週刊誌の栄枯盛衰---週刊文春vs週刊新潮の2強時代はいつまで?
◇今朝5/28(木)、文化放送 「おはよう寺ちゃん」 [MC: 寺島尚正アナ(1958/9/16東京都杉並区生まれ] を聴いていたら、5:30からの「おはようコロンブス」コーナーで、木曜日担当「週刊新潮」編集デスクさんが登場して、今日発売の最新6/4号のトビックスを紹介していた。「週刊新潮」HP▽ 天皇陛下もご懸念を示されて「残念です」「紀子さま」「佳子さま」が激しく口論した「青いタンクトップ」と「見せブラ」。▽ 「照ノ富士」を先物買いした「お目の高い彼女」極めて親しい女性がいた。スポットライトの当たる前から真夜中に一つ屋根の下で過ごすお目の高い彼女。◇ゴシップ記事はそれとして、「週刊新潮」と「週刊文春」の2強時代が、2004, 05年辺りから10年程、続いている。(社)日本雑誌協会HP の発行部数統計速報をチェックすると----▽ 2015/1Q週刊文春(文藝春秋社1959年創刊) 671,667部週刊新潮(新潮社1956年創刊) 536,584部週刊現代(講談社1959年創刊)493,334部週刊ポスト(小学館1969年創刊) 417,500部▽ 2009/1Q週刊文春 734,300部週刊新潮 676,446部週刊ポスト 455,417部週刊現代 423,017部*私と週刊誌との本格的な接点は、高校~大学時代(1963~70年)だった。長く続いた新聞社系週刊誌・・・「週刊朝日」(1922年創刊)・「週刊サンデー毎日」(1922年創刊)そして後発の「週刊読売」(1952年創刊)・・・全盛時代に、高度経済成長期の到来に伴い、出版社系週刊誌・・・「週刊文春」・「週刊新潮」・「週刊現代」、そして後発の「週刊ポスト」がストップを掛けた。当時の思い出は、私のブログ 私の記憶に残った雑誌(2006/12/18) に書いた。亡き父が国鉄(現在のJR西日本)職員であり、客貨車区検査掛という技術畑であったため、客の捨てて行った雑誌を持ち帰ってくれた。その中で、「サンデー毎日」のクロスワードパズルに応募するため、辞書片手に首っ丈となったこと(当選したのは1度だけ)、「週刊現代」の政治経済評論家・三鬼陽之助氏が書いた記事---東芝(石坂泰三氏・土光敏夫氏)や日産自動車の悲劇、HONDA(本田宗一郎氏)の栄光など---を熱心に読んだ。そして、そのことが就活に影響した。尚、今また、東芝に悲劇が襲っているのだが・・・。*その後、新聞社系週刊誌は----「サンデー毎日」が、あの"西山事件"によって新聞とともに落ち込み、「週刊朝日」は、路線を分かち合った同系列の「朝日ジャーナル」(59年創刊)が、70年安保闘争の内ゲバなりテロなりへの変質、中国・文化大革命なりソ連邦なりの崩壊などに相俟って落ち込み、最後まで両立しようとする多角的な編集方針が足枷(あしかせ)となっていたため、「AERA」(88年)で再出発し、「週刊読売」が、84年のグリコ・森永事件報道で奮起したり、「Yomiuri Weekly」(2000年)⇒「読売ウィークリー」(05年)で再出発したものの、硬派・ナベツネイメージが払拭されず、現在に至っている。一方、出版社系週刊誌では----「週刊現代」と「週刊ポスト」が、60年代後半~70年代の不確実性の時代(100万部規模)、80年代後半~90年代のバブル経済崩壊の時代に、ヘアヌードグラビアに依存しながらデッドヒートを繰り広げたものの、80年代前半から相次ぎ登場した、同じ出版社系の写真週刊誌(81,84,86年)によるパパラッチのゴシップ・スキャンダル路線に足元を掬(すく)われ食われがちとなった。かくして、2005年前後から、前出の「週刊文春」と「週刊新潮」の後塵を拝することとなっている。しかし、これとてインターネット時代の本格化によって漸減を余儀なくされ、ゴシップ・スキャンダル記事の誌面が増えるばかりなのである。◇