〇『炎眼のサイクロプス』とは

2020年12月21日発売の『週刊少年ジャンプ2021年3・4合併号』に載った読切漫画。『雨の日ミサンガ』で知られる石川理武氏が原作を担当し、『アクタージュ』で知られる宇佐崎しろ氏が作画を担当した。

 

 

 

〇分析

★本作の冒頭ページは『BURN THE WITCH』#0.8の冒頭ページ(「制服が好きだ」「私が何者であるかを誰にも証明しなくて済むからだ」)のオマージュ。石川理武氏は久保帯人作品からの影響を公言している。

 

 

★サイクロプスは、ギリシャ神話に出てくる隻眼(目が片方しかないこと)の巨人の名前。ギリシャ神話由来の通称でありながら、ハンムラビ法典の一節が出てくるなどキャラ設定が混沌としている。

 

 

★石川理武氏は、主人公「(炎眼の)サイクロプス」のキャラデザインを「カッコいい」と絶賛している。

 

 

★高い構成力

あまり気づいていない読者の方々が多いかもしれないが、伏線は敷かれている。

・「アタシの作品は炎の中で溶け落ちた」(「溶け落ちた」に圏点)→テルミット反応の暗示

・「資格はなくても弁護はできるんです まぁちょっとした制限はありますが」(「制限」に圏点)→弁護士法第72条

 

 

★キーワード「可能性」

本作のキーワードは「可能性」である。館アンナの台詞「2千万円!!そんな必然性がどこにあるの!!」にある「必然性」は「可能性」と対になっている単語。

 

 

★ディテールよりも少年漫画的な勢いを重視したストーリー

本作ではディテール(細部の整合性)よりも勢いが重視されている。具体例を以下に挙げる。

 

・国選弁護士への言及がゼロ。

 

・警察が現場検証した時に展示台とスポットライトの細工に全く気付かなかったのか。(展示台は燃えた影響で証拠が残っていないとしても不自然ではないが、スポットライトに関しては警察がよほど無能じゃない限り、現場検証で細工に気づくはず。)

 

・本作では、弁護人であるサイクロプスが「犯人は被告(館アンナ)ではなくマネージャー(検察が証人として呼んだ人物)だ」と主張するという衝撃的なストーリーが展開されている。にもかかわらず、そのシーン(弁護人が「検察が証人として呼んだ人物」を犯人と主張するシーン)において、傍聴人からの「どよめき」が見られない。テルミット反応という単語ごときにどよめく傍聴人たちが弁護人の「犯人は検察が呼んできたこの証人です!」との主張にどよめかないという不自然さ。

 

・法廷に立っている警官らしき男がサイクロプスの推理を聴いて「スポットライトに細工が・・・!?おい今すぐ現場を調べてこい!!」と話しているが、裁判中に被告のそばで立っている警官はあくまで被告が暴れたりしないかを監視する仕事を行っているに過ぎず、事件の捜査員ではない。

 

・アンナは「マネージャーが証人尋問されたあの証人尋問の場」になるまで、弁護人であるサイクロプスから「マネージャーが嘘をついている」という主張を聴かされていない。基本的に弁護人は法廷で少しでも有利な判決が出るように、裁判の審議の当日までに被告と念入りな打ち合わせを行うため、審議の最中に、被告が弁護士の主張を聴いて「犯人はもしやマネージャー・・・!」と驚くというのは余りにも不自然すぎる。読者の中には(どうして審議が始まる前にアンナはサイクロプスから「犯人がマネージャーだ」と聴かされていないんだろう?)と思った方もいるかもしれない。

 

 

★リアリティーとフィクションのアンバランス

本作では六法全書や弁護士法第72条や東京第二拘置所など実在する題材が豊富に散りばめられているにもかかわらず、上記のように細部の整合性が取れていないと見られる箇所があった。実際、本作を読んで「リアリティーとフィクションのバランスが良くない」と感じた読者がSNS上でいたようだ。

少年漫画において、多少の強引な設定やストーリーは許容される傾向にある。ファンタジー要素(非科学的な要素)の強い少年漫画は膨大な数にのぼる。そのため、サイクロプスの義眼設定も工夫次第では読者に充分、許容される余地があると思われる。

 

 

★サスペンス要素

本作は表紙のカラー絵にあるようにサスペンス漫画である。

サスペンスとは「ストーリーの展開の妙によって読者に不安感や緊張感を与えるもの」である。

だが、サイクロプスは犯人が一瞬で分かるというチート能力を有しており、「犯人は一体誰なのか」といった緊張感がない。

そのためサスペンスとしての要素は、「既に読者に明かされている犯人(本読切ではマネージャー)がいかにして犯行を遂行させたのかという観点」に限定されてしまう可能性が高い。

だが、本作では「犯人がどのようにして18名もの重軽傷者を出すようなトリックを行ったのか」という謎の提示があまりされていないように思われる。

謎の提示はモブキャラに「誰も作品に触れてないのに作品が爆発して18名もの重軽傷者が出るってどんな出来事が起こっていたんだろうね?」や「状況証拠しかないけど、警察・検察が主張しているように館アンナさんが怪しいよね」などのように語らせるだけでも可能なはずである。

石川理武氏は前作『雨の日ミサンガ』のように、もう少しサスペンス要素を前面に出すべきだったのかもしれない。

 

 

★メッセージ性

本作で原作者の石川理武氏が訴えたいテーマ(メッセージ性)としては前述したキーワード「可能性」の他に、最終ページの台詞「学べ 若人」「知識は社会と戦う剣だから」「金は理不尽から己を守る鎧だから」が挙げられる。

「知識は社会と戦う剣だから」という部分はサイクロプスが六法全書を持っていることから、サイクロプスの場合は主に法知識のことを指していると考えられる。延いては、孤児が館アンナの2000万円のお陰で留学しに行けるようになったことをも踏まえているのだろう。

「金は理不尽から己を守る鎧だから」という部分は「アンナが2000万円という金額を払ったことで自分の無罪が法廷で示されたこと」を指している。

 

 

 

〇私見

筆者は石川理武氏と宇佐崎しろ氏を応援している。『週刊少年ジャンプ2021年3・4合併号』の読者アンケート1位は本作に出した。本作は主人公「サイクロプス」のチート能力について詳しく紹介されていたり館アンナが上級国民だったり(日本のような資本主義社会においては、一般論として裕福なほど可能な行動の範囲が広がる。主人公が裕福であるという設定は連載化されたときにストーリーを動かしやすいと考えることも出来る。)と後々の連載を見据えているかのような箇所が散見された。

仮に本作が連載化された場合は、以下の点に留意すべきなのかなと筆者は感じた。

 

・フィクションとリアリティーのバランス。

 

・嘘を言っている人物が一瞬で分かってしまうという主人公のチート設定を連載の中でいかに使いこなすか。(上手く使いこなせないと主人公が「レクス・タリオニス」等の呪文を叫びながら犯人を倒していく安直なワンパターン展開になりかねない。)

 

・展開の速さと丁寧さの両立。(通常のバトル漫画と異なり、サスペンス漫画は細部の整合性に丁寧なストーリー展開を心掛けないと読者に緊張感を抱かせることが難しい。)