〇『夜叉羅刹改方』とは

2022年4月25日発売の『週刊少年ジャンプ 21・22合併号』に載った読切漫画。石川理武先生のジャンプ本誌掲載作品としては『炎眼のサイクロプス』以来の読切。

 

 

 

〇あらすじ

将軍様が江戸に幕府を開いて190年ほど経過した時代のストーリー。人間と妖怪(あやかし)が共存している世界観。江戸では蝦蟇烏帽子という妖盗(「窃に手を染めている怪」という意味だと思われる)による犯罪が問題となっている。幕府直属の取り締まり集団「夜叉羅刹改メ」は蝦蟇烏帽子を取り締まるための捜査を始めている。

 

或る少年が大獄丸という妖怪に対して掏摸(すり)を行う。掏摸に気付いた一人の侍が少年を捕まえるが、大獄丸は「その財布はコイツにやったのだ」と少年を庇う。大獄丸は少年のことが気に入り、少年を温かく迎える。夜叉羅刹改メを率いている大獄丸は蝦蟇烏帽子に関する情報を少年に訊くが、その瞬間、少年は大獄丸に「オマエも同じ妖怪じゃないか」と激昂し、帰ってしまう。帰り際、大獄丸は「大丈夫 お前は必ず自分を変えられる」と少年を励ますような言葉を投げかける。

 

少年が帰った家には蝦蟇烏帽子がいた。蝦蟇烏帽子は「誰にも私のことを口外するな」と少年を脅迫する。

 

昼間、少年に関する情報を街で集めていた大獄丸は、日没後、自分の部下に「ただの直感で確証は無いが、掏摸の少年の家は蝦蟇烏帽子の潜伏先になっている可能性がある。その場合、少年の命が危ない」と伝え、少年の家に向かう。

そのころ、蝦蟇烏帽子は少年が持って帰ってきた財布に「蔓に百足の丸」という印があることに気づく。この印は夜叉羅刹改メの紋章である。蝦蟇烏帽子は少年に売られたと思い、少年を殺そうとする。

しかし、少年は大獄丸の言葉を思い出し、弟妹・父を逃がした上で蝦蟇烏帽子らに立ち向かう。

少年は瀕死となるも、タイミングよく現れた大獄丸によって命を救われる。

大獄丸は蝦蟇烏帽子ら妖盗を殺していく。

 

夜が明け、少年は植木屋の父と一緒にいた。すると、大獄丸が少年の前に現れた。

少年は大獄丸に感謝し平伏すが、大獄丸は笑顔で少年をおんぶしていく。

 

本作は「むかし将軍ひざもとの大江戸 夜叉羅刹出き(いでき) 市井の人妖(ひとびと)を悩ます 将軍此由(このよし) 大獄丸とて鬼神に仰付(おほせつけ) 急ぎ正すべしとの宣旨也 大獄丸畏まって 宣旨承(うけたまわる)  配下の妖怪を召し寄せ 数多の夜叉羅刹を討つ」という暗示的なナレーションで結ばれている。

 

 

 

 

〇分析

★構成力の高さ

・冒頭頁で蝦蟇烏帽子(ガマガエル姿の妖盗)が約束を守らずに娘を殺している描写があり、これは蝦蟇烏帽子が掏摸の少年に対しても約束を破り、殺そうとするシーンの伏線となっている。

 

・冒頭部で街を歩いている子供らの童歌「夜ふけのなるかみ わるいこさがす ヒトツメ ナナツメ 背中のムカデ」は「夜叉羅刹改メ」の暗示となっている。

 

・妖怪は素手でも十分強いのに大獄丸が刀を携帯している理由や、大獄丸が蝦蟇烏帽子に関する情報を訊いた瞬間に少年が大獄丸に「オマエも同じ妖怪じゃないか」と激昂したシーンなど、本作は伏線が丁寧に敷かれている。

 

 

★サスペンス色

大獄丸が天道干(露天商)に少年のことを質問していく箇所など、『雨の日ミサンガ』や『炎眼のサイクロプス』でもあったサスペンスの手法が使われている。

 

 

★カタルシス

本作では悪党に苦しんでいる少年が救われるというカタルシスが描かれている。カタルシスを表現するストーリー展開となっているのは『雨の日ミサンガ』や『グラビティー・フリー』と同様である。

 

 

 

★メッセージ性

雨の日ミサンガ』や『グラビティー・フリー』ほど明確なメッセージ性ではないが、「自ら生み出せるものが強い者」「人間は自ら値打ちを生み出して、どこまでも変わっていける」などといった主張が込められている。

 

少年「強くなれば奪う側になれる」 

大獄丸「違うさ 弱いから奪うのだ」

 

このような言い回しを逆説と言うが、逆説は言語理解力を聞き手・読み手に要求する。少年も「弱いから奪う」という表現の意味(自ら値打ちを生み出せる者は誰かから何かを奪う必要がない。つまり何かを奪っている者は弱者である)が理解し難かったようで、この言い回しを言葉遊びと感じている。

 

 

 

★少年漫画的なテンプレートの利用

主人公サイドが悪人を倒していくというテンプレートは数多の漫画家が数多の作品で採用してきたストーリー展開である。筆者の場合、少年が「妖怪に人間の気持ちはわからない」「帰るぞ」と述べるシーンを読んだあたりで、「少年が蝦蟇烏帽子に何かしらの被害を受けているのかな」と大まかな察しがついてしまった。また、夜叉羅刹改メという名称が冒頭に出た時点で、「本作は夜叉羅刹改メ達が蝦蟇烏帽子を倒していく感じのストーリーなのかな」と予想が出来てしまった。

しかし、言い換えれば、このようなテンプレートは、分かりやすさという大きなメリットがある。

「この読切はストーリーが難解すぎて、よく分からない」と読者に思われてしまうリスクを減らすことができるのだ。

また、このテンプレートが昔から今に至るまで使われ続けているのは、主人公サイドが悪人を倒していく過程に痛快さを感じる読者が多いからでもある。

本作のカラー絵で「鬼刃、奸悪を断つ」という煽り文が本作のストーリーのネタバレとなっているように、本作は読者の意表をつくことを企図された読切ではなく、少年漫画的なテンプレートの中でカタルシスを表現することを企図された読切なのだと考えられる。

 

 

 

★暗示的なナレーションの考察

・「むかし将軍ひざもとの大江戸 夜叉羅刹出き(いでき) 市井の人妖(ひとびと)を悩ます」→ 将軍が江戸に幕府を開いて190年ほど経過した時期よりも前、夜叉羅刹なる集団が市井の人間や妖怪を悩ませていた。

 

・「将軍此由(このよし) 大獄丸とて鬼神に仰付(おほせつけ) 急ぎ正すべしとの宣旨也 大獄丸畏まって 宣旨承(うけたまわる)」→ 将軍が大獄丸という鬼神に急いで夜叉羅刹なる集団を正せと命じ、大獄丸は畏まって、その宣旨を承諾した。

 

・「配下の妖怪を召し寄せ 数多の夜叉羅刹を討つ」→ 大獄丸は配下の妖怪を召喚し寄せ集めて、数多くいる夜叉羅刹を討つようになった。

 

・このナレーションを踏まえると夜叉羅刹改メは「夜叉羅刹を改める(正す)集団」というニュアンスかと思われる。

 

 

★ジャンプの有名作品からの影響

本作は、捏マユリと雰囲気の似た顔や、独白の短文と絵だけのコマを連続させる構図など、BLEACHや鬼滅の刃からの影響は強い。(ただし、BLEACHでは短文が横書きとなっていることが多いのに、本作では縦書きとなっている。)

偶然かと思われるが、本作は久保帯人『ゾンビパウダー』の第一話と共通点が多く見られる。

 

・「戦闘能力が傑出したキャラ」と「凡人に近い少年」という構図。『ゾンビパウダー』なら芥火ガンマとジョン・エルウッド・シェパードの関係であり、本作なら大獄丸と掏摸の少年の関係である。

 

・少年が地味目な服装をしており、黒髪という目立たないヘアスタイルであること。

 

・少年を追い詰めている犯罪集団の首領は、一般人に「カッコイイ!」と称賛されないような容姿をしている。

 

・少年が家族を守るため、掏摸に手を染めるという展開。少年の家族は善良であり、悪人ではない。

 

・家族に手を出され、犯罪集団に少年が立ち向かうという展開。立ち向かっている少年が今にも殺されようとしているタイミングで「戦闘能力が傑出したキャラ」が登場するという展開も一致している。

 

・「戦闘能力が傑出したキャラ」が敵をさほど苦労せず倒していること。

 

・あくまで主人公は「戦闘能力が傑出したキャラ」の方であり、「凡人に近い少年」はメインキャラの一人である点も一致。

 

 

 

〇私見

「週刊少年ジャンプ 2005年15号」に掲載された読切『斬』が「週刊少年ジャンプ 2006年34~52号」で連載化されたように、ジャンプ関連の漫画雑誌に載る読切は読者アンケートの評価が高ければ連載化されることがある。本作では、狛、一ツ目、七ツ目、深羅などといった大獄丸の配下のキャラも豊富に登場しており、本作はジャンプ本誌での連載化を狙った読切であるようにも感じられる。人間と妖怪が共存しているという世界観は、現実社会に対応したリアリティーと、現実世界の枠を超えたファンタジーとを両立しうる優れた設定だと言えるのではないか。