1月も中旬過ぎて、今さら初夢とかの話題もなんですが、取りあえずお付き合いいただきましょう。

 

今でも見る夢で学生時代の試験の夢があります。試験当日、なんの準備も出来てないって夢。あと、それに類似した夢で大学で一回も授業出てなくて単位の見込みが付かない夢。実際、それに近い学生時代を送っていたので実にリアルです。さらに社会人になって仕事の締め切りに間に合わない夢。今後も実際にありそうなのは一番最後の夢ですが、いずれにしても日頃の怠惰を露見させられる夢です。時々見る夢ですが、よりによって今年の初夢が、それでした。重い掛け布団が原因かも知れませんが。今年も締めに追われる1年かな?

 

あと毎朝聞いてるラジオの占いコーナー。普段は生まれ月毎にその日の運勢を出してくるのですが、年初はその年の運勢を特集します。元々占いなど信じる方ではありませんし、縁起なども一切担ぎませんけど、それでも自分の生まれ月となると聞き耳を立ててしまいます。で、今年の10月(私の誕生月)生まれの運勢は・・・・

仕事上で新しい出会いと別れがあると出ました。新しい出会いって、今度新サービスを一緒に立ち上げるKさんのことかな?とか一方別れの方は疫病神の○×氏ととうとう袂を分かつか、とか自己に都合の良い解釈をしてしまいます。所詮占いといえばそれまでですが。

 

ところで上記にもありますが、今新サービス(商品)を仕込み中です。新事業と言うより従来の延長線上ですが新機軸で世に出します。追々投稿していきます

すでに1月3日ですが皆様、明けましておめでとう御座います。

と、呑気なこと言ってられないお正月になってしまいました。

被災地の方、お見舞い申し上げます。とってつけたような挨拶ですが今はこれしか・・・

実際、うちの田舎も被害出ています。

実家にLINEしたら、本棚が倒れて家具もそこそこ落ちてるけど、全員無事との返信が。大したことないように、さらっと書いてるけど大変だろ。テレビでは見たことあるような海岸線が・・・直江津海岸です。子供の頃、日本海は内海だから津波は無い、なんて言われてたんですが、そんなのは迷信、それは1983年の日本海中部地震でも露にされてますし、科学的には湖でも津波は起きる。それに古文書を探れば津波の記録はあちこちに出てるから、誰があんな迷信広げたんだ、って思います。

 

なにはともあれ、本年も宜しくお願い申し上げます。

例年、元旦にアップしている新年挨拶が3日になったのは1,2両日とも朝から現場だったから。都内の道はすいてるし、普段駐められない所に車駐められる。それに1月中に仕上げなければならない現場が一つ入ったことも要因。まあ、年中無休を標榜してる手前のパフォーマンスでもあるのですが。だから実際は仕事は早々に切り上げ、夕方は年始回りで結局飲んでる。

また、道はすいてると言っても、神社仏閣の周辺は混んでるし、駅伝関係の規制もあるから、そこは上手く回避しないと。実際、元旦の早朝は神田明神付近は通行止め、昨日は浅草周辺の仕事だったんですが、あちこち通行止め。それでも渋滞には巻き込まれませんでした。1日の午後は高島平から谷中へ走ったのですが中山道はスイスイ、けれど西巣鴨を過ぎたあたりで若干の渋滞に。そうです、巣鴨のお地蔵様の初詣客です。大した渋滞じゃ無かったのですが白山通りの両側に駐車してる車がびっしり。そもそもパーキング足りないんだから車で来るなよ、ってのが走りながら思った感想。そう言ってる私、そう言えば去年初詣してません。そのうちに、と言って1年過ぎてしまいました。さて、今年は・・

学生時代の親友MY君から電話。

「宮崎地鶏送ったよ」と。彼は大学卒業後、故郷宮崎に戻り、地元の銀行に就職。定年後も嘱託で残りましたが、それもリタイア後は外資系生保に籍を置き現在に至ってます。で、ここ数年、年に2回ほど宮崎地鶏の焼き鳥真空パックを送ってくれるようになりました。宮崎地鶏の焼き鳥は串に刺した物ではなく、焼き鳥サイズに細切れにしたのをバーナーで炙ったものです。私もお返しに新潟の米を送ったことがあったのですが、彼の実家も農家。「新潟米も良いけど、うちの米も食ってみろ」的に宮崎米を送ってきて、それ以来こちらには送るネタがなく、もらいっぱなし状態です。

 

で、今回の電話は宮崎地鶏送った、という連絡でもあったのですが、本旨は来春で今行ってる外資系生保を辞めて補助教員の採用に応募するとのこと。そういえば彼は教職課程を取っていて教員免許も持ってたな、と思い出しました。新卒就職時に教員採用試験も受けたのですが、それは落ちて銀行に就職したわけです。傍目に見れば地元の主要銀行に入ったわけですから、十分コースに乗ってるじゃないか、となりますが本人はどこかで教員の夢を引きずっていたようです。その証拠に教員免許はずっと更新していたとのこと。採否がどうなるかは別として、この歳になってようやくそれをかなえるってことです。考えてみれは彼は金融の世界より「先生」の方が合ってるな、それも超不器用な熱血先生、昭和の残骸みたいな先生。補助教員に採用された場合、定時制とか支援学校に行く可能性が高い。ちょっと訳ありの生徒に真摯に向き合うんだろうな。遠回りしたけど、行くべき所にようやく行けるね。

ここで私もふと考えます。私の本来行くべき所って・・・・