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記憶



昨日の朝の地震、怖かったですね。


やはり昔を思い出さずにはいられなくって



昨日一日はあの日のことについて

みんな思い返したり、辛くなったり、ハッとしたり、何かしら思うことのあった一日だっただろう。


根拠もなく、もう地震は起きない気がして、油断も隙もありまくりだったから


自然の脅威と共存の難しさを改めて感じる。


でも、温泉も入りたいし。



日々の生活に追われていると、非日常を求めるし


非日常になると、日常に戻ることに必死になるし


無い物ばかりに目が行ってしまう。



もう今日になったら、昨日のように地震について考えることはなくなって


目の前の、直近の悩みや、予定や、お昼ごはん何食べるのかで頭はいっぱいになる。



だからって、ビクビク家でばかり過ごすことはできない。



備えあれば憂いなし、なのか


忘れっぽい私たちに


自然は時々、備えよ、と思い出させてくれる。



にわかで、お水なんかを買い込んでみるも


きっと使うことはないだろうと、心の隅では思っているし


使うことがない事を心から望む。



根拠のない楽天と、あまり意味のない悲観と心配


ほとんど、なににおいても


してもしなくても、結局はいっしょのこと。







つづく







やっぱ牛乳て”しょ




僕はとても疲れている


やから今日も大橋さんにお願いしようと思うものの


僕は明日 エックステ”-のブッキングがあるから


今日 渋々画面に向かって書いている




なぜ疲れているかと言うと


今日が我が店始まって以来の二番目に売り上げが良い日やったから


※一番良かった日は僕の結婚式の日ね




もうスタッフさんも僕も最後は話す気力もなく


最近 またお手伝いしてくれ出した妹も心なしか疲れている




そういや 今朝関西地区に地震があった




阪神大震災の時間帯に近く


多くの神戸人が記憶を蘇らせたに違いない




そんな僕は震災当日 千葉県の暁星国際の寮ににいたため


そんな記憶がないため 怖い思いとういうよりも




「あ このまま地震が来て死んじゃうのかなぁ


昨日はまごころの井上さんと富士自動車の西村社長と楽しく飲めたしなぁ


このまままあいいや」



なんてベットに横になり考えていた




いつも「このまま明日」なんて考えているから


いざそこに直面するとへんな気分になるんよね




意味分かる?




かと思えば昨日仕事終わりにひさしぶりに


牛乳単体を飲み 




「ああこんな牛乳って美味しかったんや」



と思い 我がブラスポのクリエーティブて”ぃれくタ―と


今回のアワ―ト”のフライヤーの受け取りの約束をしていた


ケー二ヒスクローネに着いた瞬間に


急に腹痛が起こり始めたわけさ




つい何日か前に


「腹痛が起きるのはなぜ朝なんやろう」


と考えていたから



夜の腹痛の逆襲か・・


なんて考えが浮かびつつ




ああ そういや俺 牛乳がイチコロ ハラゴロなんや


と思い出し



顔面から冷や汗が流れおちてきたわけさ


ああ監督は会合の中抜けしてくるなか


大丸の便所に駆け込むわけにはいかないし


例え 駆け込むにしても


大丸の中て”ブレークしたら


それはそれて”カッコ悪いな



なんて考えながら


車をおり ケー二ヒスクローネがあったはずのところに


ケー二ヒスクローネがない



漫画的に言えば


あったはずの店舗が点線て”囲まれている状態



ということは鳥巣くんは


ひょっとして国際会館の近くのクローネて”待っているかもしれない


なんて考えた瞬間にますますお腹が痛くなり


止まるも地獄 歩くも地獄


℡する気持ちにはとてもなれず


たぶん℡しても動揺して違う人にかけていたやろうしね



「はう」


つま先て”立って待っていた



「おーさわー」



遠方から彼が手を振っている


僕はもう気絶しそうな状態にも関わらず



俺はこのまま死ねない



なんというか生命力の強い魚が


包丁入れられているにも関わらず


ぴちぴち暴れて動き回る感情に似ていた



監督との立ち話の間も


映画の中て”うそついている主人公が


浮気がばれそうになって彼女に対し


動揺してやたらとオーバーリアクションしているシーンのように


そんなシーンを見るたびに


「こんなわけないやろ」


と思っていた罰があたったんかいな


というオーバーリアクションかつ感嘆詞とか


妙に声に張りがあったりして


僕は気絶寸前すなわち


「くっ」みたいな状態にますます近着いてきた




なんとか僕はその苦悩から脱出し


その波を乗り超えたと思った楠公さん前




車を車庫にいれようとしたころ


波がまたもや訪れた



僕はアタ”モちゃんのように


もしくはキャットウォークをしているトップモテ”ルのように


車から降り


静かに家のエレベーターまて”歩いた





その後はご想像にお任せしますが



僕はいつ死んて”もいいと思いつつ


このたびに生きていて良かったとやはり思うわけ





「いつ死んて”もいいや」的刹那主義なんて


「ぶっている」た”けなのかもしれない




求めているタ“んテ”ィズムに牛乳はとにかくご法度や



そんな姿 死んて”も死に切れなーい





わーん






続く























オシャレズム


ああさむい ああさむさむい さむさむい


最近寒いですね。



寒くて寒くて冬みたいに寒いんだけど、冬みたいな恰好で出歩くのは

おしゃれ的にはノーで、周りの目も気になるから

何となく、薄着にしてみて、もう春服着てますよ

という雰囲気を醸し出してみる。


でもやっぱ寒い。

薄着で寒い寒いと言うから、着ればいいやん、と思うと思うけど

着るものがない。


中途半端な時期に着る服はなかなか難しい。


もうファション誌は夏の装いだし、コレクションは秋冬


先取りもいいけど、取り急ぎの毎日着る洋服のアドバイスはしてくれない




おしゃれは我慢。

ピーコがファッションチェックでよく言っていたけれど

我慢なしでは、ファッションは成立しない。



ピンヒールだって、タイトスカートだって

人間の自然の状態から考えればどう考えたって不自然で


しんどいし、足痛いし、きついし、歩きづらい。


それでも女子は、頑張って無理してもオシャレを努力する。



その努力をあきらめた瞬間、きっと衰えていくのだろう。



楽な恰好へ楽な恰好へ、ぺっちゃんこへ、ぺっちゃんこへ行きがちな自分に自戒の念と共に。



何を着るて生きるかは、どう生きるかだ。









つづく