NHK「エルビスの大地」
◇8/7(金)の「世界水泳カザン2015」、渡部香生子選手が、200m平泳ぎ2分21秒15の完勝で、金メダル!!8/3(月)の200m個人メドレーの銀メダルに続く快挙です。◇水泳観戦の後、NHK-BSプレミアムのアーカイブスで、「エルビスの大地」を観た。8/7(金) 25:50~27:10 何度目かの再放送だが、初回放送は1997/1/5で、懐かしく観た。私は前年の1996年11月、インターネットやモバイルコンピューティングに関する業界の米国視察ツアーに参加し、シリコンバレーやラスベガスのコンピューター展示会「COMDEX」を視察した際に、ラスベガス市内で、噂に聞いていたエルヴィスの物真似"Elvis impersonator"を実際に目にした。◇NHKハイビジョンスペシャル 「エルビスの大地」ロックンロールを世界に広めたエルヴィス・プレスリー。アメリカ南部の貧しい家庭に生まれた彼が、ロックのカリスマに上り詰めるまでを描いた音楽ドキュメンタリー。エルヴィス・アーロン・プレスリー(Elvis Aron Presley)1935/1/8~77/8/16(42歳)1935年、ミシシッピ州テューペロ生まれ。双生児の兄は死産、一人っ子。3歳時、父が小切手偽造で服役、アル中・DV。幼少期は極貧の白人家庭、黒人街にも暮らす。母は、熱心なプロテスタントだが、精神不安定・過度なマナー教育。9歳時、洗礼を受ける。13歳時、テネシー州メンフィスのロウダーデール・コート公営住宅に転居。エルヴィスは、南部バプティスト教会のゴスペル、メソジスト教会の讃美歌など、黒人の音楽を好んで聴いて育った。エリス公会堂のショーもギター片手に欠かさずに観に行っていた。J.D.サムナー&ザ・スタンプス・カルテットとの出会い。入場料にも困った時、出演中のサムナーから、次回からは楽屋口から入るといいよと計らいを受けた。ブルースの黒人音楽、カントリーの白人音楽、その両方がエルヴィスの耳と身体に浸みて行った。リズム&ブルース(R&B)、カントリー&ウェスタン(C&W)の米国南西部を代表する二つの音楽の流れ。同じ歌でも、黒人が歌えばブルースになり白人が歌えばカントリーになる。讃美歌を例にとっても、黒人の複雑なシンコペーション、白人のシンプルなビートと同じ曲には聞こえないほど違って来る。1953年(18歳)の夏、エルヴィスは、メンフィスのサン・スタジオで録音(両面デモ・アセテート盤)をするため4ドルを支払った。収録曲は、バラード 「My Happiness」「That’s When Your Heartaches Begin」。サン・レコードの創業者サム・フィリップスとアシスタントのマリオン・ケイスカーはその録音を聞きエルヴィスの才能を感じる。1954年7月、サム・フィリップスは、今までにない自然な形で融合された、黒人のように歌うことができる白人歌手として、メジャー・デビューさせる。デビュー曲は「That's All Right」。B面の「Blue Moon of Kentucky」はWHBQラジオで放送されメンフィスのローカル・ヒットとなった。1954年9月 「Good Rockin’ Tonight / I Don’t Care if the Sun Don't Shine」12月 「Milkcow Blues Boogie / You’re A Heartbreaker」1955年4月 「Baby Let’s Play House / I’m Left, You’re Right, She’s Gone」8月 「Mystery Train / I Forgot To Remember To Forget」1955年、RCAと契約。1956年、「CBS-TVトミー・ドーシー・ステージ・ショウ」TV初出演。黒人のR&Bを歌う。しかし、歌いながらヒップを揺らす(激しいセックスを想起させる)歌唱スタイルは、青少年非行の原因だと中傷され、白人の保守層の抗議の標的になった。一方、白人の若者たちも黒人の若者たちも囚になって行った。1956年1月、第6弾シングル「Heartbreak Hotel / I Was the One」がリリースされると、全米ヒットチャートになったのである。そして、世界中のティーンエイジャーは、「ダックテール」と呼ばれる横髪を後ろへ撫で付けるヘアスタイルを世界中のティーンエイジャーが挙って真似すると共に、黒いズボンや緩い開襟シャツといった彼のニュールックは、ファッションの新たな潮流も作り出すこととなった。◇私は、高校~大学浪人時代に、金沢香林坊の「小劇場」などの洋画再映館で、マカロニウエスタンとの抱き合わせ番組の「ラスベガス万才」(原題「Viva Las Vegas」((1964年)や「青春カーニバル」(原題「Roustabout」(1964年)を観た記憶があるが、何とツマラナイ作品だなあと思った。しかし、楽曲は素晴らしい。ハートブレイク・ホテル (Heartbreak Hotel, 1956)ハウンド・ドッグ (Hound Dog, 1956)ラヴ・ミー・テンダー (Love Me Tender, 1956)恋にしびれて (All Shook Up, 1957)監獄ロック (Jailhouse Rock, 1957)イッツ・ナウ・オア・ネバー (It’s Now or Never, 1960)今夜はひとりかい? (Are You Lonesome Tonight? 1960)1965年8月、ザ・ビートルズとロサンゼルス市のエルヴィス邸で一度切りの会見を果たす。エルヴィスは彼らの曲も歌い「君たちのレコードは全部持っているよ」と言い、ジョン・レノンは「僕はあなたのレコードは1枚も持っていない」と発言し、その場が凍(こお)り付いた。更に、ジョンはベトナム戦争にエルヴィスが賛同する姿勢を批判したらしく、エルヴィスはジョンを嫌うようになった。ジョンが米国に移住し反戦活動を盛んに行った頃、ニクソン大統領に「ジョンを追放してほしい」とエルヴィスが手紙を出したとも言われている。◇エルヴィスに関する私のブログNHK-FMラジオ深夜便 「ささき流 後世に伝えたい名曲たち」(2011/10/23記)