シンプル いず プリンシプル
映画の話ばかりで恐縮だが
先日 パリ、恋人たちの影( L’OMEBRE des FEMMES)を観に行った。
ザ フランス映画というべきスローな展開 淡々とした映像
あまりにもモーションがないせいか途中から猛烈な睡魔に襲われ
これはやばい 堕ちる
と思ったくらいから物語が動き出した。
男と女の本質を見事にえぐり描かれ 恐れ入った。
料理でいえば
美味しいペペロンチーノになかなか出会えないように
美味しい焼きめしになかなかであえないように
美味しいパンになかなかであえないように
単純でシンプルなものほど難しい
たぶん本土では上映が終わっているので
これから観る人もすくなかろうし
あらすじをざっと書く
子供のいない中年おしどり夫婦
夫の仕事は映画監督 嫁はその助手
夫は制作と四六時中続く夫婦生活に行き詰まり
偶然出会った女にのめりこむ
その女は夫の内面に惚れてしまい
嫁を知りたいがために家まで尾行
嫁を知った女 やきもちやきもきしながらもラブアフェアー
ある日 女が街を歩いていると
嫁が夫とは違う男とデートをしているシーンを目撃する
「六回1アウト2塁」
どうとでも動かせる女
ここからの描写がすばらしすぎて覚醒したんだけど
(酒が回ってきたし めんどくさいので続きはどっかで借りてください)
夫婦で観に行ったら駄目ですよ
なんてレビューがあったが
それくらい見事に男と女の本質を描いている
男心を知りたければこれをみたらいいし
女心を知りたければこれをみたらいい
結局
結論を書いてしまうが
いつだって男はバカで
いつだって女はワガママである
だからこそ
いつだって男を調子に乗らせてはいけないし
いつだって女をワガモノにしてはいけない
やはり料理は難しい
だから書くつもりなかったのに
単純すぎる話を書き終わった今
彼氏の家で生まれて初めてのチャーハンに挑戦し
大失敗に終わった女子の気持ちになっている
だからこそ今
この映画の素晴らしさがまたわかる
沖縄タイムっす
過去に何度も書いていることだが
関西人が関西以外で話す声の大きさが好きではない
他エリアで話すボリュームで
関西人が関西で話すと大変なことになる
きっとうるさくて仕方がないに違いない
なんのアピールか知らないが
みんな
聞いてよ
僕たちの話
関西から来たんだよ
面白いよ
まるでチンドン屋のようだ
実際 僕はいろんな地域を転々としているが
その地域に根付くとみんなこんな話を僕にしてくる
「悪いけどさ関西人ってさ
自分のこと面白いと思っている人間多いよね
いったい なんなの?」
僕は笑いのメッカといわれる大阪の大学に通っていた
大阪人の友達が多いほうだった
自分は面白いと思っている人間は多かったが
僕が面白いと思った人間は4年間を通じて2人くらいだった
幼き頃から新喜劇を見てきて
四時ですよーだを見てきて
新婚さんいらっしゃいを見てきて
ガキ使をみてきて
それ以降生じたたくさんの吉本ジャックされた番組で
それなりに 多くの芸人を見てきたが
関西出身の芸人でこころから面白いと思ったのは
松本、宮迫、小藪、鶴瓶、内場。が横綱で
大関が板尾、ブラマヨ、桂三度、村上ショージ、ケンコバで
あとはよくわからない
(仕切りがうまいとかダンスがうまいとかそんなんは除くけど)
ただ 前述の先人たちの力によって守られているせいで
公共の場で居酒屋でビーチで 東野がテレビに出まくっているみたいに
大しておもしろくもない話を大声で話してもいいルールが
とても気持ち悪い
ゲイの人が ゲイであることを必要以上にアピールするのに似ている
よくわかった よーくわかった
立場を尊重する
するから なんとかしてくれと思う
という前置き
沖縄に来て半年が経ち
少しずつ慣れてきていると思う
で沖縄の方々の感覚も少しだけわかってきた
短所は今 住んでるし
どこで誰が読んでいるかわからないから割愛させていただく
長所なら 誰も文句もいいまいから書かせてもらう
沖縄は内地に比べ刺激は少ない
劇場も少ないし 美術館も少ないし
冬に遊びに行くところもそんなにない
なによりも平均所得が低いため そこまで外に刺激を求めていない
それに輪をかけて皆 とてもシャイだ (だから内には感情が溜まっているんだけど)
そのないない尽くしの中で
何が刺激になるかといえば
心を許した人との会話であり ラジオであり 広告である
これが実に面白い
町中でそれとなく地元民の会話を聞いていると
これがとてつもなくシュールで面白いでアール
たぶん 面白い人口率で言えば
関西人より沖縄人のほうが面白い率は高い気がする
人をけなす毒のある笑いではなく
ウィットの利いた笑い
方程式のない
奇想天外な笑い
沖縄の売れていない芸人の営業を時折観に行くが
秀逸であり
ラジオのDJのトークもこれまた秀逸である
昭和のラジオ的な圧倒的な面白さがここにはある
そのうち日本の各地で
大声のうちなーぐちで
話す沖縄人が増えるんじゃないかなぁ
そうした場面に出くわしたら耳をかたむけてみてくんさい
きっとそのへんの関西人より面白いと思うから
じゃじゃじゃじゃーん
じゃーん
と彼は現れた
慌てふためく僕に
「おい 元気かぁ」と僕の胸倉を掴み話し続けるおっさんは
相も変わらず東門でも新開地でも公園でも
それこそ終電が行ってしまった姫路駅にもいそうな感じのままだ
ただ沖縄にいそうにない
僕が映画監督ならこのおっさんをつぶしがきくエキストラとして
重宝すると思うが きっと沖縄の地では使わないくらいに
沖縄の地が似つかわしくない
たぶん ハワイもパリもイタリアも似合わない
本州場末専任だ
だが おっさんは100%いつものおっさんとは違った
なにか表情がぎこちない
たぶん沖縄の地がくすぐったかったのだろうと思っていた
※親しみをこめてこの場ではおっさんというが
彼は神戸青年会議所の先輩であり
そして大学の先輩で
僕が営んでいたレストランの上客で
父親同士も同じ大学で知り合いだ
だからあえておっさんという敬称をつかわせてもらう※
おっさんと奥谷さんと結局計4軒まわり
最後は部屋飲みをしたはずの
宴の終着地点松山のホテルから明け方てくてく歩いて帰った
ホストたちがバカ騒ぎしている中
楽しかったが
なに話したっけ?
帰路でそんなことを考えながら
思い出せずに家についた
途中であまりにも喉が渇いたので
いろはす炭酸水を買った
一気に飲み干した空のそのペットボトルを
玄関横に置く
足がもつれる
ふー
そんなことはもうどうでもいいのだ
(略)
おっさんの様子が少しおかしかった理由が
二軒目で明らかになった
「実はさぁ・・・・・」
僕も何度かお話をしたことがあり
年賀状をやり取りしている方が前日亡くなったという
僕はその訃報を聞きびっくりしたが
おっさんはずいぶんとその方と親しく
沖縄行きをキャンセルして告別式に行こうか迷ったらしい
ずいぶんためらったものの先月から予定していた
この日の沖縄行きを選んだという
おっさん、さすがに告別式は行くべきだったんではないですか?
「おまえに言われんでもわかっとるわ
理由は 生きている我々のほうが大切だ
今日 お前と会わないまま
お前が死んだら俺は後悔すると思う
葬式に行かなかったことよりな
生きていることを大切にすることが
死んだ者への弔いだよ」
川藤のように話し続けるおっさん
「まずは献杯
そして改めて今日を楽しもう」
おっさんは涙をぬぐいはしなかったが
いつもと違い しっぽり飲みつづけ
僕の記憶がなくなる最後までこう言い続けた
「死んだらあかん」
「いきつづけなあかん」
皮肉屋で恥ずかしがり屋で刹那的なおっさんが 事あるたびに
普段口にしないだろう言葉をまじまじと繰り返し繰り返し我々に語り続けた
僕は今を選んだおっさんに
感動した。
当たり前だが告別式に行かず 沖縄に来たことに
感動したわけではない
そんなメッセを我々を介し
亡き人に送っているおっさんに対してであり
亡き人にまで粋な接し方をするおっさんに対してだ
あまり長くなるとなんなんでここまで
おっさん 来ていただきありがとうございました
またお会いしましょう
最後になりましたが
藤井大介さま
43年間おつかれさまでした
あの夜おっさんからずいぶんと詳しく
あなたさまの話をききました
もう少し仲良くさせていただければよかったという思いです
安らかにお眠りください