GSX-R125遊び! -2ページ目

GSX-R125遊び!

新型の車体(GSX-R125)と遊ぶことになりました。
バイク遊びは楽しいよぉ~w
鉄道模型はBトレインショーティーで遊んでいます。
ますこっとれいんにもハマってしまいました。

いやはやpovo2.0で遊んでいた?サブスマホですが・・・

当然、毎月たったの330円で0.3GBの容量では、モバイルする気も起きず自宅専用機になってしまいましたw

まぁ、そもそもは職場におけるメイン機の楽天モバイル回線との比較が目的でしたから。

docomo回線(IIJ)とau回線(povo2.0)を比較することが出来ただけでも満足です。

まぁ、そもそも価格com経由の初回特典(3日間だけ5GB無料)が目当てでしたからヨシとしましょうw

ところでそれにしても、povo2.0はいろいろなトッピングプランがあるのが大変勉強になりました。

提携しているローソンで買い物するとその都度、容量が増えるとか・・・

その日一日だけ容量が増やせるとか・・

その時間だけ容量が増やせるとか・・・

まぁ、とにかく数多くのトッピングプランがあるんですね。

ところがここにきて、職場の通信環境がさらに悪化してしまったようで、まったく接続できない時間帯も発生。

もはや通信難民の仲間入りになってしまいました。(そもそも職場の業務用回線はソフトバンク回線なんです)

今後もやはり、地下街などの商業施設じゃないとしっかりした通信環境の確保は難しいでしょうね?

そこでもう実験することも無いのでpovo2.0は解約しました。

そもそもサブのスマホなので、自宅に置いたWifi環境なら契約する必要が無いですからね。

それに「moto j66g 5G」は「Rakuten Hand 5G」より画面が大きくて見やすいのでw

ノートPCも2台あるのでこれからはスマホに溺れないように注意しますwww

ようやく近江鉄道オリジナル?の500形車両を入手することが出来ました。

なにしろ近江鉄道は明治期から設立された日本で最古に近い老舗の鉄道会社ですから。

まずは地元で「ガチャコン電車」と呼ばれる近江鉄道について勉強してみました。

=会社の概要=

社名:近江鉄道株式会社

本社所在地:滋賀県彦根市駅東町15番1

設立:1896年(明治29年)6月16日

業種:陸運業

事業内容:鉄道事業、バス事業、不動産事業、観光事業

代表者:代表取締役社長執行役員「藤井高明」

資本金:4億500万円(2026年2月20日現在)
売上高:91億5,958万円(2024年度3月期)

営業利益:5億2,000万円(2025年3月期)

純利益:4億368万4,000円(2018円3月期)

純資産:49億8,986万3,000円(2018年3月31日現在)

総資産:164億561万2,000円(2018年3月31日現在)  

従業員数:554人(2024年3月31日現在)

決算期:毎年3月31日

主要株主:西武鉄道100%

主要子会社:近江鉄道グループ

*運輸事業:鉄道事業・バス事業・タクシー事業・船舶事業・不動産賃貸業(運輸業施設の賃貸)

*レジャー・サービス事業:旅行業・索道事業・ホテル業・娯楽・スポーツ業・一般飲食店業・不動産賃貸業(一般飲食店の賃貸)

*不動産事業:不動産販売業・不動産賃貸業

その他、自動車運転教習業・特定建設業・宅地造成

 

=近江鉄道について=

滋賀県下で最古の私鉄なのはもちろん。全国的にも老舗の鉄道会社です。

哲立や創立以来、社名を一度も変更しないで存続しているのは近江鉄道「1896年(明治29年)設立、1898年(明治31年)開業」

が最古の鉄道会社で、次が「1897年(明治30年)創立、1899年(明治32年)開業」の東武鉄道なんですね。

近隣の鉄道会社やバス会社などと合併を行って、現在も営業を続けているんです。

親会社が2度に渡り変遷していますが、社名は会社設立時から一切変更されていないんですね。

明治期に発足した日本の私鉄のうち、設立や創立以来、社名を一度も変更しないで存続しているのはこの近江鉄道「1896年(明治29年)創立、1898年(明治31年)開業」が最長で、次に東武鉄道「1897年(明治30年)創立、1899年(明治32年)開業」があるくらいなんです。

かつて近江鉄道の略称として「近鉄」が使われて、読み方は「きんてつ」でした。また、沿線案内中にも「近鉄電車」と記され、バスのボディにも「近鉄バス」の表記が見られました。しかし、1944年に近畿日本鉄道が発足後は、次第に「近鉄」の名称は同鉄道およびそのグループ会社の略称として使われるようになってしまい、近江鉄道を「近鉄」と呼ぶのは年配の近江鉄道沿線住民に限られるようになってしまいました。

現在では近畿日本鉄道と混同する「近鉄」は避けられ、行政や新聞などで用いられる際には略称での表記はなくなりました。

くだけた愛称としては、電車の走行音に由来する「ガチャコン電車」の愛称が定着しています。

また、会話などにおける口語表現上の略称としては「おうてつ」と呼ばれています。

1943年(昭和18年)滋賀県出身の西武グループ創業者の堤康次郎率いる「箱根土地」(後にコクド、現在のプリンスホテル)の経営傘下に入って以来、一貫して西武グループの会社になりました。

昭和までは西武鉄道以外の私鉄からの譲渡車両も導入していて、自社オリジナルの車両も製造していました。

平成に入り、車両が大型化されると元西武401系電車など西武鉄道の中古車両を種車とする改造車両が主力になりました。

バスと一部の鉄道車両には西武鉄道の系列企業らしくライオンズカラーやレオマークが施されています。

また、地理的な関係でシーズン中にプロ野球選手が関西遠征を行う際には同社のバスが活躍しています。

 

=経営状況について=

2017年(平成29年)12月、鉄道事業の単独維持が困難であるとして、沿線自治体などに協議を求めた。

2019年(平成31年)2月、滋賀県と沿線5市5町の会合において、地域公共交通活性化再生法に基づく法定協議会を設置。

2020年(令和2年)3月、全線の存続が決定されました。

その後、運営方法の検討が行われ、2024年度(令和6年度)の上下分離方式への移行が決まりました。

これにより、運行は近江鉄道が引き続き担い、施設や車両は県と沿線10市町で構成される一般社団法人近江鉄道線管理機構が保有・管理することになりました。

この決断には、近江鉄道の利用者は減少しているにも関わらず、沿線自治体の人口が総体的に増加を続けていること。モータリゼーションの進展で並行するJR線の駅に直接アクセスしていること。JR線の駅が存在しない旧八日市市(現:東近江市八日市地区)を走る近江鉄道八日市線では、JRの新快速が停車する近江八幡駅への通勤アクセス路線として機能していることなど、地方私鉄としては業績が良いことが挙げられます。

また、2025年(令和7年)には社員の労働意欲や定着率向上を目的に、社員への「株式給付制度」(西武ホールディングスの株式を給付)が導入されています。

この上下分離方式により、近江鉄道は、施設や車両の保有・管理に関わる費用の負担が無くなり、鉄道事業の運営のみになったことから、2024年(令和6年)12月の同年度上半期の鉄道事業は9,500万円の黒字で、鉄道事業としては実に31年ぶりに黒字に転換したことが発表されました。2025年(令和7年)3月には2024年度(令和6年度)通期でも鉄道事業の営業損益は5,600万円の黒字になると報じられています。

 

=歴史=

滋賀県東部では1889年(明治22年)に官設鉄道(現:東海道本線)が開通し、翌1890年(明治23年)には関西鉄道「草津駅~四日市駅」間が全通しました。しかし、湖東平野部(愛知郡・神崎郡・蒲生郡の大部分)は両鉄道のルートから外れたため、湖東平野を縦断して、官設鉄道「彦根駅」と関西鉄道「深川駅(現:江南駅)」を結ぶ鉄道計画が持ち上がりました。

旧彦根藩士族と有力近江商人を中心に「近江鉄道株式会社」が設立され、初代社長には地元の名士であった大東義徹「第8代司法大臣(現:法務大臣)」が就任。1896年(明治29年)6月に会社設立認可および鉄道敷設免許が下り。同年9月から鉄道建設工事が開始されました。この建設工事では、後に関西鉄道の社長に就任する工学博士白石直治が敷設工事の監督顧問にあたっています。また、関西鉄道と近江鉄道の縁は深く、関西鉄道設立の発起人阿部市郎兵衛は近江鉄道第三代社長も務めています。

近江鉄道は会社設立当初から日清戦争による資材高騰の影響で資金難に悩まされています。終着駅を深川から貴生川に変更されたのも、建設工事費を削るためでした。

1926年(大正15年)には電化するために、電力会社の宇治川電気(現:関西電力の一部)の系列に入りました。

その後、太平洋戦争中の電力統制政策に伴って、宇治川電気は鉄軌道事業を手放し、1943年(昭和18年)に滋賀県愛知郡八木荘村(現:愛荘町)出身の堤康次郎率いる「箱根土地」(後のコクド、現:プリンスホテル)の経営傘下に入りました。

1944年(昭和19年)戦時統合によって八日市鉄道を合併して八日市線としましたが、その一部である新八日市~御園間(御園線または飛行場線)は1948年(昭和23年)に休止され、1964年(昭和39年)に廃止されました。 

 

=沿革=

・1889年(明治24年):琵琶湖沿いに米原~京都間に官設鉄道(現:東海道本線)が開業。

          しかし、近江商人の地を通ることはありませんでした。

・1893年(明治26年):3月、元彦根藩士西村捨三が農商務次官を退官し、近江日野商人らが独自に鉄道を期成しようとする話を

          聞きつけ、米原駅経由で北陸線から伊勢を結ぶ構想を持ちかけました。

          11月、彦根で近江鉄道株式会社設立発起人会を開催。44人の発起人が創設願書を提出しました。

・1895年(明治28年):近江鉄道株式会社創立総会を開催、初代社長に大東義徹を選出。

・1896年(明治29年):近江鉄道株式会社を設立。

・1897年(明治30年):西村捨三が大阪築港事務所の初代所長に就任しつつ、近江鉄道を見守ることになりました。

・1898年(明治31年):彦根~愛知川間が開業。

・1900年(明治33年):彦根~貴生川間が開通。

・1912年(明治45年):彦根車庫で火災が発生。客車12両、貨車5両が焼失。

・1914年(大正3年) :多賀線が開業。

・1929年(大正15年):宇治川電気の系列となる。

・1931年(昭和6年) :米原~彦根間が開業して本線が全通。

・1942年(昭和17年):国家総動員法に基づく「配電統制令」により宇治川電気が解散。

・1943年(昭和18年):「箱根土地」(後のコクド、現:プリンスホテル)の経営傘下に入る。

・1944年(昭和19年):八日市鉄道株式会社を合併、八日市線となる。タクシー事業を開始。

・1948年(昭和23年):新八日市~御園間を休止。「1964年(昭和39年)に廃止」

・1964年(昭和39年):宅地分譲(八日市)不動産事業を開始。

・1972年(昭和47年):観光・開発・不動産事業を近江開発株式会社に経営譲渡。

・1973年(昭和48年):バス・貸切バス事業を近江バス株式会社に経営譲渡。

・1975年(昭和50年):ハイヤー部門を長浜近江タクシー株式会社ほか6社に営業譲渡。

・1983年(昭和58年):近江観光株式会社を合併。

・1986年(昭和61年):八日市~貴生川間にレールバス(LE-10形)を導入。近江バス株式会社を合併。

・1988年(昭和63年):貨物営業を全廃。

・1996年(平成8年) :レールバスを廃止。

・1998年(平成10年):八日市線で快速「あかね号」(700系電車)の運転を開始。

・2002年(平成14年):本線・多賀線で車内に自転車を持ち込める「サイクルトレイン」の運行を開始。

・2003年(平成15年):大津営業所管内の一部路線バスに「近江鉄道バスICカード」の供用を開始。

・2007年(平成19年):彦根駅構内に「近江鉄道ミュージアム」が開館。

・2010年(平成22年):彦根市古沢町(現:駅東町)に本社ビルを竣工。

・2013年(平成25年):本線・八日市線で「淡海号」(900形電車)、八日市線で「湖風号」(100形電車)の運転を開始。

・2015年(平成27年):220形電車の定期運用を終了。

・2016年(平成28年):西武鉄道の完全子会社となる。

・2018年(平成30年):「近江鉄道ミュージアム」が閉館。地域住民とのタウンミーティングを開催。

・2020年(令和2年) :300形電車の運転を開始。

・2021年(令和3年) :交通系ICカード「ICOCA」へ対応を開始して、「近江鉄道バスICカード」の取り扱い終了。

・2022年(令和4年) :近畿地方の鉄道では初となる「全線無料デイ!」を開催。当日に限り子供・大人とも全線終日無料。

・2024年(令和6年) :上下分離方式により、鉄道資産を「近江鉄道線管理機構」に移管。

           これにより、当社は運行のみの「第二種鉄道事業者」となる。

・2025年(令和7年) :200形電車の運転を開始。

・2026年(令和8年) :鉄道線全線において「ICOCA」を導入、全国相互利用交通系ICカードが利用可能となる。 

※1986年(昭和61年)からコスト節減を目的にレールバス(気動車:LE10形)を導入したが、通勤通学のピーク輸送時は電車を

 用意しなければならず電化設備も廃止できなかったことからコスト節減効果が小さく、さらにレールバスが軽量であったため踏

 切が正常に作動しない事態も発生、導入から10年の1996年(平成8年)にレールバスは廃止されました。

 

=路線=

現有路線

・本線  :米原駅~貴生川駅    47.7km

・多賀線 :高宮駅~多賀大社前駅 2.5km

・八日市線:近江八幡駅~八日市駅 9.3km

廃止路線

・八日市線:新八日市駅~御園駅(飛行場前) 2.8km

未成線

・宇治山田延伸線:24.9km

・八日市鉄道:飛行場前~山上間 8.3km「八日市鉄道時代の1935年(昭和10年)免許失効」 

 

=現有車両=

・電車:800形「元西武401系(初代)」、900形(2代目「あかね号」:元西武新101系)、100形(2代目:元西武新101系)

    300形(元西武3000系)、200形(元西武2000系)

・貨車:ト50、トム200形、チ1形、チ10形、ホキ10形

 

=保有車両について=

近江鉄道の彦根工場は創業以来の長い歴史があり、全般検査や改造は自社で行うほか、オリジナルな車体の新規製作・中古車体の延長工事などを行った実績も数多くあります。

2012年(平成24年)時点で旅客営業に使用される車両の多くが西武鉄道からの譲渡車であり、彦根工場で大掛かりな改造を受け、原型を留めていないものも多く見られます。(例:220形、700形など)

路線にカーブが多く、車両の建築限界は大手私鉄に比べるとやや小さいため、西武鉄道から購入した20m車体の401系を自社改造のうえ、700系・800系・820系として導入した際には、ホーム等の建築限界に接触する関係上、車体下部の四隅を三角形に切り取る簡易的な「面取り」改造で限界抵触に対処するユニークな手段が用いられています。

現存する電車で最も古いものは、1898年(明治31年)の創業当時の客車を改造したことになります。これが事実であれば車齢100年以上になりますが、実際には改造車という名目で車籍のみを流用し、他社からの中古車両にそっくり入れ替えてきたものです。

従って、現在保有する電車は実際には創業時の客車とは何の関係もなく、書類上のみの「日本最古の現役車両」になっています。

近江鉄道ではこの「入れ替え」措置が数度に及ぶ車両(車籍)もあり、中途での部分大改造や、車庫での火災焼失などによる「記録の喪失」などの混乱とも併せて、入れ替えの実態が不明瞭な車籍も多く、鉄道車両版の「テセウスの船」と化した車籍が極度に多いことから、鉄道車両史研究者の興味深い研究対象になっているんですね。

また、私鉄では数少なくなった電気機関車を2011年(平成23年)時点で多く保有しており、全盛期には入れ換え用を含めて12両も在籍していました。しかし、1988年(昭和63年)3月に貨物列車が廃止されたため、用途が激減してしまいました。

それでも解体処分されることもなく大部分の機関車が彦根車庫に休車状態で留置され、さながら動態保存に近い状態でした。

しかし、どの機関車も車齢が80年を超えて老朽化が進み、ATSの装備や予備部品の確保が困難なことから廃車解体が進んでいます。保有保管にも力を入れてアピールしていましたが、ED4001が東武博物館へ譲渡されたくらいで、2017年(平成29年)には

ED31の3機が解体され、今後は順次解体する方針であると発表されています。

2014年(平成26年)頃までは彦根駅構内の片隅に、電機機関車のほか、ディーゼル機関車、レールバス、貨車、果てには郵便電車や木造電車までもが留置されていましたが、彦根駅の再開発事業により一部の車両を残して解体処分されています。

 

=近江鉄道 500形=

お待たせしました。(誰も待ってませんがw)

さて、いつもどおりにサクッと組み立てましょう。

まずは500形「新塗装」の2両編成を組立てました。

続いて500形「旧塗装」の2両編成も組立てました。

まぁ、未組立品ですからどちらも簡単に組み上がって完成です。

まったく同じ車体なのにボディーカラーが変わるとイメージが変わるものですね。

側面を見てもまるで違う車両みたいです。

やっぱり正面の顔つきが、電車の印象を大きく変えるもんなんですね。

「彦根」行き・・・あれ?なんか?どこかで見かけたような正面の顔立ちなんですが・・・??

あっ!そうだっ!彦根と言えば「ひこにゃん」でしたwww

 

=車体の概要=

将来の通勤需要増加を見込み、1969年(昭和44年)から1983年(昭和58年)にかけて自社工場で6編成12両が製造されました。

台車や主電動機をはじめ、機器類は廃車発生品を転用したため、名義上は改造車両になりますが、車体は自社工場で新造されていて。事実上はほぼ新造車という扱いになりました。

車体は3扉のロングシートで前面には貫通路を有しています。

1983年(昭和58年)に製造された506編成は装備の軽量化が図られて、台枠が軽量化されました。各扉は無塗装のステンレスになっていて、前面腰部にはステンレス無塗装の飾り帯が配され、山吹色一色の塗装で竣工しました。

その後、501編成も後に同様のスタイルに改造されています。(台枠の軽量化については不明)

従来の塗装はクリームと朱色のツートンカラー(いわゆる赤電色)でしたが、後に黄色(山吹色に近い)に銀色の帯の塗装に変更されました。

登場時の台車はイコライザー式のDT-10やTR-11Aが用いられましたが、後にFS40に置き換えられました。

また、ブレーキ装置も改修され、HRD電気指令式ブレーキになりました。

 

=500系の共通諸元=

製造所:汽車会社など(※種車の車籍を継承しているため不明点も多いようです)

改造所:近江鉄道彦根工場
改造年:1969年(昭和44年)~1983年(昭和58年)
総数:2両編成×6本(計12両)
運用開始:1969年(昭和44年)4月
投入先:近江鉄道全線
編成:2両
軌間:1,067mm
電気方式:直流1,500V
車体:全金属製
 
=500系電車(モハ500形)=
車両定員:120名(ワンマン化後、座席44名)
自重:36.2t、33.6t、37.0t
全長:16,950mm
全幅:2,740mm
全高:4,240mm
台車中心間距離:10,970mm
台車:DT-10・DT-12(台車変更後:FS40)
固定軸距:2,500mm(台車交換後:2,400mm)
主電動機:MT-15
電動機出力:104kW(105PS)
搭載数:4個/両
駆動方式:吊り掛け駆動
歯車比:2.55、2.52
制御装置:登場時はCS-5・CS-1が混在、その後はCS-5に統一
制動装置:AMA形自動空気ブレーキ(自動ブレーキと発電ブレーキを併用)、自動予備ブレーキ
    (ブレーキ装置変更後:HRD-1電気指令式空気ブレーキ)
 
=500系電車(クハ1500形)=
車両定員:120名、122名(ワンマン化後、座席44名)
自重:26.5t、22.6t、28.1t
全長:16,950mm
全幅:2,740mm
全高:4,022mm、4,240mm
台車:TR-11A・TR-14・TR-10(台車変更後:FS40)
制動装置:ACA「元空気溜管(MR)式」自動空気ブレーキ、自動予備ブレーキ、手用制動
    (ブレーキ装置変更後:HRD-1電気指令式空気ブレーキ)
 
=廃車と保存=
最盛期には2両編成×6本の12両が在籍してたんですが、非冷房車であることが災いして、冷房車の増備が進むにつれて夏季は予備車として運用に就かなくなってしまいました。
その後、800系の増備が本格化したのを受けて、502F~504Fが2000年(平成12年)から2003年(平成15年)にかけて廃車になりました。廃車後も全編成がしばらく彦根車庫に留置されていましたが、2004年(平成16年)に解体されてしまいました。
505Fは2005年(平成17年)の廃車後に、高宮駅の側線に留置されていましたが・・・
なんと!レール輸送の工臨運用に使用するため、貨車チ10形(11号+12号)に改造されました。
電車を貨車に改造したとても珍しい車両になりました。なお、レール輸送時は220形に牽引されて使用されています。
501Fと506Fは運用終了後、近江鉄道ミュージアムで展示されていましたが、2012年(平成24年)に501Fのモハ501を除いて解体されてしまいました。
残ったモハ501は2013年(平成25年)より、彦根駅東口にある保育園「ほほえみ園」(近江鉄道が経営)の遊び場として、内外装ともに改装されて使用されていましたが、2019年(平成31年)1月、220形の一部車両とともに陸送され解体されました。
このため、500系としての保存車はなく、貨車に改造された2両のみが現存しています。
 
=車両一覧=
・501F(編成)
モハ501  :1969年(昭和44年)4月竣工 旧:モハ102(初代)→モハ134
クハ1501:1969年(昭和44年)6月竣工 旧:クハ1202→クハ1202→クハ1217
※台車/ブレーキ装置交換:1984年(昭和59年)5月、扉がステンレス化されています。
・502F(編成)
モハ502  :1970年(昭和45年)11月竣工 旧:宇治川電気デハ8→デハ8→デハニ8→モハ8
クハ1502:1970年(昭和45年)11月竣工 旧:フホハユニ31→ハ1206→クハ1206
※台車/ブレーキ装置交換:1986年(昭和61年)7月
・503F(編成)
モハ503  :1970年(昭和45年)竣工     旧:宇治川電気デハ7→デハ7→デハニ7→モハ7
クハ1503:1973年(昭和48年)1月竣工 旧:フホハユニ30→ハ1205→クハ1205
※台車/ブレーキ装置交換:1985年(昭和60年)11月
・504F(編成)
モハ504  :1978年(昭和53年)7月竣工 旧:西武モハ201→モハ133→モハ135
クハ1504:1973年(昭和48年)7月竣工 旧:西武クハ1201→クハ1201→クハ1216→クハ1210
※台車/ブレーキ装置交換:1986年(昭和61年)12月
・505F(編成)
モハ505  :1981年(昭和56年)7月竣工 旧:モハ136
クハ1505:1981年(昭和56年)7月竣工 旧:フホハユニ32→ハ1207→クハ1207
※台車/ブレーキ装置交換:モハ「1987年(昭和62年)11月」、クハ「1987年(昭和63年)4月」
・506F(編成)
モハ506  :1983年(昭和58年)5月竣工 旧:モハ137
クハ1506:1983年(昭和58年)5月竣工 旧:モハ205
※台車/ブレーキ装置交換:1987年(昭和62年)11月、扉がステンレス化されています。
 
=まとめ=
近江鉄道線全線については、2024年から上下分離方式に移行して近江鉄道は「第二種鉄道事業者」となり、鉄道事業の運営のみを行う形態に移行しました。これは施設や車両は滋賀県と沿線10市町で構成されている「一般社団法人近江鉄道線管理機構」が保有・管理することになり、新たな鉄道事業者としてスタートしました。
昨今の異常気象とも言える自然災害の頻発化で全国の鉄道事業者は新たな難問を抱え込んでいます。
今後の日本の鉄道事業者として今後に期待したいところですね。

西の方では梅雨明け宣言!

そろそろ関東地方の梅雨明けも近づいてきました。

今年は早くも6/27(土)からプールがプレオープンしたよ~との報道もあったので出発しましょう!

蓮沼ウォーターガーデン

やっぱり、こんなムシムシ・ジメジメな暑い日は、海とプールに癒されるのが一番でしょう!?

と、さっそく到着したのですが・・・

あれ?プールやってないよぉ~!

あっ!そうか!

毎年、夏休みが始まるまでは土・日のみの営業だったんでしたw

いやぁ~しかしここまで来て、この状況では益々、蒸し暑くなってしまいました!

まぁ、コレはとにかく涼を求めて走るしかないでしょう?

と、言う事で九十九里ビーチラインをそのまま北上します。

やってきたのは「飯岡海岸」

おぉ!平日でも海岸には多くのサーファーがいらっしゃいますね~

本日はやや風が強めで、難しいコンディションの中、楽しんでいますね~

眺めているだけで、とても涼しく感じるんですから不思議なもんですね。

さぁ!それではさらに高台にある飯岡灯台(刑部岬)へ

あれ?この看板はいままで、気が付きませんでした。

ほほぅ~!千葉県初の「恋する灯台」に認定されていたんですね。

相変わらず太平洋の荒波が容赦なく打ち寄せてきます。

湾内には多くの船が、今日は遊漁船もお休みなのかな?

毎回、プチなモニュメントが増えているような・・・

ソフトクリームも溶ける本日の暑さw

このあたりの海岸線は、内陸部より3~4℃は低いので、やはり体感温度が違いますね。

まぁ~、それでも家路に就くとまた蒸し暑いのは仕方ないんですけどねw

さてっと、スマホを新規契約して勤務先での通信速度を計測してみました。

使用した端末はこちら

・moto j66g 5G:8GB (RAM) / 128GB (ROM)android15

旧:IIJmio データ/eSIM 2GB/月(税込み 440円)

新:povo2.0データ追加 /eSIM 0.3GB/月×365日(税込み 330円)※3日間5GB付(価格.com特典)

比較した端末はこちら

・Rakuten Hand 5G:4GB (RAM) / 128GB (ROM)android11

さぁ!前回契約のIIJmioの契約はドコモ回線(しかも4Gのみ)だったので、

今回契約のpovo2.0はau回線の5G対応プランにしてみました。

なんと!意外な結果が待ち受けておりました。

事務所①(地下4階レベルにある環境で地下鉄の線路がめちゃくちゃ近いので電車の来ると繋がりませんw)

・楽天モバイル

 ダウンロード(Mbps):5.44・4.25・9.08

 アップロード(Mbps):1.55・0.65・1.62

・povo2.0

 ダウンロード(Mbps):88.4・48.0・59.2

 アップロード(Mbps):9.49・2.09・7.11

事務所②(地上1.5階レベルにある非常に強固な造りのビルです)

※近くになる公共フリーWifiも使えない通信環境です。

・楽天モバイル

 ダウンロード(Mbps):6.69・8.21・15.9

 アップロード(Mbps):6.26・8.26・2.47

・povo2.0

 ダウンロード(Mbps):16.5・12.0・20.4

 アップロード(Mbps):2.39・3.89・3.61

=結果=

なんと!わが職場ではau回線の圧倒的勝利でございました。

・au回線>楽天回線>ドコモ回線 という結論でございました。

まぁ~基地局の位置関係だとは思いますが・・・それにしてもau恐るべし!でした。

それじゃぁ~au回線に換えればと思うんですが・・・我が家(千葉県北西部)では圧倒的にau回線が弱いんですよね~

う~ん・・・このままこの職場に留まるのであれば、au回線一択なんですが・・・

移動が無いとは思えないし、さらに通勤経路上での通信環境も考慮する必要があるんですよね。

まったく都会へ出稼ぎに出ている田舎者なので困ったもんですねw

ところでpovo2.0はトッピングというプリペイド式みたいな前払い随時契約なんで、これはこれで面白いかもしれませんね。

いずれにしても現在の契約は0.3GB/月×365日(税込み 330円)と、まぁ~お話しにすらならない最低契約なので必要に応じてトッピングとやらを使わせてもらおうと思います。

もちろん、データ容量の繰り越し等は一切出来ませんのでご利用は計画的にwww

 

最近は入手したBトレの車両について色々と調べている事の方が面白くなってしまったんですよね。

さらに、他にもいろいろと気になる車両があったりするものですから・・・

「探す」→「ポチる」→「貯まる」→「調べる」→「探す」のループ世界にハマってしまいました~w

そんな架空な空間でのBトレ三昧な生活を繰り返していたわけなのですが・・・

貯まりに貯まって・・・とうとう、保管場所すら困る事態が発生してしまいましたw

そこで、このループから抜け出すためにも動いている電車のYoutubeを見て、脳内から制作意欲を刺激しますw

制作意欲が高まったところで、今回は以前に入手していた南海電鉄(10000系)を制作します。

これがクセ物で「旧塗装の箱は先頭車×2両」。「130周年の箱は先頭車+中間車の2両」でした。

とりあえず、まずは旧塗装の2両セットから制作します。

こちらは先頭車が2両なので、あっさりと組み上がって制作完了。

続けて130周年の2両セットに着手します。

こちらがうまく行けば中間車2両になるかな?

と、淡い期待は見事に粉砕されてやはり、先頭車+中間車になるんですよね~w

しかも、中間車の電動車を組立てるには窓パーツの加工が必要でした。

ここはカッターナイフで削り取って無事に中間電動車化ができました。

これで130周年記念復刻塗装の編成が完成なのですが・・・先頭車が3両!?

ひとつここはタイムワープしてもらって、サハ10804は車体更新前のクハ10901になっていただきましょう!w

←難波              和歌山市→

モハ10004+サハ10804+モハ10104+クハ10904

   (元:クハ10901)(元:モハ10001)

いやぁ~!やっぱり南海電車はこの色が似合いますね~

(昭和なオヤジなのですみませんw)

よくよく見たら、屋根の色とクーラーの形状が違うのを発見!

まぁ、このBトレも販売時期が10年間もズレているので仕方ないですよね~。

さっそく、高野線の特急と並べてご満悦です。

活躍していた10000系も残りはわずか5編成になりました。

2027年度以降には12000系に置き換わって勇退しちゃうんですね。

こうやって歴代の特急車両を並べると、しみじみと時代の移り変わりを感じます。

 

=登場の概要=

南海本線・和歌山港線で運行されていた特急「四国号」の後継となる特急「サザン」の運行開始に合わせて製造されました。

1985年(昭和60年)から1989年(平成元年)にかけて2両編成×10本が製造されました。

その後、中間車8両を新造増備して、さらに先頭車6両を中間車化改造され組成変更が行われました。

1992年(平成4年)からは4両編成×7本になっています。

 

=登場の経緯=

当時、特急「四国号」に充当されていた1000系(初代)は1973年(昭和48年)の昇圧時、7000系・7100系に準じた機器類に更新されていましたが、1980年代に入ると車体についてすでに製造から25年前後経過しており老朽化は否めませんでした。また、接客設備も陳腐化した転換クロスシート(一部はロングシート)で、同じ座席指定制の特急「こうや号」に全席リクライニングシートの30000系が新造されると更に大きく見劣りするようになりました。さらに、自由席車において2扉の車体や座席配置が災いし、混雑時の乗降に手間取って運行ダイヤに影響するようになっていました。

そこで、「四国号」に代わる新しいビジネス特急の座席指定専用車として、同列車の自由席を担う7000系・7100系との併結を前提に、サービスレベルを30000系と同等にするべく設計されたんですね。

 

=南海電鉄10000系の諸元=

製造会社:東急車輛製造

製造年:先頭車「1985年(昭和60年)~1989年(昭和64年)」、中間車「1992年(平成4年)」

製造数:28両

運用開始:1985年(昭和60年)11月

投入先:南海本線・和歌山港線

編成:4両編成(過去には2・6両編成)

軌間:1.067mm

電気方式:直流1,500v(架空電車線方式)

最高運転速度:110km/h

最高設計速度:110km/h(将来120km/h)

起動加速度:2.5km/h/s

減速度(常用):3.7km/h/s

減速度(非常):4.0km/h/s

自重:39.0t「モハ10001形・モハ10101形(改造車)」

   38.5t「モハ10101形(新造車)」

   34.0t「サハ10801形」

   33.0t「クハ10901形」

全長:20,825mm(新造中間車:20,725mm)

全幅:2,744mm

全高:4,040mm(クハ10901形・サハ10801形)

車体:普通鋼

主電動機:直流直巻電動機(MB-3072-B)

主電動機出力:145kW
駆動方式:WNドライブ

歯車比:4.61

台車:S形ミンデン式ダイレクトマウント空気ばね台車(FS-528・FS-028:住友金属工業)

制御方式:超多段式バーニア抵抗制御(1C8M)

制御装置:VMC-HTB-20E(3次車以前:日立製作所)、VMC-HTB-20H1(4次車:日立製作所)

制動装置:発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-D)※応荷重装置なし

保安装置:南海型ATS

 

=車体の概要=

車体は普通鋼製の20m級車体を採用。7000系・7100系と、あるいは10000系同士の併結運転を前提に、前面は貫通型を採用して前面窓は大型曲面ガラスを使用しています。

側窓は、初期の車両(1~3次車)では30000系に準じた独立タイプの固定窓を採用、1992年(平成4年)に新造された中間車(4次車)では11000系と同様の大型連続窓となっています。表示装置は1~3次車では方向幕を側面中央部に設置、号車表示器は磁気反転式(マグサイン)のものを出入口付近に別途設置していますが、4次車は列車種別と行先を個別表示として、搭載位置も出入口付近に変更されました。このため号車表示器は列車種別表示器に機能が集約されて、「サザン」の表示内に号車番号を併記しています。出入口はいずれも折戸式で、先頭車は運転台後方と連結面側車端部の2カ所、中間車は先頭車側車端部の1カ所のみになっています。なお、中間車化改造された車両は運転台とともに出入口1カ所が撤去されました。

車体塗装は当初、オーシャングリーンにダークグリーンの帯で、30000系の色違いとなっていました。また、車号標記も30000系を踏襲したゴシック体のなって、南海線用の車両では初めてとなりました。

その後、関西国際空港の開港を控えて新CI戦略に伴って1992年(平成4年)の中間車新造にあわせてカラーデザインが変更となり、メタリックシルバー塗装にブルーとオレンジの帯を配した塗装になりました。なお、通勤車(自由席車)はグレー塗装になっています。

 

=車内の特徴=

客室照明は南海伝統の光天井と読書灯の組み合わせになっています。座席は全席フリーストップ式(任意の角度で固定が可能)の回転リクライニングシートで、新たに自動回転機能を設けて、折り返し作業の簡易化で時間短縮を図っています。

1~3次車はシートピッチ980mmで座席にカップホルダを装備。また、側窓下の壁には100系新幹線同様に布地が張られて、小型テーブルを備えています。

4次車はシートピッチ1,030mmと拡大され、センターアームレスト(中ひじ掛け)やインアームテーブル(ひじ掛け内臓テーブル)のほか、跳ね上げ式のフットレストが備えられました。さらに天井にはスリットが入った半間接照明となり、仕切り壁上部にはLED式車内案内表示器が設けられました。なお、これらは高野線用通勤特急車11000系と同仕様になっています。

また、LED式車内案内表示器は、4両編成化の際に従来車(中間車化改造車を含む)にも取り付けられています。

さらに4両編成化の際にトイレ・洗面台をサハ10801形に設置、自動販売機を有するサービスコーナーと客室には車椅子スペースがモハ10101形に設けられました。

また、乗務員室内の車内放送装置には編成別放送機能を有して、放送切り替えレバーにより、座席指定車向け・自由席車向けの放送がそれぞれ行えるようになっています。

2014年(平成26年)以降には、天井照明と読書灯を昼白色LED照明に交換してサービスレベルの向上が図られています。

 

=車両の主要機器=

3次車までは、主電動機・制御装置・ブレーキ装置等の機器類を1000系(初代)から流用しています。

このため制御方式は超多段式バーニア抵抗制御、ブレーキ方式は電磁直通ブレーキで、同等のシステムや連結器を有する7000系・7100系との併結運転が可能になっています。

ただし、台車については1000系から流用せず、S形ミンデン台車「FS-528形(電動車)・FS-028形(付随車)」を新製装備しています。また、歯車比は将来の最高速度120km/h運転を見据えて、5.31から4.61に変更しています。

4次車は1~3次車と混用するため、制御方式やブレーキ方式に変更はありませんが、搭載する機器類については新造品に切り替えて装備されました。補助電源装置は電動発電機(MG)からGTOコンバータ/トランジスタインバータに変更、制御装置もマイナーチェンジを行った新規設計品を採用しています。

 

=編成の変革=

登場時は難波方が制御電動車(モハ10001形)、和歌山市方が制御車(クハ10901形)の2両編成でしたが、1992年(平成4年)に付随車(サハ10801形)と電動車(モハ10101形)を組み込みました。

難波方からモハ10001形(4号車)+サハ10801形(3号車)+モハ10101形(2号車)+クハ10901形(1号車)の4両固定編成になりました。

サハ10801形・モハ10101形には新造車と、クハ10901形・モハ10001形からの改造車の2種類があり、それぞれ10007F編成~10010F編成、10004F編成~10006F編成の中間車になりました。10001F編成~10003F編成は中間車化改造により組成が抹消されているため、サハ10801~サハ10803・モハ10101~10103は欠番になっています。

 

=編成表=

・10000系(4両固定編成)

    ←難波                   和歌山港→

  編成:モハ10001形ーサハ10801形ーモハ10101形ークハ10901形

10004F:モハ10004(WP)-サハ10804-モハ10104(WP)-クハ10904 1次車 

              (元:10901)(元:10001)※元車:1次車

10005F:モハ10005(WP)-サハ10805-モハ10105(WP)-クハ10905 2次車 ※2013年(平成25年)5月廃車

              (元:10902)(元:10002)※元車:1次車

10006F:モハ10006(WP)-サハ10806-モハ10106(WP)-クハ10906 2次車 ※2012年(平成24年)12月廃車

              (元:10903)(元:10003)※元車:1次車  

10007F:モハ10007(WP)-サハ10807-モハ10107(WP)-クハ10907 2次車

10008F:モハ10008(WP)-サハ10808-モハ10108(WP)-クハ10908 3次車

10009F:モハ10009(WP)-サハ10809-モハ10109(WP)-クハ10909 3次車

100107:モハ10010(WP)-サハ10810-モハ10110(WP)-クハ10910 3次車

※(WP):ダブルパンタグラフ車

 

=廃車=

本系列は2026年(令和8年)時点で製造から35~40年が経過していますが、車体更新は行われていません。

走行機器も旧1000系の流用品であり、老朽化が進んでいることから、新型車両12000系に置き換えられることになっています。

2012年(平成24年)12月には10006Fが廃車・解体、2013年(平成25年)5月には10005Fが廃車・解体されています。

残りの編成は2027年(令和9年)度以降に導入される新型車両に順次置き換えられる予定と発表されています。

 

=運用=

2025年(令和7年)4月現在、4両編成×5本(10004F・10007F~10010F)の合計20両が住ノ江検車に配属されています。

南海本線・和歌山港線で運用されている特急「サザン」の座席指定車として和歌山方に連結され、自由席車の7100系4両と併結運転が行われています。2015年(平成27年)9月までは7000系も自由席車として併結されていました。

 

=特別装飾・ラッピング=

・2002年(平成14年)10007F:マクドナルドのドナルドトレイン「ドナルド・マクドナルド」

・2014年(平成26年)10004F:スーパー戦隊フェスティバル「烈車戦隊トッキュウジャー」

・2015年(平成27年)10009F:「妖怪ウォッチ」

・2015年(平成27年)10004F:南海電鉄創業130周年記念、オーシャングリーンにダークグリーンの帯の旧塗装

・2019年(令和元年)10004F:ロックミュージシャンHYDE「HYDEサザン」

・2025年(令和7年)  10004F:南海電鉄創業140周年記念、オーシャングリーンにダークグリーンの帯の旧塗装

 

=保存車=

2014年(平成26年)9月、みさき公園内にオープンした「わくわく電車らんど」にて、10005Fの和歌山方先頭車(10905)のカットボディが保存されましたが、みさき公園は2020年(令和2年)3月に閉園となり、同施設も閉鎖されました。

その後、カットボディは解体されたため、保存車はなくなってしまいました。

 

=まとめ=

ずでに登場から40年以上が経過していて、しかも初代1000系からの部品流用もあって車両的には50年以上が経過しています。

しかも、制御方式が抵抗制御ですから、いよいよ置換え対象になってしまったか!という感じですね。

現在は残った5本の列車が運用に就いていますが、復刻旧塗装になった1本だけが、中間車化された編成を組み込んだ、初期の10000系編成なんですね。

車内設備でもどうしても12000系との差が大きくて見劣りしちゃいますね。

これから南海電鉄は新線開業に併せて、空港特急のラピード号の置き換えも予定されています。

南海電鉄の特急電車は、ここ数年のうちに大きく変わることになるのは間違いないようです。