ココナッツ
なつ、ナツ、夏、Natsu
梅雨明けて、なつきたる
せみが鳴いている
抜け殻が落ちている
サンダルを履いている
薄着になっている
室外機がうなっている
アイスの種類が増えている
日差しが突き刺さる
子供たちの声が朝早くから聞こえる
ああ、なつがきた
そしてまたひとつ齢をとる
なつは、グイグイなつを主張してくるから
途中で嫌気がさして
あきを心待ちにするけれど
ほとぼりがさめると、無意識になつを待つようになる
そしてまた、なつに嫌気がさす
なつが一年を乗っ取ってしまったなら
私は発狂するに違いない
秋が来る
と思えるから
なつを楽しみ、過ごすことができる
季節を待ち望むことのできる日本人は
ぜいたくだ。
つづく
夏の夜長
さてと
何を書こうかしらん
オスプレイ
イチロー
独の国債下落
オリンピック
それとも昨夜の明石家について?
ニュースソースとして選ぶには
多くを語れる知識がないから止めておこう
最近
文春 新潮 ポスト 現代も
新聞もそんなに読んて”ないし
テレビ君もみてないからね
呼び水としての
情報を入れようとしてないから
結果 ニュースについての
興味もあまり湧いてこない
かといって
学びをさぼっているわけじゃなく
ひたすら本を読むようにしている
マーケティング
小説
時事
哲学
社会学
けーざい
広告
テ”ザイン
の本たちを
飲みに行かずに
むさぼり読んて”いる
(最近思うけと”酒の費用対効果ってなんなんやろね)
トイレ用の本もあり
車通勤なのに信号待ち用の本もある
いいね!本
一過性のニュースよりも
テーマを深く掘り下げているし
いちいち考えさせられるし
煽動的かつ流動的かつ迎合的じゃないし
情報操作もないしね
(あったとしても ああこれはこういう考え方もあんねんな…
くらいの距離感の居心地がよい)
なにより
自分のペースて”知識を注入することが出来る
知識的流行に乗る必要がなくななってきた居心地の良さは
時代にながされず(一気飲みコールやチャージや値を気にせず)
静かにコニャックを呑み(安酒じゃなくてね)
酒を味わえる大人になったような気分にさせてくれる
(負け惜しみじゃないよ)
芸能人もよーわからんし
ニュースを見てたら
よーわからんままに
時間は過ぎ去るし
結局忘れ去られる事件とか
出来レースの政経絡みの話とかをね
繰り返し繰り返し見ていると
ニュースの役割は
物事を解決や提起するんじゃなくて
紙面や番組の空間
つまり時代の空白を埋めるために存在していることに気付いたわけさ
そして次の日には
その空欄を埋めるための
手品が用意されている
「さて みなさん
よってみんさい
種も仕掛けもありません
ワンツースリー」
ある日は鳩
ある日はウサギ
ある日はライオン
帽子の中身は
衝撃度を高めるために
手を変え品を変え
コロコロ変わっていくものの
僕は単純にその構図(more than)に飽きてきた
種と仕掛けがないわけなく
確実に存在する
その答えを少して”も学ぶために
背景や本質や哲学を学ぶことの方がワクワクして
夜も眠れやしない
特に内田樹さんの文章なんて
かっぱえびせんなみに止まらない
僕が女子高生やったとして
彼の本に触れたとしたならば
確実に神戸女学院を目指したんやろね
というくらいにとまらない
罪な男やね
そしてね
物書きの文章にロックオンされるとね
いざ僕が書き手になったとき
こんな下手くそな文章を書いていることに
恥ずかしさを感じてしまうようになるんよね
それが最近の気がかり
というのが僕の中のニュース
つまらない?
て”しょ、知ってるよ そんなこと。
っていうくらいの「気がかり」の「つまらなさ」を
最近のニュースに感じてしまうのれす
プロセスや結論や解決法が見えない以上は
「知ったこっちゃない」わけなんすね
読書の夏
僕は一歩先を行っているからね
あばよ
続く
背中
友達がfbに
「わたしは、おかねがしゅきなんだよねー。おかね、おかね」
と2歳の娘が一人でぶつぶつ言っていて、行く末が心配だ
とアップしていて笑ってしまった。
親の背中を見て育つ
とはいうけれど、2歳の無邪気さで外で大声で叫ばれたら
ちょっと、きまずいことこの上ない。
子供を育てるというのは、予想外、想定外のことばかりで
思い通りにいくなんてない
例えば、自分の親の教育方針や育てられ方に
不満や、別の意見を持っていたとしても
自分ちのお味噌汁が一番おいしいように
自分ちの卵焼きの味がスタンダードだと思うように
目玉焼きには塩コショウだと思うように
それだけしか知らなければ
残念ながら負の連鎖というものもあったりして
結局はそちらに引っ張られていきがち
反面教師にして、、という言葉は
今までの教育や育てられ方を完全に否定する言葉で
これを認めるのはなかなか悲しい
正解と言う答えがないものでは
何が反面かも答えられない
全面を知らずして、反面を知ることはできない
背中だって、どの部分を見るかで
結果は違ってくる。
つづく