先日、ある動画で「こんな言葉遣いする人間には要注意」というのをやってました。注意されたときなどに○○○○という人間というのがありました。クイズ形式で○○○○は字幕はこの通り、音声はピー音で消されてました。

私はひょっとしてあれか?って思いましたね。で、正解でした。

 

答えは・・・・「なるほど」

 

何を隠そう私自身も時によっては(相手によっては)結構多用してるんです。注意されたときと言うより、相手の見解とか提案とか聞くときに出ますね。相手は肯定的に受け入れてくれてるのかもしれません。というより、そのように思わせるために言ってるのだから。でも実のところは違います。本音の部分は「まあ、それも言えるな。でもワシは必ずしもそう思わん。否定するのも面倒だから、ここは流しておこう」とか「どうでもいい、次の話題いけ」ってときに出てきます。

以上は言葉の癖の話。

 

次は人の家にお邪魔したときの作法の話。

友人のTH君は普段はいい加減な人間ですが、きれい好きで汚れとか埃に神経質です。家に行くと掃除が行き届いており、大変きれいです。そしてその神経質さが来客にも向けられます。お邪魔して、早速ビールでもあけますかって時、その前に外から来たばかりなのでちょっと手を洗わせてくれとなります。私の場合、水を出して一度手を濡らしてから石けんを付け泡立てます。そこで栓を一度締めるのですが、これがNGらしい。つまり栓に石けんの泡が付くのが嫌らしい。だから流しっぱなしで良いという。石けん洗いは約30秒ですがその間は水を止めるのが子供の時からの習慣。だから無意識のうちにそうしてしまうのですが彼にとってはNGらしい。また手を洗って何気なく紙タオルで拭こうとすると、シンクの上で拭けといわれます。要するに洗い終わった手がシンクの外に出ると床に水滴が落ちる、それがいやだと言うことらしい。でもね、私はせいぜい水回りで彼の「地雷」に触れる程度だけど、もっとひどいのもいるらしい。外で持ち歩いてる鞄などをテーブル、椅子、ベッドの上などに置く行為。それとか外から来たそのままの格好でベッドの上に座ったりする。大体のことに無頓着な私もさすがにそこまではしませんぜ。

 

あと食事の時の作法というか癖

不作法は美味しい。という信条があります。おかずをご飯の上にのせて食べるのは本来下品とされてますが、これが美味しい。ましてや汁物などをご飯に掛けるのはもってのほかってことですが、これ絶対美味しい。よく、中華屋でやります。ニラレバでも回鍋肉でも鶏カシューでもタレが残りますね。あれご飯に掛けます。時にはご飯をおかずの皿にぶち込みます。おかげで私の食べたお皿はいつもきれい!洗う人も喜ぶんじゃないか?まあ、さすがの私もいつでもそうするわけではありません。ちゃんとTPOは弁えてるつもりですが。でも先日「我が意を得たり」というシーンをテレビで見ました。今テレ東では月~木の夕方「孤独のグルメ」再放送やってますね。あの番組のファンなんで録画して見てるんですが五郎さん(演・松重豊)結構、オンザライスやってます。時には汁にライスぶち込みも。さすがに五郎さんだって女性と一緒だったりしたらこんなことはしないだろうけど、あくまでも「孤独」の設定。好きなようにさせてくれってことでしょう。お里が知れようが構わない、美味しければそれでよしってことですね。

昨日は西武池袋店がストライキで休業しました

ここにはある種の思い入れがあります。

以前のブログでも何度か書いてますが学生時代バイトしてた場所。元々親友のMY君がバイトしており、その紹介で入店しました。

仕事場は地下食品売り場。当時は「デパ地下」なんて言葉はまだ無かったと思いますが、池袋店には京都の名店を集めた「錦小路」という一角がありました。京都に錦市場という商店街があり、そこから10店ほどのお店(以降メーカーと称します)がテナント出店したわけです。

 

百貨店というのは、いわば場所貸し業。テナント出店するメーカーから売り上げの一部を賃料代わりに吸い上げるビジネスです。什器備品は百貨店側が貸与、光熱費も百貨店負担だったと思います。一方、人員はメーカー側が手配し、人件費もメーカー負担。つまり店頭に立っているのは百貨店の社員ではなくメーカーの人間。錦小路の場合、京都の本店から赴任してくるメーカー社員もいましたが、ほとんどは東京で採用してました。社員として採用したメーカーもありましたが大半はアルバイトと「マネキン」と呼ばれる派遣店員。店長すら社員ではなくマネキンさんで賄っているメーカーもありました。

 

で、私が世話になったのはI佃煮というメーカー

隣に乾物Dがあり、そこにいたのが後年、このブログにもよく登場するYTでした。

I佃煮は佃煮と言いながらどちらかというと、お総菜(京ばんざい)がメインで冷蔵オープンケースに大皿を15枚ほど並べ、そこに京都の本店から毎日深夜便で運ばれた総菜を盛り付け、量り売りしてました。百貨店と言いながら、かなり原始的なやり方をしてまして、錦小路のテナントの大半はレジを置いてなかったと思います。だから暗算に強くなります(笑)。例えば白和え200グラム390円だったのですが全部のお客様がその通り買うわけではない。100グラムのお客様もいれば300グラムもいる。それに応じた金額を即座に計算しなければならない。しかも一人一点とは限らないから、それらも合算していく。そして頂戴した現金は冷蔵ケースの上の空き缶へ硬貨を、その下に隠してあるポリ袋に紙幣を放り込んでいく!また、暗算だけでなく量る技量も身についてきます。大皿からトングやお玉を使ってビニル袋に詰め込むのですが、例えば100グラムと言われた場合、風袋(商品を入れるビニル袋等のこと)加算と若干のおまけで105グラムくらいにするのがセオリーです。最初の頃は何回もやり直したりしますが、慣れてくるとパッと詰め込んで秤にのせれば1回で105グラムを指すようになります。また、詰め方だって各具材を偏らずバランス良く入れるのは勿論、汁物は漏れないようにちゃんと結わえなければなりません。

 

衛生観念も低かった。今なら大皿料理の量り売りをオープンケース(蓋のない冷蔵ケース)で陳列するなど考えられないでしょう。通行するお客様がその気になればいくらでも商品にさわれるわけですし(実際、指を突っ込んで「味見」をしていったお客様がいました)、埃だって入る。最悪、異物混入すら起きる。でも陳列としてはこれが商品を一番引き立てるということで是とされてました。隣の乾物D。ここは大箱で納品された削り節を店で100グラムとかの単位に袋詰めするのですが、素手でつかんで入れてました。というかDに限らず、鮮魚でも青果でも商品を素手で扱うのは日常でした。いずれも昭和の話です。

また、隠語(符牒、符丁)もありましたね。いわゆるお客様の前では使えない言葉を店員同士だけがわかる言葉におきかえたものです。西武の場合、例えばトイレに行くときは「すけんや行ってきます」だったと思います。隠語は百貨店毎に異なり、数軒の百貨店の経験があるマネキンさんなどは他の百貨店の隠語と混同していたこともありました。隠語や店員への合図は店内放送や店内BGMにも使われていました。

そう言えば「試食の常連客」も何人かいました。そのうちの一人が「桜台のおばあちゃん」と呼ばれていた方で、どうやら西武池袋線の桜台から定期券を使って「通って」いるらしい。毎朝10時の開店と同時に入ってきて、ほぼ一日百貨店の中で過ごしていました。時には西武だけではなく池袋の他の百貨店にも「遠征」していたらしいですが。ほとんど買い物をすることはなく、試食専門。小さな風呂敷小脇に抱え「マイ爪楊枝」片手に店内をウロウロ。歯が無いようで常に口をモゴモゴさせてました。真偽は不明ですが、嫁さんにいじめられてて毎朝追い出されるのだとか。ちょっと愛嬌のあるおばあちゃんで試食の常連客には冷たい店員たちも、このおばあちゃんにだけは好意的というか邪険にはしませんでした。

 

バイトやってた当時が西武流通グループ(のちのセゾングループ)が一番輝いていたころでした。

糸井重里がコピーを書き、ライオンズ優勝セールがあったり、時として堤清二さんがお忍びで売り場をチェックしてるなんて情報が流れ皆ピリピリしてたり。

 

今も池袋に行ったとき時間があると西武の地下に寄ったりしますが当時のテナントも無ければ人もいません。今回のニュースを聞いて思い出話を羅列させていただきました。

以前、NHKの「チコちゃん」か何かで何故子供はバスに乗ると降車ボタンを押したがるのかってやってました。解答は忘れてしまったのですが(汗)、確かにバスに乗ってると子供が押したがるのをよくみます。時には自分が降りる停留所でもないのに、やたら押したがり親が制止に躍起になっていたり。また子供に限らず大人でも降車ボタンには色々な癖が現れます。知り合いのITさんですが自分ではまず押さないと言います。自分が降りる停留所でも誰かが押すのを待っている。停留所が近づき、いよいよ誰も押してないぞって場合にようやく押すのだそうです。私も似たような癖があり、自分から押すことはあまりありません。ただ理由は多分ITさんとは違うのですが自分以外にも降りる人がいるかどうか気になるのです。乗車客がいればまだ良いのですが降りるのが自分一人だけだったりすると、そのためにわざわざバスを停めさせるのが何か罪でも犯すような?気分、少なくともその「執行ボタン」は押したくないという心理が働くのです。だから誰か他にも降りる人がいると安心する。一人だろうがなんだろうが降りることに変わりは無いのだから気にしたところで何の意味も無いのですが変な癖です。しかもいざ降りるとなるとボタンを押してくれたであろうお客さんを差し置いていち早く降りてしまうというとんでもない奴です。

そういえば先日は先日でこんなシーンに遭遇しました。ある停留所に停まりました。乗車口の扉が開き、何人かの客が乗ってきました。一方、降車口。こちらは降車のため3人並んでました。ところが扉が開きません。どういうことか?結局3人のうち誰一人降車ボタンを押してなかったのです。発車直前に運転手さんが気付いて扉を開けたので事なきを得ました。もし、この停留所で乗車客がいなければバスは停まることなく通過していたかもってことですね。乗車のお客さんに感謝です。