど


その日が

お誕生日の人もいれば、結婚記念日の人もいて


日々の暮らしの中で

目の前の問題を解決することに精一杯になってしまうことに

苦言を呈することはできない






災害においての


”当事者”


という言葉は、本当に難しいな

と思う






あの日、私は小学五年生で


あの日を境に


家業という面でも、家族という面でも


色々な意味で


色々な形で


「それ」以前とは大きく変わってしまったことは間違いない




けれど

いくら家や建物や

物質的なものが無くなったとしても


命を奪われた人の気持ちは分からないし


その家族の気持ちも想像するより他ない





災害の直後はみんなパニックで

一同総被災者で差はないけれど


少し日が経ち

落ち着いてくると、被災者の中でも

被害においての格差のようなものが出てきてしまう。





それは、家族が揃っている

ということだったり


屋根のある家で暮らせている

ということだったり


食事が摂れる

ということだったり


水、ガス、電気が使える

ということだったりする。




しかもそれは日が経つにつれ

顕著に、痛々しく表れてしまうから

とても悲しい




私も阪神大震災の被災の当事者


であることに違いないとは思うけれど





東北の方々が


「私なんかよりもっと大変で、苦労されてる人がいる。私なんてましな方です」


とおっしゃっていたのは


本当に本心からの言葉だと感じる。




そして本心でそう思える

日本人の心根の優しさ、慎ましさ、芯の強さを心強く思う





どんなに年月が経っても



延々と死亡者だけが流れ、読み上げられる画面の中に


同級生の名前を見つけた瞬間の


あの衝撃を忘れることはない


きっとずっと忘れない





忘れっぽい私の為にも

あの日から17日が毎年来てくれていることに感謝











皆様安らかに











つづく