意味分からへん?僕も分からへん。
こんばんわ
お元気にされておりましたか?
そうれすか 僕も元気にしております
一昨日のチーム神鉄の宴は非常に楽しく
アカツキにて解散するつもりが
またまたパラテ”ィに行ってしまい
そのまた天竺園に行ってしまい
帰宅は午前二時
(吾作行きはなかったけと”ね)
みんな星和台出身ないしは住民の集い
店の主も星和台出身て”して
北区は表六甲住民に「神戸のシベリア」なんて言われますが
ああ北区出身者はなんとなく
シベリアと呼ばれるコンプレックスがあるせいか
冬はクソ寒いせいか日本海側出身的ニュアンスな
「我慢強く、寡黙な、そして勤勉な人が多いな」
なんてカテゴライズしようと思ったものの
先日 辛酸から
「おまえさぁ カテゴライズしすぎ
色眼鏡はあかんよ」
なんて言われたもんやから
そうは思わないようにしようとするものの
まあ社会学と言うものは
仮説をたてることから始まるから
たぶん この癖は直らないと思う
社会学の授業の話て”面白かったのは
たとえば駅の南側 北側によって街の形成のされかたが違ったり
駅が地面にない場合 (つまり駅の下を通り抜けられる状態ね)
によっても形成のされ方が微妙に異なるって話もあって
それによって地域性も微妙に変わってくるって話
くらいやから キタック星人も一概にはいわれないけと”
絶対に共通項ってあると思うんやな
もちろんファミリーホールや
いまはなきモスバーガーの話や
星和台小学校の話や
なんしかそういう共通の話があるし
下手して飲み過ぎて失禁しちゃったりして
そうすると翌日に
たとえば孫悟空がお嫁サンバに
「あいつ今日さぁ 店て”もらしやがってさぁ」
といった話がご近所さんに知れ渡ってさぁ
それがご近所伝いに1Kも離れていない僕の実家の
母親の耳に入るかもしれなくて
しかも耳に入る内容が
「おたくの息子 フラワーロート”の加納町の陸橋の上から
ブツを投下したらしいわよ」
って話を聞いて
事件の2,3日後におふくろさんから
僕の携帯に℡してきて
「もーなさけない あんた なさけない」
なんて伝わるかもしれないから
皆 酔いすぎないように
おとなしくなるのかもしれないね
そうならないために波乗りニョリーは
仕事にかこつけてこなかったんかもなぁ
と仮説を立ててみる
まあ きっとそんなことはないとは思うが
とにかく静かに燃え上がる宴やったわけさ
僕は星和台小から北須磨小に引っ越して
中学高校と全国から世界から
生徒が集まる千葉県の学校にて学んた”せいか
別に色眼鏡て”見るわけじゃないけと
やっぱり地域性ってあると思うんよね
南国は石垣島から北は北海道から
イギリスから台湾から集まっていたわけやしさ
そこには当然 価値観の差異があるんやけと”
じゃあ それをひっくるめて
「同じ人間やから」という論点から入るのか
「違う人間やから」という論点から入るのか
同じ人間を見るにしても見方って確かにかわるわけよねん
前者から入れば
「そいつはそいつ」となり
後者から入れば
「こいつはホニャララ代表」になる
こういう書き方をすると
差別色が強くなるけと”
それはそれて”一つの記号になるのは
間違いなくって
たとえば僕がイギリスにいたころ
待ち合わせにオンタイムに来るとか
五分前に着くなんて外国人から考えれば
そんなにないわけて”
国籍が違う人間5人くらいて”飲みに行く約束なんて
しようものなら
もう「待ち合わせ」と言う言葉が成立しないわけさ
そうするとなんしか時間を守るのが
ばかばかしくなったり
ついぞ 言い出しっぺの人間が来なくても
気にしなくなったり
「ああ こういうもんやね」
って僕も遅れるようになって
※待つのが嫌やからね
結局 後者の「ほにゃらら代表」ってものが成立しなくなり
人は人ってことになる
しかしながらやっぱり色眼鏡をもつことによって
「ああこいつ違うね」という良い意味て”も悪い意味て”も
期待を裏切られる楽しみもあるし
なんとなく予防線を張ることが出来るよねともなるし
まえも書いたけと”
「元リク」の人やったらきっと面白いに違いないから
会いたいという自分の中のモチベーションともなる
かりに友人の友人に「ホームレス」がいる
って話になればきっと僕は紹介してもらって
カップ酒持って話を聞きにいくと思う
それは「彼を取り巻く環境や価値観」が
すくなくとも「僕の取り巻く環境や価値観」と違うやろう
それはなぜ
そういう経緯にいたったのは
今 あなたは何を考えているのか?
幼いころ何になりたかったの?
なんて話をね聞きたくなる
ってものを知りたくなる背景が存在するから
僕は人が好きやし
なんといいますかプルタブといいますか
それを開けてみて
炭酸飲料やったのか
緑茶なのか
それとも精力剤なのか
良く分からんが
飲みたくなる
っていう意味において僕はなんとなく
色眼鏡をかけてしまう
結局 これは差別なのかもしれないが
じゃあ「差別化」って言葉がポジティブにとらえられていて
なぜ「差別化」は差別語にならんのや
って話になって
こんな話をしている僕をみて
やから社会学部出身の人間は
理屈っぽくて企業受けはよくないから
ちゃんと経済学部とか法学部行った方がいいよ
なんて高校のころ 言われたりして
おいおい それって差別じゃないのか
ってなる
から人は属する社会に影響を受けて育って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まあ色々メガネがありまして
僕はその中の一つのメガネをかけている
そのメガネの一部を形成しているのは
やっぱり北区育ちとというファクターて”あるには違いない
書いているうちに意味がわからなくなり
意味が分からないがなんとなく清書しない方が
いいような気がしてきた
メガネがなければ
僕はなにも見えない
東京生まれ 神戸北区育ちの須磨育ちの木更津育ち
寮、イギリスの引っ越しを合わせれば
20回を超えていて仕事も色々変えてきたし
触れてきた人数や人並み以上やと思う
とりまく環境が激変し過ぎた僕やからこそ
モノへの執着は全くないし実に刹那的やし
アイテ”ンティティなんぞ微塵もない
僕は実に空虚な存在
ないゆえに
アイラブカテゴライズ
アイラブ神戸
となる
続く
すきなこと
お花見が最高潮の週末、みなさまお花見中ですか?
街中や、道端や、いつもの公園でも十分すぎるほど綺麗で
名所巡りをせずともすっかり春満喫気分です。
さて、そんな週末の昨日はblindspotにて個展をしてくれた三木さんの先輩が主催する音楽イベントに出席するため、いざ大阪、いざ梅田シャングリラへ。
三木さんはこのイベントのフライヤーや
ロゴなどのデザインを手掛けていて、 今回は10周年の記念ライブとのことだった。
誰とも予定が合わなかったので
たった一人で、ほとんど知らないライブハウスへ乗り込む
という人生初の経験。
大阪に行くたび行くたび色んなものが建っていて、色んなものが変わっていて
色んな道が通れなくなっていたりする。
ビルは目の前に見えているのに、そこに行くにはどうしたらいいか
全くもって理解不能。
ビルとビルの間には、モーゼの十戒のような大きな川が流れており
どう考えても渡ることができず、右へ左へうろうろ、うろうろ。
うろうろしている間に、ライブ開始。
グーグルマップさんに頼ってみてもつれないのでタクシーさんに頼ってみる。
タクシーおじさんも結局迷って、ナビ入れても迷って
降りて聞いてみます。と言って下車。
近くにいるちょんまげのお兄さんに、梅田シャングリラはどこですか?
と聞いてみる。
お兄さんは、ここです、と後ろを指さす。
いやはや、知らぬ間に梅田シャングリラに着いていたみたい。
中に入り、数分経つとステージにちょんまげのお兄さん登場。
おお、出演者だったのか。
そのお兄さんは、外で道を教えてくれた時とは別人のように
激しく、強く、強烈で、かっこよかった。
その、ギャップと豹変具合に、一瞬驚きそうになるものの
このテンションの高い空間と舞台、観客の空気感の中でそれくらいの豹変は必要だな、と納得した。
彼らが出す音や言葉や空気感で、そこにいる大勢の人たちの感情を
揺さぶったり、気持ちよくさせたり、かき乱したり、感動させたりする。
どういう形でさえ、平坦だった気持ちを波立たせる。
それってやっぱすごいよね。
武道館とかドームとか、何万人とか何千人とか
よくよく考えたら、そんな気持ちになる人たちが
その場所に一堂に介して、同じ気持ちになるように持っていく
そんな人たちってやっぱすごいな。
なにより、実際に演奏している人たちが
本当に本当に楽しそうで、心の底からやりたいことをやっていて
嬉しくって仕方ない、という雰囲気がすごく良かったし
こちらまで楽しくなってしまった。
好きな事、やりたい事があって、それをやって人を感動させることができる
最高ですね。
いかんせん、ずっと立っているというだけのこともできず
すぐに足も腰も痛くなってきて
もう年を感じずにはいられませんでした。
日ごろしない経験ができて楽しかったです。
皆さまお疲れさまでした。
つづく
要はさぁ つまりはさぁ つまらないんよね
そんなに時間がありませんから
手短に書かせて頂きます。
最近のニュースを書きたいものの
その夜の彼はタグ付けを禁止していたため
ヨーヨー考えるとこうしてブログに書くこともあかんと思うし
やから
結構 真剣な話をしたんやけと”
かくことはやめておこうと思う
仮に彼と書いたとしても
一部の読者の皆さまからすれば
「ああ あの人のことに違いない」と思うやろうしね
ああ息苦しい 生き苦しい世のなかや
その反面 今日のイベントはなんの障害もないから
きっと後日 すーらすらかけるやろうしね
午後7時半 元町 穴門市場の「あかつき」にて
チーム神鉄の集合がありまして
なんて発車予告まて”出来ちゃうんよね
後ろめたファーは何かと生きにくいっすね、辛酸
これからもずっとペリエて”生き続けて下さい
って話
さてさて
昨夜はひさしぶりに知識吸収の日と位置付け
仕事後に朝日 読売 神戸 日経 日経流通を
読み比べしておりました
各紙とも一票の格差が一面を飾っておりましたが
僕は高校時代の頃
選択社会科が日本史じゃなく 世界史じゃなく 地理じゃなく
ジミーな政治経済を選択していたもんやから
このテーマはもちろん勉強していたんよね
その頃から20年弱たつのれすが
また”同じことを言っていることになんしか
情けなさを感じるわけなんす。
吐息じゃないよ
溜息よ
一票の格差が憲法に違反する話を
マスコミにてずーと議論されて
教科書にも載り
あーれもない こーれもない
0増5減 それにしても1.999か1.998か3.14か知らんがね
それに対して野党が反対して
うんちゃらかんちゃら
「国会は司法をバカにしてんのか?」
なんて話を書き散らかしているあなたたちの方が
国民をバカにしているのかって話にもならんこともないわけれす
いいれすか?
何十年も前から教科書にのっているような
憲法違反を変えることが出来ない
その力不足さに無力さに
情けなさを果たして感じることが出来ないんやろうかと思うのレス
言い方を変えると
一票の格差があってもなくても
そんなに社会に損失があるわけじゃなくって
そこに吠えている人権弁護士達とその周辺たちが
やっきになっているという話て”済ましておって
最高裁がNOといいました
やから
ちゃんと注目しましょうよ
となってる話なんよね
ホンマに重要な話と思うんやったら
何十年も前から
「なぜマニフェストにそういうことを謳わんのや」
という論点から記事を書くべきやと思うんレスね
本質的じゃないし
計画的じゃないし
切った貼ったの話
オカモトの明るい家族計画を
少しは見習いなさいよね
ほんとに
そんな無計画話をこちとら言われても
「はーそーなんすね・・・
じゃあ我々はと”-すべきれすか」
なんて話になっちゃって
解決法なんて議員の数を減らすしかないし
そんなこと我々国民にはと”-しょーもないから
結局傍観するしかなくって
あんたら勝手にやってよ
ぐらいな気持ちとなる
「なにー、いいんか
我々の一票の格差があっても
えーんか?」
いいんじゃないの 別に。
われわれ国民は無関心なんかじゃなくって
それを何十年もほったらかしている
統治能力のなさとマスコミの無力さに呆れているわけ
「要はさぁ」がない
「つまりが」ない
そんなことよりも
僕にとってアカツキに遅刻をしない方が
大切なわけ。
なぜか分かる?
要はさぁ
チーム星和台はアカツキにて僕を何十年も待ってくれないし
オウムのように同じことを繰り返し述べたところて”
た”れも話を聞いてくれないしね
バイビ―
良い日曜日を
続く