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マーキュリー夫人






明日は予定があるから


前日の9月25日 午後11時24分にこうして画面に向かって


書いている。






先週 大橋さんに代わってもらったしね


「明日もお願いね」なんて言ったら


「ネタないのに勘弁して下さいよ」なんて言われそうやからね






こうやって夜中の運動の後


シャワーを浴びて マッパて”画面に向き合っている










大倉山公園にて腹筋をしている最中に


顔面を蚊にさされ 目を閉じるたびに


とても違和感を感じている





それは本日 調理をしている最中


フライヤ―から飛び出てきた 


揚げ物の水分が顔面にかかったことよりも


気になる存在て”





仮にそのやけと”が一生痕になっても気にはなりゃしないが


この顔面を蚊にさされた屈辱感はたぶん


向こう3年くらいは記憶に残るに違いない





ということを考えてみると


やっぱり僕はきっと変なんやろうね






と考えたりしながら


キリンの氷結をぐびぐび飲んて”いる








冷蔵庫の中にはお中元のお下がりの


スーパート“ライが山のように入っているものの





なぜか飲む気にはならず


コンビニにて黒ラベルを買ってしまう




なのに


「やっぱビールって太るしなぁ」




黒ラベルをのまず こうやってチューハイを飲みながら



特にお腹がすくわけじゃないのに



UFOの大もりを食べちゃってリして






翌日 なんしか感じる胸やけや


シンクにたまった宇宙にもと”れなかった残骸






とくに使った袋に


ちょいと残っていたり はみ出しているソースを見ると


なぜかやるせなさを感じたりする自分に




仕事場にむかっている途中の車の中て”


改めて




「俺って変なのかも」と


タイムラグを感じつつ


そんなことを考えてしまう








変か 変じゃないか


人それぞれ






変わっている性癖や癖ってあると思うけれと”


せいぜい〇〇フェチくらいしか市民権を得ておらず




「こんなときに


ああこんなことを感じたりするんた”」




「こんなことって感じたりしますか」




「あなたーなら と”-するー♪」





といちいち検証することってないし



そもそも検証する機会がない







そういう場があったとしたら



「僕こんな時にこんなこと考えちゃいます」



「こんな僕って正しいのて”しょうか?」



と照合しようにも




結局 聞き手(多数て”あったとしても 結局そこには数の論理が働く)が


賛同しなければ入管審査には通らない



となり 




「あーたねぇ 入国出来ません」



となり



受けいられなくなる



となり



本質を隠す



となる








ガキの使い的にいうと



「アウト」








今 僕は 今日が僕のブログの番じゃない



と思いながら酒を飲みつつ書いているから



責任感がないし



「ああ この文章が気に食わなかったら明日 書き直せばいい」的な感じて”



適当に打っている




(今  いいちこパーソン)





そんな形(かた)から外れたほうが



実に意気揚々


タイピングも進む 進む




せーんろはすすむーよ



並に進む





 

を考えると





義務や落とし所や建前や観念主義っていうものが


いかに人間の独創性を奪ってしまっているのか


と思いつつ






いかにそれらが


秩序や「やんごとやき」平和を保つための


抑止力を働かせているのかを存分に感じたりするのれすね




この日本においてね




そうやって




ぼくらは


その「あるある」を「ないない ないってばー」


と自己否定し 自己犠牲している





自分         「こう考えるのって変よね」



もう一人の自分  「うんうん 変 変」



自分         「あ やっぱり?」



もう一人の自分  「しつこいなー 変って言ってんじゃんかよ―」



自分         「もう一回 聞いていい?」




もう一人の時分  「うぜーばかじゃん」






そんな葛藤が たぶん一生続いていく




そんなラリーが ずーとずーと続いていく






死ぬ間際まて” ずーとね















僕は QUEENはあまりしらないし


マーキュリーもあまりしらない




しかしね




彼らの音程の脈略のなさ



つまり



リズムが180度変わったりする



ところにね




なんしかこいつらは


凄かったんや




と感じるわけ









そのラリーを際限なく続けることなく


勇気をもって



ああ 「この音階や―んピ」的なね







「この後 劇的にCHANGE」」的な感じが


日本人に受けたんやろね





「羨ましい」





憧れというか 共鳴したというか よくぞやっとというか







谷村新司的に



「蟻がトゥ」みたいにね









それをね






日本人が最初に



彼らを見出したんや





的な事をゆっちゃうあたりが


やっぱりマッカーサー的12歳なんやろね









そんなマーキュリーは死んた”





しかしながら





ぼくらは憧れつつ


同じ音程にあり続ける






じたんた”





おいつけない








続く
































 




































 




















































































秋の足音




あーきがきーた、あーきがきーた


私も秋が一番好き




急激に秋の雰囲気が押し寄せてきて


その距離の詰め方に


ちょっと戸惑う今日この頃




おセンチメンタルなほどヒンヤリ寒い



友人のお家はもう羽根布団だって


毛布もすぐそこ。






秋といったらさんま、そしてトンボ



もうさんまも食べたし、トンボも見た


秋満喫。





トンボを見ると、とりあえず指を一本付き出してみる


トンボが指に止まるかな、と思いながら。



今までの人生で一度も止まったことないし、止まってるの見たことないけど。



しかも、実際に止まられたら、気持ち悪い。虫だし。


だから近づいてくると指を引っ込める。


一応の義理、みたいな儀式。






虫、特に蚊を見ると異常なほどテンションあがって


一滴も血を吸われてなるものかと


まるで狩人のように、捕獲に血眼になる人がたまにいるけど


逆に私は、蚊をたたけない




自分の皮膚の上でぺちゃんこになって張り付かれるのが何とも気持ち悪い


それなら、血くらい少々吸ってもらっても構わない。


かゆくなっても、バッテンとムヒがある。



彼らも生きなくちゃならないし。



世の中は、持ちつ持たれつ。






基本的にどの虫についてもそのスタンスをとっており


例えば嫌われものゴッキーに対しても



見つけたら、殺戮ではなくとりあえず見て見ぬふり。



何となく姿が見えるギリギリのところまで避難して


彼らが家に帰ってくれるまで、息を潜めてじっとしている




一匹見つけたら百匹はいる、とか言うなら


逆に一匹殺したってどうしようもないって事だろうし。





絶対数を増やすことで、生きにくい世の中を生き抜いてきた彼らと


絶滅寸前までにおいやられて、保護を受けることで生き延びてきた危惧種たち





わらわらと、殺しても殺しても出てくるから


まだまだたくさんいる、と思いがちだけど




もし最近見ないな、と思ってるところで偶然見かけて


もしいつものように殺してしまって


もしそれが種の最後の一匹だったら?




そう思うと、もう何にもできないね。





と、自分で手を下すのが怖いから、問題を先送りにするわたし。





共存共栄が座右の銘です。










つづく




北風政策



すっかり秋




僕が一番好きな季節





朝の匂い


昼の匂い


夕方の匂い


夜の匂い





朝の日差し


昼の日差し


黄昏


夜のひんやりとした風





暗闇に閉ざされたキッチンにいてても


そんな匂いや日差しを感じるから


摩訶不思議








僕は須磨海岸というピース以外


残りの夏の999ピースは大嫌い







蚊もいや


滴る汗もいや


かき氷もアイスクリームも食べないし


生ビールは年がら年じゅう飲むし


ビアホールも行かないしね





ようやく夏が終わってくれて


ホッとしている





並走している暴走族が


左折してくれるくらい


ホッとしている





ちなみに



中には「ねーちゃんたちの薄着が喜ばしい」


という方もいらっしゃるかもしれません







薄着は目のやりと”ころに困るから


正直なところ迷惑なんすね





下ネタになっちゃうけと”


「事の後」に


スッポンポンのまま平気な女性っているじゃない





あれがとても僕は恥ずかしくなる





目のやりと”ころに困っちゃって



「なんか着なよ」って


上着投げちゃう




リングにタオル投げるようにね






そういう僕はスッポンポンて”ビール飲んて”んた”けと”ね










北風と太陽






あのストーリーて”いうと


僕は北風の方が好きなんよね





太陽なんて何もせずに


燦々と輝いてるた”け





風は必死に吹き続ける




なんしか努力していそうなのが風やしね



「僕はここにいるよ」って感じが好き







そして絵本の中の人間が


風に向かって上着を飛ばされないように


必死に歩いているイラストも好き





風雪に耐えるというかね







太陽がさんさんと照っている時のイラストなんて


バカ丸出しのカッコ






「あちーあちー」ゆうてそうなイラストやから



こっちまて”夏を思い出して嫌な気分になっていた幼い頃













アイスコーヒーは一時的に咽を潤してくれるけと“



ホットコーヒーは心さえも温めてくれる






ように





ポケットという空間にビスケットが入っていなくても


ぬくもりを与えてくれたり




掛け布団さえもが弧独を癒してくれたり





白い吐息が自分の存在を知らせてくれたり




それこそ薄着と対峙して



「あーもっと着ときゃよかった」


と思いつつ





その薄着のジャージは唯一の防寒具やから


とても重宝に感じたり




寒いね



という言葉が



暑いね



という言葉より




包み込むように優しく感じたり







「事」が終わった後も


スッポンポンて”歩く人も減るしね








そんなあらゆる環境や物質、そして言葉にさえも


小さな幸せを感じることが出来る秋






LOVE & PEACE









続く


続く