ノアの箱舟
僕は一応 国際学校にいっていたせいか
国籍は気にすることなく いかなる人種て”あれ
フラットに付き合うことが出来るのがちょっとした自慢て”
イギリスにいたころは
アジアはもちろんのこと
西欧 東欧 中東 ロシア アフリカ
様々な人種たちと飲みに行き ご自宅に招待され
ちょっとした国際社会を堪能していた。
(残念ながらアメリカ人オ―ジ―とは接点がなかったが…)
日本人の僕に
各々の国が歴史観や宗教観や民族料理を教えてくれ
また
「この国は最悪」
隣国の文句を逐一 教えてくれた
アジアは言わずもがな
よく韓国人と中国人には
「おまえは許す しかしながらお前らの先祖は許さない」
とよく言われ
イギリス人はフランス人とト“イツ人の文句を言い
ブラジル人はアルゼンティーナをバカにし
アルメニア人はトルコ人を非難し
韓国人は中国となぜかアメリカを非難し
中国人はロシア人を非難する
逆もしかり
もっとミクロの例になると
イギリス人は隣人と仲が悪い
というたものらしく
植木の事やペットの事て”
絶えずトラブルが起きて
「近隣の付き合いには隣が入らない」的なことを
教えてもらったことがある
ほぉ 世界中が隣に迷惑しているわけか
そうやから聖書にも
「隣人を愛せよ」
とわざわざ書くんやね
と妙に納得する
まあ日本も一緒のような感じやもんね
たまたま隣人と仲が良かったとしても
隣人に嫁いた”嫁が不出来やったり
子供がぐれちゃって
バイクをウォンウォン鳴らして
「ああやっと子が寝静まったのに…」
と思うと 今まて”の関係性は一気に崩れ
もう坊主憎けりゃ袈裟まて”憎い
の世界にたちまち変わってしまう。
世の中は「好き」「嫌い」表裏一体て”
その中間地点というのは
わずか 厚さ1mmにも満たないのは非常に残念なこと
という前節
青い空
人種差別
運転手さんこのバスに…
これは近隣が
「あーた” こーた”…」的な
利害関係が発生したり
歴史的な軋轢が発生するわけじゃないが
親から子へ
子から孫へ語り継がれる
いわば教育的先入観によって
「あいつらは嫌な人種」扱いされるわけやね
フラットな接し方をすることを心がけている僕にしても
全国から生徒が集まる学校に行っていたから
過去の傾向を集約して
「ああこの地方の人ね」
「ああこの県の人間ね」
と心の中 対策を練る
もっと言えば
「ああこの学校出身ね」
あの卒業生とは馬が合わんのよね
「あいつ嫌な奴やったもんね」
同じカテゴリーの中
良いやつが3人以上いれば
よい組織(県、大学)となり
悪いやつが3人以上いれば
悪い組織(県、大学)となる
まあ 潜在的レーシストともいいましょうか。
区別的な差別というか
差別的な区別といいますか
こんなこといったら
ジョンレノンに怒られてしまいそうになるが
「イマジン この人はきっとこういう人に違いない」
というのは僕じゃなくても
多くの人がそういう見地に立っているに違いないと思う
じゃなければ ある特定カテゴリーの避難って
世の中からなくなるはずた”し
校風って言葉も
地域性って言葉も
血液型も
男女の判別にしても
ないはずやしね
差別は未来永劫なくなるわけがないのれす
そんなもの共産主義にた”って
存在するわけやしね
話がちょっとそれる
僕はジューイッシュ系のアーティストがとても好き
ウッテ”ィアレン
タ“スティンホフマン
レニークラビッツ
ほかにもユタ”ヤをあげたらきりがないくらいに
本当に凄いクリエーティブ能力を持っており
僕はこの民族を心から尊敬している
きっと僕が今 学生ならば
卒論のテーマにユタ”ヤ人を選ぶに違いない
ユタ”ヤの血が入ったヒットラーが
なぜ同胞を皆殺しにしようとしたのか
興味もあるしね
は置いといて
「よくハリウット“はジューイッシュの牙城やから」
とか
「彼らの資本力によって見えない力が発生する」
という話をちらほら聞くが
たとえ それがあったにしても
ゼロ×100はゼロに過ぎず
100×100は10000になるから
世界は彼らを認めているのよね
英国に渡る前から
「ユタ”ヤが銭の亡者として
世界に嫌われている」
という差別的感覚があることを知っていたし
現にいろんな欧州の人間に
ジューイッシュの評判を聞くと
それはそれは
もう「けちょんけちょん」の言われよう
しかしね
あのクリエーティブ能力の高さ
圧倒的資本力の凄さ
ってものをね
僕等は真剣に学習すべきかと思うの
日本人版
知恵を出す方法を
富を築く方法をね
僕たちは今後
確実に人口が減り
世界人口からすれば
マイノリティーとして
未来に向かっていくわけやし
地震もあるしね
原発も再稼動しそうやしね
僕の周りにしても
この国から
抜けることを考え出している人間がちらほら
出てきている
とりわけ富裕層たちが
この国の政治 モラルの破壊に
愛想をつかせ
自分と家族以外の日本人という隣人を
皆 捨てたがっている
華僑しかりジューイッシュしかり
時には鼻つまみもの扱いされるけれと”
僕等は彼らの「生きざま」「世渡り」をとくと勉強しなくては
ならないときが来たんよね
各々が外交力を身につけるためにも
やっぱり英語くらいは身につけ
「日本人的必殺技」を身につけないと
僕等はこのままじゃ
インカ帝国
アトランティス帝国の住民となっちまうんじゃないかと
つくつ”く思うわけさ
マイノリティーとして
柔よく剛を制す
喧嘩上等
差別上等
という胆力もね
必要と思うわけなんすね
おまけ
ニューヨークに行ったとき
黒人ギャング達に地下鉄構内て”絡まれ
「おまえ これ買えよ」って言われ
拒否し続けていたら
「ふぁっきん チャイニーズ」
と叫ばれた
その時
僕は日本人やもんねー
と思った
僕には胆力がまた”無い
続く
兄弟愛
大澤さんはとっても妹想い
妹さんもとっても大澤さん想い
お互いがお互いを気遣い合い
お互いがお互いをいたわり合う
「自分の心配したら?」
とお互い別々の場所で言いながら、今日もまた
相手を心配している
自分よりも、相手がどうすれば幸せになるかを
常にお互いが考えている
愛情の懐が深く
深すぎて、溺れてしまうくらいに深海
近くにいればいるほど
何も言わなくても分かっていると
分かってくれるはずと思いがちで
いるのが当たり前で、するのが当たり前
自分とは違う、とか相手の気持ちを俯瞰で見て汲み取る、とか
何だか近すぎると、気恥ずかしくて
一歩引いて接することを忘れてしまいがち
その結果、何だかんだ結局行動に移せなくて
なあなあになりがちな私とは違って
お互いが独立した人間だ、という認識があって
いつも個と個で接しているからできるんじゃないかな、と思ったりする。
親しき仲にも礼儀ありの精神が根底にあるのかも。
私が、似ている と言うと
似てないわ!と怒るけど
言ってることも、表情も一緒だよ と
思う。
顔は全然似てないけど、あぁやっぱ兄妹だな と
血は争えないな と
思う。
私と一緒に占いに行っても
自分のことより時間を割いて
自分のことより熱心にお兄ちゃんについての質問をする妹
きっと、そんな妹がかわいくて仕方がない兄
いつまでも、ずっと
「賢者のおくりもの」のように
お互いにお互いを思いやって
何かあれば、全力でサポートして
相手の幸せを望み、生きていくんだと思う
やっぱり
兄妹って素晴らしいね。
つづく
情報
時間がない
今日はビップな方との約束があるゆえに
仕事を終えたらポートライナーに飛び乗り
三宮へ直行する
この人は時間に本当に厳しい方
そして本当にやり手の方
業界を書いてしまうとばれちゃうから
伏せておくが
業界の風雲児としてテレビにも出演するし
ちょいちょい日経にも載るし
よく僕ごときのお誘いに応じてくれるものやね
と思ってしまうくらいな御人
過去三回 御一緒されて頂いたが
距離感は縮まることなく
むしろ距離が伸びあがってしまう
なぜなら
知るたびに
彼の勉強熱心さ
彼のサービス精神
彼のタフさ
彼の仕事への攻めの姿勢
を学ばされ
「このままじゃ いかんな 俺」
と会うたびに思わされるし
現にじゃんじゃか営業利益もあげられている
前年度130%を毎年、毎年更新されている
かといって
気取ることなんてまったくないし
いっつも質素なものを注文されるし
日経マーケを読みながら黙々と食べておられる
気遣いも凄い
当店のオープンの日には
20万くらいするお花を送って頂き
昨年、東北大震災の支援物資の
物流拠点になった当社に
お米を4トンも寄付して頂いたり
席が混みあったら
さっさと
「ほな 帰るわ」と言って帰って行かれる
走攻守
全てがそろったイチローばりなお方
が
この方 怒ったら半端ない
「ぼけ あほ かす」
を携帯の向こう側に相手に叫び
「ぼけ あほ かす」
を従業員の前にて叫ぶ
当たり前のことを
当たり前にすることを
怠ったとき
烈火のごとく怒り出す
そして
役に立たない
合理的じゃない
と見切った相手に対しては
とことん冷遇する
存在を肯定も否定もせず
「そこには存在しない」というスタンスを取り
バッサバッサと切り捨てる
そんな人には
迂闊に人を紹介することは出来ないし
気軽に「紹介してよ!!」
と言われても
その人間の人間性、
性格、
仕事へのモチベーション、
礼儀作法
がマッチしていなければ
「おととい来やがれ」
と代わりに蹴っ飛ばす
この社長には
この社長のメガネに会う人間じゃなければ
紹介は出来ないわけっすね
じゃないと僕の株も下がるしね
お忙しい方ゆえに
「こんなつまらん人間を紹介された時間を返せ」
と言われかねないしね
しかしね
この社長にお会いさせたい人物がいるのよ
頭脳よし
ユーモアよし
業績よし
礼儀作法よし
の三方よし
そして何よりも刺激に飢えており
立身出世を求めている
「辛酸一家の若頭」
今日はこの二人の間を取り持つ日
この二人が出遭うことによって
いかなるスパークが生まれるか
僕は今宵 楽しみにしている
皆さま
縁というものは
仲介人がいて成り立つもの
礼儀正しく
日々 勉強と気配りを怠らなければ
仲介人は
お見合いの仲人のように
おせっかいを焼きたくなるものなんす
ゆえにね
節目節目の
礼儀作法はしっかりとね
しといたら回りまわって徳が回ってくるんすね
仲介人を「出枯らし」みたいに接したり
目の前のメリットばかりを追いかけたり
エビ鯛みたいなことばっかりやってると
縁はやってこないんよ
ちょっと話がそれるけと”
多くの初代の人って
ここんとこ分かってない人が非常に多い
「俺がやった」
「俺独りて”…」
「俺じゃなければ…」
おれおれおれおれおれおれ
往々にして
主語が「俺」
動詞が「シュごい」
初会社を「自分のもの」と考えるがちて”
自分=会社となる
うしなうものもないし
いざとなれば畳めばよいし
最終的にトンズラも出来る
「継承させる」というミッションも持たなくてもよい
二代目 三代目…は
自分<会社
会社は受け継がれたリレーのバトンと考える
授かりものて”
落としてはいけない
継がれていくもの
そして縁の重要性もその時点て”分かっている
なぜなら その家に生まれてきたから
ゆえにね
保守的になっちゃいがちやけと”ね
そこて”ね
冒頭の社長はね
「改めて凄いな」と思うわけ
彼は2代目 信長タイプ
若頭は 秀吉タイプ
もとにもと”すとね
情報社会って言われて久しいけれと”
結局バーチャルな世界は
バーチャルなの
現実にこそ 情報があり
情報とは
情に報いるという
読んて”字のごとし
ベンチャーが
もてはやされている昨今
僕はそこのスマートさに
いささか
疑問を感じたりするのよね
情けは人のためあらず
ファンを沢山作りましょう
僕は社長の
そして若頭の大ファン
楽しみやね
続く