ジャックする豆の木
こんばんわー
大橋さんが体調が悪いのと
明日の夜もワールト”弁理士と交友印刷 出来杉さんと
フェスの打ち合わせ
兼
鉄の女披露宴パーテーのすり合わせが
あるっちゃ 今日もウチがかくっちゃ。
今日は朝ゆっくり出来る日やったし
早起きしたもんやから
花見がてら宇治川に散歩にいこうかしらんと
思いつつ 手が枕元のエロ本に伸びず
「めぞん一刻」に伸びてしまい
ノンストップ10巻まて”行ってしまった
ああ のこり五巻しかない
僕の「おふた”」が五枚しかない
この漫画が続く限りは
僕は一人 酒をかっ食らうことなく
我が子が産まれたばかりのような父親のごとく
まっすぐ家に帰って行ったのに
ああ五巻しかない
と思うとさびしくって
吟味して味わなくちゃならんのに
いずれにせよ「出逢いには別れがある」
という理由をつけて
ひたすら読み続けている
みゃー
幼き頃からこの癖は直らない
たとえば遠足にいき
友達が遠足の最後まて”計画的に
水筒の中のお茶を飲みきるのに対し
僕はもう最初の休憩時間に
いっきに飲みほし その後の遠足の間
ひたすら「のと”」が渇いていたり
今はなきお婆ちゃんからお小遣いをちょーらいし
従兄弟たちは計画的に本を買い お菓子を買い
はたまたおもちゃを買うが
僕はこの大枚を一気に使い切る
もちのろん 皆がプロセスを楽しむ最中
何も残らない水筒
何も残っていない財布
を覗きこむ。
「おーい 」
返事は何もない
これは蟻とキリギリスの話的なオチがまっていると
思われるかもしれないが
僕はキリギリス的な過ごし方をしつつ
まったく人をうらやむこともないし
自分を憐れむことがなく
むしろ
「こんな破滅的な自分が好き」
と感じながら大人になってきた
から
勝新的な話とかにとても惹かれ
同じように中村玉緒的な女性に憧れを抱くわけなんれす
コカインて”捕まった時
「知らんうちにパンツの中に入ってたんよ―」なんて
言い訳も素敵過ぎて
ああ この男っぷり
「いいね」
と思うわけなんすね
(絶対よくないけと”ね)
まあいいや
すなわちね僕は
ちびちび、けちけち、せこせこ
する人はあんまり好きじゃなくってね
僕のお付き合いしている友人たちとは
この店俺が払うから
次の店よろしく的なのが通常て”健全な関係を保っており
ラリーが可能な人たちばかりと
お付き合いしている
「ごっつあん ごっつあん」ばっかりな人やと
一緒にいると息苦しくなる
ほら よくいるじゃない
人の財布には遠慮せずに自分の財布は開かない人
それはそれて”その人の生まれ育ってきた環境やったり
親の教育方針やったり
それこそ 彼らが正しいと信じている価値観かもしれないし
処世術かもしれないから
「くちゃくちゃ」音を立ててご飯を食べているのを否定しないように
面と向かって否定はしやしないけと”ね
それて”も
僕はけちけちしている人が
(あくまて”もプライベートの話よ、仕事はケチがいい)
と”んた”け成功していたとしても
あんまり尊敬しないし そんなに人間的に魅力を感じない
これは男の人に限ってじゃなくって
女の人にも当然当てはまることなんやけと”
いつも「割り勘にして」は可愛げがないが
僕は三回男が払ったら
4回目は女性が払うような気概を持った人が好きて”
(払わせないよ もちろん)
たた” 僕が便所に行っている間に
支払っちゃうとか 「支払った」と言って
掛けにしちゃうとか
そういう粋なことをされると
人間的に尊敬しちゃうね
「こいつ かっこいいね」ってさ
つまり男女関係なしに
人間としてのプライト”をちゃんと持ち合わせていることに
ほれるわけさ
当レストランはいつもいうように
世間て”いう勝ち組の人が比較的多くってさ
その人たちの振る舞いを見ていたり
お話を聞いてたりする機会が多いわけ
その方々が口をそろえておっしゃるのが
「おーさわくん
お金は人のために使わないと自分のところに入ってこないし
人のために使わないと自分に跳ね返ってこないし
貯めて動かさなければ”水と一緒て”腐っていくよ」
と言う言葉なんよね
これは確率論の話かもしれないけと”
やっぱりケチは魅力がない=ケチじゃなければ魅力がある
=魅力があるから人やお金が集まる
という構図が成り立っていると思うんよね
そりゃ魅力ある人間になりたいと思うじゃない
人って普通さ。
じゃあ綺麗なおベベ着て かっこいい車乗って
それて”いてケチやったとするならば
なおさらカッコ悪いって思いませんか
話をもとにもと”すとね
僕は「三つ子の魂百まて”」的に
最初から全力て”使い切るようにする
真空状態にすれば
さらに吸収する力が産まれる
と信じて
「お金じゃ買えないもの、時間への投資」は惜しまない
カッコをつける金がなければ
誘われてもその場にいかないた”け
カッコつかられない=カッコ悪い
となるし
今まて”のところ
「お金て”手に入れることの出来ない歓び」が
やっぱり入ってきているし
僕の周りは
生き方が粋て”男前なやつばかり
そんな人たちに揉まれる方が
自分もあやかれるって話
女の人たちも
そういう人たちにめぐり合いたければ
自分もそうなんなきゃアカンよ
See?
続く
芸術的芸術
みなさまこんにちわ
本日は美術監督の弁理士と
フェスのポスターの打ち合わせがありますのれ
いまいそいそとブログを書いております。
何書こうかな
そうなんれす
今 僕 「めぞん一刻」にハマっております
ひょんなことから先日ラムちゃんの話になり
そこからyoutubeをみていたら
必然的に高橋留美子関連の映像になり
めぞん一刻の名場面集を眺めていたら
無性に漫画を読みたくなってしまい
大橋さんに全巻購入してもらい
(大橋さん 実家が本屋さんやからね)
毎晩仕事を終え
帰宅しシャワーを浴び
ベットに入りながら 「いいちこ」をラッパ飲みしながら
読みふける日々が続いているのれす。
一日2巻ずつ
昨夜 三日目の六巻を読み終わり
少しずつ 五代と響子さんとの距離が近付きつつあるところなんす
まぁなんと奥の深い漫画なんれしょう この漫画
これが今から30年以上前に書かれたとは思えないくらいに
揺れる男心 揺れる女心の描写が素敵過ぎるのレス
別に昔が良かったという回顧主義な話じゃありません
そもそもこの漫画が書かれたのは1981年やから僕は四歳やし
「昔の方が良かったなぁ」なんて思う年齢じゃないんれすね
僕の青春時代の漫画と言えば
ト“ラコ”ンボール
筋肉マン
湘南爆走族
稲中
スラムタ”ンク
ツルモク
辺りが王道なんれすが
稲中 ツルモクは置いといたとして
男の子がスポーツや戦いを通じて
人間関係を形成していくストーリーが目立つのれすが
(しかも読み返してみれば
いちいち物語が作者の後付けっぽい匂いがするんよね)
このめぞん一刻の凄いところの一点が
行き当たりばったりな構成じゃなくって
初めからコンセプトや骨子の起承転結がしっかりしているところ
と
筆者が女性なのに30年も前の漫画やのに
登場人物を全く美化することなく王子様扱いすることなく
普通の男を等身大の「何処にて”もいる男」として描写していることなんすね
「やりたい」って言葉も普通に出てくるしね
信じられないくらいに普通すぎるし
夢も魔法も 呪文もサクセスストーリーもない
僕がもっとも好きな「東京物語」的な匂いといいますか。
もちろん女性の作者やから
女性の感情の描写もとても上手くて勉強になって
はたまた登場人物が子供からおばはんまて”広域にわたっているもんやから
これがまた芸術的なハーモニー漫画となっているんす
その普通の物語を普通に表現し
この36歳の僕が主人公の20歳の五代の純粋な気持ちに感情移入し
「わかる わかる」とか
「うん うん」とか
思える漫画ってそうそうないれすぜ アニキ。
なぜならばある程度年をとって
自分がハマっていた漫画読んた”として
「懐かしい」と思ったとしても
「あれ こんなんれ 感動していたっけ?
俺って青かったんやな」
なんて苦笑するものあるあるれすが
この漫画にはそんなの微塵もなくって
むしろ 青春もとっくに過ぎた
淡さもなく ひねくれて 斜に構えまくっている
「大人の」僕が
たた”たた”高橋留美子氏の
人間関係の描写のうまさに
ストーリーの展開のうまさに唖然とさせられるわけなんすね
「やられた」とね
今の漫画事情は全くわからないけと”
事情通にいわせると
なんしか情報が多すぎて
なぜならばそれは
「全部しっとかないと次にいけない」
「続きを見せたくなるトリック」が満載て”
途中参加が出来ないと嘆いておりましたが
きっと商業主義的に
それが今の王道なのれしょう
まあ この漫画もパチンコの機種になったから
商業主義から離れているとはいいませんが
とにかく凄いっす
通常漫画を読まない僕がいうから
間違いない
若者よ
恋愛の本質を学びたければ
ぜひ 一刻館にいらっしゃい
と思いました
じゃーねー
続く
4月新年度
4月も2日が過ぎ、新年度、新成人、町には眩しいスーツ姿の若者で溢れています。
何かが始まれば、それにともなって、それに関連する物は自然と増えてきて
その時期が終わると知らぬ間にどこかにいっている。
新成人のスーツや
思い出の写真や
海辺の貝殻や
旅行先での落ち葉や
映画の半券
あんなに着ていたTシャツや
甲子園の砂
そのときは、後生大事に持っておこう
と心に誓うものの、数年し
ましてや引っ越しなんてしてしまったら、その行き場に辟易してしまう。
その時々で、一番大切なものや事は当たり前のように違っていて
何を優先するか、何を一番にするか
その見極めこそ、ジャッジメントこそ
監督には必要で
どの監督についていくか
どの采配をするか
自分が監督になるのか
どの服を着て、どのカバンを持ち、どの靴を履いて、どちらの足で家を出るか。
毎日が、采配に満ちている。
つづく