〇『グラビティー・フリー』とは
2021年7月26日発売の『ジャンプGIGA2021 SUMMER』に載った読切漫画。作者の石川理武氏にとっては初の『GIGA』掲載作品となる。前作『炎眼のサイクロプス』と異なり、原作(脚本)も作画(絵)も全て石川理武氏が担当している。
〇あらすじ(ネタバレあり)
大統領夫人が高級車に乗っている。
自分の多忙さを嘆く夫人。
夫人は目的地に到着し、車から降りようとするが、主人公アキラが夫人を制止させる。
アキラは拳銃の引き金をひき、夫人の命を狙っていたテロリストに向かって発砲する。
直ちに拘束されていくテロリストたち。
夫人は命を救ってくれたアキラに感謝するが、アキラは「礼には及びません」「大統領とその家族を守る我々大統領護衛(シークレットサービス)の使命ですから」と述べる。
妻の命を救ったアキラの功績をたたえる大統領。
大統領はアキラを別荘に連れていく。
その別荘は(アメリカの)都心から離れた森の中にあった。
アキラは「まるで人目を避けるような場所だ」と感じる。
別荘に入ると、大統領の娘アシュリーがいた。
アシュリーは無重力状態であり、室内で空中浮遊している。
大統領は「5週間前に突然こうなった」と話す。
大統領によれば、以下の3点のみが分かっているとのこと。
①アシュリーは遺伝子の一部が変異している
②浮遊対象には重力の歪みによる光の屈折輪が発生する
③浮遊対象はアシュリー自身と彼女が手で触れたもの
それ以外は原因も浮遊メカニズムも一切が不明であり、詳細は血液検査の結果が出るまで分からないと話す。
大統領はアキラに「血液検査の結果が出る一か月後までアシュリーの無重力能力を世間に秘匿せよ」と命じる。
アキラは「了解(イエス・サー)」と答えるが、アシュリーは「あっかんべー」の表情をアキラに向ける。
こうしてアキラとアシュリーの共同生活が始まった。
アシュリーは最初はアキラに向かって「パパに電話して!アジア人が世話係なんてイヤ!」と語っていたが、やがてアキラに対して心を開いてゆく。
血液検査の結果が一週間ほど後に出る段階になると、アシュリーが「夜中に一人でノートPCで作業をしているアキラ」に会いに行き、「今週末にあるパパの誕生日、パパがこの別荘に来てくれるって話が入ったから、パパにサプライズでお祝いがしたい」と自分の本心を打ち明けるほど二人(アキラとアシュリー)の関係は良好になっていった。
パパ(大統領)の誕生日が迫り、アシュリーとアキラは大統領に向けてサプライズの準備をしている。
その最中、アシュリーは「今の大統領夫人はアシュリーの実の母親ではなく、実の母親が亡くなってすぐ家に入り浸るようになった大統領の恋人に過ぎない」と話し、「あの人(夫人)にとって私はどうでもいいみたい」「見てればわかるわ私に興味ないって」「ここだって一度も来ていない」「わかってる きっともうパパとは暮らせない」と自分の境遇を泣きながら呟く。
実際、何日か前に大統領夫人が別荘に電話をかけてきたことがあったのだが、電話主が夫人と知るや否やアシュリーは強い不快感を示していたのだった。
更に「自分が無重力になってから、パパの様子が明らかに変わってしまった」と話すアシュリー。
アシュリーは「無重力のせいでこのままずっと世界でひとりぼっちなんだ」と嘆くが、アキラは「宇宙行こうぜ」と励ます。
アキラ「宇宙行こうぜ」「宇宙ならみんな無重力だ」
アシュリー「・・・宇宙なんか行けないもん」
アキラ「今はな」「でも必ず来る・・・『宇宙が普通になる日』が」「海外に行くように宇宙に行くんだ」「そう遠い未来じゃない」「きっとアシュリーが俺の年齢になる頃さ」「宇宙ならパパも俺もアシュリーと『同じ』さ」「場所さえ変われば『同じ』になる」「無重力(そのチカラ)はそんな些細な『違い』だよ」「アシュリーはひとりぼっちじゃないよ」「ここの暮らしもずっとじゃない」「パパは必ず迎えにくる」「大丈夫だ」
アシュリー「・・・・・・」「ありがとアキラ・・・」
(「パパは必ず迎えにくる」という台詞はフラグとも取れる。)
そのときアキラのスマホに一本の電話が入る。
電話主は大統領だった。
大統領は「いま血液検査の結果が来た」「これからアシュリーを別荘ごと燃やす」「彼女(アシュリー)は用済みだ」「世間にバレる前に消したい」とアキラに話す。
アキラは「仰ることが理解できません」と話すが、大統領は「事故に見せかけ殺すんだ」「命令だ すぐ戻れ」と告げる。
アキラ「断る」
大統領「やれやれ日本人は情に流されやすくてダメだな」「部隊に連絡 そのまま突入しろ」
戦闘部隊が別荘を襲撃し、別荘を破壊していく。
大統領の「アシュリーの能力はすばらしい」「輸送コスト削減 エネルギー問題解消」「間違いなくこの国に技術革命をもたらす」「しかし私の娘では困るのだ」「血縁者に遺伝子異常の異能者など」「私の遺伝子に問題があると思われたら大統領の名声(イメージ)に傷がつく」という音声がアキラのスマホを介してアシュリーの耳に届く。
銃弾が足に当たり、足が使い物にならなくなるアキラ。
辛うじて自分の部屋に到着するが、「この足では助けられるのはアシュリーだけ」と判断し、「アシュリー 窓から逃げろ」「キミだけなら気づかれず脱出できる」と告げ、自分の命を犠牲にアシュリーを逃がそうとする。
しかし、「二度と、ひとりぼっちにはなりたくない」と叫ぶアシュリーにアキラは心を動かされる。
アシュリーはアキラを抱きしめ、その瞬間アキラはアシュリー同様に無重力状態となる。
無重力となった二人は部隊の兵士全員を負傷・失神させる。
部隊が全滅したという報せを知り、「役立たず」と激高する大統領。
大統領が立っている部屋に窓から侵入する二人。
アキラは大統領に「受話器を置きな」と言い、顔面を殴打する。
アキラは「本当は八つ裂きにしてやりたいが アシュリーの決めたことだ」「俺達を探すな 関わるな 要求は以上」と叫ぶ。
大統領は「・・・私が追わなくなったとしても!いつか能力がバレて迫害されるぞ!」と告げるが、アシュリーは「何も問題ないわ」「『宇宙が普通になる日』が必ず来るから!」と述べ、大統領を窓の外へ突き落した。(ただし大統領の胴体に光の屈折輪があることから、大統領が転落死することはないと思われる。)
アキラは「ああ約束するぜ アシュリー!」「もう二度とひとりぼっちにはさせないよ」と述べ、二人は大空へ飛び出していった。
〇本作の素晴らしい点
★景情一致
景情一致とは作中での景色と作中の登場人物の心理を合わせる技法のことで、『雨の日ミサンガ』でもこの技法は駆使されている。本作の最後ページの最後のコマでは、背景が光でいっぱいとなっていて、底なしの明るさを読者に感じさせる。
★キャラデザ
青年アキラも無重力少女アシュリーも男女両方から不快感なく受け入れられそうなキャラデザであり、奇をてらっておらずオーソドックスな雰囲気が漂っている。
★無駄のないキャラクター
本作では「ストーリーを展開させる上で省いても差支えのないキャラクター」が見受けられず、キャラクターの人数が妥当であるように感じられる。本作におけるメインキャラクターは主人公アキラ、無重力少女アシュリー、大統領(アシュリーの父)、大統領夫人の4人である。
★ディテールのデッサン力
総じて細部(ディテール)のデッサンは緻密で正確。
★立体感のある作画
「娘のアシュリーだ」という吹き出しのあるページなどで顕著だが、キャラを立体的に描いているコマが多く、石川理武氏の画力の高さをうかがわせる。
★緊張と緩和
石川理武氏は緊張感のあるコマ(写実性の高いコマ)と脱力感のあるコマ(コミカル寄りのコマ)の使い分けが巧み。因みに、石川氏は脱力感のあるコマでは、キャラの目を点で描くことが多い。
例、『雨の日ミサンガ』の一コマ
例、『グラビティー・フリー』の一コマ
★読者層の広さ
語彙は難し過ぎず、また暴力描写もそこまで激しいものではないので(死者はゼロ人)、老若男女が普通に読めるような読み切りといえる。
★日本語の丁寧さ
大統領が主人公アキラに「彼女と我々は遺伝子レベルで違う生き物だ」と述べているが、普通の父親は自分の娘のことを「彼女」とは呼ばないはずである。この「彼女」という呼び方だけでも、大統領がアシュリーに距離感を持っていることを暗示している。ただし、この違和感は英訳してしまうと、消えてしまうものであり、日本語だからこそ表現できたことだと言える。
他にも、大統領夫人の「調子どお?アシュリーちゃんの浮く?病気?治ったー?」という台詞は、アシュリーの「あの人(夫人)にとって私はどうでもいいみたい」「見てればわかるわ私に興味ないって」「ここだって一度も来ていない」「わかってる きっともうパパとは暮らせない」という発言とマッチしているが、これも石川氏の日本語のセンスの高さを示している。
★表現力の高さ
漫画ではデッサン力以上に表現力が大事である。ここでいう表現力とは、絵だけで読者に或る状態を伝える能力のことである。
ネットでこの画像が揶揄されているのは、本来銃撃のシーンでは読者に迫力を感じさせねばならないのに、そういった迫力の表現が巧みとは言えないからである。
一方、石川氏は主人公がハンバーガーを作るシーンで、そのハンバーガーの美味しそうな感じを、言葉に頼らずに表現しているなど、表現力が凄く高い。
他にも、アシュリーの寂しそうな表情など、絵だけでキャラの内面や物体の状態を表現できているコマが多い。
『雨の日ミサンガ』の頃より表現力の高さに磨きがかかっているようにも感じられる。
★キーワード
本作のキーワードは「ひとりぼっち」(孤独)である。
これは現代社会でも取り上げられることの多いトピックであり、政治色が強くない作品であるにもかかわらず、本作は強い社会性を含んでいる。
主人公が自分の生命を犠牲にアシュリーを救おうとしたときに、自死を躊躇わせたのも、アシュリーのかつてのように「ひとりぼっち」となりたくないという願いであった。
★適切な長さの過去編
少年漫画のなかには過去編(回想シーン)が長すぎたり複雑すぎたりするものがあるが、こういった過去編は読者を不必要に混乱させてしまう。
本作の過去編は一面(2ページ)の半分ほどで終わっており、シンプルかつ無駄のない過去編だといえる。
★ストーリー展開の丁寧さ
アシュリーが主人公に心を開いていく過程が丁寧に描かれている。
最近の漫画では、こういった過程を省いてしまうものが多いのだが、石川氏はキャラの心理の変化を雑に扱っていない。
★少女の心の清らかさ
あくまで筆者の空想の域を出ないが、本作は久保帯人氏の『BAD SHIELD UNITED』に影響を受けている可能性がある。
『BAD SHIELD UNITED』のレイチェルとマディの構図と、本作のアシュリーと大統領の構図はよく似ている。
後半の方で、戦闘部隊が別荘を襲撃するシーンがあるが、そのときに破壊されていく別荘の部屋の壁は、父を愛してやまなかったのに、その父に殺されかけているアシュリーの悲劇性を物語っている。
(Thank You Daddyの文字やウサギのイラストが銃弾によって破壊されていくのはあまりにも悲し過ぎる。)
↓
★世界観
コカ・コーラ(と思しき瓶)やハンバーガーなどアメリカ社会を反映した作品であり、世界観に無理がない。
〇改善すると良いかもしれない点
ほぼないが、2点ほど挙げられるかもしれない。
★ページ数がもう少しあれば良かった
二人がホワイトハウスに侵入し、大統領を殴りにいくという展開が最後の数ページで描かれているが、これは幾ら何でもホワイトハウスのセキュリティーを軽視し過ぎている。恐らく、ページ数の制約により、やむを得ずこういった強引な展開となってしまったのだろう。
宇宙が普通になる日とはどういったものなのか、アシュリーを殺害しようとした大統領の今後など、もう少し続きが読めれば最高だった。(もっとも、ページ数に関しては『GIGA』の誌面の問題だろうので、石川氏には何の非もないとは思われるのだが。)
★絵のスケールの大小
このコマ(水色で囲まれているのが主人公アキラ)などで顕著だが、重要なキャラが小さめに描かれているコマが幾らかあった。私などのように『GIGA』を電子版で読んでいるのなら、拡大すればよいだけなので、そこまで読む上で支障はないが、アナログ版の読者だと、読みにくさを感じてしまう人もいるのではないか。(ただし、そういったコマを除けば本作は全体的に凄く読みやすい作画だった。)
〇私見
宇宙開発という未来志向の話題がキーワードとなっており、底なしの明るさをクライマックスに持っていくという構成は見事だと思う。
今後も石川理武作品が発表されれば、レビューしていく予定である。



