ツライ青春にトライ
穏やかな空気が流れています神戸から
午後のひとときを優雅に送るためのラブレターを今
カキカキしております
皆様 いかがお過ごしでしょうか
昨日は見事にお酒を飲みすぎて
というか色々ちゃんぽんしすぎまして
朝起きるとガンガン脳みそが鳴り響き
昨夜の深酒を反省した次第でございます
そのせいか二度寝の旅に出てしまい
もう少しで遅刻することこでした
が
今はそんなことも忘れ
ああ今日はどこに飲みに行こうかしらん
なんて考えておりまして
健全な生活などどこ吹く風
ある時は太宰のように
ある時は芥川のように
破滅的な人生を送っておりまする
昨夜飲みに行った人々は
そういった点においては破滅的なメンバーでして
なんといいますか
宵越しの金はもたないといいますか
明日 地球が滅びたところで
なんの後悔もなさそうな人間の集いでした
の割には
みんな昼間は
黙々とたっぷりと働き
そしてどちらかと言うと夜の饒舌具合がどこにも見当たらないくらいに
礼儀正しく 折り目正しく シャイで 寡黙な方々なのです
が 酒が入ると
あらま 不思議ね
ビックウェーブに飲み込まれた
アホアホマンに返信してしまう
人間の魅力とはギャップに尽きるとよく世間では言われてますが
そういった意味ではとてもギャップのある方々で
とても魅力的な方々なんですね
そんな下り
先日兄の友人が保険外交員に転身されご挨拶にこられました
もともと大学を卒業され世間勉強のためサラリーマンを経て
満を持して御実家が経営されているレストランを継がれていたのですが
いろんな問題があり再びサラリーマンに転身された次第でございます
あえて彼といいますが
彼が大学を卒業してサラリーマンになって間もないころ
三宮でばったりと遭遇しました
お元気ですか
と声をかけたものの
上の空で放心状態に近く
まるで相手にされずに立ち去られてしまいました
そのことを兄に告げると
その彼が入った会社はすこぶる重労働で
心身共にやられている
とのことでした
そこから何年か立ち
また僕はその彼と三宮たまたま出会いました
その激しすぎる労働を克服したのでしょう
あの時見た虚ろな目はどこかに飛んで行き
見事に自信を取り戻した目をされていました
りょうすけ君元気かい
僕はバリバリ元気だぜ
ハリウッドのアクションスターの声優のように
滑舌もよく元気はつらつオロナミンc的なね
僕はその姿を見てとても安心しました
なぜならば学生の頃の彼は
いつもそんな雰囲気でしたし
その彼が神経的に参っている姿を見て
ああ社会人とはこういうことなのか
僕もあと二三年して大学を卒業すれば
この恐ろしい社会がまっているのか
と思わず身構えてしまっていたからです
が
克服されもとに戻ったといいますか
悲しみを知った人間こそが優しさを知っているといいますか
より一層 以前に比べて魅力的な感じを僕自身は受けました
実際 僕も卒業し社会にでてみると
彼のように鬱状態にはならなかったものの
「これが社会の厳しさか。
これが世にいう不条理か」
とさんざん思い知る機会がありました
が
彼の憔悴した顔をかつてみていたせいか
僕は彼のようにきっとこれを克服できるに違いない
となんだか自信をもてたのです
そうして腐ることなく会社でも営業成績を伸ばすことが出来
どちらかと言えば順風満帆な人生を歩めそうでしたが
僕はクリエーティブの世界をもっと見たいと思い
イギリスに旅立ちました
旅出したものの
僕を待ってたものは孤独そのものであり
故郷に錦を飾るつもりが
半分精神を壊して負けて帰ってきてしまいました
少なからずとも
諦めなければ道は必ず開けると信じてきた哲学が
見事に粉砕され
イデオロギーもへちゃちゃもなくなってしまって
帰国後 しばらくの間 放心状態でした
人生のノッコン
街を歩くのも嫌で
人と会い話すと汗が猛烈に出てきて
何を自分が話しているのかがわからなくなるくらいに
落ちておりました
とにかく人と会いたくないし
自分が異常だと思われたくない
という心が働き
僕はふさぎこんでおりました
が
みたび 僕はその彼と出会ったのです
その彼は以前と同じように
元気はつらつオロナミンcでした
しかし僕の表情を見て
過去の彼とかぶらせてくれたのでしょう
哀れむこともなく
しかしながら距離を置くことなく
お話をくれたこと元気をくれたことを
昨日のように思い出します
僕は次第に心を取り戻していき
こうして今に至るのですが
その後も偶然に彼と街中で会ったりしましたし
その後も半年に一回くらいのペースで
ご来店をしてくれておりましたし
年末には北京ダックをまるごといただきましたし
僕も何度か彼のレストランに顔を出しておりました
そして前述のとおり
彼は新しいフィールドに立ちだしました
三度目の転機
きっと不安なことでしょう
しかしながら彼はそれをすべて飲み込むに違いありません
「前へ」
僕は明治のラグビーよりも
早稲田のラグビーの故大西サン的な接近展開連続のほうが好きですが
人生の節目節目にぶつかるとき
故 北島忠治明大監督の言葉が頭によぎります
彼もラガーマン 僕も中途半端なラガーマンでしたが
このスポーツをやっていて本当によかったと思う次第です
失われたイデオロギーが復活したのも
このスポーツをしていたからだと思います
と
僕はあんまり保険屋さんが好きじゃありません
過去に嫌な思いをたくさんしました
手のひら返すところもたくさん見てきました
みんながみんなとは思いませんがね
少なくとも僕の知っているケースにおいての話
業界が泥臭くとも魑魅魍魎だらけとしてもそんなフィールドで
彼がハードタックラーとしてライバルたちをなぎ倒すでしょうし
あざやかなステップで彼らを追い抜いてくれることを観客席で楽しみにしつつ
新たな一歩のお手伝いをできたことに
そしていつしかの恩返しが出来たことに
心から嬉しく思います
頑張ってくださいね
ライフ プ ランナーさん
接近
連続
一生青春にトライ
続く
言葉選びと人選び
知らないことを知りたいと思う知的好奇心や探究心は誰にでもある事だろうけど
私にも、聞きなれない言葉についつい過剰反応してしまう、という癖がある。
もとい、私の知らない言葉なんてそれこそ星の数ほどあり
それに対していちいち話を止めて
あのぉー、それってぇ…といちいち話の腰を折っていては
会話は成り立たず、次の日を迎えてしまうことになっても困るので
あまに細々と聞くのはやめようと誓っている。
分からないことを質問した時に、たとえその答えが間違っててもいいから
すぐに答えて、解説してくれるような人がタイプと言ったら
詐欺師に騙されないように、気を付けてね。と言われてしまった。
にしても、言葉のチョイスには
その人の人間性とセンス、面白さがガンガン出るから、言葉選びって大切。
長い時間一緒にいると、字や感覚も似てくるけれど
言葉選びの感覚も似てくる。
留学帰りの友達の 「oops!」 がかっこよくって
真似して 「oops!!」 と意味もなく言っていたら
留学もしていないのに自然と oops!!が出てくるようになった。
何て安上がり、でもちょっとダサいね。
関西人らしく、擬音語のチョイスも気になるところではあり
変な擬音語を使われると、話が頭に入ってこない。
この間、ギリギリのことをツルツルという人がいて
「ギリギリいっぱい」とかを「ツルツルいっぱい」ってずっと言ってて
さすがに、「ツルツルって!?」と話の腰をボキボキ折ってしまった。
まあ、そもそもギリギリもよくわからないけれど
ツルツルって・・・
全然緊張感がない。
言葉のチョイスいっこでこんなにも伝わるイメージは変わるんだね。
つづく
フィロソフィー
はいお元気ですか?
そうですか そりゃよかった。
あすはエリート銀行マンと板宿カリの不動産王と
辛酸一家の組長と元荒くれ測量士とご飯なので
連チャンアップとさせて頂きます
さてと
昨夜は妹と灘は水道筋の東側にある
ステーキ鉄板の大栄に行ってまいりました。
僕はあんまり鉄板焼きっちゅーのが好きじゃない
肉片を目の前にほおり投げられたイルカのような気分になるし
高い割には吉牛の牛丼と同じような感じで
間が持たず 追加するにも後からじわじわ来るし
そもそも店主の愛想がいい店も少ない
ビールを頼んだとしても
「あんたビールなの?
なぜワインを飲まないの?」
みたいな上から視線を感じるし
追加注文するもんなら とてもめんどくさそうだからね
お好み焼きと鉄板焼き
同じ鉄板を使ってんのに
なぜこんなに愛想の温度差が生じるのかが
僕にはわからない。
が昨日の大栄はそのイメージを全て覆してくれた
味よし 雰囲気良し 愛想良し 値段良し
が全て揃っており
どっかのサイトじゃ神戸ナンバー1の称号をもらっているようだ
芸能人もあまた来ており
僕なんて神戸人で食道楽的なお金の使い方をしているのに
そんな情報もなにもしらず今日まで過ごしてきた
そもそも水道筋は同じ東側の灘温泉くらいしかいかないし
灘温泉は灘温泉で
やたらと「これあかん、これしたらだめ、なんちゃらかんちゃら」
と注意書きが多く
リラックスするつもりがなんだか
湯船につかりながら腹が立ってくることが多く
すっかり遠のいていた。
から全くここらへんには用事がなかったものの
こうやってちゃんと名前も通っているし
知ってる人は知ってるし
週末は予約しないと入れないらしいし
ああ新規の店を探す努力を僕は怠っているとひしひし感じたわけなんです
中はスコーンと広がっており
イメージ的にはアメリカンダイナーな感じ
ここでジョントラボルタが出てこれば
パルプフィクション的な絵になると思う
ポッシュな感じじゃなくて
人当たりもみんないいし
ひさしぶりのスマッシュヒットな店だった
妹よ ありがとう いい店を教えてくれました。
さてさて
何を書こうかしらん
最近 仕事場でよく鼻歌を歌っている僕
特に朝はね憂鬱だから色々と自分を鼓舞するために
歌っている
それは無意識のうちに選曲されているんだけど
決まって歌っているのが
長渕か尾崎かサザンかブルーハーツ
しかもなんだか自分を叱咤激励する歌ばかりを歌っていて
なんだか女子的にいえばおっさんが一人で
スナックで歌ってなんだか水のネーチャンが手拍子の取り方を
間違えるような曲ばかり歌っている
なんどか書いたかもしれないが僕はかつて長渕の大ファンであり
ライセンスや昭和やジープなどのアルバムに収録されている歌は
多分いまなおほとんど歌えると思う
くらいに繰り返し繰り返し繰り返し聞いていた
それは小学生の頃から彼が大麻で捕まるくらいまで
ずーと聞いていたからだろう
そこに尾崎とブルーハーツがブレンドされて
これらが三位一体となり僕の哲学としてなりたっている
がどっこい僕がコンパまっさかりの高校生の頃
カラオケで尾崎や長渕を歌う男は嫌だ
なんて その時代の女子の本音を知ることが出来た
ホットドックプレスにそんなことが書いてあったりして
なんだか二次会のカラオケで歌いたくても
歌ったらみんな女子がひくよね
なんて思いながら僕はいつも彼らを選曲せず
サザンで無難に世の中をわたり続けた
しかしながら 本当は 僕が歌いたいのは
普段感じていることは真夏の果実じゃなくて
C調でもなくって エリーでもなくって僕が僕でありたかった歌たちであり
その心のギャップにとても苦しんだし
野郎どもでカラオケに行くときには
そのストレスを見事に発散しまくった
大学生になるころにはカラオケで人の歌を聞くことの
バカバカしさに嫌気がさし この十年では2回くらいしかいったことがないが
たまーに一人でカラオケにいき哲学を歌いたくなる
去年 酔っ払いすぎてきがついたら
北野坂のシダックスに一人で入店し
一人でさんざん哲学を語っていた
なんでだろうね 30才を超えてから
なんだか妙に身にしみるんだよね
この頃の長渕の歌は
(今は知りませんが)
そんな男臭さがなくなり
草食系男子が増殖した理由っちゅうのは
実はその哲学の書が今の世の中にはないからかもしれない
求められるから存在し 支持される
求められないから存在しない
僕は懐古主義者なのかもしれないが
今どれだけのオリコンチャートに出ている人たちが
自分で作詞作曲し
心の叫びを歌っているんだろうか
とも考える
一応 車の中じゃ802も聞くようにしているし
今の歌もちゃんと耳にしているが
なんとなく売れ筋のパッケージに押し込められている気がしなくもないんよね
そういや大学性の頃は
UAと椎名林檎をよく聞いていた
上記の歌手たちが今 初めてデビューしたとして
僕がラジオで彼ら 彼女たちの歌が流れたとするならば
「最近のわかものの歌やね」
なんて否定することもなく
きっと昔と同じようにCDを買っていたと思う
そんな魂の叫びを
少なくとも最近 聞けていないのは
少し寂しい気がする
おっさんぽいね
続く