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36歳と一日



一年ぶりに誕生日を迎えまして


無事僕も年男になりました。



36歳



心は少年のままですが


体は立派な大人どころか


着実におっさんになりつつあります。



やれひざが痛い 肩が痛い 白髪が増えた なんやらかんやら・・・・・






改めて考えますと



赤ん坊から幼児に


幼児から少年に


少年から青年に


青年から大人に


大人からおっさんに


おっさんからおじいさんに


の五段階の中で


おっさんのカテゴリーはほかの4カテゴリーにくらべ


なんとも長いわけです





分かりやすく言えば


30歳くらいから60歳くらいまで


若い子からすればすべて「おっさん扱い」されるわけです



先日高校生から「おじさん」と呼ばれ


俺?


俺のこと?



とふと周りを見渡したものの


明らかに僕のことでして


僕に呼びかけているから おじ「さん」なわけで


僕が三人称として彼の会話に登場する場合は


確実に「おっさん」なわけなのです



変なおじ「さん」もまだ敬意が示されている呼び名であり


「変なおっさん」なんて呼ばれたら露出狂的な本当に変なおっさんなのでしょう




何が言いたいかといいますと



「この三十年にわたるおっさん世代で


どのようにほかのおっさんをノシていく必要があるのか」



ということです




少年たちにどう呼ばれるかははおいときましょう


彼らはまたライバルになるのです




われわれはオスであり


必要とすべきはメスですからね



それらをめぐって


上下幅30年のライバルたちにどう打ち勝つのか




孔雀の雄のようなセックスアピールはどこなのか




それは


社会的地位


知力


胆力


経済力


生殖能力


センス


包容力




いろいろあると思いますが


この7角形をすべて満たせば


言うことなっしぃんグなのでしょうが



そんな人間なかなかいません





僕はセンスさえ突出していれば


つまりセンスを磨き続ければ


十二分に


おっさんでもなく


おじさんでもなく


「おじ様」として輝けるような気がしなくも無いのです




根拠の無いあいまいな話だけど


僕が思うに「センスある人間」が大概かっこいい


貧乏でもなんでもかっこいいんです





ほかのものって偽ることができるしね


ほかのものって先天的なものもあるしね


センスは生まれてきてからの総合力なような気がするんです



※僕の言っているセンスは日本語に訳すと「色気」な感じです




じゃーどーやってそれを身につけるのか?



それは分かりません


分かったらみなモテモテで


人類みな兄弟になることでしょう




がそれでも


これからむこう30年続く「おっさんの、おっさんによる闘争」に


負けないように この先 センスを磨いて行ければと思うしだいなのです





「ねぇ おじさま?」


なんだい こじかちゃん


「ねぇーねぇー」


なんだい バンビーノ



「ねぇーたらー」


こらこら駄目だよ




そんな中年を迎えたいなぁ


ムフッ










































ほえーるず



へいへいへい


三連休いかがお過ごしでしょうか?



朝8時36分の新神戸発新幹線にのり


夜8時5分の羽田発飛行機で 


弾丸トーキョーツアーを決行しました



国立でナビスコカップ


神宮で早慶戦


秩父宮でNZ戦




昨日の外苑前はごった返しており


東京は人が多いと申しますが


その「多いのMAX」だったのでしょう



加えて小雨がぱらつき 試合終了後の街は


人と傘のカオスとなっておりました



地下鉄も爆発級に込んでいるに違いないので


徒歩で青山を通り何箇所か店とギャラリーをめぐり 


表参道を通り抜け町を散策しながら帰りました




渋谷→品川→羽田




中学時代 品川駅前に住んでいた鄭君の家に


休みのたび幾度となく泊りにいきスケボー仲間たちとNTTビルの前で


昼夜とわず滑っておりましたが


時間つぶしにひさしぶりに降りたった品川の風景は


そんな記憶をすべて飲み込むくらいに変わっており




はて?


ここにナニがあったっけ?


鄭君の家はどこやったっけ?


前の品川駅ってどんなんやったっけ?



はて?


はて?



と東京の圧倒的資本による都市開発は


最強のスクラップアンドビルドやなとつくづく思ったわけです




10年も経てば


記憶を喪失させる空間になるといいますか


「思い出」や「古きよき」なんて日本語が成立しない


※都心部ね



NZがジャパンを飲み込んだように


東京という鯨がノスタルジーを飲み込んでいるようです




東京の成功事例という名の


鯨の稚魚を神戸に持ってきても育つわけが無い



潮が吹くころには


また違う鯨になっている





だから我々さんまやまぐろやさばやあじやしらすのように


地方都市はすべてを飲み込まない


独自色を失わない「不易流行」を追い求めるべきだと


改めて感じたわけです












本土決戦の土曜日



さてみなさん


明日は待ちに待ったNZ戦




15時からテレビにて録画放映されます


(実際は14時キックオフ)





サッカーでいうとブラジル戦


野球でいうとヤンキース戦


バスケでいうとレイカーズ戦


大相撲でいうと横綱戦


ボクシングでいうと世界ヘビー級王座戦




を日本の大学選抜がするようなものなのかもしれません




だからどうしても国と国の戦いの「代表戦」というよりも


「オールブラックス」に重きがある



※JRFUのFBにもそんなお祭り感がとても漂っている




ラグビーに番狂わせというものは


あまり存在しない



強いチームが必ず勝つんです




だから僕を含め多くの人たちが


大金星どころか


はらはらどきどきの大接戦にもさほど


期待をしていない・・・・はず




とするとNZの圧倒的なプレーを見ることに重きをおくわけで


そのときの観客視線の日本代表の立ち位置というものは


どーゆーものなのか



もちろん敵じゃない


もちろん国歌斉唱には歌う


応援もする


愛国心はある



しかしながら日本代表が準主役というか脇役というか


香辛料的存在扱いになりかねないジレンマに僕は耐えうることが出来るのだろうか




「やっぱりNZは最強だわ」


の「やっぱり」は日本の弱さと引き換えなのか



「やっぱり日本はまだまだだわ」



の「やっぱり」はNZの強さを引き換えなのか








よく分からないけれど


「やっぱり」が強すぎると


日本のラグビー人気復活には


日本の修身の授業復活並みに


気が遠くなるほど時間を要することになる




トップリーグの決勝や大学選手権決勝を見ても


NZの残像が残ってしまうと思うしね




世界は世界


日本は日本




そんな話はメディアやスポーツ少年達には通用しない


オールブラックスがNZで英雄であるように強いものが好きなのでR





ただでさえ危険なスポーツとして


僕の母校からこの部活が消滅したように


競技人口が減っているのに


その減少具合に追い討ちをかけかねないこの国際マッチは



瀬戸際のバルチック艦隊戦のようであり


瀬戸際のサイパン陥落前のようである





ラグビーに携わった人間として「うっちゃり」を心から期待している



このすばらしいスポーツが息を吹き返すために