朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

何の因果がこのところ松本人志さん、桐谷広人さん、東野圭吾さんと大腸がんの話題が多かったですねえ。


さてわたくしですが、最近の医療はすごいですね。術後1日目から歩行のリハビリ、2日からは流動食、4日目からはお粥、6日目からは白米とどんどん食べさせられましたし、歩行のリハビリは2,500歩以上、併せてスクワットなども加わり、下界にいるより運動させられますね。


そんなこんなで11日目に退院いたしました。担当医の話では特に就業制限はないということでしたが、さすがに傷口はまだ痛みますし、更に10日ほど自宅で療養し、術後の通院を機に社会復帰いたしました。


私の場合、患部(小腸の一部から盲腸のかけて)とその周囲のリンパを根こそぎ取るという手術をした訳です。その結果、術前の画像診断ではステージ1との診断ではありましたが、摘出後の生検によりステージ3bへと移行致しましたので、化学療法推奨ということでございます。株つながりの桐谷さんにここでも繋がってしまいました。


実は周りの楽観的観測に反してわたくし自身は身体から受ける印象的にそんなに軽くないぞーと思っていたので驚きはありませんでした。エンディングノートも書いたし。


そのまま高崎でやろうと思いましたが副作用がどのように出るかわからないので生活している場所でやることを勧められましたので、そのようにしました。


化学療法は術後6〜8週に始めるのが良いということで、お盆は返上して8月13日より開始です。



吐き気止めから開始し、オキサリプラチンというプラチナ製剤を点滴します。プラチナは細胞分裂を阻害するそうで、癌細胞は普通の細胞より活発に分裂するのでよりダメージを与えるのだそうです。


ただしプラチナは重金属なので、神経細胞に特有の中毒症状が出ます。感覚異常、ピリピリ感などが手足唇喉舌などに起きます。そして倦怠感。



飲み薬はカペシタビンで、こちらは癌のDNA合成を阻害する薬です。


こちらの副作用は手足の平に赤み黒み乾燥によるひび割れなどを起こすそうです。そして初期は便秘、途中から下痢とかというのもあるようです。



さてさて、鈍感なわたくし、それほど副作用は酷くないのでないかと思っておりましたが、3日間は食事と睡眠以外はほとんど無理でした。まあ食事と言っても手がピリピリするので米がとげないのでたまに外食の為に家からは出ましたけどね。



4日目の夕方、無洗米を買いに行きがてら散歩しましたが、ゆっくりゆっくり歩くのが精一杯でした。まあ刺激になったのか、倦怠感は少し楽になりました。


3日目、このほとんど動いていない日、もうこれ無理だ〜と思いましたが、喉元すぎると何とやらでございまして、まあぼちぼちやっていきます。


ね。







ご無沙汰してます。


だってさー、色々忙しいのですよ。一人暮らしだし、それは別に特別なことじゃないんだけど、あまり長期的にいるつもりないから友達居ないけれど社内では作りたくないし、そうすると友達いる地域に移動したりするでしょ?名古屋の友達と京都で会うとか、大阪の友達と京都で会うとかさ。


だから忙しいの。それでね、


元気なんだけどがんになりました。便潜血引っかかって、でも奥だったから初期とは行かなくて内視鏡では取れなかったのね。


CTで転移見つかったら延命治療ですって言われて、弁慶としても微熱とか痛みが出ていたからそれなりに覚悟して腹をきめたんだけど画像診断ではステージ1でリンパの生研でステージアップありということで、手術決定。



1ヶ月酒飲んでない健康状態で、パーツも全部揃っているときの最後の姿。


今はもう盲腸あたりがごそっとありません。手術翌日(つまり今日)から歩行のリハビリ。なかなか最近の医療はハードです。


ちゃんと検査されたら人間ドックでは見つけられなかった脾臓の動脈瘤も見つかりました。まあ経過観察レベルだけど、悪くなっても早ければカテーテルでいけるかもしれないからさ、たまにはこういうことも良いよね。腹腔鏡手術とはいえども腹切るの痛いもんね。


それに腹きめたから遺言も書いたし、墓じまいする決心もついたし、自分は京都で樹木葬にすることも決めた。助かりそうなんでまだ契約はしてないけど😓。


皆さんも気をつけて!


ね。


わたくし、生まれも育ちも埼玉本庄です。思えばずいぶんと遠くに来ちまったもんです。



ゆのひら駅に列車が参りました。列車の停止位置より手前に見えますのは、待合室でございます。その昔、そこにはそのような建物は無かったのでございますが、今はこのような建物となっております。



この2番線のホームに立って1番線側を眺めますと、駅舎と待合室が見えますが、線路には2番線側だけ草が茂っているのです。だから2番線には列車は来ないのかと思っておりました。時間の流れに取り残されて、ただじっとそこにあるというのも良い物だなあと勝手に感慨に耽っておりますと、その2番線側に赤い列車が走って来たのです(爆)。



その待合室には四角い顔の男のポスターがございます。そして白い薄汚れたベンチもございます。大学の先輩である田中裕子さんと渥美清さんが座られたベンチそのものでございます。男はつらいよ第30作、花も嵐も寅次郎のロケでのことでございます。


ちなみに高校の後輩にカズレーサーなる者もおります。ふざけるなよ、俺の大好きな二階堂ふみをどうしてくれるんだ!と怒ってみても始まりません。



ロケの様子もこのように展示されております。



さて、赤い列車が走り去って行きましたが、誰も乗らず、そして誰も降りて参りませんでした。時間はそろそろ15時で、温泉宿のチェックインの時間なのですが、皆さん車なのでしょうね。まあ弁慶もそうではありますが。



温泉街にあった銀の湯でございます。唯一入浴できた共同浴場でございました。金の湯、中の湯、橋本の湯は営業しておりませんでした。砂湯は跡形もございません。2020年7月の豪雨による水害で、配管等が流されて温泉街の機能は停止、被害者も4人出てしまいました。



脱衣所でございます。



とてもまろやかなお湯だということが見ただけでわかります。しばらくすると地元の方が入って参りまして温泉談義に華が咲きました。山屋さんらしく山行がてら甲信越の温泉にも入られたことがあるようです。



こちらが金の湯でございます。



中の湯でございます。手前に映画の中にも登場する赤いポストがございます。



砂湯に渡る橋ですが、渡ってももう砂湯はございません。



橋本の湯でございます。


川は映画の撮影当時は自然のままの渓流でしたが、その災害によりコンクリートによる護岸工事で現在はその面影はまったくなくなってしまいました。その様子は見るからに急流であります。



この温泉街がそれまでの歴史を刻めたのは、そのような水害が発生しなかった証でもあります。もしかすると温暖化さえなければそのような大災害も発生することはなかったのかもしれません。残念としか言いようがありません。良い場所なので、多くの観光客が訪れることを切に願います。


ね。



1ヶ月以内に追いついて来たから、そろそろ隔日にペース落としても大丈夫だろうか。あまり詰めると鬱になるから(爆)。


さて、9月2週。



通常勤務退勤後、ひとっ走りして夜の別府に着きました。金曜日の夜は、路地に女の人がいっぱい立っていて声をかけてきます。土曜日は家族連れの観光客が増えるから、そんなに居た記憶がないんですけれどね。



ファンク・オールライト・ジャズ・カフェバー


半世紀続く老舗のジャスバー。チャーミングなママは4代目で、3代目のマスターだった旦那さんが亡くなってからもお店を守り続けております。


別府に来るのは温泉とこのジャズバーなので、それならば宿泊費の安い金曜日に泊まるのもありだと気が付いてしまったわけです。



宿泊先は西鉄リゾートイン別府。別府八湯温泉道加盟ですので、スタンプひとつゲット。



温泉名、北浜2丁目温泉

泉質は塩化物泉、泉温は53.1℃



ホームページから拝借。


次はちょっと変わった温泉へ。



競輪温泉


別府けいりんの敷地内にあります。



正面には競輪場という感じです。競輪やって一風呂浴びてって感じかと思ったけれど、入っていたのは近所の人でした。



ひょうたん温泉


有名すぎて解説いらないと思いますが、



男湯の前には大聖歓喜天。ガネーシャ神です。象の顔を持っていて抱き合った双身像が一般的ですという、関係のない解説でもしてみるか(爆)。



砂湯もあります。地獄卵もあります。


食堂もあるので、ゆっくり過ごせる日帰り施設となっておりますが、それなりに入浴料が必要のなります。



休憩室には別府温泉名人の写真が飾られています。



ひょうたん温泉前の御堂。


大正時代の鉄輪温泉は人家もまばらな鄙びた温泉だったそうな。そこに創業者の河野順作翁が尊敬する豊臣秀吉の旗印である千成ひょうたんから、ひょうたんの形をした岩風呂を作った。


その順作翁が仏師の水野信山に依頼して作った仏像が祀られている。


まあ誰も気に留めないだろうけど(笑)。



谷の湯


左の建物で150円支払う。



鄙び感満載。かなりマニア向きな温泉だけど、鉄輪温泉の中ではかなりクリアな部類の温泉と斎藤名人も評されている。


ここにも奥に不動明王像がある。



ひょうたん温泉の竹製冷却装置、湯雨竹。100℃近い源泉を一気に50℃以下に下げている。



左後ろにはホテルのタンクがあるけれど、自家発電できるんじゃないかなって思うくらい、熱気満載だよ。


さー、次行ってみよう!


ね。

昼になったので昼食を食べてしまった。まさに、しまった😩。



CRAFT BEER HALL MOJIKO



まずはビールを頂き



元祖、白い焼きカレーを頂いた。



そして船を乗り



やってきたのは巌流島。船着場からまず最初にあったのが



お龍さん、美人だなあ。その昔、龍馬とお龍さんも上陸したらしいってことだ。



舟島神社。そう、ここ巌流島の本当の名前は船島。巌流島の巌流は佐々木小次郎の流儀である。



佐々木巌流之碑は島の中側にあった。



巌流島文学碑は村上元三作「佐々木小次郎」の一説が刻まれている。



武蔵・小次郎像は門司側の展望広場まで、徒歩10分くらい。



こんな船で渡ってきたんだよということだけど、設置されてからずいぶんたっているらしく、朽ちてとても渡れない船になっていた。



こちらが渡船。両岸から出ているので、門司港から巌流島を経由して唐戸市場に渡ることも出来ます。



ということで、唐戸市場に来ましたが、お腹はカレーで満たされたままです(爆)。



下関にもレトロな建物がいっぱいありますね。ここは旧英国領事館。紅茶が飲めますが、この日はたいへん暑く、熱中症手前だと感じるほどでしたので、また後日。



小倉駅に戻ってバスの時間まで1時間あったので、



福岡名物のとりかわです。


ね。