さてさて、名鉄でカオスな新年の幕開けを迎えたと思ったら・・・
なんとぉ!もっとカオスな電車に巡り合ってしまいましたぁ~w
その車両とは・・・相模鉄道のモニ2000形です。
このモニ2000形を調べるうちにズルズルと「相鉄」沼にハマってしまいましたので・・・
まずは車両よりも何よりも、まったく知らなかった相模鉄道についてひとつ勉強してみることにしました。
とにかくモニ2000形はかなり難しい車両なので、ここはちょっと置いておきましょう!(まぁ~放置プレイともいいますがw)
※実はポチった新7000系が先に手元に届いたのでこちらの入線・整備を先に行うことにしちゃいました。
それでは簡単ではございますが、相模鉄道という鉄道会社についてまとめてみました。
=相模鉄道=
いやぁ~まず、現在のJR東日本の相模線(茅ヶ崎駅~橋本駅間)を開業させたのが、相模鉄道だったのは知りませんでした。
まさかそんな歴史がある会社だったなんて、まったくもって知りませんでした。
さらにもう一方の鉄道会社の「神中鉄道」が横浜駅~海老名駅間と相模国分信号所~厚木駅間を開業したんですね。
そういえばなぜか?相鉄の電車が留置されているJRの変な駅があったのは覚えていたんですけどね~。
そして相模鉄道が神中鉄道を吸収合併して誕生した歴史があったんですね。
ところが戦時中に相模鉄道の茅ヶ崎駅~橋本駅間が国有化されてしまい、国鉄相模線にされてしまった経緯があるんですね。
終戦後は沿線に多くの工場が進出、急増した沿線人口への対応でとても苦労を重ねてきた鉄道会社だったんですね。
さて、それでは各々の会社の歴史について調べてみました。
・相模鉄道(さがみてつどう)
1916年(大正5年)茅ヶ崎駅~橋本駅の軽便鉄道として敷設免許を取得。
1917年(大正6年)創立総会を開催。
1918年(大正7年)砂利の採掘、販売開始。
1921年(大正10年)茅ヶ崎駅~寒川駅間が開業。
1926年(大正15年)倉見駅、厚木駅と延伸開業して神中鉄道と接続しました。
1931年(昭和6年)橋本駅まで開業して、全通しました。
しかし、業績不振のため沿線に工場を有していた昭和産業(小麦粉・食用油)が経営権を取得することになりました。
ところが、1941年(昭和16年)に昭和産業社長が急逝してしまい株式を放出、東京横浜電鉄(五島氏)がこれを取得。
これで相模鉄道は東京横浜電鉄の傘下となっちゃったんですね。
・神中鉄道(じんちゅうてつどう)
1917年(大正6年)創立総会を開催し、神中軌道として設立。
1919年(大正8年)神中鉄道へ商号変更し、軽便鉄道となりました。
1923年(大正12年)路線の変更を申請。
起点を厚木駅、二俣川駅~現:星川駅・現:天王町駅を経由して終点を現:横浜駅としました。
1926年(大正15年)二俣川駅~厚木駅間を開業し、同年さらに上星川駅まで延伸開業。
厚木駅では相模鉄道と接続し、相模川の砂利輸送も開始。
※この相模川で採取された良質な砂利が会社を支えて行くことになるんですよね。
1927年(昭和2年)星川駅まで延伸開業。
1929年(昭和4年)西横浜駅まで延伸開業しましたが、業績は低迷したままでした。
1931年(昭和6年)西横浜駅~平沼橋駅まで省線(国鉄)の側線を借り受けて営業。
1933年(昭和8年)横浜駅まで延伸開業しましたが、業績は低迷して開業以来の赤字がさらに拡大してしまいます。
1939年(昭和14年)赤字の拡大が止まらず、横浜駅で接続していた東京横浜電鉄(五島氏)の傘下になります。
1941年(昭和16年)相模国分駅~海老名駅間が開業し、旅客輸送を切換え。相模国分駅~厚木駅間は貨物線(厚木線)となる。
同時に小田急小田原線の本厚木駅へ片乗り入れを開始。のちに1964年(昭和39年)まで乗り入れしています。
=相模鉄道による神中鉄道の吸収合併=
1941年(昭和16年)東京横浜電鉄(東京急行電鉄)の傘下になった両社はそれぞれ経営再建を目指すことになりました。
1943年(昭和18年)さらなる経営合理化のため、相模鉄道が神中鉄道を吸収合併します。
これにより路線網は「相模鉄道相模線」と「相模鉄道神中線」となりました。
そして1944年(昭和19年)戦時体制下に「相模鉄道相模線」は国有化されて、路線は「相模鉄道神中線」のみとなりました。
経営基盤であった「相模鉄道相模線」を失った上、厚木飛行場の開設などに伴って乗客・貨物輸送が急増してしまい、もはや輸送力が限界となります。このような状況になり、もはや相模鉄道自体では到底、手が負えません。
そこで、1945年(昭和20年)から1947年(昭和22年)まで、親会社の東京急行電鉄(五島氏)へ鉄道事業一切を委託してこの危機を乗り切る事になりました。これにより当時は「東急厚木線」「東急神中線」と呼ばれていたそうです。
=独立と買収の危機=
戦後の動乱期も落ち着きが見えてきた1947年(昭和22年)、東京急行電鉄から派遣されていた、元小田急常務(川又氏)ら役職員は経営の民主化を理由に、相鉄の発行済み株式の約70%を取得して、東京急行電鉄から独立を果たします。
これで相模鉄道は新たに、戦後の再スタートを切ることになったわけなんですね。
1952年(昭和27年)相模鉄道は戦後、横浜駅西口の広大な土地を米国のエクソンモービルから買収します。
これがのちに横浜高島屋・相鉄ジョイナス・横浜ステーションビルといった相鉄グループの商業施設、ダイヤモンド地下街を開発して鉄道事業を超える大きな収益源になりました。
実はこの前年の1951年(昭和26年)には東京急行電鉄(五島氏)が小田急を通じて、相模鉄道を買収する方針である事が伝えられていたんですね。
この買収工作で3割近くの株式を小田急が取得してしまい、当然、相模鉄道(川又氏・穴水氏)は憤慨することになります。
これを敵対的買収として、帝国銀行(のちの三井銀行)を後ろ盾に、防戦資金を融資。株式の第三者割り当てによる資本金倍増案を僅差で可決して、買収計画は阻止されることになりました。
しかし、この買収計画が失敗した後も小田急電鉄は買収計画を諦めず、引き続き筆頭株主の地位を盾に経営に口を挟み続けたんですね。
そこで、相模鉄道は1951年(昭和26年)に公正取引委員会に審査を申し立てます。
この事態収拾のために国鉄(長崎総裁)、相鉄(川又氏)、小田急(安藤氏)の3社が協議を行い、3カ条の覚書が交わされました。
結果、小田急は徐々に株式の売却を進め、ようやく2021年(令和3年)になって筆頭株主から外れることになりました。
※ちなみにこの時に活躍した川又氏は池上電気鉄道時代に東京急行電鉄(五島)の目黒蒲田電鉄に吸収合併された苦い経験があったというのも不思議な話なんですよね。
=その後の発展=
相模鉄道は親会社である東急から電力の支援を受けて全線電化へと邁進します。
1942年(昭和17年)東急東横線から配電(600V)を受ける。(横浜駅~西谷駅間)
1943年(昭和18年)東急小田原線から配電(1,500V)を受ける。(海老名駅~相模大塚駅間)全線電化完成。
1946年(昭和21年)経営委託先の東急の費用負担で京急本線からの配電へ切換。全線1,500Vとなる。
1949年(昭和24年)厚木貨物線(現:厚木線)電化完成。
1951年(昭和26年)西横浜駅~上星川駅間の複線化。翌1952年(昭和27年)までに希望が丘駅まで複線化。
1957年(昭和32年)西横浜駅~横浜駅間の複線化。
1960年(昭和35年)大和駅まで複線化。
1966年(昭和41年)さがみ野駅まで複線化。
1967年(昭和42年)かしわ台駅および車両基地まで複線化。
1973年(昭和48年)相模国分(信号所)まで複線化。
1974年(昭和49年)海老名駅まで複線化され本線の全線複線化が完成。
=砂利採取販売業=
実は鉄道業とともにもうひとつの経営の柱として、長らく相模鉄道を支えたのが川砂利の採取販売業だったんですね。
相模川の砂利は品質が良くて、コンクリート構造物の骨材として需要が高かったんです。
関東大震災後の復興特需にはじまり、戦後の復興事業、高度経済成長期まで、さらには相模川以外での砂利採取販売業を続けて2016年(平成28年)まで相鉄を支え続けていたんですね。
同年に相鉄鉱業株式会社は松上産業株式会社に砂利業を譲渡して97年間、続いた砂利採取販売業から完全に撤退しました。
=新線=
1958年(昭和33年)横浜市瀬谷区杉田から二俣川を通って原町田への路線を申請。
しかし、米軍上瀬谷通信施設の電波障害問題で難航。
1967年(昭和42年)都市交流審議会の答申に沿う形で二俣川から平塚市方面へ新線の免許を申請。
1976年(昭和51年)二俣川駅~いずみ野駅間が開通。
1990年(平成2年)いずみ中央駅まで延伸開業。
これにより日本民営鉄道協会による大手としての要件を満たしたことから大手民鉄として認定されました。
国鉄末期には相模線を相鉄に返還譲渡するよう検討されたが、当時は非電化で営業係数が400近いため破談になっています。
※現在でも未成線として相鉄いずみの線「湘南台駅~平塚駅(14.5km)」の計画があります。
=バブル崩壊後=
大きくなった相鉄グループは再編され、不採算事業からの撤退・売却、分社化(相鉄バス、相鉄不動産)が行われました。
2009年(平成21年)グループ統括事業を相鉄ホールディングスに任せて、鉄道事業は分社しています。
相模鉄道株式会社の商号を相鉄ホールディングスに変更して、鉄道事業は「株式会社大関」が継承するカタチとなりました。
現在、相模鉄道の親会社で法人格をもつ、この「株式会社大関」の起源は横浜駅西口のダイヤモンド地下街の開業とともに開店した小料理屋「大関酒造」なんですね。※兵庫県西宮市にある酒造会社「大関株式会社」とはまったく関係ありません。
一時休眠会社となっていた「大関酒造」を2009年(平成21年)1月に「相鉄準備会社株式会社」へ商号を変更して、同年9月に「相模鉄道株式会社」に再度、商号変更して相鉄ホールディングスから鉄道事業を継承しています。
2019年(令和元年)相鉄新横浜線(西谷駅~羽沢横浜国大駅間)が開業。
これにより相鉄・JRの直通運転を開始。
2023年(令和5年)相鉄新横浜線(羽沢横浜国大駅~新横浜駅間)が開業。
これにより東急電鉄・東京地下鉄・東京都交通局・埼玉高速鉄道・東武鉄道との直通運転を開始。
同時に本線・いずみ野線の正式名称を相鉄本線・相鉄いずみ野線に改めています。
=相鉄の現在=
相鉄ホールディングス傘下での相模鉄道の割合は下記のとおりになります。
・売上高
流通業(相鉄ローゼン他):32.4%
不動産業(相鉄不動産他):24.3%
ホテル業(相鉄ホテル他):22.9%
運輸業(相模鉄道・バス):14.9%
その他 :5.5%
・営業利益
不動産業(相鉄不動産他):50.3%
ホテル業(相鉄ホテル他):33.3%
運輸業(相模鉄道・バス):12.9%
その他 :3.5%
相鉄ホールディングスの売上高の半分以上を不動産業(相鉄不動産他)が占めているんですね。
会社において、運輸業(相模鉄道・相鉄バス)の占める割合がいかに少ないかが良くわかっちゃいました。
また、全国展開しているビジネスホテルのホテルサンル-トが相鉄の子会社になっていたとはまったく知りませんでした。
※割合の数値は2025年3月期の決算内容になります。
=直通運転=
相模鉄道はJR・東急・東京メトロ(副都心線~東武東上線、南北線~埼玉高速鉄道線)・都営地下鉄へ直通運転を行っています。
・JR東日本「埼京線・川越線(羽沢横浜国大駅~大崎駅~大宮駅~川越駅)」相鉄車は池袋まで。
・東急電鉄「東横線(東京メトロ副都心線・東武東上線)」 相鉄車は和光市まで。
・東急電鉄「目黒線(東京メトロ南北線・埼玉高速鉄道)」 相鉄車は全線。
・東急電鉄「目黒線(都営地下鉄三田線)」 相鉄車は全線。
※ダイヤが乱れた時はこの限りではないようです。
=Bトレインショーティー相模鉄道「新7000系」の入線整備=
さて、相模鉄道という鉄道会社の概要が少しわかったところでいつもの入線整備をはじめます。
さぁ!道具を揃えて4両一気に分解整備しちゃいましょう~
ぱっと見が東葉高速鉄道に見えちゃうところが悲しいサガですよね~w
車体はもちろん。台車のレリーフに至るまで完璧にバリがキレイに取られていました。
良質な車両を譲渡して頂きありがとうございました。
(わずかでも手を出せる余地が欲しかったりしてw)
さぁ!デカールを貼って4両編成で活躍してもらいましょう。
車番はVVVFインバータ車の7751編成から組成させてもらいました。
横浜方←7751-7351-7651ー7551→海老名・湘南台方
ち~ばの「沼南」じゃなくて本物の「湘南台」行きですよ~www
=新7000系の主要諸元=
製造会社:日立製作所
製造年:1986年(昭和61年)~1989年(平成元年)
製造数:60両
軌道:1,067mm(狭軌)
電気方式:直流1,500V(架空電車線方式)
最高運転速度:100km/h
設計最高速度:100km/h
全長:20,000mm
全幅:2,800mm
全高:4,122mm(モハ7100形)
車体:アルミニウム合金
台車:抵抗制御「KH-59B(電動車)、KH72A1(付随車)」・VVVF「KH-132A(電動車)、KH-135(付随車)」
主電動機:直流直巻電動機・かご形三相誘導電動機
主電動機出力:130kWまたは180kW
歯車比:4.50または4.90
制御方式:抵抗制御・VVVFインバータ制御
制動装置:回生ブレーキ併用電磁直通弁式空気ブレーキ
保安装置:相鉄型ATS、デッドマン装置、ATS-P、EB装置
=新7000系の概要=
1986年(昭和61年)から1989年(平成元年)にかけて投入された編成(第12次増備車以降)になります。
前面のスタイルが大幅に変更された事から、従来の7000系に対する視覚的な区別から新7000系と呼ばれています。
初期の2編成は機器面で従来の7000系と大差がなかったのですが、1988年(昭和63年)以降に導入された編成では機器面が大幅に刷新され、その後、導入された多くの機能は後に8000系・9000系にも採用されました。
=車体関係=
相鉄車両としては初の1970年代後半より流行したブラックフェイスを採用しています。
これにより従来の7000系からライト位置の変更、運用番号表示幕・種別表示幕が小型になりました。
急行灯も設置されましたが、後年使用されなくなっています。
側面では上下のアルミ製飾り帯をやめて、窓下へのフィルムステッカーに変更されました。
また側面には行き先表示は無く、7000系と同様に種別表示のみとなっています。
編成は6両+4両が2本、5両×2本が1本、10両貫通固定編成が3本になっています。
実質10両固定編成での運用ですが、中間に入る制御車の機器類は撤去されていません。
また、この10両貫通固定編成は相鉄では初めての投入になりました。
=車内設備=
・7713×10:7000系とほとんど変わりありませんが、客用ドアの上部に地図式の旅客案内表示器を千鳥配置
・7715×10:車内天井の扇風機がラインデリアに変更、天井構造も平天井にモデルチェンジ。
・7755×10:5号車・8号車にセミクロスシートを試験的に設置して、その後8000系・9000系にも採用。
=運転・走行機器=
当初製造された、6両+4両の2本(20両)は抵抗制御でMT比は6M4Tで編成が構成されています。
この2本は7000系と同様の走行設備なので7000系の続き番号になっています。
ところが1988年(昭和63年)以降に投入された編成は、3000系電車で試験されたGTO素子によるVVVFインバータ制御の性能が良好だったことから、7050系や7000系50番台として区別されています。
主電動機も一新され、かご形三相誘導電動機(出力180kW)を装備して、歯車比も変更(4.5→4.9)した4M6Tとなりました。
車軸への動力伝達は相鉄伝統の直角カルダン駆動方式を採用。
電動車の減車には成功しましたが、降雨・降雪時に十分な粘着力が得られず、滑走が発生しやすくなってしまいました。
また、ブレーキ方式は電磁直通弁式電磁直通ブレーキとなり、初の回生ブレーキ付きとなりましたが、作用機構が複雑であったために本系列だけの採用に留まっています。
さらに、VVVFインバータ車両なので交流電動機を採用しているにも関わらず、台車の直上床に主電動機点検蓋(トラップドア)が設置されています。(なぜか9000系まで設置されているんですね)
=編成表=
抵抗制御車
←横浜 海老名・湘南台→
・7713-7149-7150-7151-7152-7514+7714-7153-7154-7515
・7715-7155-7156-7157-7158-7516+7716-7159-7160-7517
VVVFインバータ制御車
←横浜 海老名・湘南台→
・7751-7351-7651ー7352ー7551+7752ー7353ー7652ー7354ー7552
・7753ー7355ー7653ー7356ー7654ー7655ー7357ー7656ー7358ー7553
・7754ー7359ー7657ー7360ー7658ー7659ー7361ー7660ー7362ー7554
・7755ー7363ー7661ー7364ー7662ー7663ー7365ー7664ー7366ー7555
=運用=
抵抗制御車のように6+4と5+5と分割可能な編成もありましたが、基本的に10両編成で運用されました。
2007年(平成19年)7751×10編成(5+5)に貫通路が設置され10両貫通編成になった。また、7713、7715編成も同様になった。
その後、7000系は新旧ともに「YOKOHAMA NAVYBLUE」への塗装変更の対象外となり、新型車両の20000系・12000系によって置換えが進み全車が廃車解体されました。
・7713編成は2009年(平成21年)頃に8両化、2019年(平成31年)廃車解体。
・7715編成は2008年(平成20年)頃に8両化、2019年(平成31年)廃車解体。
・7755、7753、7751、7754編成は2020年(令和2年)廃車解体されました。
新7000系は全車が廃車解体されてしまい保存車両はありません。
しかし、旧7000系は4両が事業用車に改造され700系モヤ700形として活躍しています。
=まとめ=
ほとんど相鉄グループという会社の勉強会になってしまいましたw
「相鉄ホールディングス」という大きな会社の一部門として活躍している相模鉄道。
いくら大手私鉄と言えども全体からみれば、わずかな部分を占めるに留まっていることがよくわかりました。
日本全国の大手私鉄はどこも運輸業を中心とした不動産業・観光業・流通業の各部門の発展が欠かせないんですね。
さて、ヒョンな事から手を出してしまった、相模鉄道の車両。
これからもいろいろな面から勉強して、さらに入線時に楽しませてもらおうと思います。
やはり日本一のカオスな鉄道会社と言えば「名古屋鉄道」略して「名鉄」ですよね。
そんな「名鉄」の中でも、一段と謎な「名車?迷車?」1700系と2200系を入手することが出来ましたのでご紹介します。
入手した1700系(特別車)2両は「ク1600形」と「サ1650形」になります。
ありゃぁ~?これだと動力車がないじゃないですかぁ~・・・
そこで、当社線では「サ1650形」に2200系と同じ170kwの主電動機を装着したとして「モ1651(空想)」になってもらいましたw
そしてわずか9年で消滅してしまった「ク1600形」は大切に運行しようと思います。(まぁ~走りませんけどw)
さて、入手した2200系(一般車)は「モ2303」と「サ2354」になります。
なぜか?異編成からの車両になりますけど・・予備のデカールも無いのでこのまま我慢ですね。
今後はデカールだけでも入手して出来れば「1700系」共々、号車をしっかり割り振りたいですね。
どちらのモデルもBトレ最終時期の製品なんで、新SGシャーシでブロック部分の形状が違いました。
さぁ!年末年始はTVも見ないし、分解作業がとても捗りますw
年を跨いで分解するなんで・・なんかワクワクしちゃいますよね?www
特別車の「1700系」(上)と一般車の「2200系」(下)
正面フェイスが違っているので眺めて楽しい編成の完成です。
「特別車(1700系)」側からの展望がコチラです。
「一般車(2200系)」側からの展望はコチラになります。
ショーティーモデルながら細かい造形で違いがハッキリ出るので眺めて楽しい編成が出来上がりました。
=1700系の概要=
そもそも1700系は特急指定席車の一部に使用されていた7000系白帯車の置き換えを目的に1600系として導入されています。
1000系と同様に「パノラマSuper」の車両愛称を持っていましたが、残念ながら展望席はありませんでした。
本系列は中部国際空港への旅客輸送と当時の有料特急における昼間時間帯の輸送力の適正化を考慮して、従来の1000系よりも1両少ない3両編成を基本に構成されました。
3両編成4本の12両が投入され、7000系白帯車が有料特急から退役。
同年のダイヤ改正から「指定席車」も「特別車」に改称されたため、全車「特別車」の編成として運行されたんですね。
さらに常滑線・空港線での速度アップを図るため、車両傾斜システムの装備取り付けを前提として車体幅を2,700mmに抑えています。また、側溝の内傾角度と裾の絞りを大きくして、裾の台枠部分のみ垂直としました。
1000系と同じ20m級の車体ながら、台車中心間を短くしてオーバーハングを長く取ったことから吉良吉田駅(ホームがカーブ上にある)にも入線可能となりました。
側窓は連続型の側窓に復活して、天地寸法は850mm、窓框高さは715mm、床面高さは1,140mmとなっています。
また、側扉は乗降時の時間短縮を図るため、両開き式開口幅1,000mmが採用されています。
塗装はアイボリーホワイトをベースに赤いラインが入ったもので、裾部はベージュのラインが入る1000系と共通となっています。
貫通扉下には行灯式のヘッドマークが装備され、灯火類は1000系と同様の3連式ですが、形状が異なっています。
さらに横長のLED標識灯(尾灯)がスカートの付け根付近に備わりました。
先頭部は自動幌連結装置を備えた貫通式で、先頭車の貫通式は200系以来5年ぶりとなりました。
これにより2本の編成を連結して6両編成の運用でしかも編成間の自由な往来が可能になる予定なのでしたが・・・
先頭部前位の大きなオーバーハングに対して幌の設計が適切でなかったため、試運転時に国府駅構内の分岐器を通過する際に自動幌連結装置が破損する欠陥が発覚し、使用できない状態となってしまいました。
しかし、その後の2005年(平成17年)夏の臨時ダイヤ(空港線輸送力増強)を前に自動幌連結装置の改良が施されて、ようやく使用可能となりました。
屋根の高さは3100系以降の車両限界拡張に基づいて1000系より65mm高くなりました。
その後、車体断面形状は2000系・2200系などにも受け継がれているんですね。
冷房装置は集約分散型で1000系と同じ15,000kcal/h×2基を装備(型式:RPU-6015)、ロスナイ併用だが室外機カバーは連続形になっています。
転機が訪れたのは2008年(平成20年)12月のダイヤ改正の時になります。
名鉄は2000系「ミュースカイ」を除いて「全車特別車」の特急を廃止する方針に大きく舵をきりました。
これにより当然、「全車特別車」3両編成だった1600系は、新たに「一部特別車」の編成へと改造する事が決まります。
そこで、「全車特別車」だった3両編成の中の2両、モ1700形とサ1650形を改造して「一部特別車」2両とし、整備することになりました。
そうして新たに製造された一般車の2300系(4両編成)を連結して「一部特別車」(6両編成)を組成することになりました。
こうして「一部特別車」(6両編成)の「特別車」となった、モ1700形とサ1650形は方向転換を行って、豊橋・中部国際空港方に連結されています。
これでこの組成変更により新造からわずか9年しか経っていない、ク1600形(4両)が余剰になってしまったんですね。
結局、付随先頭車であるク1600形は流用・転用先も見つける事が出来ず、廃車されることとなってしまいました。
しかし、そこは古い車両を大切にいつまでも使う「名鉄」さんw
台車・電動空気圧縮機・蓄電池などの一部の機器は「一般車」として新造された2300系に転用されています。
また、モ1700形に設置されていた自動解結装置および制御盤もモ2300形に移設されしっかり利用されています。
こうして、モ1700形は新たに1700系の系列番号に変わりましたが、中間付随車の1650形はそのまま改番すらされていません。
また、この「一部特別車」(6両編成)は2300系(主電動機出力170kw)との編成により、モ1700形(主電動機出力200kw)はそのままでは過剰性能になってしまいます。
そこで1700系は2300系の加速性能に合わせて、VVVFインバータ装置の制御プログラムを変更して対応しているんですね。
なお、歯車比の変更はありませんでした。
=1700系の改造=
2016年(平成28年)2200系と同様に「特別車」のモ1700形・サ1650形の荷物置き場撤去・座席増設工事が行われました。
また、これと同時期に1700系全編成のデザイン変更が完了しています。
=1700系の終焉=
2019年(令和元年)度以降に1700系の置換え用として、新たに「特別車」となる2200系30番台が製造されました。
これに伴って、2020年(令和2年)2月に1703F(モ1703・サ1653)と1704F(モ1704・サ1654)が廃車されました。
その後、1701F(モ1701・サ1651)が運用離脱、1702F(モ1702・サ1652)は翌、2021年(令和3年)1月に引退記念のさよなら列車として運転されました。
どちらの編成も2月には解体され、1700系は完全に姿を消してしまいました。
この1700系に改造されてから12年、1600系時代から含めてもたったの22年の短命に終わってしまったんですよね。
=1700系の主要諸元=
製造会社:日本車輛製造
製造年:1999年(平成11年)「1600系」
改造年:2008年(平成20年)「1700系」
製造数:3両編成4本
運用編成:6両編成「2両(1700系)+4両(2300系)」
運用開始:2008年(平成20年)12月
運用終了:2021年(令和3年)2月
廃車:2021年(令和3年)
軌間:1,067mm(狭軌)
電気方式:直流1,500V(架空電車線方式)
最高運転速度:120km/h
設計最高速度:145km/h
起動加速度:2.3km/h/s(70km/hまで)
減速度(常用):3.5km/h/s
減速度(非常):4.2km/h/s
編成定員:584名(座席定員263名)
編成重量:74.4t
全長:20,265mm(先頭車)、19,600mm(中間車)
全幅:2,700mm
全高:3,590mm(屋根高)、3,960mm(冷房装置上面)、4,060mm(パンタグラフ折畳)
主電動機:かご形三相誘導電動機(TDK-6381-A:東洋電機製造)
主電動機出力:200kw×4
駆動方式:TD変更カルダン駆動方式
歯車比:6.07
制御装置:SVF032-B0(東芝製)1701F・1702F
MAP-174-15V78(三菱電機)1703F・1704F
=2200系の概要=
2005年(平成17年)中部国際空港開港に合わせ、全車特別車の2000系(ミュースカイ)を補完する「一部特別車」(特別車+一般車併結)の特急用車両として登場しました。
基本設計は2000系(ミュースカイ)に準じて、車体塗装は従来からの名鉄特急のブランドイメージを引き継いだ「名鉄スカーレット」を採用しています。
前面の構造は非貫通構造にも関わらず、貫通扉を持つ2000系(ミュースカイ)と外観を合わせるために扉の中央部に窓ガラスを配置し、マジックミラー仕様になっているワンウェイシートを貼り付けて運転士の視界を確保しつつ、目立たなくさせています。
また、モ2300は将来の増結運用に備えて幌装置を設けるスペースが確保されているんですね。
特別車(豊橋方2両)は各車両片側1,000mmの2つドアで、一般車(岐阜方4両)は各車両片側1,300mmの3ドアになっています。
側面の行先表示器は2000系と同じオーロラビジョンR-STAYが設置されました。
=2200系の特別車=
基本的に2000系(ミュースカイ)と同様で、座席は2+2の回転式リクライニングシートを装備しています。
2号車にはトイレと洗面台が設置されています。
=2200系の一般車=
基本的に3300系通勤型電車を基本として、座席は転換クロスシートとロングシートをドア間毎に交互に配置するセミクロスシート配置し、中間車はクロスシートとロングシートの割合が約半々ですが、先頭車は乗務員室の関係で多少異なっています。
また、この中間車には車掌が車内巡回中にも停車駅での客用ドア開閉と出発合図が可能なように戸閉めスイッチと連絡用ブザーが設置されています。
=2200系の機器類=
装着する機器類は当時、増備されていた通勤形電車の3300系と共通化されています。
VVVFインバータ制御装置はIGBT素子の三菱電機製と東芝製を採用していますが、両社間で共通設計になっています。
本制御装置は1台で主電動機2台を制御するもので電動車1両に付き主電動機が4台、制御装置が2台設置います。
また、主電動機は東洋電機製造製の170kwを採用しており、3500系以降の名鉄VVVF車両(1700系は除く)に共通しています。
台車は住友金属工業製のSUミンデン式台車でボルスタレス構造・踏面ブレーキ・ヨーダンパを採用しています。
また、車輪直径は電動車が810mm、付随車が860mmで特別車には防音車輪を採用して静粛性を向上させています。
ブレーキシステムは回生ブレーキ付の電気指令式空気ブレーキで停止直前まで回生ブレーキが作動する純電気ブレーキ機構が搭載されています。
運転台は基本的に2000系と同様ですが、先頭部分が非貫通構造なのでスペースに余裕があり、一部スイッチ類が中央部に置かれています。
ちなみにマスターコントローラーは加減速一体型のハンドルを右手で動かすワンハンドルタイプになっています。
=2200系の車両の変革=
・1次車
2004年(平成16年)2201F~2204F
特別車が2次車と比較して1列多く、荷物置き場は少なかった。
そのため、2次車落成時に1人掛け座席を車椅子対応席として残し、撤去して荷物置き場を増設しています。
また、座席背面にはチケットホルダが取り付けられました。
・2次車
2007年(平成19年)2205F~2209F
犬山線・河和線系統への特急の約半数を「一部特別車」として運行するために増備されました。
特別車は車椅子対応席以外の1人掛け席が荷物置き場となって窓配置が変わっています。
当初より、座席背面にはチケットホルダを装備しています。
一般車は通路幅の拡大、つり革増設で編成(一般車4両)の定員が10名増えています。
天井の蛍光灯間のパネルがFRP製からアルミデコラに変更されました。
・3次車~5次車
2015年(平成27年)2210F、2211F、2016年(平成28年)2212F、2018年(平成30年)2213Fが該当します。
正面下部のスカート形状が変更され、塗装もスカーレットに変更。側面窓下にもスカーレットのラインが追加されました。
特別車の号車表記装飾は廃止、側面の行先表示器はフルカラーLED方式に変更されました。
内装では特別車の1号車・2号車に座席を追加設置して各号車の定員が1名ずつ増加しました。
一般車では車内案内表示装置が3色LEDからLCD方式に変更されました。
・6次車、7次車
1700系の置換え用として2019年(令和元年)、2020年(令和2年)にそれぞれ特別車2編成4両が製造されました。
特別車の2号車豊橋方に車椅子スペースを設置、ドア上のランプ設置、ドアチャイムの音色変更。
この6・7次車は「2200系特別車」として、製造元の日本車輛製造においては「2230系」と表記されています。
=2200系の改造=
2015年(平成27年)から特別車のモ2200形・サ2250形の荷物置き場を撤去して、座席の増設工事が行われました。
また、乗務員室からの視認性向上のため車体前面に貼られていたワンウェイシートも順次撤去されています。
=2200系の主要諸元=
製造会社:日本車輛製造
製造年:2004年(平成16年)~2020年(令和2年)
製造数:6両編成17本「合計102両」
運用開始:2005年(平成17年)1月~
編成:6両編成(特別車2両+一般車4両)
軌間:1,067mm(狭軌)
電気方式:直流1,500V(架空電車線方式)
最高速度:120km/h
設計速度:130km/h
起動加速度:2.3km/h/s(65km/hまで)
減速度(常用):3.5km/h/s
減速度(非常):4.2km/h/s
編成定員:特別車89名+一般車481名(座席定員192名)
編成重量:206.1t
全長:特別車19,600mm(19,415mm:先頭車)、一般車18,830mm(18,630mm:先頭車)
全幅:2,700mm
全高:3,638.5mm(屋根高)、冷房装置上面:4,038.5mm(特別車)、4,054.5mm(一般車)、パンタグラフ折畳:4,095mm
台車:ボルスタレス台車
主電動機:かご形三相誘導電動機(TDK6382B:東洋電機製造)
主電動機出力:170kw×4
駆動方式:WNドライブ
歯車比:5.65
編成出力:2,040kw
制御方式:IGBT素子VVVFインバータ制御
制御装置:MAP-174-15V130A/B/C(三菱電機)、SVF072-C0/G0(東芝)
制動装置:回生制動併用全電気指令式電磁直通空気作動
保安装置:Ⅿ式ATS
=編成表=
・1600系(パンタグラフはサ1650・モ1700に装備)
←豊橋 岐阜→
ク1601+サ1651+モ1701 落成日 1999年(平成11年)4月
ク1602+サ1652+モ1702 落成日 1999年(平成11年)4月
ク1603+サ1653+モ1703 落成日 1999年(平成11年)4月
・1700系(パンタグラフはモ1700・モ2450・モ2300に装備)
※モ1700形・サ1650形は方向転換の上、サ1650形はパンタグラフ撤去。
←豊橋・中部国際空港 岐阜→
モ1701+サ1651+サ2431+モ2481+サ2381+モ2331 「一般車」落成日 2008年(平成20年)10月
モ1702+サ1652+サ2432+モ2482+サ2382+モ2332 「一般車」落成日 2008年(平成20年)10月
モ1703+サ1653+サ2433+モ2483+サ2383+モ2333 「一般車」落成日 2008年(平成20年)11月
モ1704+サ1654+サ2434+モ2484+サ2384+モ2334 「一般車」落成日 2008年(平成20年)11月
※2020年(令和2年)2月:モ1703・サ1653、モ1704・サ1654が廃車されました。
※2021年(令和3年)2月:モ1701・サ1651、モ1702・サ1652が廃車されました。
・2230系(パンタグラフはモ2230・モ2480・モ2330に装備)
※モ1700形・サ1650形は廃車。2230系30番台に置き換わりました。
←豊橋・中部国際空港 岐阜→
モ2231+サ2281+サ2431+モ2481+サ2381+モ2331 「特別車」落成日 2020年(令和2年)11月:7次車
モ2232+サ2282+サ2432+モ2482+サ2382+モ2332 「特別車」落成日 2020年(令和2年)11月:7次車
モ2233+サ2283+サ2433+モ2483+サ2383+モ2333 「特別車」落成日 2019年(令和元年)12月:6次車
モ2234+サ2284+サ2434+モ2484+サ2384+モ2334 「特別車」落成日 2019年(令和元年)12月:6次車
・2200系(パンタグラフはモ2200・モ2450・モ2300に装備)
←豊橋・中部国際空港 岐阜→
モ2201+サ2251+サ2401+モ2451+サ2351+モ2301 落成日 2004年(平成16年)12月:1次車
モ2202+サ2252+サ2402+モ2452+サ2352+モ2302 落成日 2004年(平成16年)12月:1次車
モ2203+サ2253+サ2403+モ2453+サ2353+モ2303 落成日 2005年(平成17年)1月:1次車
モ2204+サ2254+サ2404+モ2454+サ2354+モ2304 落成日 2005年(平成17年)1月:1次車
モ2205+サ2255+サ2405+モ2455+サ2355+モ2305 落成日 2007年(平成19年)6月:2次車
モ2206+サ2256+サ2406+モ2456+サ2356+モ2306 落成日 2007年(平成19年)6月:2次車
モ2207+サ2257+サ2407+モ2457+サ2357+モ2307 落成日 2007年(平成19年)6月:2次車
モ2208+サ2258+サ2408+モ2458+サ2358+モ2308 落成日 2007年(平成19年)6月:2次車
モ2209+サ2259+サ2409+モ2459+サ2359+モ2309 落成日 2007年(平成19年)6月:2次車
モ2210+サ2260+サ2410+モ2460+サ2360+モ2310 落成日 2015年(平成27年)4月:3次車
モ2211+サ2261+サ2411+モ2461+サ2361+モ2311 落成日 2015年(平成27年)5月:3次車
モ2212+サ2262+サ2412+モ2462+サ2362+モ2312 落成日 2016年(平成28年)4月:4次車
モ2213+サ2263+サ2413+モ2463+サ2363+モ2313 落成日 2019年(令和元年)2月:5次車
※太字は特別車(豊橋・中部国際空港方2両)、細字は一般車(岐阜方4両)
=運用区間=
2024年ダイヤ改正以来の運用区間は下記のとおりになります。
・名古屋本線:全線
・豊川線:全線(平日朝の2往復)
・常滑線・空港線:全線
・河和線:全線
・知多新線:全線(1日1往復)
・犬山線:全線
※快速急行以下の列車に充当される事もあるが、その場合は「特別車」は締切扱いとなり、一般車のみ利用可能となります。
=まとめ=
そもそも当時の需要と供給に臨機に対応すべく3両編成で登場した、全車特別車の1600系だったんですが・・
時代の変化と特急車両の運行形態の大きな変更を受けて、その方針に大きく翻弄されてしまったんですね。
本当にわずか9年で廃車となってしまった、ク1600形は歴史ある名鉄の中でも異例な短命の車両になってしまいました。
現在では当たり前のように運行されている「一部特別車」の編成にもこんな歴史があったんですね。
すっかり2230系にその座を譲ってわずかな期間の活躍で終わってしまった1700系でしたが、その車体には試験的に車体傾斜機器を装着したり、2000系ミュースカイにも生かされた技術の数々を生み出した大切な車両でした。
車体こそ廃車されてしまいましたが、その機器類は現在でも2230系として活躍を続けていますので応援したいもんです。
2025年の年末最後の入場車両は南海電車のラピートでした!
鉄道車両としては異端中の異端!稀に見る独特な形状の先頭車だけあって迫力は満点ですね。
そういえば今年の初の車両も南海電車の特急「こうや号」(現:こうや)でした。
この南海電鉄ラピートのBトレインショーティはいろいろとカラーリングがされている出品車両はあるのですが・・・
ようやく通常塗装の車両を入手することが出来ました。
入手したのは完成品でジャンク品の4両編成と未組立品の先頭車2両になります。
まずは未組立品の先頭車2両の制作に入ります。
いやぁ~しかし改めて見るとホント独特な形状ですね。
しかし、うまく考えられた形状ですよね~。
これは模型化するのに金型設計が大変だったでしょうね。
並べてみると・・・こりゃぁ~確かにクールジャパンそのものですね!
完成車の4両編成も分解・整備します。
今回も下回りを中心にバリ取りと若干のハメ合わせの修正で終了となりました。
未組立品の先頭車2両と組み替えて4両編成が完成しました。
編成番号は組立説明書の見本になっていた50503編成にしてみました。
車体番号はクハ50503ーモハ50003ーモハ50203ークハ50703になります。
おぉ!なんと超豪華!4両編成なのにスーパーシート車両が2両も投入しちゃいましたw
=概要=
南海ラピートは1994年(平成6年)9月に開港する関西国際空港に合わせて投入されました。
東急車輛製造で一気に6両編成6本が制作されていて、もちろん現在も活躍中です。
さすがに従来の鉄道車両とは一線を画した斬新なデザインが話題を呼んで海外からも注目を浴びました。
翌1995年(平成7年)には南海電鉄の車両としては初となる「鉄道友の会ブルーリボン賞」を受賞しています。
=開発の経緯=
1994年(平成6年)9月に関西国際空港の開港が決まり南海電気鉄道も空港へのアクセス鉄道とすることが決まりました。
1991年(平成3年)時点では11000系のような空港特急を投入するつもりでしたが、翌1992年(平成4年)に大きく方針を転換。
関西の新しい発展に相応しく、南海の企業イメージをリーダーする役割を担った新特急車両になるように東急車輛製造をはじめ、
プランナーとして都市計画家・建築家を含めた4者共同での開発になりました。
なんと!車体のカラーリングは当時の担当者が1993年(平成5年)当時WRC(世界ラリー選手権)に参戦していたスバルインプレッサWRX555(GC8型)のメタリックブルーの塗装(スポーツブルー)からヒントを得たとの事でした。
きっとラリーファンな担当者さんだったんでしょうねwww
=南海ラピート(50000系)主要諸元=
製造会社:東急車輛製造
製造年:36両
運用開始:1994年(平成6年)
投入先:南海本線(難波~泉佐野間)・空港線
編成:6両編成
軌間:1,067mm(狭軌)
電気方式:直流1,500v(架空電車線方式)
最高速度:本線 110km/h、空港線:120km/h
設計最高速:120km/h
起動加速度:2.5km/h/s
減速度(常用):3.7km/h/s
減速度(非常):4.0km/h/s
編成定員:252人
車両定員:クハ50701形+モハ50201形+サハ50601形+モハ50101形+モハ50001形+クハ50501形
44人+60人+46人+48人+31人+23人
編成重量:219t
全長:21,750mm(先頭車)
20,500mm(中間車)
全幅:2,850mm
全高:4,140mm
車体:普通鋼
台車:ボルスターレス台車SUミンデン式(SS-137・SS-037)
なお、電動車は全車更新されモノリンク式(SS-189M)
主電動機:かご形三相誘導電動機(TDK-6311-A)
主電動機出力:180kw
駆動方式:TD平行カルダン駆動方式
歯車比:6.07
編成出力:2,160kw
制御方式:VVVFインバータ制御 IGBT素子(※当初はGTOサイリスタ素子)
制御装置:日立製作所(VFI-HR1421C)(※当初はVFG-HR1420J)
制動装置:回生ブレーキ併用全電気指令式電磁直通ブレーキ(遅れ込め制御付)MBSA
保安装置:南海型ATS
=運行形態=
速達性に特化した「ラピートα(アルファ)」と途中停車駅が「サザン」と同じ「ラピートβ(ベータ)」があります。
全車指定席で6両編成のうち4両が普通指定席(レギュラーシート)、2両が特別指定席(スーパーシート)」で運行されています。
空港連絡特急としての需要と、難波~泉佐野間の通勤ライナーとしての需要も取り込んで運行しています。
=車体=
基本構造には普通鋼を用いているんですね。
従来の南海電鉄では車両限界の制約上、最大でも車体幅が2,744mmだったんですが、車両限界を拡大して2,850mmまで広げています。なお、先頭車は21,750mmと全長も最大になっているんですね。
車内の居住性を重視して、遮音性と気密性を向上されるためにプラグドアが採用されています。
また、扉本体についてはアルミニウム合金製のペーパーハニカム構造となって軽量化を図っています。
空港利用者を想定して、各扉ともに幅は1,000mm、高さは1,900mmのサイズを確保し、ドアは空気作動式なのですが車速信号作動式のメカニカルロック機構を採用していて安全性を考慮しています。
また、当初は客席断面部も楕円形状にするつもりだったようですが、車両整備時における車体上部作業時に危険が伴ってしまうということで従来同様の四角形となりました。
その為に前面形状(楕円形)部分と車体(四角形)部分との接続部が特殊な形状となっています。
=改造工事=
製造から20年が経過し、車内設備の改修を含めた機器更新が2015年(平成27年)から2018年(平成30年)に行われています。
・制御装置をGTO素子からIGBT素子に更新。
・静止型インバータをIBGT素子に更新。
・列車種別、行先表示器のフルカラーLEDパネル化
・座席モケットの変更。
・客室内の床材をカーペットに変更。
・客室内照明を電球色からLED照明に変更。
・サービスカウンターを撤去(クハ50501:6号車)
・座席のインアームテーブルの代わりに背面テーブルが新設。
=電動台車交換=
2019年(令和元年)8月、走行中に異音から電動台車に亀裂が発見され、運輸安全委員会より重大インシデントに認定された。
これに伴って、2021年(令和3年)電動台車(SS-189M形)モノリンク式を新製して順次置換えられています。
=その他改造=
・1995年(平成7年)全台車にヨーダンパを設置し乗り心地改善を図ったが、後年撤去されています。
・2014年(平成24年)以降、前照灯が順次LEDに換装されました。
=編成表=
←難波 関西空港→
・クハ50501ーモハ50001ーモハ50101ーサハ50601ーモハ50201ークハ50701
・クハ50502ーモハ50002ーモハ50102ーサハ50602ーモハ50202ークハ50702
・クハ50503ーモハ50003ーモハ50103ーサハ50603ーモハ50203ークハ50703
・クハ50504ーモハ50004ーモハ50104ーサハ50604ーモハ50204ークハ50704
・クハ50505ーモハ50005ーモハ50105ーサハ50605ーモハ50205ークハ50705
・クハ50506ーモハ50006ーモハ50106ーサハ50606ーモハ50206ークハ50706
=ラッピング車両=
2004年(平成16年)2月よりラッピング広告の受付が開始され、現在でもいろいろなラッピング車両が運行されています。
・第1編成(50501編成)
2005年3月~2007年3月(オムロン)
2020年11月~2021年春(劇場版Fate/GrandOrder)
2024年4月~2025年10月(大阪・関西万博)
・第2編成(50502編成)
※2025年4月~(Visit Malaysia」
・第3編成(50503編成)
2007年4月~(NTTドコモ)
2018年2月~8月(桃園メトロ相互連携PR)
2024年4月~12月(セレッソ大阪)
※2025年6月~(PEANUTS×STARLUX」
・第4編成(50504編成)
2007年1月~9月(関西空港第2滑走路オープンPR)
2018年2月~2019年8月(関西万博誘致)
※2024年3月~(MOB)
・第5編成(50505編成)
2021年8月~12月末(すみっコぐらし)
2022年10月~2023年4月(SEVENTEEN THE CITY」
・第6編成(50506編成)
2005年3月~2007年3月(オムロン)
2018年10月~約半年間(ようこそ大阪・関西)
2019年3月~2020年4月(泉佐野市×キン肉マン)
※2025年10月~(南海電鉄140年周年)
※は現在ラッピング中
=特別塗装=
なんと、特別塗装の車両は千代田工場にて車体全体の塗装を変更してから、その上に装飾ラッピングを施していたんですね。
残念ですが、現在ではすべてが終了して車体の塗装は基本の通常塗装に戻されています。
・第2編成
2014年4月~6月(機動戦士ガンダムUCとのタイアップ:赤い彗星の再来、ネオ・ジオンバージョン)
・第5編成
2014年9月~2015年8月(Peach×ラピード)
・第5編成
2015年11月~2016年5月(スター・ウォーズ/フォースの覚醒)
=関西空港駅=
乗り入れしている関西空港駅はJR西日本と南海電鉄の共同管理駅でどちらも会社も駅長を配置しています。
これは関東の新横浜駅(相鉄・東急)の共同管理駅と同様で非常に珍しい管理をしている駅なんです。
また、りんくうタウンから関西空港まで間は第三種鉄道事業者の新関西国際空港が保有しています。
この間の運賃は特定区間となっていて、大人370円(子供180円)とJR西日本・南海電鉄が共通の運賃になっています。
列車の運行は第二種鉄道事業者であるJR西日本と南海電鉄が行っているんですね。
なお、駅の改札口はJR西日本と南海電鉄と分かれています。
ホームは1・2番線が南海電鉄、3・4番線がJR西日本になっています。
=まとめ=
ところで、これからの南海電鉄「ラピート」とJR西日本の「はるか」がとても気になっています。
と、言うのも現在、関西高速鉄道株式会社が2031年(令和13年)開業予定の「なにわ筋線」を建設しているんですよね。
この新線に南海電鉄が乗り入れる構想があって地下鉄区間に対応する「ラピート」に代わる新型車両を検討しています。
また、JR西日本も乗り入れする計画があって「はるか」の後継となる新型車両の導入がすでに決定しているんですよね。
しかもJR西日本の「はるか」は大阪環状線経由からなにわ筋線経由に変更することも決定していてJR西日本も本腰なんです。
さらにこの新線によって難波から中之島経由で大阪(うめきたエリア)が直接結ばれることになるので大阪のミナミとキタが近くなるんです。
今年開催された大阪万博も無事に終了して、当初心配された来場者数も良い意味で大きく裏切る結果になりました。
ライバル関係が多い関西の鉄道事業はホント切磋琢磨していますよね。
これからも両社が益々発展して行くことを期待しています。
さて、前回に制作した京成電鉄にリースされていた京浜急行の旧1000形。
当時の北総開発鉄道(現:北総鉄道)にも譲渡されていたんですよね。
しかもなんと!16両も譲渡されていました。
ちょうど前回制作した「京成1000形」の内、「1031+1032」の2両が残っていましたのでユニットを組んでもらいましょう。
しかも、前回の「1031+1032」は正規の屋根板がなかったのでパンタグラフの位置が違うのも気になってました。
そこで、今回入手した北総鉄道(7150形)の屋根板を流用して、さらについでにユニットを組んでもらおうという作戦です。
早速、屋根板を交換して前回制作した「1031+1032」を正規の屋根板にしました。
そして今回制作した北総鉄道の7150形は「7154+7153」に付番してこちらも屋根板(パンタグラフ位置)で合わせました。
いやぁ~同じ時代にこの顔の電車が一緒に走っていたかと思うとなんだか感無量ですね。
せっかくカラードアのデカールがあったのでチマチマと貼らせてもらいました。
まだ、この時期の北総鉄道の路線は印西牧の原まで延伸したばかりだったんですよね。
まさか、数年後に成田空港アクセス線として大飛躍するとは思ってもいませんでした。
京成高砂以東の京成本線では残念ながら見かける事が出来なかった顔ぶれですね。
(まぁ、京成1000形は千葉線を走ってましたけど)
京成電鉄・北総鉄道とリース・譲渡された京浜急行の旧1000形はすべてクーラーが後付けされた分散クーラー車だったんですね。
=北総鉄道の歴史=
・1972年(昭和47年):北総開発鉄道株式会社設立
・1979年(昭和54年):北初富~小室間が開業。
新京成線(現:京成松戸線)経由で松戸駅まで乗り入れ。
・1984年(昭和59年):小室~千葉ニュータウン中央間の住宅・都市整備公団千葉ニュータウン線が開業。
運営を受託。
・1988年(昭和63年):住宅・都市整備公団千葉ニュータウン線の第二種鉄道事業者となる。
同時に全線を「北総・公団線」と改称。
・1991年(平成3年) :京成高砂~新鎌ヶ谷間が北総・公団線として開業。
同時に4社による直通運転を開始。
・1992年(平成4年) :新京成線(現:京成松戸線)の新鎌ヶ谷駅が開業。
同時に連絡線を廃止して新京成線(現:京成松戸線)との直通運転は終了しました。
・1995年(平成7年) :千葉ニュータウン中央~印西牧の原間が開業。
・2000年(平成12年):印西牧の原~印旛日本医大間が開業。印旛車両基地の共用が開始される。
・2004年(平成16年):商号を北総鉄道株式会社へ変更。同時に「北総・公団線」から「北総線」と改称。
・2010年(平成22年):印旛日本医大~成田空港間が開業。北総線全線が成田スカイアクセス線の一部となる。
※太字部分が7150形の活躍期間です。
=北総鉄道(7150形)=
1991年(平成3年)に京浜急行より合計16両が譲渡されています。
デハ1005~デハ1008(4両)とデハ1107~デハ1118(12両)になります。
←羽田空港・西馬込 千葉ニュータウン中央→
・7158+7157+7156+7155(元:デハ1005+デハ1006+デハ1007+デハ1008)
・7154+7153+7152+7151(元:デハ1107+デハ1108+デハ1117+デハ1118)
・7168+7167+7166+7165+7164+7163+7162+7161
(元:デハ1113+デハ1114+デハ1109+デハ1110+デハ1115+デハ1116+デハ1111+デハ1112)
当初の7151~7154と7155~7158の4両編成2本は新鎌ヶ谷~千葉ニュータウン中央間の区間で運用されていました。
1994年(平成6年)7155~7158の4両編成は客室ドアの色が一枚ずつ異なるカラードアが採用されました。
その後、1996年(平成8年)に4+4の8両編成に組成変更して全車にカラードアが施し、都心直通運転として運用されました。
しばらく8両編成2本の体制で7000形・7300形と共に運用されていましたが、7161~7168編成は1995年(平成7年)、7151~7158編成は1998年(平成10年)に廃車され、京成電鉄宗吾車両基地にて解体されてしまいました。
愛好家の方々がクラウドファンディングまで行ったようですが、残念ながら成立しなかったようです。
なお、実車が運行期間中の定期検査は京急の久里浜工場で施工されていました。
=北総鉄道(7150形)該当の京急(1000形)諸元=
・デハ1005~デハ1008(製造所:川崎車輛)
製造年:1959年(昭和34年)~1960年(昭和35年)に製造された京急1000形が該当します。
48両(4両編成×12本)1000形の試作車と同様に前面が非貫通・2枚窓として製造されました。
編成:4両編成
・デハ1107~デハ1115(製造所:川崎車輛)
・デハ1116~デハ1118(製造所:東急車輛製造)
製造年:1961年(昭和36年)~1962年(昭和37年)に製造された京急1000形が該当します。
60両(2両編成×5本、4両編成×5本、6両編成×5本)前面貫通扉として製造されました。
北総鉄道運行期間:7151~7158は7年間。「1991年(平成3年)~1998年(平成10年)」
7161~7168は4年間。「1991年(平成3年)~1995年(平成7年)」
軌間:1,435mm(標準軌)
電気方式:直流1,500V(架空電車線方式)
最高運転速度:110km/h
設計最高速度:120km/h
起動加速度:3.5km/h/s
減速度(常用):4.0km/h/s
減速度(非常):4.5km/h/s
全長:18,000mm
全幅:2,798mm
全高:4,050mm
車体:普通鋼
台車:1005~1008、1107~1114:OK-18系(川崎車輛製)
1115~1118:TS-310系(東急車輛製造製)
主電動機:補償巻線付き直巻電動機(75kw)
1005~1008、1107~1114:TDK-810/6H(東洋電機製造)
1115~1118:MB-3058A(三菱電機)
駆動方式及び歯車比
1005~1008、1107~1114:中空軸撓み板式軸型継手(5.5)
1115~1118:撓み歯車型軸継手(4.63)
制御方式:抵抗制御
制御装置:電動カム軸式直並列複式(直列10段、並列6段、弱め界磁5段)弱め界磁率25%
1005~1008、1107~1114:ACDF-H875-566B(東洋電機製造)
1115~1118:ABF-108-15-MDHB(三菱電機)
制動装置:発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(応荷重装置付き)
補助電源装置:DC7.0KW(TDK-315:東洋電機製造)またはAC3.0KVA、DC3.5Kw(MG-54D-S:三菱電機)
空気圧縮機:レシプロ式(A-2)
冷房装置:集約分散式(9.8kw 8,500kcal/h)(RPU-2209系:東芝)※登場時は非冷房でした。
保安装置:1号型ATS、C-ATS
=まとめ=
こうして見て見ると、リースに譲渡された京浜急行(旧1000形)は財政難の最中での冷房化推進の為に京成電鉄(1000形)して、
また、路線延伸に伴う都心直通運転を補充する車両用として、北総鉄道(7150形)で活躍したんですね。
それぞれ目的こそ違いますが、この京浜急行(旧1000形)が大きく貢献したことは間違いないですね。
残念ながらどちらも短命な繋ぎ車両としての活躍できたが、それぞれ大きな足跡を残してくれました。
最近では成田空港から押上方面への新型スカイライナーの計画も発表されています。
さらに一部情報筋の話では関西の阪急・阪神ホールディングスのような京急・京成ホールディングスのウワサさえあるようです。
これからも羽田空港と成田空港の2大空港を結ぶ鉄道会社としてJR以上に期待していいのではないでしょうか?
益々、これからの両社の車両の動向からも目が離せなくなってきましたね。























