朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -83ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

緊急事態になっても仕事に変化はない。ただ、夕食難民になるのが困る。遅くなると店はやっていないから家まで帰るか、コンビニで済ますしかなくなる。朝もコンビニだからそれは避けたい。かといって家までは3時間近くかかるので、夕食というより夜食になる。もう歳だから、翌朝目が覚めると胃が重く苦しい。

なるべく8時の閉店までに、出来ればラーメン以外の何かまともな物を食べたいのだが、なかなか難しい。泊まる時もベルクとかヤオコーの売れ残り弁当を割引価格で買う。


京都の旅館 三福の女将さんとはSNSで繋がっている。その三福の女将さんが、先日、流山の鮨屋の深川鍋の画像にコメントをしたのを見た。流山は京都からはいささか遠く、また観光で訪ねるような名所も思いつかない。女将さんが流山に来るということよりも、流山の鮨屋さんが京都に出かけて繋がっていると考えるほうが自然だ。

なんとなく興味が沸いた。もしかしたら同じように三福が好きな旅人なのかもしれない。せっかく夕食難民なのだから、帰りにちょっと寄ってみようと思った。

ちょっとだけ遠回りにはなるが到着までの所用時間は1時間というところか、と考えて18時過ぎに終業した火曜日に訪ねていった。



いろは鮨
050-5868-5166
千葉県流山市鰭ヶ崎1651-1 
https://tabelog.com/chiba/A1203/A120305/12024109/

ご近所を相手にする庶民の為の鮨屋という佇まい。奥には法事等で利用できる大広間もありそうだ。現在は緊急事態対応で、お酒は19時までの注文、食事は19時半までとなっている。



カウンターは7、8人が座れるが、4人の先客があり、これ以上密になれない状態であった。座敷に上ったが、これだとちょっと話はし難い。とりあえず上寿司を注文することにした。

機を見ながらゆっくり食べて閉店20時が近づいたので、会計と共に女将さんにSNSで三福さんの女将さんのコメントを見て来店した旨をお話しした。たいへん喜んで色々とお話ししてくださったのだが、キーワードで綴ると妹さん、葛切り、相席、料理の鉄人、魯山人の弟子みたいな(爆)お話をしてくださった。



三福には数年前、先斗町で火事があった時にお見舞いがてらお泊まりになったそうだが、私が初めて泊まったのと同じ部屋だったようだ。ご夫婦で毎年5月に関西方面にバイクでツーリングに行くのだそうだ。

私がこれから本庄に帰るのだと話すと、常連さんの近くのお寺の住職は、先代の亡くなられた本庄のお寺の住職も兼ねているという。まだ先代が生きておられた頃は、店がはねてからバイクで向かうから、到着は1時とか2時になるのだが、それなのに先代は蕎麦を打って待っていてくれたのだとか。そんな話を聞くと、その寺にも行ってみたくなった。




さて日曜日、ちょっと特殊な工具が必要だったオルタネーターの増し締めをようやく行うと4本中3本がそれなりに回った。見ての通り、曲がった先がちょっと短くないとここに入らない。これでオイル漏れはしばらく様子を見ることとする。そして、安心して出かけた先は、くだんの寺である。



地持山光福寺

山門の梅がほころびかけている。奥には桜の木もあって、春は美しいことだろう。



せっかくなので御朱印を頂戴した。



空が綺麗だったので、珈琲を飲んで休憩し、帰路に向かった。

途中の蕎麦屋の裏にも寺らしき建物が見えたので脇道に入っていくと、その蕎麦屋の店主が店から出てきた。店はもう閉店の看板が出ていたので、締めて隣の母屋に帰るところだったのだろう。

ウラルを見るなり、これはロシア製のBMWのコピーだねと話し出した。寺を見るどころではなくなった。

オートバイが好きで原付から大型まで十数台を所有していたこともあったそうだが、膝を壊して(立ちごけしてしまうから)今は乗っていない。だがまだ数台は手放せずにいるという。その気持ちはよくわかる。私も乗れない自転車を手放せずにいる。

それでサイドカーなら脚をつかなくても倒れないので大丈夫だろうと乗ってみたらしい。幸い近所にサイドカーを含めてオートバイを30台くらい保有するマニアが居るのだとか。

だから言えるのだろうが、「こんな恐ろし乗り物よく乗ってるね」だそうだ。まったく。いろいろ話していると、先程訪ねた光福寺の住職さんの弟なのだそうだ。世間は狭いんだよ。

ね。





今更ですが、11日に初詣です。というのも



昨年ウラルの安全祈願をしたお寺さんから、初詣は混雑を避ける為に10日以降に来てくださいと手紙を頂いたのです。



同封された厄除・包災除け表を見ると、弁慶は前厄で二黒土星。よくわからないですが、厄除元三大師なので、厄除はしておきましょうと考えたわけです。

昨年もこちらに初詣でしたが、思えばおみくじを引いて凶がでたばかりに2日連続で護摩に参加する羽目になったのであります。

ここまでコロナが流行する兆しは全くなかったですが、生死彷徨えば十中八九死すとかあるとねえ😓。

2日目の護摩の後で引き直すと、十中八九生還すと書いてある吉のおみくじでした。

まあ歳とると神仏にすがるということですよ(爆)。


さて、ウラルで行こうと思っていたけれど、あまりに寒いのでそれははやめて、とりあえず次なる改良に向けてちょっと検討をしようとしたところ、なんだかオイル汚れがあるんです。



場所は左右のエンジン上部。オルタネーターの下です。試しに指先を入れてみると、オイルの雫が付いていました。

オルタネーターの下・・・なんだか記憶があるぞっとあたりを付けてGoogleに「ウラル オルタネーター オイル」で検索かけたら見事にとあるブログをヒット。

内容は同様のオイル漏れがみつかり、1000km点検でディーラーに持ち込んだという話です。ディーラーの見解は、これはオルタネーターの取付ボルトの弛みから発生しているということで、増し締めして様子を見て、それでもダメならオルタネーターをアッセンブリー交換ということでした。


さて、手紙に従い午後から初詣に行きました。


金鑚大師こと、大光普照寺。

天台宗別格本山で本尊は元三大師です。



山門をくぐると左手に申込記帳所がありましたが、人影なし。



事前に書き込んでおいた申込書を受付に持参して、護摩参加の整理券を受け取って本堂左の建物の護摩参加者入口から入ります。



昨年であれば、本堂正面から入って、左右の上り口から自由に入ることが出来たのですが、今年は入場規制で、並べられた椅子の数しか入場することが出来ません。



護摩が終了したあとに、所定の場所に行くと加持されたお札が並んでいるので、受け取って帰ります。

所要時間約1時間。



その足で蔵に行き、珈琲を飲んでから夕飯と今週の買置きの為のお買い物です。明日は雪かもしれないから。

ね。

連休は寒くなりました。

早朝、オハナにパンを買いにウラルで出かけましたが、スマホもマスクも忘れたことを店内で気が付きました。今更だったので、ひたすら言葉は発せず首を縦に振って対応いたしましたが、客が他に1人しか居なくて良かった😓。

さすがにワークマンで固めた防寒対策をしても指先が冷たいし、電熱グローブ買おうかな。あと顔の下半分も風が冷たい。



そこで、どうせ日が登っても寒くて出かけたくないだろうと、いよいよ某イタリアブランドのチンガードを国内メーカーのヘルメットに取り付ける加工に挑戦しました。



手前がそのチンガードで、某イタリアブランドの某イタリアブランドによる某イタリアブランドのヘルメットの為のチンガードなのでありますが、形状的には他社ブランドにも使えそうな気がしますよね。

フックの位置なんて、なんか規格とかあんじゃね?なんて気楽な気持ちで11月のお買い物マラソン中の楽天でポチ(爆)

私の国産ブランドのヘルメットにも頬のところにピンが中からネジで止まっていたので、ライコランドでスナップボタンを買って変えました。



ところが実際に装着すると合いません。そうですね、49.5%くらいは想定してましたかね(爆)。

ジョイント部の薄いカーボンが、ヘンメットの外側の高い部分と中の緩衝材の間に挟まるのがジャストフィット。そうならないと風圧で動いてしまうし、だらっと顎下に下がってしまってみっともない。

チン(顎)ガードとはいいますが、目的は顔の下半分に直接風が当たると凄く冷たいし、たまに唇に虫が当たるのを防ぎたいので、このままではダメです。

どうしようかなと考えた結果、未経験ながらかしめ治すしかないということで、Amazonの出番となりました。




レザーと違って厚みがあるので、ちょっと難しい。完全成功率は50%で、でも完全失敗には至らずになんとか4箇所のかしめをはずせました。



つづいて、かしめます。こちらもAmazonで購入。




完成予想からは少し隙間が大きい気もしますがどうでしょうか。被ってみました。



シールドとの間に若干の隙間はありますが、走ってみてもあまり支障はありません。

ただ、マスクを忘れたからってこれでオハナで買物はできません。きっと通報されて逮捕されます。

ね。
忙しい。忙しいにも程があるというほどではないが、往復6時間近くかかる千葉県内へ週に3回とか通って定時+1時間くらいの仕事をすると、普段の生活まで乱れてしまって疲れが倍増する。

埼玉も千葉も緊急事態宣言区域内なので、これで店が20時に閉まってしまうとなると、コンビニで朝と夜を賄い、昼は外食という、人間らしい生活がまるっきり出来ない。それでもエッセンシャルワーカーとしては、ひたすら出勤しないと仕事にはならないのである。


さて、これは昨年の話である。コロナ以来、都内には月に2回から3回しか行かない。当然、手段はクルマである。



梅柳山 墨田院 木母寺

墨田区にある天台宗の寺院で、元三大師を本尊とする。元三大師となれば行かないという理由はない。

都内に急ぎの請求書を届けたあとの昼の時間を利用して(つまり昼はコンビニでパンを買って運転中に食べただけだが)参拝に訪れた。都内とはいえ、下町らしくない外観には少しびっくりする。



大きな石碑は伊藤博文書

糸平とは糸屋平八商店のことで、生糸、洋銀の相場で財を成した田中平八創業の会社で、現在でもその流れを汲む会社は存在している。隆盛を極め人々から天下の糸平と呼ばれた。

だからってそれを自分で石碑にするなよな、と小市民弁慶は思う。

方針だって、骨太だとかって他者が評価するのならいいけど、自ら骨太と名乗るのはちょっと自信過剰過ぎて顔が赤くなるよ。



初代三遊亭円生を追悼する三遊塚



川柳翁之碑

東都俳風狂句の元祖を標榜した四世川柳が建立したという。狂句とは?とかいろいろ興味も湧くがなんだか良くわからない。もっとも興味を持ったのは、この石碑には米軍機から放たれた機銃掃射の跡があるということだ。



ガラス張りの建物があったので覗いてみると、



梅若の像でした。

梅若伝説 

吉田少将惟房の子として生まれた梅若丸は5歳の時に父を喪い、7歳に時に比叡山延暦寺月林寺に預けられ、彼ほどの稚児はいないと賞賛をうけたが、これを妬んだ東門院の山法師たちに襲われ、山中に迷った。さらに琵琶湖のほとりで人さらいの信夫藤太に東国へと連れ去られ、その途中、隅田川の岸まで来て、ついに病に倒れ捨てられた。そして里人たちの親切な介抱のかいもなく生涯を閉じたのである。その翌年、我が子の行方を探し求めて、狂女に身をやっした母親が隅田川に到り、渡し守から梅若丸の死を知らされたのは、我が子、梅若丸の一周忌のことであった。


この伝説は江戸時代に、能、歌舞伎、浄瑠璃と様々な分野で上演され、隅田川物として庶民に親しまれた。




身代わり地蔵尊



寺務所に入ってこの木を叩くと御住職が現れたので、御朱印をお願いした。



弁慶は元三大師専用の御朱印帳をもっているので、それに書いてもらったところ、「全国から集めているのですね。まだまだ沢山ありますから頑張って」とおっしゃられた。



梅若権現は芸道祈願として人気である。


さて、梅若伝説についての参考文献を読もうと検索した時のこと、埼玉県の春日部こそが梅若伝説の舞台であるという文献に(将門の首塚に続き)またもやぶち当たった。

幸手の将門の首塚は通勤経路にあったが、こちらは勤務地春日部とはいえ、ちょっと遠いので、ずいぶん経ってからの訪問となった。



満蔵寺

場所は岩槻寄り。門は閉ざされていたので、ここより先には進めなかった。しかし、梅若塚は山門の手前にあった。



梅若塚

綺麗に整備されている。



比較的新しい石碑もあり、現在も大切にされているのが、わかる。


梅若伝説についての内容は同じである。不思議です。

ね。

今年の休みは一昨年よりは充分長く去年よりは明らかに短く、理不尽である。
 
 
初日(30日)。すでには休みになってしまったので、
 
 
 
利根川に行って赤城山を拝んだ。雲の中だけど、麓にすむkaffaさんのインスタ見ると、麓には雪は降ったなかったみたい。雪だったら行ってみたかったんだけどな。
 
 
 
ホンジョウ コーヒー ハウス
0495-71-9236
埼玉県本庄市五十子2-10-3 
 
エスプレッソのダブル。こちらも30日で営業終了。この後2日までコーヒー難民になりました。
 
 
 
 
やはり30日にUNIQLOに行ったら、たった1着だけコーディロイ のジャケットがぶら下がっていた。おや?と思って値札をみたら1900円❗️サイズはL。これは買うしかないですね(爆)。
 
 

 
大晦日には大阪の知り合い、といっても地元で知り合った人ですが、その方が行きつけのワインバーのオーナーとキャンプしているというので、かわせみ河原へと行ってみた。
 
良い道から入ると有料なので、無料の悪路から入ったら砂でスタック。初めて2WDにして脱出したが、トルクで走るのは難しく回してクリアする感じであった。
 
残念ながら2人はまだ来ていなかった。
 
 
 
元日。還暦の厄年の前厄なので、元三大師の金鑚大師に厄除に行こうと思ったが、三ヶ日は混んでるから過ぎてからのほうが良いですよと手紙が来ていた。ウラルをいじったり、ちょっと乗ったり、蟹食べて寝た。
 
2日も似たような生活。夕方、ドンキの珈琲館ならやってるなと思って出かけたら、ちょうどクローズになったらしく中には一組だけ客がいた。
 
3日は亜弥さん経由で大野裕之さんからお誘いがあったので、観劇の為有楽町に行った。ちょうど大江戸骨董市をやっていたので、早めに行ってぶらぶらと。
 
 

 
カフェでコーヒーを飲んで、入場時間に入口で待つと洋服の亜弥さん登場。それはそれで新鮮である。一緒に観る方々と会場内の大野さんを訪ねて、そちらでチケットを購入し、入場。
 
 
脚本・演出は大野裕之さん。ちなみにスーパーバイザー尾上菊之丞さんは先斗町の踊りの家元。
 
待っている時、生島ひろし氏が横を通り過ぎた。パンフレットをみたらたぶん子息らしき名の方が出演者の中にいたので、なるほどと思った。
 
邦楽担当の方の演奏が多才かつ凄くて感動。
 
企画の井筒さんは先斗町の鴨川をどりの衣装を担当する会社なので、先斗町との関わりも深い。奈良時代から戦乱の世までの衣装を物語の一場面などに絡めたり歌に絡めたり、ファッションショーライクに見せたりしながら、見た目の美しさだけではない衣装の持つ力を気付かせることへと導く演出で、この先どうなるんだろうと思いながら納得の結末だった。次の映画も楽しみである。
 
行きはローカル線グリーン車、帰りは新幹線。乗客は行きも少なかったが、帰りは同じ車両に人影はなかった。
 
観劇後、大野さんから連絡があって、助手の方と4人でもう一軒。
 
東京はコロナが凄いことになっているが、観劇は皆さん拍手のみで声を出す人もいなかったし、お店でも大騒ぎをしている人もいなかったので、たぶん大丈夫だと思いますが、どうでしょうか。
 
4日は作業員が不足すると思われるので千葉県某所まで出勤ということで、これにて正月休みは終了です。これは本来、私の関知するところではないはずですが、関知すべき人は他人事なので仕方ない。
 
ね。