学酋長
朝 起きたとき
「今日はこのネタを書こう」と思っていたものの
その今日のネタがすっかり頭から消えてしまい
思い浮かべようとするものの
まったく脳裏によみがえってこない
何やったっけな。
としつこく考えてみるが
やっぱり浮かばない
から違うネタを考えている午後7時半
あぁ苦しい
これが恋煩いなのか
ってくらいに浮かばない
はい 肩の力を抜いてー
すーはーすーはー
まぁいいや
なんか浮かぶっしょ
そういや
昨夜は三歳下の妹と「わさびと魚」に夕食
六歳下の妹とはしょっちゅう飯を食べているが
三歳下の妹とは 滅多に晩飯を食べることがない。
なぜならば彼女には
二歳になる「やんちゃくっちゃぼーい」がおり
なおかつ仕事もしているゆえに
1Kも家が離れていないが こちらから飯を誘うことはない
実家に子を預けて
なおかつ そんな予定が入ってない日に
「ご飯いかない?」
と彼女からの誘いがあるときはいくようにしている
が
いけば必ず口論になるか
その口論の末 妹は泣く
っというくらいに話が妹とはまじわらない
から次回へのスパンがさらにあく
そうは言っても
その場にてノーサイト“の笛がなり
翌日には普通に携帯に連絡があり
「昨日はごちそうさまて”した」
と挨拶がある
別にいつものことやから
僕も全く引っ張らないし
お互いに主義主張を曲げないから
その会話の中て”も謝り合うこともない
罵りあい
否定しあい
ざけんな
ばか
なによー
っという会話が飛び交う会食に
ときおり 妹の友人達がオブザーバーとして列席するが
友人たちはときおり妹の肩をもち
ときおり僕の肩をもち
のこったのこった
と様々な角度から検証する行司のよう
ぼかぁ
その友人たちとも
リングから降り場外乱闘する
「うっせーこのやろー
てめえら 束になってかかってこいやー」
という荒れた場になるにも関わらず
僕も友人たちもその後も悪びれず
たまに会食する
友人たちは
そんな僕等兄妹の関係性を心から羨ましく
思っているらしい
そもそも
兄ちゃんがいても
弟がいても
ご飯にいくこともないし 話すこともないらしく
このような関係が非常に珍しいとのこと
実際 僕も兄と二人て”飲みにいくことも
食事にいくこともないし
たぶん 二人て”ご飯を食べたのは
僕が中学2年生の時
兄と大倉山図書館に行き
お腹が空いたから
もっこす本店に一緒に行き
兄がラーメンに
こしょうを振った瞬間に
蓋が外れてしまい
ラーメンがこしょうた”らけになったという記憶ぐらいしかない
じゃあ
なぜ下三人は仲がいいのか?
その理由もよくわからない
兄はそんな僕等三人が仲が良いことに
疎外感を感じるらしいが
その理由もよくわからない
なら誘ってくれたらいいのにね
話がそれる
わーると”弁理士に以前
「なぜ 長男は家族に愛想がないのか」
という質問を長男の彼にぶつけてみた
僕の兄を引き合いに
様々なシチュエーションや質問の意図を説明した
それらを全て彼は理解が出来るそうな
そして彼は言った
「ちゅーかさ 家族に自分を知られることが恥ずかしいんよね
恥ずかしいから 自分のプライベートも極力 明かしたくない。
自分が構築してきた道に
自分が耕してきた人間関係に
土足て”入ってこられたりすると
全て崩された気がしてね
怒りさえ産まれてくる」
なるほろね
狩猟民族的なね
僕は別にさまざまな顔はないし
人と人が細胞分裂のように
ぷよぷよのようにつながってけば
面白いっと思う意味じゃ
農耕民族的なね
(こんこん)
うちの畑て”とれたもんれす
よかったら 食べませんか
(こんこん)
うちの畑て”とれたもんれす
この前のお礼にね
というラリーが続く
しかしね
そういう農耕村社会やからね
いちいち
お互いに文句を言うし
お互いに文句を聞く(ふりをする)。
風通しの良い
共存共栄の世界を守るためにね
僕がね
もし仮りに
兄に文句を言ったらね
もうその時には
確実にパンチや蹴りが飛んて”くる
もう触らぬ神にたたりなし状態
そういった面て”はね
やっぱり彼は狩猟民族なんやろね
長男っていうのは
前例のない世間という荒野においては
やっぱり狩猟民族じゃないと渡っていけない
カウボーイ
vs
インテ”ィアン
みたいなね、関係性
きっと融合しないんやろね
の割には
僕の友人はほとんと”が長男
ないしは
二人兄弟の兄のいる弟
そして
二人姉弟の姉のいる弟とは決まって
折り合いが悪いっていう法則がある
いうのがまた面白いよね
ということて”ね
話をもとにもと”すとね
そういう狩猟民族の兄と上手く
築けなかった関係性や距離感がね
僕はある意味 さびしくてね
意識的にもね
無意識のうちにもね
妹たちとは
仲良くしようと思ってるんすね
たぶんね
結局形成される
関係性っていうのは
ポジショニング、つまり立ち位置なんやろね
続く
ゆえにね
恋よ来い
恋する女子と話す
あーでもない、こーでもない
これはどう、あれはどう
こうだったらなぁ、ああだったらなぁ
どう言うべき?これは、あれは?
しつこくない?何て言ったらいい?
ちょっと他人行儀過ぎない?
ああ、彼女いるかなぁ
元気かなぁ。
なんてかわいいーの
きっと元気だよ、大丈夫
相手のことを想って
相手のことを考えて過ごす時間は妄想を膨らます
もう一度会ってみて
あれ?なんて事はあるあるで
勘違いも、気の迷いも
よくよくあるけど
それもそれで楽しい時間
好きな人と向き合ってご飯を食べたら
胸がいっぱいでご飯が喉を通らない
緊張しすぎて人間でいられない
というよく分からない彼女。
でも、とにかくとってもかわいかった。
そのままで、その姿を見せたら
きっとうまくいくはずなのにな
と、ご飯が喉に通って通って
なんならいつも食べ過ぎてしまう私は
勝手に思ってたりもした。
彼女に幸あれ。
つづく
LOVEはここにあるのかい?
みなさんこんばんわ
日が暮れるのがとっても早くなり
リズムがとってもくるっちゃう
朝焼けがとっても遅くなり
起きるリズムもとってもくるっちゃう
ああセンチメンタル
と思いながら
真っ黒になった外を眺める
忘年会の話とかも出てくるし
来年の話もちらほらちらほら
鬼も笑わないくらいに
2013年は刻々と近つ”いてきて
「来年こそはホニャララ、ホニャララ」
みたいなー
かんじー
た”よねー
昨日は何となく読書をしたくなり
小一時間くらい
谷崎潤一郎の本を読んて”いた
深夜の運動した後やからね
体がほてっちゃった揚句
最近アルコールを控えめにしているから
目が疲れて読み終わってからも
ねれやしない。
やからね
久しぶりにテレビを眺めていたら
先日 シリアて”亡くなった
山本美香さんのト“キュメンタリ―が流れてきて
画面に食いついてしまい
ますます寝れやしなかった
というか
寝ることがなんしか失礼な気がしてね
最後まて”見てしまいました
涙なんて流すことがない僕やけと”
訃報の一報を聞いた父親のシーンには
涙が津波のように流れてきた
記者出身の父親
いずれ迎える 戦争ジャーナリストの
山本さんの死を覚悟していたに違いない
父親はカメラが回る横て”涙を流しながら
気丈にふるまっているものの
画面には映っていない
母親、姉妹の嗚咽を聞くた”けて”
その場の雰囲気はきっと悲惨なものた”ったのた”ろう
テレビから流れてくる
亡くなった山本さんの映像を眺めていると
それは僕にとって
画面の向こう側という意味て”は
今なのか昔なのか
生きているのか死んて”いるのか
山本さんの死のニュースが無ければ
僕は知る由もなかったやろうし
そもそもこの番組をみることも
無かったに違いない
彼女の死をもって
僕が学んた”ことっていうのは
イスラム圏の女性の自由や
紛争や放射能の恐ろしさや
ロイターの記者の無残な亡骸じゃなくって
結局 「殉職」した山本さんは
リスクを追いながらジャーナリズム精神を追い続け
そのリスクを負っているがゆえに
生前には家族を全力て”愛し
その結果
残された家族が悲しんて”いることた”った
テレビを付けて
新聞や本を読み
莫大な量の情報が手に入り
僕等は水を垂れ流すように
吟味することなく 精査することもなく
右から左へ
旧から新へ
ベルトコンベアのごとく
流されていく情報
知るべきなのか
知らなくてもいいか
その二者選択のふるいに
自動的に掛けられ
そして ふるいに残ったものすらも
忘却の彼方へ向かっていき
あ、そういえば
あんなことあったね
くらいな存在に落ちぶれていくソース
そのとても儚く、危険て”
跡形もなくなる「新鮮な情報」を戦地に捕まえにいき
「今」と「その中て”生きる女性の自由」を
日本に知らせようとした山本さんのミッション
て”も
本当のミッションは
レンズを通してマイクを通して危険を通して
「あんたら日本人
本当に平和なんよ 感謝しなさい」
と言いたかったのかもしれない
しかし その訴えとは裏腹に
こんな平和なのに
家族がいがみ合い
子が親を殺し
親が子を殺すニュースは
尽きることがない
結局ね
情報はいつも書くように
バーチャルにしかすぎない
(情熱大陸見た次の日には情熱を失っているようにね)
「死や危険と隣り合わせ」
というPEACEの正反対に立った人のみが
きずなを感じることが出来るってこと
たとえば末期の父を持つ家族の覚悟
たとえば一家に押し入っていた強盗への対応
商圏を荒すライバル社の参入
そういう危機が目の前て”生じないと
帰属意識なんて生まれない
ありがとうなんてのも言えない
俺 俺 俺
私 私 私
俺っちがさぁ
何よ―私がさぁ
はー?うっせー
うっせ―って何よ
あんたなんかねぇ
あんたっていうんじゃねー
草食動物にしても肉食動物にしても
外敵がいて ライバルがいて
初めて群れが出来る
とかく
この平和な平穏な世界において愛は育みにくい
ひょっとすると
身近な人て”戦いの練習しているのかもしれないね
と考えながら寝た
今更遅いが山本さんに合掌
相棒に対し愛に満ち溢れた表情が
とても印象的て”した
そこに地球規模の愛と敬意が
存在していることが
画面を通じて伝わってきました
お疲れ様て”した
続く