ablindspotのブログ -120ページ目

熊ん子




おつかれさまー


一足お先におつかれさまー


そうなんです




今日は仕込みも片付けもするするっと


うなぎ犬のようにつるつるっと


早く終わり そして売り上げもそんなに悪いわけじゃなくって


ああこんな日ってすばらしいな



って思うわけなんです。





こんな毎日が続くと僕は毎日がハッピーな気持ちになるもんですが


なかなかこういう日は一月に一回あるかないかで



あとは前述の逆で


なかなか仕込が終わらなかったり


売り上げがひたすら悪かったり


お客様がそれこそ「閉店ですよー」といっているにもかかわらず


なかなかお帰りにならなかったり




するわけで 


そうめったにないことだからこそ


ああ幸せって感じるんだろうな



と思うわけですね




ただ今の僕をご存知の方は


お分かりのとおり




靴もズボンもぼろぼろ


髪もぐしゃぐしゃ


髭もぼーぼー


ワイシャツを出しに行く時間や


かけた奥歯を見てもらうために歯医者にいく時間もなくって


このままいくと浮浪者扱いされる可能性も出てきつつあります






毎朝 鏡を見るたびにため息をつき


「ああ なんて僕は惨めなんだろう」


レミゼラブルなんです





先日も歯に衣着せぬタクシー運転手の山口さんが


僕をみて開口一番


「おまえ 頭大丈夫か熊じゃないか」



といわれ ああみんなそう思っているんだろうな



本当はおしゃれが好きで


こまめに美容院行っていて


映画はまめにチェックして


流行の店は行っていたのに



そんなことすらもどーでも良くなっていて


飲むのと生きるのに精一杯で



おしゃれな人が僕をしたからうえまで


なめるように見上げて 



「お前はもう死んでいる」


視線を送られているな




って考えていたらなんだか


さっきの幸せな気持ちがなえてくるのもなんですが




それでも


物質的な満足や俗世の流れに抗って


自分ブランドをちゃんと刻々と形成できていることのほうが


つまり


究極の不自由の中でのわずかばかりの幸せを感じ取れる価値観を


もてるほうが幸せじゃなかろうかと


感じたりもするわけなんですね





前にも書きましたが




ないからある


あるからない






あるからみんなさらにほしがる


ないからみんなさらにみたされる




需要と供給の経済学がなりたたないところが


カオナシ的人間の業の深さなんでしょう




そんなんも全部ひっくるめて


星の王子様のイスラムの学者の話が


僕をいつも励ましてくれます






ありがとう


僕の人生のバイブル




















バランタインのほうがいい






僕は甘いものがとても苦手であり


人がホワイトチョコレートやパフェなどを


もぐもぐ食べているのも見ていて気分的に


落ちてしまう。




どれくらい落ちてしまうかというと


黒板を爪でひっかいている音に対して


耳をふさぐぐらいな感じに


もぐもぐされている姿にはふさぎこんでしまう




昔から甘いものは苦手で


それが決定的になった出来事がある





幼きころにサーティーワンみたいなところで


母親が「好きなアイス頼んでいいよ」っていわれ


とても喜んだ。




なぜならその時が初めて


自分の自分による自分のために


食べ物を選ぶことが出来たからであり


それまでは我が家におけるアイスクリームは



バニラ


OR


抹茶



の2パターンしかなかったから。





僕はいろいろと覗き込み


あーでもなくこーでもなく


熟慮に熟慮を重ね




んとね


えとね





クレパスには存在しない


鮮やかでなんとも美しい色の


チョコミントを頼んでみた




いえーい



俺大人やね



と感慨深げに食したものの


甘すぎて


一口目で僕はダウンしてしまった




「こんなのいらない」



はぁ?


何いってんの?


残さず食べなさい


あなたが選んだんでしょ




「だって美味しくないんだもん」




兄は無難にバニラを選び


ぺろぺろ美味しそうに食べている




そんな兄のバニラがとてもうらやましく


交換してもらえないかたずねてみたものの




「いやだ べんべん」




僕は自分の選択を心から悔やみ


そして泣く泣くそのチョコミントを息をつまみながら


なんとか平らげた






あの日以来 僕はチョコミントを見るだけでも


その同じような甘さをもったホワイトチョコレートも


クチの中が唾だらけになり悪寒がするようになった





ケーキは


ガトー


ブリュレ


ベイクドチーズ


ぐらいしか食べられなくなったのは


あのトラウマからであり



もし僕があの時


チョコミントを頼んでいなければ


お付き合いしてきた彼女たちが


がんばって作ったチョコレートを



「いらない」



ということもなく


別れることもなかったのかもしれないし


パティシエにももっと敬意を払っていたのかもしれない




ちなみに


事情を知っている妹は昨日焼き鳥盛り合わせをくれて


スタッフの皆様はタバコワンカートンぶんをラッピングしてくれた






人生は瞬間の判断の連続から出来上がっている




という話











清書しないっすごめん今日はバレンタインなんだ





妹がご機嫌だ


なんでだろう


僕には良く分からない




ひょっとしたら


いまだすみ続けている神戸市北区の実家にて


大量の雪が降り積もったせいなのかもしれない。



バレンタインか?


そろそろ結婚か?


よくわからないがご機嫌だ




って前置き




僕は雪でテンションがあがることはまずない


運転しだしてからはもっとない




だから今朝、FBにて孫悟空がコープ前にある北五葉の陸橋の前での


雪景色の写真をアップしていたが



こんな雪の中運転できるってすげー


と思いつつも


ああやっぱり表六甲に限るなぁ


と思いつつも


それでも僕も北区育ちなのに


なんだか中央区民のふりして


北区を「だから北区は・・・」視点なところが


なんだか成金みたいで


なおかつ そんな僕の発言を聞いて




「さーせん おれっち 北区育ちなんだけど


馬鹿にしてくれないでやんす?」



みたいな感じで怒られることも多々あって




そんなときに


「いえいえ 僕も北区育ちなんです


いいところですし


治安もいいですし


空気もきれいなのはしっていますし」



なんて続けちゃうと


相手の「ちょっとイラッ」が急に解け出して



いやーそうでしたか


いやいや失敬


同郷なんですね


なんなら


このあと一杯いきませんか?



あれっ飲むとこないや




なんてとこまではいきませんが


ぐぐぐと心の距離が近づいたりする



同様に



むかし


NYにいったとき


へいよーぶらざーそーす




じゃなくって




へいよーにがー


と黒人同士が呼び合っていて



これをもしイエローな僕が彼らにむかって


へいよーにがー


なんて呼んでみるものならば


どんな世界がこのあと 待ちうけているんだろう




とありゃしないことも考えたんだけど


それは同ルーツの人間にしか分かり合えないブラックジョークであり


それを他エリアの人間に言われるとかちんとする話って


本当によく転がっている



一方で外国で日本語が聞こえたら


「なんだこのおのぼり日本人たちは」


って感じでむしろ 韓国人や中国人と日本人をさげすむ


日本人がいたり



ヒトラーのように


ユダヤの血が入っているにもかかわらず


ユダヤの民族浄化を行っている人間もいたり


マイケルジャクソンのように


真っ白になりたがっている人もいたり


それはそれで


痛烈なコンプレックスがあって


自分の出自やアイデンティティをひたすら隠し


なんなら世界を完全に否定する人間もいたりするが




僕はこの町は好きだから


よそもんにとやかくいわれるものすきじゃないのを大前提して



その上で



雪景色な北区を僕がちゃかすように


へっぽこ神戸をちゃかす神戸人がいないのが


なんだか気持ち悪くって


みんなこの町に二日酔いぐらいに酔いしれているように見えたりする






だから神戸はさぁ


ださいんだよねー




なんて


そんなことを言ってたら


ぼくまるでヒトラーみたいだなぁ



と思ったりするのですが


実際に街の魅力はない





雪が溶けた春先には


ひさしぶりに実家に帰ろう