必要悪という名の必要正義
必要悪
(ヒツヨウアク)
道徳的・法的に悪であるが、
それが存在しないとより大きな無法状態や混乱を招いてしまうために
超法規または見て見ぬ振りで存在を許されている道徳・法・人・物事・物体。
僕は最近 この言葉についてよく考える
街中のいたるところて”
子供たちがアンパンマンを見つけるたびに
「あっアンパンマン」
の
「あっ」についてもよく考える
それはたけちゃんマンの
「あっ!たけちゃんマン」
の「あっ」と一緒て”あり
けっして
「あっ!これ食べよ」
の「あっ!」じゃないことは確かやね
その「あっ」は彼らの記憶の中
バイキンマンをやっつけた正義の味方への敬意が
ちゃーんと込められているわけやね
以前も書いたが
「バイキンマン」や
「あみた”ばばあ」が
いるから
彼らは存在し記憶に残り
そして心よく迎え入れられる
敵と味方
正義と悪
男と女
ホーム アウェイ
一方の存在を引き立たせるためには
一方の存在が不可欠て”あり
それは必要悪なんよね
それが存在するからストーリーが成立し
それて”いて人々が関心をもつわけ
という前置き
昨夜 僕が働いていた会社の元上司の
退職パーテーにお呼びがかかった。
将軍様のような彼は「言葉の力」を知っていた
言葉を発するタイミング
言葉の使い方
言葉の言い回し
声の抑揚
もろもろ
「詐欺師になる人ってこんなタイプなんやろね」
と思うくらいに
男前て”
博学て”
おしゃれて”
しなやかて”
人を魅了させ 心をつかみ
そして
「その気にさせる」のがうまかった
愚直て”
思ったことを口にし
あらゆるところに禍根を残す
僕にとって
彼のその卓越した能力は
羨ましくもありつつ
「へん その手には乗らないよ!」
と警戒させられるところがあった。
というくらいに
彼の理不尽が「スルッスルッ」とウナギのように
まかり通っていたし
まあ 「彼のいうことやから仕方ないよね」的な
空気を作り上げていた。
彼によって
「世のなかの理不尽」を
新卒の青二才が学ぶことが出来たわけなんすね
キレて手を出す
殴る ける
酒が入ればもう止められないくらいに専制君主
て”も理由が明確なことがほとんと”やし
「言葉の力」を知っているから
論破は不可能なウナギステップ
若気のいたりて”
「こんにゃろ!」って思ったことって幾度もあったけと”
それがね
僕にとっては 非常にいい思い出
ああ こんなことあったよな
理不尽やったよな
「あったあった そんなこと」
みたいなね 酒の肴にね
という前振り
人の記憶に残るものって
失恋とか
理不尽とか
体罰的 煮え湯とか
そんなネガティブなものて”
形成されている
(振り返ったらね)
うまく言っていることとか
順風満帆なんてね
はっきり言って
アルチューが
昔を語る程度の話にしかなんない
そして人さまが
聞きいるくらいのストーリー性は
まっっっったくない
そう考えるとね
国家の不条理とかは別としてね
理不尽な教師や←(10年後理解て”きる範囲ね)
理不尽な体罰や←(10年後理解て”きる範囲ね)
いわゆる現代社会の悪とされるものにね
「必要じゃないかしらん」
というレベルじゃなくって
「必要正義」としてね 市民権を再交付すべきじゃないかと思うんすね
最近。
じゃないと
世のなかの人間がみんな思い通りになり過ぎちゃってね
みんなアルチューみたいな
ストーリーのない人間になっちゃうわけ
記憶もない
なんの変哲もない
自分の中て”怒りも生じない
真っ白な記憶
をたと”っていってもね
「ああ 昔おれは若かったね」くらいの
ストーリーしかなくなっちゃう
負荷がかかるから
そこに反発するエナジーが産まれるわけよね
人さまを笑かすためのストーリーをしたためる意味た”けじゃなくって
自分の中て” 人生の記憶に痕跡を残すためにもね
そして
「ああ こういうことやったんか(かもしれない)」
という理解出来る成長を自分て”感ずるためにもね
僕は「愛のある体罰や理不尽」があるべきじゃないかとね
最近思うんス
昨日の夜
かつて憎み 疑い 尊敬し続けた
酔い潰れた彼を
おんぶしながらね
僕はそんなことを考えていた
「あ、バイキンマン!」
快く迎えてやってくんさいね
全国のよい子のみんな
「あっ!」モンスターペアレンツ?
あれはね絶対悪
親に注意しなさいよ
よい子のみんな
「先生は悪くない。僕が悪かった」とね
その一言がね
あなたの人生を彩るんやからね
続く
東京に住む理由
どこにいても、いつでも、何でも
買ったり、食べたり、見たり、聞いたり、体験したり
そこそこなら、何でもできてしまう世の中
例えば、住むという事について言えば
家賃、光熱費、水道代何もしなくてもかかる費用というものがあり
家賃なんて、地方、地域によってびっくりするくらいの差がある
今年も路線価が発表されていたけど
銀座の鳩居堂前や、このあたりなら芦屋の駅前とか
お高いところは目が飛び出るほど高い
特に東京なんて、同じ日本国内とは思えないほど
家賃が高いらしいし
もろもろにかかる経費もきっと、他の地域より倍々かかるに違いない
毎月毎月出ていくそれらの出費を考えると
東京で働く意味って何?と考える会社も多いらしく
地方、それも里山くらい地方に移り
浮いた家賃分でより良い製品や商品、デザインを
という考え方もあると思う。
職種や会社の規模など、それが出来る会社は限られるだろうけど
インターネットという魔法を駆使できれば、そちらの方が有意義かもしれない
都会に住む事でのスケールメリットが感じられなくなったら
里山、田舎暮らしも魅力的だと思う一方
大阪から篠山に引っ越して、そこでお店を開いた人のお店に行った時
その日は天候不良もあいまって
私たちが初めてのお客だったらしく
色々話していると
「初めてのお客さん良かったねー」
とご近所のおばあさんが来て話し掛けてくれた
この極めて近くて、親切で、それでいて窮屈な監視感に
いかに慣れることができるか、が田舎に住めるかどうかのバロメーターだな
ともその時思った
と、大都会ではないけれど
そこそこ便利な土地にしか住んだことのない私は思ったりするけど
そう考えると
神戸はちょうどで
住むには本当にイイところ。
ありがたい。
つづく
シワとしわを合わせて、しあわせ。
久しぶりの人に会ったりすると
なんか、顔変わったなぁ と思うことがある
鈍感力が自慢の私は、少しの表情の変化は気づかない事が多く
というか、あえて気づかないふりをしているのかもしれないけれど
そんな私でも、変わったなと感じる人もいる
例えば、出産を控えた友達
男の子を宿している彼女は
「男の子を宿しています」というオーラを顔から滲み出させながら
彼女のお母さんの顔にますます似てきていた
お腹の子の性別で、お母さんの表情や雰囲気が変わるから
ベテランのお母さんや、助産師さんは
検査結果を見ずとも、性別判断ができると聞いたことがあるけれど
確かに、そんな匂いは感じる
私は笑った時に目の横に笑いじわができて
クシャッとなる笑顔の人が好き。
怒ってばかりの怒ったさんや、困ったさん、泣き虫さんでは
縦のシワはできても
横のシワは出来ないから、ヨコジワの多い人はきっと幸せな人だと思う
顔の表情は、脳とか精神とかと繋がっていて
プレッシャーやストレスを受け続けたり
ずっと緊張を強いられていたりすると
どんどんと顔は歪んでくる。
政治家を見れば一目瞭然でしょ。
と整体の先生が言っておられたけど
確かに、みんな段々と顔色が悪くなり、口が歪み、目が虚ろになっていっている
許容範囲を超えると、初めて表に出てくる
表に出てきて、初めて気づく。
そんなもの。
そして、出てきたときには、もう遅い
だいたい、そんなもの。
つづく